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神は死にました、過労死です。~異世界カルトを詭弁でぶっ壊して宗教改革しちゃいましょう~  作者: 今井三太郎
第2章『つよいよ神様』

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第12話『お断りします』

 司祭様は笑っていた。


 さっきまで教団の騎士が、子供からカブを取り上げようとしていた場所で。

 いかにも人々を導く聖職者みたいな顔をして。


 ……みたいも何もそのとおりなんだけど。



 私はというと、司祭様が現れてからずっと背中が寒い。


 どうしてだろう。

 騎士や修道長とは違う、不気味な怖さを感じる。



「さて。騎士くん」



 プルーシィ司祭は、膝をついた騎士を見おろした。


 声はやわらかい。

 けれど市場じゅうが、その一言でしんと静まり返る。



「キミは規則を守ろうとしたんだね。うんうん。その判断自体は悪くない」



 騎士の顔がわずかに明るくなる。

 でもそれは一瞬だけだった。



「けどね。やり方が下手くそだ」



 司祭様は口角をつりあげたまま続ける。



「飢えた民の口から食料を奪ってみせたら、何が残ると思う? 恨みだよね」

「も、申し訳……」

「言い訳はいいや。キミがここで何を失ったか。それを取り戻すためにどれほどの労力と時間が必要か。わかんないでしょキミ」



 その声音は軽かった。

 だからこそ、余計にぞっとした。


 怒鳴りもしない。

 脅しもしない。


 ただ役に立たないものを仕分けるような口ぶりで。

 淡々と騎士を切り捨てていく。



「この件はボクが預かる。キミたちはさがって、今日は市場の手伝いでもして帰るといい。荷物運びぐらいはできるだろう?」

「……は、はいっ!」



 騎士たちは顔面蒼白で頭を下げた。


 さっきまで威張り散らしていたくせに。

 教団の権力者相手だと、ずいぶん素直なもんだ。


 司祭様はそれきり騎士たちに興味を失ったみたいに。

 今度は女店主に向き直る。



「えらく迷惑をかけたね。今日の件はキミの“慈悲の先行実践”として記録しておくよ。次の供出分については、改めて確認を入れさせる」

「……わかったよ」

「うんうん。物分かりがよくて助かるよ」



 言葉だけ聞けば穏やかなやりとりだ。


 だけど女店主の顔は、さっきまで騎士とやりあっていたときよりよっぽど硬い。

 ビタークリークの人たちにとって、本当に怖いのはこっちなのだろう。


 ヴェリナス聖教の司祭といったら。

 地方都市においては王様のようなものだ。


 それに比べたら、さっきの騎士なんてどうってことない。



「それで。私にかわって頭のかたい騎士たちを教育してくれたのはキミたちだね。改めてお礼を言わせてもらおうか」



 プルーシィ司祭はくるりとこちらを見た。


 私は思わ背すじを伸ばす。

 コロリはというと、いつもの調子でまっすぐその視線を見返していた。


 ほんとに肝が据わっているというか、危機感がないというか。



「キミたち。修道院の子だろう。名前を聞いてもいいかな」



 司祭様はにっこりと笑う。口だけ。



「アレクシス・サトラーです……」

「コロリーヌ・クラインです!」



 コロリが元気に答えた瞬間。

 司祭様の目がすっと細くなる。


 笑っているのに温度が下がった。



「コロリーヌ……クライン……ああ、そうか」



 その名前を、舌の上で転がすようにゆっくり繰り返す。

 独り言みたいに、妙に静かな声だった。



「修道院で寝込んでいた子だね。ひどい高熱を出していた。あのときは力になれなくて悪かったね」



 その一言で私も思い出した。


 この人、冬にコロリが倒れたとき治療にきた司祭様だ。

 だけどその治癒魔法は、なぜかコロリには効かなかった。


 さっきの“ああ、そうか”は単に思い出した感じじゃない。

 ずっと探していたものが目の前に転がってきたような、いやな響きがあった。



「体の調子はよくなったかい?」

「はい! アルさんが吹雪の中、薬草を摘んできてくださったので!」

「へえ、薬草は効いたんだ。じつに興味深いね。ふむ、魔法に耐性でもあるのかな」



 観察されてる。

 診察じゃなくて。


 悪意を向けられているわけじゃない。


 むしろ好意的に接してくれているはずなのに。

 なんだか居心地の悪さを感じる。


 騎士たちみたいな高圧的な恐怖じゃなくて。

 なんか、じっとりとまとわりつく湿気のような。



「いいね。やっぱりキミ、普通の子じゃあない」

「はい。よく言われます」

「そういう意味じゃないんだけどね」



 冗談めかした口調だった。

 でも司祭様の目はちっとも笑っていない。


 コロリを見ている。


 顔でも、言葉でもなく。

 もっと内側の何かを覗き込もうとしているみたいに。



 私は、その目がもし自分に向けられたらと思うと、怖くなった。


 魔法の使用。戒律違犯。

 騎士を石にしたこと。そして徴収への抵抗。


 探られたくない腹はたくさんある。



「ありがとう司祭様。それじゃあ、私たちはこれで……」

「キミたちさ。このあとボクの屋敷においでよ」

「……え?」



 私が間の抜けた声を出すと、司祭様は当然のようにうなずいた。



「もう少しゆっくり話がしたいと思ってね。市場で立ち話というのも味気ないだろう? 昼食ぐらいはごちそうするよ」

「でも私たち買い出しの途中で……」

「おい、そこの騎士くん。聞こえていたね。修道院まで伝言を届けてくれ。ついでに買い出しもキミがやれ」



 山菜のかごを運んでいた騎士が、すぐさま敬礼してすっ飛んでいく。


 早い。

 断る隙を全部先回りして潰してくる。



「あ、あの、でも……」

「ああそうか。じゃあこうしよう」



 司祭様は大仰に手を広げてみせる。



「市場での働きはじつに見事だった。町を預かる統括司祭として、ボクにはキミたちを労う義務がある。……と、こんな感じでどうかな?」



 それをやられては、断るわけにはいかなくなった。


 顔を立てろ。

 と言ってることは子供の私にもわかる。



「……はい、司祭様」

「賢いね。キミは」



 まったく賢い判断をした気がしない。


 かくして、私たち二人と一匹は司祭屋敷に招かれた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 司祭屋敷は市場からそう遠くない高台にあった。

 いつか修道院の丘から眺めた、あの大きな白い豪邸だ。


 近くで見ると、本当に大きい。


 修道院よりよほど立派で、窓も多く、日当たりもいい。

 外壁は綺麗に磨かれていて、庭には春の花まで植えられていた。


 同じ教団の建物なのに、どうしてこうも違うのか。


 町の人たちは冬を越すだけで精一杯だったのに。

 ここだけ別世界みたいだ。



「わあー、立派ですね」



 コロリが素直に声をあげる。

 先を歩く司祭様がくるりと振り返った。



「見た目だけさ。統治者の家がみすぼらしいと民が不安になるからね」



 言ってることはもっともらしい。


 屋敷の中はさらに豪華で。

 静かだった。



 使用人たちは頭を下げ、誰も無駄口を叩かない。

 足音が響かないよう、気を遣って歩いている。


 教育が行き届いているというより。

 まるで音を立てることが許されていないみたいだ。



「遠慮しなくていいよ。おかわりが欲しくなったら使用人に伝えてくれ」



 通された食堂には、真っ白なお皿がきれいに並べられていた。


 温かいスープ。焼きたてのパン。

 やわらかそうな肉に、サラダまである。


 私は一瞬、目を疑った。

 あれだけ飢えていた町に、こんな食事があるのか。


 いや、ある。

 あるけどたぶん、ここにしかない。



「いただきます! ハムッハフハフ、ハフッ!!」

「ぴよっし! ぴよっし!!」



 コロリとピヨシはさっそく豪華な食事にかぶりついていた。

 ピヨシはともかく、コロリ、お前ちょっとは遠慮しろ。



 ついさっき、町の人たちと騎士団の食料を巡るトラブルに立ちあった。


 その足で、今こうして豪華な食事にありつくというのは。

 なんだかとても居心地が悪い。



「キミは食べないのかい?」

「……いただきます」



 だがここで食べないのは、不自然だし失礼だ。

 私は腹をくくった。



 ……むしゃ。



 うんっまぁ……。



 悔しいけど、修道院のものとはまるで比べものにならない。

 スープは温かくて味が濃いし、パンはふわふわだし、肉も噛み切れる。


 コロリなんて途中から完全に機嫌がよくなっていた。



「これおいしいです! なんのお肉ですか?」

「……それは、なんだったかな? すまないね、ボクは料理にあまり興味がないんだ。おいそこのキミ」



 司祭様は使用人に目を向ける。



「カトブレパスの香草煮込みでございます」

「ああ、そうそう。あのでかい牛だ」



 めちゃくちゃ高級食材じゃないか。

 たまに硬いスジの部分がジャーキーになって市場に並ぶけど。

 それだって庶民が手を出せるような値段じゃないってのに。



「楽しいですねアルさん!」

「美味しいよ。うん」



 楽しくはないかな。


 デザートのプリンをほおばるコロリに。

 プルーシィ司祭は口元だけでにこりと微笑む。



「もっと楽しいものを見せてあげよう」



 食事を済ませ、司祭様に案内されるがまま広い屋敷の奥へと進む。


 司祭様が扉を開くと、紙とインクの臭いが鼻についた。



「わ……すご……」



 私の口からも、思わず感嘆の声が漏れた。


 まるで図書館のように、壁一面にびっしりと本が並んでいた。

 本棚に入りきらないのか、床にもたくさん山積みになっている。


 よく見ると、どれもこれも魔法に関する本だった。


 ヴェリナス聖教の戒律で厳しく使用が禁じられている、魔法の。



「ここはボクの研究室さ。この環境を手に入れるためにずいぶん苦労したよ」



 よく見ると本だけじゃない。


 床には書きかけの魔法陣。

 机の上にはびっしりと書き込まれた術式のメモ。

 使い潰された触媒や魔石がそこかしこに転がっている。


 魔法の研究をするにしたって、ここまで狂気的な光景は見たことがない。



「どうだい? わくわくするだろう?」

「司祭様は魔法の研究もされているんですか?」

「ボクにとってはそっちがメインさ。司祭がおまけだよ」



 魔法の使用を許されているのは、高位聖職者だけ。

 だからといって、その研究のためだけになれるようなものなのか司祭って。



「さて。ここからが本題だ」



 空気が変わった。

 司祭様の目がぎょろっとコロリに向く。


 なごやかな屋敷案内はここまでらしい。



「キミたち。ここで暮らさないか」



 突然の提案だった。

 修道院を出て、この豪華な屋敷で?



「見てのとおり、ボクは魔法の研究……。女神ヴェリナスからもたらされたとされる恩寵の解析に生涯を賭している。そこでキミだ、コロリーヌ」

「私ですか?」

「そう! ボクの治癒魔法が効かないキミの体には、計り知れない価値がある。魔法の真理探求にはキミの協力が必要不可欠だ」



 プルーシィ司祭はずいずいとコロリに詰め寄りながら鼻息を荒げる。

 これまでの冷静で穏やかな印象とは一転して、すごく前のめりだ。



 なるほど。

 コロリは自分が大好きな研究の対象(サンプル)ってわけだ。


 最初から感じていた嫌な雰囲気の正体は、これか。



「もちろんキミが望むならば、おともだちも一緒で構わない。その鳥もね」



 私とピヨシは、はなからオマケだったわけだ。

 まあ、そりゃあそうか。



「キミにとっても悪い話じゃないだろう。ここは修道院なんかよりもずっと快適だ。それにもしまた高熱で倒れても、薬草ぐらい簡単に調達できる」



 それを言われちゃあ、返す言葉がないよね。

 ちょっと泣きそうになる。


 たとえ命がけで頑張ったところで。

 “私じゃなきゃできないこと”なんて、じつはないんだって思い知らされる。


 できるんだよな。

 お金と権力があればさ。



「アルさんはどうしたいですか?」



 そんな私に、コロリが問いかける。


 残酷だなあ。

 その判断を私に投げるのは。



「……コロリの好きにすれば?」



 そう答えるのが精一杯だった。

 どう考えたって、答えは決まっているんだから。


 研究対象としてでも、価値があるって思ってもらえるならいいじゃないか。

 それで今よりずっといい生活ができるなら。



 司祭様はさらに口角を上げて手を広げた。



「うんうん。答えは出たようだね。じゃあさっそく……」

「はい、お断りさせていただきます!」



 コロリは元気いっぱいに。


 …………え?



「は? え? コロリ?」

「お断りします!」



 プルーシィ司祭は完全にかたまっていた。

 口元だけにっこり笑顔のまま、ほんとに時が止まったみたいに。


 それから、ギギギと錆びた人形のように首をかしげる。



「……なんで? 理由を聞いてもいいかな?」



 コロリは丁寧におじぎをしながら答える。



「司祭様が私の体に価値を見出してくださったことには、大変ありがたく思います。ですが……」



 あくまでも司祭様の顔を立てるよう、丁寧に。

 だけど、恐れることなく、まっすぐに。



「私は私を、ひとりの人間として見てもらえる場所にいたいです」



 わけのわからないことを言う。

 いや、コロリはいつもわけわかんないけど。



「それはボクの屋敷で、丁重に扱われてなに不自由なく暮らすことよりも価値があるのかい?」

「はい」

「魔法の真理の探求よりも?」

「はいもちろん」



 言い切った。

 コロリは、司祭様のこの上ない提案を。

 きっぱりと拒絶した。


 ばかだ。

 やっぱりこいつはばかなんだ。



「……やれやれ。あの古い修道院はそんなに居心地がいいのかい?」

「はい、とっても楽しいですよ!」



 嘘つけ。

 居心地なんてせいぜい中の下でしょ。



「……楽しい、か」



 プルーシィ司祭はその言葉をくり返した。

 否定しない。

 だけど何かを飲み込むように、不気味に。



「……キミは、賢いね」



 褒めているようで、やっぱり嬉しくならない声。



「だったら話は早い。ボクのそばにいたほうがいい。楽しいことならいくらでも用意してあげられる」

「嫌です」



 きっぱりだった。



「お断りします」



 それだけ言って、コロリはピヨシを抱きかかえた。


 まるで、もう話は終わったみたいに。



 私はその横顔を見ながら、少しだけほっとして。

 同時に、ものすごくまずいことになった気もしていた。




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コロリは修道院のどんなところが楽しいのかなって、思いを馳せてる。
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