従者 3
食堂に戻って来たスマラクト様達は、僕の顔を見て怪訝そうに眉を顰めた。それもそのはず。当の僕は半泣きなんだから。
「ど、どうしたんだ、アベル? 具合でも悪くなったか?」
スマラクト様がそう言って、僕のおでこに手を当てた。そして、反対側の手で、自分のおでこに手を当てる。
「熱は無さそうだが……」
「違う……。具合、悪くない……」
「そうなのか? では、何故、そんな顔をしている?」
「ぼ、僕、自信無いよ……!」
「自信? 自信とは何の話だ?」
「自信、無いんだよぉ~!」
声を上げて泣き始めた僕を見て、スマラクト様がギョッと目を剥く。
「ア、アベル! 全く話が見えない! 泣いていないでちゃんと説明しろ!」
「うわぁぁ~ん!」
「じい! バルト! 僕がいない間に何があった」
「何も。強いて言うのなら、アベルの置かれた立場を説明した程度です」
そう言ったのはカインさん。その言葉に、スマラクト様が怪訝そうに眉を顰める。
「立場? 立場とは何だ?」
「アベルは王族の側近になるのだと説明致しました」
「それくらいで何故泣く? まさか、きつい物言いをしたのか!」
「いいえ。先程アベルが言っていたではありませんか。自信が無い、と」
「あ。そういう事か!」
ウルペスさんがポンと手を打つ。そして、苦笑しながら僕の正面、スマラクト様が食事の時に座っていた席に腰を下ろした。スマラクト様が僕の隣、アイリスちゃんが座っていた席に座り、領主様は領主様の席に座る。
「それで、ウルペス? 何が分かったというのだ?」
そう言ったスマラクト様が腕を組み、椅子にふんぞり返った。あんまりお行儀の良い座り方ではないと思う。けど、誰も何も言わない。
「王族の側近だなんて、変にプレッシャーを感じちゃって、不安で押しつぶされそうになってんでしょ?」
ウルペスさんの言葉に僕はこくりと頷いた。世の中の事を知らない僕が王族の側近だなんて……。務まるはずがないんだよぉ……!
「心配しないでも、今のアベルちゃんにそこまで求める人はいないよ。せいぜい、スマラクト様の遊び相手を務めて欲しいなくらいにしか思ってないから」
「で、でも……ひっく……大人になったら……?」
「大丈夫。お勉強する時間はたんまりあるから。スマラクト様が大人になるの、何十年後だと思ってるの? 今日明日の話じゃないでしょ?」
言われてみれば……。人族よりもゆっくり歳を重ねる僕達は、大人になるまで人族の一生分くらいの年月がかかる。そう考えると、色々と学ぶ時間はある。でも……。
「僕で、ひっく……大丈夫……?」
「ん~。アベルちゃんはさ、お勉強、嫌い?」
ウルペスさんの問いに、僕は少し考え、首を横に振る。知らなかった事を知るのは楽しいと思う。出来なかった事が出来るようになるのも。その過程を勉強だと考えたら、僕は勉強が嫌いではない。
「じゃあ大丈夫。努力が出来る子なら、全く何の問題も無し!」
「本当……?」
「本当、本当。それにね、こう言っちゃなんだけど、王族の従者って、俺なんかでも務まるものなんだよ!」
そう言ったウルペスさんは、悪戯が成功した子どものように、ニシシと笑っていた。驚いて領主様を見る。と、彼は苦笑しながら頷いた。
「そうだねぇ。確かに、ウルペスでも一応、務まってはいたね。主人が臣籍に降りるなんて暴挙に出た時、それを止められなかったけどね」
「う……。それを言われると……。あの時は精神的にかなり参ってる時期だったし、人の事にまでかまってられなかったとしか……」
ああ、そうか。ウルペスさんって、ラインヴァイス様の元従者だったんだ。仲が良いなとは思ってはいたんだ。ウルペスさんの物言い、結構遠慮無いのに、ラインヴァイス様はそれを普通に受け入れていたんだもん。歳も近いし、友達なのかなって思ってたけど、元従者だったのか。
「とまあ、こんな子でも案外務まるものよ~」
そう言った領主様がにっこりと笑う。
「それにね、君の評価を決めるのは、君自身の行動だけじゃないんだな、これが」
領主様の言葉に、ウルペスさんがそうそうと頷く。僕の評価が僕自身の行動だけじゃないって……? 他に何が僕の評価に繋がるの? そう思って首を傾げる。スマラクト様も一緒になって首を傾げていた。
「何でスマラクトまで首を傾げるかなぁ……。まあ、いいや。良い機会だから、二人に説明してあげて、カイン」
「はい。従者としてのウルペスの評価は、私が知る限り、非常に高かった。それはひとえに、ラインヴァイス様の素行が大変良かった為です。ウルペスはリーラ姫の遊び相手も務めていましたが、もし、リーラ姫の専属従者だったとしたら、従者として評価される事は無かったかと思います」
「ちょっ! それだと、リーラ姫の素行が悪かったみたいに聞こえるんですけど! あの子はちょっとお転婆で向こう見ずなところがあったけど、それが良い所だったんですよ!」
堪らずといった様子で、ウルペスさんが声を上げる。と、カインさんが一つ頷いた。
「もちろん、それは私も分かっています。しかし、そのせいで身を滅ぼしたのも事実ですし、多くの人が涙したのも事実です」
「う……。そう、ですけど……」
「ラインヴァイス様のように思慮深くなれというのは、あの方の生まれ持った気質的には酷だったでしょう。しかし、あの方の奔放さに振り回されず、きちんと制御する事が出来れば、ああなる事は無かったはずです。あの方にとって一番重要だった事を見誤り、最悪の結果を招いたのではありませんか?」
ウルペスさんは言い返せなくて、ぐぬぬとなっていた。僕はごしごしと袖で涙を拭くと、隣に座るスマラクト様の服の裾をくいくいと引っ張った。そして、こちらを向いたスマラクト様にこそっと尋ねる。
「さっきから話に出てるリーラ姫って? 誰?」
「ああ……。竜王様とラインヴァイス兄様の妹君だ。先の大戦で戦死したと聞いている」
「じゃあ、スマラクト様の従姉?」
「そうだ。僕が生まれる前に亡くなっているから会った事は無いがな。じいや父上に話を聞いた限りだと、かなり奔放で勝気な人だったようだ」
スマラクト様の説明に、僕はほうほうと頷いた。やっぱり、僕、知らない事だらけだ。リーラ姫だって、普通だったら、名前を聞いたらすぐに分かるんだと思う。やっぱり、僕じゃ――。
「つまり、何が言いたいかって言うとね~」
領主様の声でハッと我に返った。領主様の方を見ると、彼は全てを見透かすような目をして僕を見ていた。僕が自己否定的な考えに走りそうになったの、もしかして、領主様は気が付いたのかな……? そんな風に思ってしまうような目を、彼はしていた。
「スマラクトが品行方正なら、アベルの評価はうなぎ登り。逆に、スマラクトが人間的に成長しないなら、アベルがどんなに優秀でも、従者としては失格の烙印を押されちゃう。さて。それを聞いてどう思う? スマラクト?」
領主様の問い掛けに、スマラクト様が少し考え、口を開いた。
「アベルが感じている重圧は、本来なら僕が感じるべきもの、ですか?」
「そう。正解! よくできました~!」
にっこり笑った領主様がパチパチと手を叩く。と、スマラクト様がムッとしたように眉根を寄せた。
「父上。いつも言っていますが、僕は人族で言うところの成人年齢はとうに過ぎているのです。いつまでも子ども扱いしないで頂きたい!」
「そうね。ごめん、ごめん」
朗らかに笑った領主様が、大して悪いと思っていないように謝る。スマラクト様は不服そうにフンと鼻を鳴らした。
「じゃあさ、大人なスマラクトは、立派な主人の姿、アベルに見せてあげられるって事だよね?」
「もちろんです!」
「そう。じゃあ、もう夜更かし朝寝坊なんてしないよね? 立派な主人は、早寝早起きじゃないとねぇ!」
「え……。まあ、そう、ですね……」
「あと、領主代行の仕事を放り出して遊び回るなんて、そんな不届きな事もしないって事だよね? 立派な主人は真面目なものだものねぇ?」
「それは……もちろん、です……」
「偉いねぇ、スマラクトは! 今の言葉、絶対に忘れるんじゃないよ?」
領主様がニヤリと悪い顔で笑う。こういうの、言質を取られたって言うんだよね、確か。スマラクト様ってば、領主様の掌の上で転がされて……。
「ということで、アベル。スマラクトは立派な主人になってくれるそうです! 良かったねぇ!」
「あ、はい……」
「だから、君は何も心配する必要なし! ということで、今日は解散~! 良い子はもう寝る時間だからね~」
そう言って領主様は席を立ち、扉に向かった。言質を取られたスマラクト様は放心状態。意図しない約束をさせられちゃったんだから無理も無いけど……。ちょっと可哀想かな……。
「あ。そうだ」
ふと、領主様が足を止め、こちらを振り返る。そして、スマラクト様に言った。
「アベルの部屋、準備しなさいね? 屋敷のどの部屋を与えるかは、スマラクトの裁量に任せるから。アベルの立場はもちろん、他の者達との兼ね合いも考えて、最良の部屋を考える事。期限は、そうだなぁ……。明日、アベルの里のおじいさんへの挨拶から僕達が帰って来るまでにしようか?」
「はい……」
魂が抜けたような顔でスマラクト様が返事をする。と、領主様は満足そうに頷き、食堂を後にした。深い深い溜め息を吐くスマラクト様。カインさんは、そんなスマラクト様に何か言葉を掛けるでもなく、ただ黙って見守っているだけだった。




