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ほしとり #2


 ほしとり #2


 私立の小学校に通う彼とは学年も違ったが、同じ町内に住所があったおかげで毎年同じグループに入れられ行動を共にしていた。私が初めて参加したのは小学一年生のときで彼は三年生だった。私はまだ百以上の数字を知らず、そもそも夜はぐっすり眠ること、夢を見ること、夢にうなされること以外の事象はないと思っていたも同然だったので、他の似たような子供たちと一緒に宿の中で寝ていたのだと思う。

 翌年、私は「10000」を知っていた。夏だというのに吐く息の白さを驚き、真っ暗に晴れ渡る夜空の一角で、青い楕円にくり抜かれた限定的な星空が止まっているように移動するのをどこかの時点まで見上げ続けた。しかしたとえ楕円を無視したとしても、実はあれだけの星の数が私の知っている 「10000」よりもずっと少ないってことは露にも思わず、私の面倒をよく見てくれていた彼のアドバイスに聞く耳を持つことなく解答用紙の端から端までゼロを書き連ねた。


 彼が自分の能力を私にこっそり打ち明けたのは、二度目の<ほしとり>へ参加した年のことだった。最初の年は不参加だったので私が三年生で彼は五年生だ。

「今年もあと少しだったけれどダメだった」

 彼は<ほしとり>が行われた数日後、何の前触れもなく突然漏らした。

 宿舎からバスで移動した、現役の風車が一基だけだが回っている牧場でチーズやらバターを作るカリキュラムのさなかだった。私は腕がもげるほどプラスチックの容器を上下左右に振っていて、少し大きな声で、えっ?と聞き返した。

「貧血で倒れるよ」と彼は笑いながら自分の容器を、古い傷で溢れる作業用の机に置くとズボンのポケットをまさぐり<ほしとり>の解答用紙を見せた。提出していなかったことにまずは驚いたが、食堂に張り出されていた数とわずか十幾つの違いでしかなかった、彼が数えたらしい数字の並びを当然私は疑った。

 答えを知ってから書き込み、今こうしてぼくに見せているのではあるまいか? しかし彼はその日、特に元気がなかった。どうしてだったのか今もまったくわからないし想像もつかないのだが……

私は幼いなりにも心底友達を疑っている、そんな自分にどこかモヤモヤしてしまいその夜はなかなか寝付けなかった。今夜が<ほしとり>だったら最後まで起きていられるのにな、と思いながらこっそり部屋を抜け出し、食堂の裏手に現れる野良猫としょっちゅうケンカをしていた、その食堂で働く若いミヨのお姉さんに会いに行った。気持ちを和らげてくれる大人の誰かと何かを話したかったのだ。親のいない夏の高原で過ごす眠れない夜、その思いに該当する大人は彼女しかいなかった。

 このキャンプにきて一番がっかりしたことは、満天の星空(六等星までだが)が、実はぼくのお年玉とそれほど変わりないってことなんだ、というセリフを考えながら食堂へ行くと、半分照明を消した奥の厨房で一人、翌朝の仕込みをしていたミヨのお姉さんは意外にも(もちろん幼い私にとったら、ということでだが)どうしたの? とすら聞かず、消灯時間をとっくに過ぎてから部屋を出歩いてきた私を、どこか強気な野良猫に対するように叱った。でも私はシャー!!っと威嚇し返えす大きな野良猫ではなかったので、黙ったまま突っ立っていた。もしそのときの相手が人間の大人だったとしたら幾らか縮みあがり適当な嘘の言い訳をするか、夢遊病から覚めたような稚拙な真似をして走って引き返していたかもしれない。私や私たち子供(決して少なくはない大人たちだって)はミヨのことを、ミヨだから、というただそれだけの身もふたもない、ともすれば割と危険な理由で彼らの優しさを信じていた。


 これは余談となるのだが、思春期を迎えた私は誰ものように、表に出しても、あるいは抱え込まざるを得なかったとしても、内なる怒りはこれまでより遥かに強くなり、時に無差別だったりした。そんな歳の頃に友達の一人がミヨをこう評したことがある。

「あいつらって、なんか自分の心の中にある、俺が俺を嫌いじゃなく思える貴重な心のどこか一部が、他人として外に存在しているような感じがするんだよな」

あぁ、なるほど、と私は思った。そしてそのように友達へ伝えたことがあった……



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