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虐げられた令嬢は魔女になり、誰にも奪われない領域を作る〜義妹に全てを奪われた伯爵令嬢、奴隷たちと帰る場所を創る〜  作者: 薄氷薄明


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第44話 「前夜」

 領域が生まれてから、五日が過ぎた。

 森には少しずつ人の手が入っていた。

 木を切り倒し、道を作る。

 開けた場所には簡易な天幕が並び、井戸を掘る場所には杭が打たれている。


 まだ街と呼べるものではない。

 それでも、この土地は確かに変わり始めていた。


 誰も近寄れなかった森に、人の暮らしが根を下ろそうとしている。

 その光景を眺めながら、エマは静かに息を吐いた。


「……ここまで来ましたね」


 隣でリアが頷く。


「ええ。でも、本当の始まりはここからよ。」


 領域は完成した。


 だが、人が暮らす街になるには何年もの時間が必要になる。


 住居。

 水路。

 畑。

 牧場。

 道路。


 一つひとつ、人の手で作っていかなければならない。

 エマはその景色を見渡しながら思った。


(急ぐ必要はない。)


 この場所は、もう逃げない。

 何年かかってもいい。

 ここは、自分たちの帰る場所なのだから。


 昼になる頃、ライリーが帳面を抱えてやってきた。


「エマさん。」


「どうしました。」


「今後の予定を整理しました。」


 机代わりの切り株へ紙を広げる。


「宣言が終われば、王国から開拓の許可も正式に下ります。そこから本格的な建設ですね。」


 エマは頷いた。


「はい。」


「そして王都の店ですが……。」


 少しだけ間を置いた。


「閉める時期を考えなければなりません。」


 ロンたちも自然と集まってくる。


 ハインが少し寂しそうに笑った。


「あのお店、好きだったんですけどね。」


 ラドスティンも小さく頷く。


 エマは少しだけ店を思い浮かべた。


 小さな店を一人ぼっちで切り盛りした。

 たくさんの依頼人。

 途中から仲間ができた。

 仲間と初めて家族のように食卓を囲んだ場所。

 大切な場所だった。


「ですが……」


 エマは静かに言った。


「私は、お店そのものを守りたいわけではありません。」


 全員がエマを見る。


「困っている人が薬を買えなくなることは避けたい。」


 それが一番だった。

 王都から店がなくなれば、今まで来てくれていた患者は困る。

 それだけは避けたい。


「……ギルドですね。」


 ライリーがすぐ理解する。


「はい。」


 エマは頷いた。


「ポーションをギルドへ卸して、販売をお願いできないか相談したいです。」


「なるほど。」


「店は閉めても、薬は届く。」


 ハインも嬉しそうに言う。


「それなら今までのお客さんも安心ですね。」


「利益も安定します。」


 ライリーが続ける。


「店舗を維持するより効率もいい。」


「その方が、この領域にも集中できます。」


 エマはそう結論づけた。


 夕方、一羽の伝書鳥が森へ飛んできた。


 王家の紋章。


 ヴィアンからだった。


 エマは封を切る。


『陛下がお受けになりました。

宣言は王宮大広間にて正式な国家行事として執り行われます。

当日は主要貴族、宮廷魔術師、魔術師協会、各騎士団長が参列予定です。』


 読み終えたエマは静かに紙を畳んだ。

 リアが表情を見て言う。


「決まったのね。」


「はい。」


「王宮です。」


 その一言で空気が変わる。

 ロンが静かに拳を握る。

 ハインは少し緊張したように笑った。


「王宮なんて行ったことありません。」


「私もありません。」


 ライリーも苦笑する。

 ラドスティンだけは静かだった。


「戦場よりは静かだろう。」


 その一言で皆が少し笑った。


 夜。


 エマは一人で森を歩いていた。

 見上げれば満天の星。

 地面の下では、自分が埋めた結晶が静かに領域を支え続けている。

 母も、この景色を見たかっただろうか。

 そんなことを思う。

 復讐のために歩いてきたわけではない。

 母との約束を果たすために歩いてきた。

 だから、最後も怒りでは終わりたくない。

 伝えたいのは恨みではない。

 ただ一つ。


 この国で、確かに一人の少女が存在していた。


 その事実だけだった。

 エマは静かに夜空を見上げる。


「……もうすぐです、お母さん。」


 その声は、秋の夜風に溶けていった。

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