妻が歌舞伎町に・・・?
19
記憶の光が照らしだした顔。
どこかで見たのだ、やはり。
そうだ、あの男も、やっぱり、どこかで見たことがある、と調査役は思った。夜に見た。にぎやかな繁華街だった。たしか、冬だった…
記憶の断片が、急に吹雪きに舞う雪のようにして現れた。
なんとも奇妙な感じにとらわれつつ、タクシーに乗り込んだ。
座席に腰掛け、運転手に行く先を告げようとした瞬間、携帯電話のベルが鳴った。
こんな時間に、一体誰だろう。不信に思ったが、とりあえず、電話をとった。
「はい」
「……」
電話は、無言だった。
「どちらさまですか」
返事がない。調査役は電話を切ろうとした。そのとき、声がした。
「…尾村さんですか」
男の声だった。少し関西なまりがあった。
「ええ、そうですが。どちらさまですか」
「こんな時間に失礼します。夜、いつも遅いとうかがってるものですから。何度か、お電話したんですが、通じなくてですね…」
とつとつとしたしゃべり方だった。声色からすると、そう若い男とは思われなかった。
「どちらさま?」
「私、名乗るほどのものではないんですが。ご報告することがありまして」
「報告?」
「奥様のことです」
「私の妻の?」
「ええ」
「私の妻が、どうしたというんです」
「居場所を、ご報告しようと思いまして…・」
何だって。
調査役は驚いた。
何者だろう。声が出なかった。
一呼吸おいて、電話の向こうの関西弁がしゃべった。
「ある方に頼まれまして。奥様の行方を捜したんですわ。んで、見つかったんで、その…」
「興信所さんですか?」つい、声が大きくなった。
「まあ、そんなところです」
「いったい、誰がそんなことをあなたに頼んだんです?」
いったい、誰が、自分の妻が行方不明ということを知っているのだ?
母親にも言っていない。妻の実家だって、知らないはずだった。
「依頼人さんのことは、ご勘弁下さい。秘密厳守という約束でして」
「…・・。あなたも、名前は言えないんですか?」
「ひとつ、ご容赦を…決して怪しいモンとちがいますて」
これが怪しい電話でなくて何だろう。しかし、調査役はきいた。
「…で、妻はどこに?」
「新宿の、セブンマイルというところにいてはります。住所は歌舞伎町の…」
「ちょっと待って。メモを出すから…」
歌舞伎町?セブンマイル?頭がくらくらし、目が点になった。
「今晩までなら、おいでになります。今日の金曜日で…・いや、もう土曜日ですか。とにかく今晩で、契約切れだそうです。明日はどうなるか、わからんのです」
「契約切れ。セブンマイル。それは、どういう所なんですか」
「ご存知ないですか」
「知るわけないでしょう」
「あれ。おかしいなあ…」
電話の向こうで、首をかしげている様子が伝わってきた。
「…・とにかく、申し上げることは、以上です。奥さんは、元気にしてはります。確実にお会いにならはるんでしたら、今晩しかないですが、まだ、東京においでですか…」
調査役の頭は混乱し切った。うつむいて、考えこんだ。
「もしもし。聞いてはりますか」電話の関西弁が心配してきいてきた。
「お客さん。どこ行くの?」
電話が終わるのを待っていたタクシーの運転手が、痺れを切らして調査役にきいた。
調査役はわれに帰った。セブンマイル。
頭の闇の中に、記憶の雪片が舞い上がり、像を結んだ。
そうだ、あの店だ。あの新宿の店。地下鉄の男の顔は、あの店の前で見たんだ!
「わかった。歌舞伎町のセブンマイルか。わかった。さようなら」調査役言って、電話を切った。
今きいた住所を運転手に告げて、調査役は歌舞伎町へタクシーを飛ばした。
・・・・・・
深夜の高速道路は、金曜の夜と土曜日の間だというのに、以外とすいていた。
タクシーはスピード100キロを下るか下らないかで走った。
走るタクシーの中で、調査役は必死に記憶の糸をつなぎあわせていた。
歌舞伎町、セブンマイル…
そうだ、そんな名前だった。看板の字を思い出した。
そして、冬だった。年末・・・
あれは、きっと、ご用おさめの日だ。
10年は前のことだ。ボーナスが出たばかりで、懐は暖かかった。
世の中の景気は良かった。バブルの頃だ。
調査役の会社も、バブルに酔って、ごまかされて、乱痴気騒ぎをしまくっていた頃だ。
調査役は、入社して間もなく、当然のことながら若かった。
ご用おさめの日。
会社の宴会が終わり、夜の9時頃には、新宿へと繰り出した。
会社の同僚3人が、宴会の勢いで気が大きくなって、繰り出すことになったのだ。
・・・・つづく




