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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
19/64

妻が歌舞伎町に・・・?

19



記憶の光が照らしだした顔。


どこかで見たのだ、やはり。


そうだ、あの男も、やっぱり、どこかで見たことがある、と調査役は思った。夜に見た。にぎやかな繁華街だった。たしか、冬だった…


記憶の断片が、急に吹雪きに舞う雪のようにして現れた。


なんとも奇妙な感じにとらわれつつ、タクシーに乗り込んだ。


座席に腰掛け、運転手に行く先を告げようとした瞬間、携帯電話のベルが鳴った。


こんな時間に、一体誰だろう。不信に思ったが、とりあえず、電話をとった。


「はい」


「……」

電話は、無言だった。


「どちらさまですか」


返事がない。調査役は電話を切ろうとした。そのとき、声がした。


「…尾村さんですか」


男の声だった。少し関西なまりがあった。


「ええ、そうですが。どちらさまですか」


「こんな時間に失礼します。夜、いつも遅いとうかがってるものですから。何度か、お電話したんですが、通じなくてですね…」


とつとつとしたしゃべり方だった。声色からすると、そう若い男とは思われなかった。


「どちらさま?」


「私、名乗るほどのものではないんですが。ご報告することがありまして」


「報告?」


「奥様のことです」


「私の妻の?」


「ええ」


「私の妻が、どうしたというんです」


「居場所を、ご報告しようと思いまして…・」


何だって。


調査役は驚いた。


何者だろう。声が出なかった。


一呼吸おいて、電話の向こうの関西弁がしゃべった。


「ある方に頼まれまして。奥様の行方を捜したんですわ。んで、見つかったんで、その…」


「興信所さんですか?」つい、声が大きくなった。


「まあ、そんなところです」


「いったい、誰がそんなことをあなたに頼んだんです?」


いったい、誰が、自分の妻が行方不明ということを知っているのだ?


母親にも言っていない。妻の実家だって、知らないはずだった。


「依頼人さんのことは、ご勘弁下さい。秘密厳守という約束でして」


「…・・。あなたも、名前は言えないんですか?」


「ひとつ、ご容赦を…決して怪しいモンとちがいますて」


これが怪しい電話でなくて何だろう。しかし、調査役はきいた。


「…で、妻はどこに?」


「新宿の、セブンマイルというところにいてはります。住所は歌舞伎町の…」


「ちょっと待って。メモを出すから…」


歌舞伎町?セブンマイル?頭がくらくらし、目が点になった。


「今晩までなら、おいでになります。今日の金曜日で…・いや、もう土曜日ですか。とにかく今晩で、契約切れだそうです。明日はどうなるか、わからんのです」


「契約切れ。セブンマイル。それは、どういう所なんですか」


「ご存知ないですか」


「知るわけないでしょう」


「あれ。おかしいなあ…」


電話の向こうで、首をかしげている様子が伝わってきた。


「…・とにかく、申し上げることは、以上です。奥さんは、元気にしてはります。確実にお会いにならはるんでしたら、今晩しかないですが、まだ、東京においでですか…」


調査役の頭は混乱し切った。うつむいて、考えこんだ。


「もしもし。聞いてはりますか」電話の関西弁が心配してきいてきた。


「お客さん。どこ行くの?」


電話が終わるのを待っていたタクシーの運転手が、痺れを切らして調査役にきいた。


調査役はわれに帰った。セブンマイル。


頭の闇の中に、記憶の雪片が舞い上がり、像を結んだ。


そうだ、あの店だ。あの新宿の店。地下鉄の男の顔は、あの店の前で見たんだ!


「わかった。歌舞伎町のセブンマイルか。わかった。さようなら」調査役言って、電話を切った。


今きいた住所を運転手に告げて、調査役は歌舞伎町へタクシーを飛ばした。


・・・・・・


深夜の高速道路は、金曜の夜と土曜日の間だというのに、以外とすいていた。


タクシーはスピード100キロを下るか下らないかで走った。


走るタクシーの中で、調査役は必死に記憶の糸をつなぎあわせていた。


歌舞伎町、セブンマイル…



そうだ、そんな名前だった。看板の字を思い出した。


そして、冬だった。年末・・・


あれは、きっと、ご用おさめの日だ。


10年は前のことだ。ボーナスが出たばかりで、懐は暖かかった。


世の中の景気は良かった。バブルの頃だ。


調査役の会社も、バブルに酔って、ごまかされて、乱痴気騒ぎをしまくっていた頃だ。


調査役は、入社して間もなく、当然のことながら若かった。


ご用おさめの日。


会社の宴会が終わり、夜の9時頃には、新宿へと繰り出した。


会社の同僚3人が、宴会の勢いで気が大きくなって、繰り出すことになったのだ。



・・・・つづく

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