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03:01  ローリング・クレイドル

 03:01 ローリング・クレイドル


 瞼の裏側でどこかに行っていたらしい私は停車した車内で、シートベルトを外しハンドルに手を掛けたままの妻に起こされた。いつの間にか車は駐車場に戻っていた。

「ねぇ、あなたプロレスが好きだったでしょ?」妻はこちらへ顔を向けず、唐突に言った。

 辺りは出発したときよりも夜の気配がより濃くなっていて、思えばなんとなく流れ着いて今を暮らす、この町内の静けさは今夜の夜空に何かを囁いているようだった。その秘密を照らすことのない街路灯に更地の駐車場は見守られている。防火シートを掛け隣のスペースに止めてあるショベルヘッドの影だけが月影の色をなしているように見えた……


 車外へ出ると私は腰を伸ばした。

「完全に寝ていましたよね?」私は自分のそれがちょっと可笑しかった。

 後ろのシートで息子は呼吸を乱さずに睡眠の森の一番深いところにいた。

「ねぇ、ローリング・クレイドルって知ってる?」

「寝起きの俺に、一体なにを言っているのかさっぱりわからないけど、それくらい知ってますよ。帰りは俺が持ちましょう」

「たとえば、それで本当にできるの?」

「できるのかっ、て、ことはつまり掛けられるのかってことでよろしい?」

 息子を引き出そうとして、伸ばしたばかりの腰を曲げ後部座席に潜っていた身を外へ出し、変なことを言い続ける妻の上半身に体を巻き付けた。

「これがいわゆるコブラツイストで、そのままあなたの左足をわたくしの左足でフックします。そんでこっちの右の付け根をですね、こうして抱えながら両手で後ろに倒す。その勢いを利用しながらわたくしの首を支点に反時計回りで転がる」云々……


 もちろんこのまま妻を倒すわけにはいかなかったので、コブラツイストを掛けたまま右手(相手のギブアップを待つ間に勝利を確信するガッツポーズの方の手だ)で妻の右足付け根をモゾモゾとからかう。ちょっと力を入れて倒そうとふざければ、斜めに腰を曲げる妻は笑い声を甲高く枯らせ、本当に怒るわよとむきになっても身動きが取れず言いなりだった。

久しぶりに夫とじゃれ合う懐かしさからだろうか、けっこう楽しそうだった。


 あんな風に笑う母親の顔を見たことはないかもしれないな、と思いながら抱えて歩く息子の身体は睡眠の森が生む特別な重力も加わり、今夜仕事から帰宅したときよりもずっと重かった。

「検索してみなよ、すぐに画ぐらい出るんじゃねぇの」

 しばらく携帯端末を指で弾いてた妻は急に笑い出した。

「あった、あった。これね。ねぇ知ってた? 倒れて回ることで相手の三半規管を麻痺させるんですって」

 横から見せてもらった画面には大股を開く屈強な二人のレスラーが互いの体を絡ませ逆さまになっていた。そのマヌケさと必死さに、いつの時代だろうと子供たちは純粋な夢を見ていられるものなのだ。間違いなく私も、かつてはその一人だった。

「親父がよく八百長だって言って、ケンカしたもんだよ」

「いずれにしてもこんなじゃ絶対に無理よね」妻は含むように笑う。

「鍛えもしねぇ、素人にはな」

 たまに帰る田舎で祖父はそう言いい、プロレスをただの八百長だとからかう父に半べそをかかされていた私に加勢してくれた。そして大きくなったら必ずあの「ショベル」に乗れよ、と……




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