第40話 エピローグ
「来たわよ姉さん。私だって暇じゃないんだからね」
一通りの作業が終わり、明日東京へと帰ると決まったので、私は今日一日お休みを貰い、ある場所へ行くために沙夜を呼び出した。
「悪いかったわね、少し付き合って欲しい場所があったのよ」
「それでどこへ行くのよ」
「ついてくれば分かるわよ」
今の私は仮面もつけていなければ、金髪碧眼に変装もしていない。
昨日、今日一日私に付き合いなさいと言うと、素顔の私とならという条件を付けられてしまった。
元々今日ばかりは私も変装するつもりは無かったので、その条件を飲んだのだが、まさか鈴音まで連れて来るとは思ってもみなかった。
ただこちらも胡桃を連れてきているし、二人は空気を読んで少し後ろに離れてくれているので、あまり邪険にするものではないだろう。
「そうそう、お礼を言わなければね。父さんたちに私の正体を隠してくれているんでしょ?」
「それはまぁ。姉さんも姉さんなにり使命があるんだと思っているから」
「へ、使命?」
何の事だろう? でもまぁ、沙夜なりに納得できているようだから、敢えて深く追及することもだいだろう。
「うん、そう使命なのよ」
「やっぱり…」
若干騙している感がいっぱいで目が泳いでしまうが、取り敢えずは怪しまれてはいないようだ。
「そうだ、ついでだから聞いておくけど、あれから父さんは元気なのよね?」
「うん。まだ多少足元がおぼつかないようだけれど、体には異状ないみたい」
「そう、ならよかったわ」
別に父さんの事を心配してるわけじゃないけど、目的地に着くまでもう少し時間がかかるし、無言のまま二人で歩くというのも気まずいので、これはあくまで話のネタとして尋ねただけ。
決して罪悪感や、娘として心配したというわけではないと信じてもらいらい。
「ただ……」
「ん、何かほかに問題でも?」
「兄さんがその……部屋から出て来なくて」
「へ?」
あの傲慢で自意識過剰の兄さんが引きこもり? なんの冗談よ。
「傷なら治してあげたでしょ? もしかして紬を失った焦燥感から?」
「そうじゃないんだけれど……」
一応なんらかの事故で契約している精霊を失った場合、再度召喚の儀式を行い、新しい精霊が応えてくれれば契約することも可能だが、どんな精霊でも一度呼び出した精霊とは契約しなければならない決まりがあったり、二度目の召喚が成功するには50%以下だったりとか、色々とややこしい決まりや状況が盛りだくさんなのだ。
「じゃ何が原因なのよ」
思い当たるのは牙ッ鬼に食べられそうになった時の怯えた兄の姿だが……、はは、まさかね。
しかしジトーっとした沙夜の視線がその答えを示してくる。
「もしかして……私?」
無言の沙夜の頷きで、思わず天を仰いでしまう。
あちゃー、やっぱアレか。
状況が状況だったとはいえ、原因を作ってしまった立場としては多少責任は感じてしまうが、私もまさかあの程度で心が折れるとは思ってもいなかった。
でも確かにあの時は、頼る精霊もおらず術を使おうにも霊力が底をつき、まともに立つことすら出来なかったのだ。おまけにそこまでの過程で、散々ボロボロにされたわけだし、食べられる瞬間に問答無用で横から吹き飛ばされたのだから、恐怖を感じてしまってもある意味しかたがないのかもしれない。
「姉さん知ってる? 兄さんって今の今まで負けたことがなかったのよ」
「……マジ?」
万年負けっぱなしだった私からすれば、なんとも贅沢な話だと思うが、今考えるとあの経験があったからこそ、今の私の強さに繋がっているのではないかとそう思える。
するとこの歳で初めて敗北と力の無さを味わい、おまけに戦いの中で恐怖を感じてしまったことから、立ち直れない状態にまでに至ってしまったのだろう。
せめて最後まで戦場に立ち、私たちと勝利の余韻を味わっていればまた変わったのだろうが、早々に退場してしまった兄は、その機会すら失ってしまった。
まぁ、半分は私に責任があるんだけれどね。
「でも良かったんじゃない? 一度も挫折したことがない人生より、何度も失敗や挫折を繰り返していく方が、人を何倍にも成長させると思うのよ。その点私は負けや挫折のエキスパートだからね、兄さんもずっとこのままって訳じゃないでしょうから、そのうちきっと立ち直れるでしょ」
無責任かもしれないが実際その通りだと思うし、兄さんも一度くらい弱者の気持ちに寄り添って、いつも影から支えてくれている術者さん達に感謝の気持ちを覚えるべきだろう。
「確かに……。姉さんがの言うとやけに説得力が」
「ほっといて!」
自分で言っておいてなんだが、さすがに今の言葉は傷ついた。
しかし沙夜にはあえて言わなかったが、挫折や失敗をしても立ち直る勇気と根性がなければただの負け犬。
私から言えば、一度くらいの敗北でなに甘えた事を言っているのだと言いたいが、立ち直れるかこのまま負け犬として引きこもるかは本人次第なので、まぁ未来の当主として頑張ってもらうしかないだろう。
最悪北条家の後継者には沙夜も居るんだしね。
いや、むしろ沙夜が後を継いだ方が北条家としてはいいんじゃないだろうか。
「あ、ここ寄っていくね」
「えっ、ここっていつものお花屋さん? ……あぁ、そう言う事ね」
話の途中だったが、目的の一つでもあるお店の前に来たので、紗夜に断りを入れて立ち寄る。
沙夜には最後の目的地を告げてはいなかったが、どうやら行きつけのお花屋さんに立ち寄った事で理解出来たのだろう。
その後も昔ながらのお弁当屋さんに立ち寄り、美味しそうなお惣菜の幾つかを購入にして目的の寺院へとたどり着く。
さすがに沙夜にとっても思うところはあるのか、入り口から目的の場所へだどり着くまでお互い言葉が無くなった。
「あれ、お花が新しいわね」
そこは歴代のご当主様や、北条家所縁の方々が多く眠っておられる墓地の一つ。
その中で比較的新しいお墓の前まで来ると、新しいお花が供えてあるのに目が止まる。
「多分父さんじゃないかなぁ。一昨日一人で何処かへ出かけられていたから、もしかして母さんに会いに来てたのかも」
「この時期に?」
お盆にはまだ少し早く、命日や何かの記念日にも程遠い。
私は偶然にも里帰りをした形なので、単純に母へ会いに行こうかと足が向いただけなのだが、なぜ父が何の変哲もない日にお墓前りに来るのだろうか?
しかも一昨日と言えば北条家で激戦を繰り広げた翌日。屋敷の方もバタバタしているし、病み上がりの父にとっても簡単に出歩ける状態ではなかった筈だ。
「もしかして姉さんだって気づいてたんじゃないの?」
「まさかぁ。沙夜と違って一緒には戦ってもいないのよ? 会話だってロクにしていないのに、バレるわけがないじゃない」
共に戦った? 兄ですら私の正体に気づいていないのだ。それが再会して10分にも満たないのに気付かれるなんてありえないだろう。
「其れよりせっかく綺麗な花が添えられているのに、入れ替えちゃうのは勿体ないわね」
この花を供えてくれた人が誰かは知らないが、せっかく綺麗に活けてある花を枯らしてしまうのも忍びない。
ここへ来たと言うのは少なくとも母の事を思っての事なので、その気持ちを無下にするのも悪いだろう。
「じゃ私が和尚さんに花瓶になるようなものを借りてくるわ」
「おっけー、それじゃ私はそれまでお墓の掃除をしておくわね」
ここは北条家と所縁のあるお寺だからね。その娘である沙夜がお願いすれば何かを借りる事もできるだろう。
沙夜が鈴音と共に境内の方へと向かうと、胡桃がいつの間にか用意していた桶と水を使い、一緒に簡単なお墓の掃除を行う。
「懐かしいですね」
「そうね、胡桃と来るのも久々だものね」
母が亡くなる一年前に胡桃と鈴音が我が家へとやって来た。
恐らく自分の死期が近づいている事に気付き、残される私と沙夜を心配して二人を私たちの元へと遣わせてくれたのだろう。
もし胡桃がいなければ私は今も心を殺していただろうし、沙夜とも再びこうして話す事もなかったかもしれない。
ホント母さんは感謝しても仕切れないほど恩がある。
「姉さん、借りてきたわよ」
「ありがとう。こっちはもう少しで終わりそう」
あの頃には考えもしなかった姉妹二人でのお墓参り。
お盆の時ですら家族バラバラだったというのに、実家を飛び出した後に再び妹と来るだなんて不思議なものだ。
もし望めるのならばまた来年も一緒に……
「姉さん、また一緒に来れるよね?」
「何よ、もしかして寂しいの?」
一瞬心の中を読まれたかと思い、焦って反対の言葉が飛び出してしまう。
「ち、違うわよ。ただ……」
「ただ?」
「母さんがその……、喜ぶんじゃないかと思って……」
「……」
そうか、そうよね。母さんだって啀み合っている姉妹より、こうして二人仲良く会いに来てくれた方がきっと喜んでくれる筈。
父と兄とはそこまでの想像がまだ出来ないけれど、沙夜と二人ならまた一緒に来てもいいのかもしれない。
「嫌なら一人で来るわよ!」
「ふふ、何拗ねてるのよ。別に遠くにいるわけじゃないんだから、何時でも付き合うわよ」
沈黙を否定と捉えらわれてしまったのだろう。
県を跨いでいるとはいえ、都心からここまでの距離は然程ない。それに最近じゃ公共の交通機関が発展しているので、然程時間もかからない筈だ。
「じゃぁね、母さん」
「また来るから」
左右二組の花束に囲まれた母に別れを告げ、姉妹で肩を並べながら歩き出す。
途中初めて持つスマホを自慢したり、住んでいるマンションの話を聞かせながら会話に花を咲かせる。
そんな折り、ふと優しい風が私たちに吹くと姉妹揃って振り返ってしまう。
「母さん……?」
それは心の錯覚が見せたものか、はたまたどこかの神獣が気を効かせて見せた幻影かは分からないが、一瞬だがそこには優しく微笑む懐かしい母の姿があった。
「ね、姉さん……今のって……」
「幻でしょ。でも、笑っていたわね」
「……うん」
母さん、ありがとう。またね。
天を眺めれば空は蒼く、地上には優しい風がいつまでも吹くのだった。
・・・ Fin
【 次回予告……? 】
「誰よ貴方」
「俺か? おれは結城蓮也、通りすがりの精霊術師だ」
それは蓮也と風華、そして私達の恩人でもある九鬼 時雨との出会いの物語。
「ちょっと、何よアレ。もしかして鬼なの!?」
「嘘だろ、二体もいやがるぞ」
三人の出会いが、最悪の敵を引き合わす。
「グケケケッ、おれの目的か? そんなの決まってんだろ、ここを地獄にすんだよ!」
宿敵牙ッ鬼との出会い。
「ごめんなさい、貴方達を巻き込んでしまって。でもこれだけは!」
「まって時雨さん!」
隠された時雨の秘密、そして語られる5年前に起こった悲劇の結末。
「九鬼家の名において、今度こそ貴方を滅するわ!」
出会いと別れは鏡合わせ。
時雨との出会いが私たちの運命を大きく動かす。
「私は人を傷つけたくないんです。だから、こんな角!」
「やめなさい!」
風華の中に宿る力、それは未来を託した大勢の想い。
「私の元へ来なさい、風華!」
訪れる絶望とほんの僅かな希望の光。やがて運命をも変える力が今目覚める。
「白銀、風華、行くわよ! 『二重纏』!!」
交響曲では語られなかった出会いと別れの物語。
エピソード・ゼロ 精霊術師の序曲、始まるか始まらないかは気分次第! 期待せずにお待ちください!
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あとがき。
最初に、最後までお付合い頂きありがとうごさいます。
精霊術師の交響曲、これにて一旦終了とさせていただきます。
いやぁね、当初は交響曲を書いた後に蓮也達の出会いの話を書き、その後に2つのエピソードを書く予定だったんですが、思いの外色々なものが伸び悩み、私にはこのジャンルは合わないのかなぁっと心がね……。
私的にはすごく書きやすくて、ノリノリで書けたのは聖女の代行以来なので、できればこのまま書き続けたかったんですか、やっぱりここまで読んですらもらえないのはモチベーションが(PД`q。)
一応設定だけは白銀の秘密がわかる京都四聖獣編と、風華と牙ッ鬼の誕生の秘密がわかる伊勢志摩の九鬼家編があるのですが、今のところここまで書くのは難しいかなぁ。
私は少し頑固なところがあって、タイトルを長々とするのは好きじゃないんですよねぇ。もっと見てもらえるよう努力しろよと怒られそうですが。
そんなこんなで、もしかして続きを書くような事態も起こらないとは限らないので、今回はエンドロールを用意しておりません。
今まで一度でも私の作品を目にしている方は、アレ、ないの? と思われたかもしれませんが、そういった理由からですのでご理解くださいませ。
このまま精霊術師シリーズとして有りかも? とかほんの僅かですが野望もありますので。
さて次回作ですが、現段階では全く何も決まってません(笑
新しいお仕事シリーズの新作を書くべきか、ネタ満載の聖女シリーズに取り掛かるべきか、はたまたプレリュードを本当に書いた方がいいのか(おいw
今回わかったのは、主人公が軽くおバカで知らずに無双してしまうような設定が、どうやら私は書きやすいようです(笑
そうなるとやっぱりギャグ多めの聖女シリーズ?
まぁ、構想も兼ねながらゆっくり考えたいと思います。
それでは本日はこの辺で、次回も皆様にお会いできますよう願いまして、最後の言葉とさせていただきます。
最後までおつき合い頂きましてありがとうございました。
By みるくてぃー。




