136.自覚なき聖人
こんこん、とためらった感じのノック音がした。「はい」と俺が答えると、外から帰ってきたのはラセンさんの声だ。
「私です。隊長も一緒よ」
『らせんおねーちゃんとかいるおにーちゃん、ちゃんといるよー』
「おう、そうか。はい、今開けます」
タケダくんが楽しそうに羽ばたくのを確認して、扉を開ける。途端、しゃーと返事された。カンダくん、まあ落ち着け。
「どうぞ。目、覚ましてますよ」
「あら、それはよかった」
小脇に板抱えたラセンさんが胸なでおろしながら入ってくるのに続いて、カイルさんもほっとした顔で入ってきた。で、ベッドに寝たまんまだけどこっち向いてる王姫様の顔見てちょっとだけほころんだ。良かったな、大丈夫みたいだぞお姉さん。
で、ベッドサイドまで行ったところでラセンさんが尋ねた。
「殿下。お加減は」
「うむ、大丈夫だ。おそらく、ジョウのおかげだな」
「は?」
あのー王姫様。確定してないんだから、そういうこと口にされても困るってば。というか、タケダくんの話聞いてないと何が何だかさっぱり分からないだろうし。
そういうことにすぐ気づいたようで、王姫様は「いや、なんでもない」と首を振った。まあ、結局後で説明してみないといけないだろうけどさ。
「はあ……まあ、顔色は良さそうなんで、殿下のおっしゃる通りなんでしょうね」
「お元気そうで、良かったです」
「うむ。私も無事に来られるとは思わなかったがな、太陽神様のご加護があったのだろう」
ラセンさん、そしてカイルさんの言葉にうん、と頷いた王姫様。そっか、黒から逃げてきたんなら太陽神さんが助けてくれた、のかも知れないな。
何となく全員がほっと一息ついたところで、……王姫様が、ぶっちゃけた。
「……ところで。腹が減った」
「は?」
ラセンさんもカイルさんも、目がまんまるになった。多分、俺も同じ顔してるんだと思う。
いやまあ、人間として間違っちゃいねえとは思うけどな。でも、何か大変そうなことがあって逃げてきて気絶してて目を覚まして……ああ、何か無事っぽいんで安心したんだ。そら腹減るわ。
「いや、食堂はありますから用意はできると思いますけど……食べるんですか」
「食べる。何しろ、少なくとも1日以上は何も口にしておらんからな」
俺が恐る恐る尋ねると、王姫様はきっぱりと答える。あー、こりゃやっぱ王都からノンストップでぶっ飛ばしてきたな。あの馬、大丈夫だろうか。
「食欲があるのなら、まず大丈夫でしょう。リクエストなどあれば」
「1日食ってないから、腹に優しいものを頼む」
「はい。隊長、お願いできますか?」
「俺か?」
あ、カイルさんにお願いしたのはラセンさんだからな。いや、俺、自分で取ってこようと思ったんだけど。何でラセンさん、カイルさんに振るかねえ。隊長なのに。
「……分かった、行ってくる。ラセン、ジョウ、頼んだ」
「お任せくださいな」
「あー、はい」
素直に受けたカイルさんに平然と応えるラセンさん……に対して、俺はすっとぼけた答えしか口に出せなかった。ははは、間抜けだなあ、俺。
扉が閉まった後、ラセンさんが王姫様に向き直った。さっきまでとは違う真剣な表情で、持ってきた板を掲げて。
「殿下。その……失礼ですが、身体を診せていただいてよろしいですか?」
「え」
あ。そうか、この板ってあれだ、診察用の。俺も巡りの物とか来た時に、これで診てもらったことがある。魔力で体内投影して見るんで、医者よりも魔術師が使うことのが多かったりするんだ。まあ、医者呼ばなきゃいけない状態なら素直に任せるけどな。
「このこともありまして、隊長には席を外していただいたんです。弟君とはいえ、殿方ですから」
あーうん、要はMRIだったりCTスキャンだったりするわけだしな。もし何かあってカイルさんに見られたりしてショックなことあったら、なあ。黒の影響、ちいとばかり受けてたみたいだし。何かなかったとは、診てみないとまだ言えないし。
「……あ、ああ、そうだな。頼んで、良いか」
「はい。では失礼します、楽になさってくださいね。ジョウさんは、周り見ててください」
「あ、はい。分かりました」
ラセンさんは俺に周囲への注意を頼んで、それから王姫様の上掛け剥いだ。横になってる彼女の身体の上、ちょっと離した空間に板を滑らせる。
俺は見ててもしょうがないので、指示された通り周囲に視線を向けた。どこかから、誰かが来たら問題だもんな。そうでなくてもコーリマの王姫殿下なんだから、狙ってる勢力は多いんだし。
「終わりました。ジョウさん、ありがとう」
そんなことをぼやぼやと考えてる間に診るのは終わったようで、ラセンさんが声をかけてくれた。慌てて視線戻すと、王姫様は再び上掛け被ってゆっくりしてる。
さて、結果だけど。
「お怪我は軽いものばかりですね。擦り傷と打ち身くらいですから、薬で治療すればすぐ良くなると思います」
「そうか。丈夫な身体だな、我ながら」
「丈夫でよかったですよ、セージュ殿下」
俺はつい、素直な感想を口にする。いやだって、丈夫でなかったら打ち身どころじゃなかったっていうか、逃げてこられなかったかも知れないんだし。
と、一瞬口ごもった感じでラセンさんが続きを口にした。
「それと、……綺麗なままですよ。ご安心を。黒の気がほんの僅か、残っているようなのですが」
「……イカヅチがいなければ、染まっていたな」
………………。
あーうん、つまりそういうことな。イカヅチって誰だろうと思ったけど、王姫様の部下なんだろうな。きっと、逃げ出すときに助けてくれたんだ。だから王姫様は……えーとエロ展開にならずに、逃げてこられたんだ。
『あのねー。くろね、ままがせーじゅおねーちゃんだっこしたら、ぽろっておちたの』
「しゃ?」
『うん、ほんとだよー』
「しゃあ……しゃあ、しゃー」
唐突に、タケダくんとカンダくんが会話スタート。伝書蛇同士の会話って、何かほのぼのするんだよなあ。くねくねぱたぱたしゃーしゃー、って感じで。
というか、そうか、さっきの黒がぽろっ、の話か。カンダくん、ラセンさんにしゃーしゃー説明してる。それを聞いてラセンさん、目をぱちくりさせながら尋ねてきた。
「はい? ええと、ジョウさん、タケダくんの言ったことって……」
「ああ、黒の気がぽろっと、ってやつですか。そうらしいんですけど、何しろ自覚ないし目にも見えなかったもんで」
「はあ……」
いや、ラセンさん、ぽかーんとしないでくれよ。タケダくんにそう言われただけでマジ、俺にも分からないんだし。




