従者 4
部屋に戻った僕は、お風呂に入って寝る準備を整えると、ソファにドサッと座った。スマラクト様の――王族の従者なんて、本当に僕に務まるのだろうか……? むくむくと不安が湧き上がる。
みんなは、僕の評価はスマラクト様次第だって言っていた。スマラクト様が立派な主人なら、僕の評価も良いものになるんだって。けど、スマラクト様を立派な主人にするのこそ、従者の仕事なんじゃないかな……。
だって、カインさん、ウルペスさんに言ってたもん。リーラ姫の奔放さに振り回されて、きちんと制御出来なかったから、リーラ姫は身を滅ぼしたんだって。つまり、本来なら、そうならないようにウルペスさんが助けてあげないといけなかったって事で……。
王族と従者は、表裏一体みたいな存在なんだと思う。どちらか一方の評価が高くなるって事は、普通、無いんだろう。主人の評価が高ければ従者の評価も高いし、主人の評価が低ければ従者の評価も低くなる。逆もまた然りだろう。
僕、スマラクト様が悪く言われるの、凄く嫌だ……。だって、スマラクト様は僕の初めての友達だもん……。僕が頑張れば、スマラクト様が悪く言われる事は無いのかな? 僕がしっかりとスマラクト様を制御出来れば大丈夫なのかな……?
そんな事を悶々と考えていたら、部屋の扉がノックされた。返事をしながらソファから立ち上がり、扉へと向かう。そして、扉を開くと、その先にいたのはカインさんだった。
「明日の朝、準備が出来たら、真っ直ぐ坊ちゃまの執務室に来るようにとの伝言を預かって参りました。坊ちゃまは明日も、朝食前に貴女と遊ぶつもりでおられるようですね」
「……良いの?」
「良いのではありませんか? 朝食前は何も予定は入れていませんし。朝が弱い坊ちゃまが早起きをして下さるのなら、私から言う事は何もありません」
「そういうものなの……?」
せっかく朝早く起きるんだから、その分、仕事するとか鍛錬するとか、やる事があるんじゃないだろうか? 遊んでいたら、時間が勿体ない気がするんだけど……。
「今のあの方に求められている事は、そう多くありません。早寝早起きと領主代行としての仕事のみ。まあ、その二つすら、まともに出来てはいないのですが……」
カインさんがやれやれと溜め息を吐いく。いつも苦労してるんだろうな……。スマラクト様って、自由奔放を絵に描いたような人っぽいもん。まあ、それを補って余りある器の大きさもある気がするんだけど。でも、領主代行の立場的に、あんまり自由奔放なのは良くないと思う。
「スマラクト様って、領主代行のお仕事はあんまり好きじゃないの……?」
「嫌いではないのでしょうが……。なにぶん、好奇心旺盛で、気分屋な方なので。興味がある事を、気の赴くままにしていたいのでしょう。こればかりは、生まれ持った気質ですので……」
「僕が正式にスマラクト様の従者になったら、そんなスマラクト様を上手く制御しないといけないんだよね……?」
「そうですね。ただ、そこまで深刻に考える必要は無いと思いますよ。坊ちゃまは一見、聞き分けが無いように見えますが、人の助言や忠告に耳を傾ける事の出来る方ですから。信頼している友人からの言葉だったら尚更素直に聞くでしょう。ですから、貴女がやるべき事はただ一つだと、私は思いますよ」
「何?」
「坊ちゃまの信頼を得る事。坊ちゃまにとって、唯一無二の存在になる事です」
唯一無二の存在って……。それって、親友になれって事? うむむ……。どうやったら、僕とスマラクト様、親友になれるんだろう? 難しい顔で考え込んだ僕を見て、カインさんがくすりと笑う。
「難しく考えるのは貴女の癖ですか?」
「だってぇ……。僕、スマラクト様が初めての友達だしぃ……。いきなり、唯一無二の存在になれって言われても、どうしたら良いか分からないんだもん……」
「簡単ですよ。楽しい事や嬉しい事、そして、辛い事や悲しい事を共に分かち合えば、自然とそういう関係になれます」
「ずっと一緒にいれば良いって事?」
「ただ一緒にいれば良いという訳ではありません。楽しい時や嬉しい時は共に笑い、辛い時や悲しい時は共に泣く。そうして信頼が深まれば、唯一無二の存在になれます」
「分かったような……。分からないような……」
「いずれ分かると思います。さ。明日も早いのですから、もう休みなさい」
「うん! あ。そうだ。明日ね、また迷子になっちゃったら探しに来てね?」
この広いお屋敷の中、スマラクト様の執務室に迷わず行ける自信は全く無い。だから、僕はそう口にした。とたん、カインさんが声を出して笑う。
「そう言われてみれば、今朝、迷子になっていましたね。では、こうしましょう。坊ちゃまの準備が整ったら、私が迎えに来ますから。それまで部屋で待っていて下さい」
「うん! 分かった!」
お迎えに来てもらえるなら安心だ。満面の笑みで頷いた僕の頭を、カインさんがポンポンとしてくれた。
そうして翌朝。昨日と同じくらいに起きた僕は、朝の身支度を終えると、ソファに腰を下ろした。
さて。スマラクト様はいつ起きるんだろう? もう起きたかな? まだかな? ソワソワしながら、カインさんが僕を呼びに来るのを待つ。でも、待てど暮らせど、カインさんはやって来なかった。
おかしいな。昨日は、もう、とっくに遊び始めてたはずなんだけどなぁ。カインさんが約束を忘れてしまったのか……。それとも、スマラクト様がまだ起きていないのか……。う~ん……。
僕はそっと扉を開き、廊下の様子を窺った。と、廊下の向こうからカインさんがやって来ているのが見えた。やっとお迎えに来た! そう思って部屋を飛び出し、カインさんの元に駆ける。
「カインさん、おはよう!」
「おはようございます。そろそろ朝食の準備が整いますので呼びに参りました」
「朝食って……。だって……。スマラクト様は?」
「それが、ですね……。つい先ほど起きられて……」
カインさんが来るのが遅かったのは、スマラクト様が寝坊したせいだった! む~っと頬を膨らませる。
「僕、ずっと待ってたのに!」
「申し訳ありません。なにぶん、あのクソガ――じゃなかった、坊ちゃまは、朝が弱いもので……」
今、クソガキって言いそうになったよね? 僕の聞き間違いじゃないよね? ……あ。そうか。スマラクト様の寝坊にイラついているの、僕だけじゃないんだ。そりゃ、何度も何度も起こしても起きないんじゃ、イライラするのは当たり前だよね。うんうん。
「スマラクト様はもう食堂に行ったの?」
「いえ。部屋で支度をしておられると良いのですが……」
「ねえ。スマラクト様の所、連れてって?」
「それは……」
「ダメ?」
上目遣いにカインさんを見る。絶対にダメだって言うなら諦めるよ。でも、出来るなら連れて行って欲しいなぁ。そんな思いを視線に込める。
「分かりました……」
観念したように、カインさんが溜め息交じりに返事をする。
「しかし、寝起きの坊ちゃまは本当にクソガキと言いますか……。色々と言動に問題がありまして……」
「大丈夫。それでスマラクト様を嫌いになったりしないから、たぶん」
「たぶん、ですか」
大真面目な顔でそう言った僕に、カインさんが苦笑する。そして、彼は踵を返すと、ゆっくりと廊下を歩き出した。僕も遅れずについて行く。
そうして到着したのは、スマラクト様の執務室。カインさんと二人で執務室を抜け、奥の寝室に向かう。
カインさんが寝室の扉をノックするも、中からの応答は無い。もう一度ノックしても応答無し。彼は深い溜め息を吐くと、その扉を開いた。寝室に入ると、真っ先に目に入ったのは、ベッドの上のスマラクト様だった。
スマラクト様は寝ていた。ごめん寝って言うんだっけ、あれ。眠気に勝てずに、座ったまま前に倒れ込んでそのまま寝入ってしまうという、小さい子どもにたま~に見られるというあれだ。本で読んだ時には、そんな苦しい寝方をする子なんて絶対いないよって思ったけど、まさか、この目で実物を見る日が来るとは!
「坊ちゃま! いい加減にして下さい!」
「ん~……」
怒鳴るカインさんに、スマラクト様から生返事が上がる。けど、起き上がる気配は全く無い。夢うつつで返事をしたんだろうな。
「スマラクト様! 起きてよ!」
「ん~……」
僕の呼びかけにも生返事。でも、僕、諦めない! だって、僕、待ちぼうけを食らったんだから。文句の一つや二つ、言ってやりたいんだもん!
「スマラクト様ってば! 僕、スマラクト様が準備出来るの、待ってたんだよ! スマラクト様が寝坊したせいで、遊ぶ時間、無くなっちゃったよ!」
「ん~……」
「酷いよ! 約束破って!」
「んー……!」
おお? ちょっと返事が変わった気がする。僕の文句、ちゃんと聞いてる!
「僕、凄く楽しみにしてたんだよ! スマラクト様と遊ぶの! でも、遊ぶ時間、もう無くなっちゃったよぉ!」
「朝食後、遊ぼう……」
やっと生返事以外の返事が返って来た! けど、僕の望む返事じゃない。だから、僕はドスドスと地団太を踏んだ。
「朝ごはん食べたら、僕、里に行くんだよっ! 遊べないよッ!」
「じゃあ、帰って来てから……」
「帰って来たら、お仕事、教えてもらうんだもん! それに、スマラクト様は領主代行のお仕事があるでしょ!」
「サボる……。アベルもサボれ……」
「昨日、立派な主人になるって、領主様と約束したでしょ! サボったら立派な主人じゃないんだよ! 寝坊だってしないって、昨日、約束してたよ! 忘れちゃったの!」
「忘れてない……」
そう言ったスマラクト様がのそりと起き上がった。ぼ~っとした眼差しで、僕を、続いてカインさんを見る。
「早いな、二人とも……」
「坊ちゃまが遅いだけです」
「スマラクト様が遅いの!」
期せずして、カインさんとほぼ同じ事を、声を揃えて言ってしまった。
「支度が出来るまで、アベルに待っていてもらいますか?」
カインさんの問いに、スマラクト様が少し考え、緩々と首を横に振る。
「いや……。食堂に連れて行ってやれ……」
「その前に!」
僕は仁王立ちになり、キッとスマラクト様を睨んだ。
「悪い事をしたら謝らないといけないんだよ!」
「悪い事……」
「そう! 今日、スマラクト様は僕との約束を破ったんだよ! 謝って!」
「そうか……。すまなかったな……」
ぬぼ~っとした顔のまま、スマラクト様が謝罪を口にする。うん。これで僕の気も治まった!
「うん。いいよ! じゃ、行こう、カインさん」
「坊ちゃま。次寝ていたら、そのケツ、引っ叩きますからね」
そう言って踵を返したカインさんについて、スマラクト様の寝室を出る。扉を閉める時、ちらりと、のそのそとベッドから降りるスマラクト様が見えた。
「スマラクト様、起きたみたいだったね」
スマラクト様の執務室を出て、廊下を歩きながら僕がそう言うと、カインさんが深い深~い溜め息を吐いた。
「そう思うでしょう? しかし、そう甘くないのですよ、あの方の朝は……」
「だって、さっき、ベッドから降りて――」
「どうせ、私が戻ったら、ソファか床で寝ていますよ。いつもそうですから。昨日の早起きは奇跡だったんです。普段は、埒が明かないので、寝ている坊ちゃまを私が着替えさせているんですよ……」
せっかく起き上がったのにまた寝ちゃうなんて……。スマラクト様ってば、どんだけ朝に弱いのさ……。
今のスマラクト様に求められている事は二つ。朝ちゃんと起きる事と、領主代行の仕事をしっかりする事。それってつまり、僕が手助けしないといけない事な訳で……。毎日、あんなに朝が弱いスマラクト様を起こすのも仕事の一つって事だ。
えぇ~……。僕、今後の生活、凄く不安になってきた……。だって、ちゃんと早起きしてもらうの、今日の様子を見る限り、物凄く大変そうなんだもん。




