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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
17/64

爆撃はいずれやってくる

17



若い男の語りは続く。


「・・・警察?警察権力じゃない。国家権力でもない。爆撃がやってくるんだ。誰が計画したのか、わからない。


しかし爆撃がやってくれば、あんたも、あんたの家族も、街のすべての人も、焼かれて焼かれて黒焦げになるん


だ」


ついに頭にきたか。過去にも何度か、こういうのを見た。いつの時代、どこの場所にもいる、こういう弱虫の気違い。


調査役はしかし、逃げることもできない。


ここで立ち上がったり、へたな動きをすると、この弱虫を刺激することになる。


何をするかわからない。ひょっとして、ビニール袋入りのサリンガスのたぐいを携帯しているかもしれない。


…電車が早く次の駅にとまってくれないかと、調査役は思った。


何くわぬ顔で、電車から脱出しなければ。


しかし、何という日だろう。朝は痴漢騒ぎ、変な病院、そしてこの気ちがい・・・


「・・・黒焦げの炭になるんだ。焼きすぎた焼き鳥だよ。焼かれてしまえば、人間なんて焼き鳥と同じだ。悲惨も落胆もないんだ、ただの焼き鳥になるだけだ。」


若い男は舌なめずりして、ほくそえんだ。


「見たこともない光景だ。この都会が、大爆撃にあって、みんな焼かれてしまうんだ。焼け爛れ、死にかけた大勢の人も見える。


大勢の人が、火を逃れて、水を求めて、川に次々飛び込んで、焼き鳥のスープが出来上がるんだ。


それでも爆撃が続くんだ。あんた、知らなかったのか。そうだ、誰も知らない。気がついたときには、もう遅いんだ。


世界は、いつも手遅れだ。・・・で、なんで、爆撃がやってくると思う?みんなが待っているからだよ。あんたが


待っているからさ」


車内の乗客は、みんな、この男を無視していた。さっき怪訝そうな顔をしていた客も、無関心をきめこみ、新聞に


目を落としていた。


若い男は、大声で笑い出した。そして、さらにドスのきいた声で叫んだ。


「陰謀は、暗黒ギャング団の陰謀だ。知らなかったのか。俺がその陰謀だ。俺がおまえたちの陰謀なんだ」


そして携帯電話を耳にぴったりとくっつけたまま、歩き始めた。車内に緊張の空気がみなぎった。調査役も緊張した。


若い男は、床を見つめたまま、歩き出した。


乗客たちは、彼を避けて、移動した。彼の目には、乗客たちのことは、まったく入っていないようだった。


右へ左へ、若い男はふらふらと歩き、電車に揺られて、転びそうになった。


そして、調査役の席のすぐ前に来た。



若い男の、真っ暗な目。ぶすぶすと音をたてて、煙がたちのぼっているようにさえ思われた。その視線は、調査役の足元に向けらた。


調査役は、まったく逃げ遅れてしまった。緊張して、若い男の動きに神経を集中した。身構えたせいで、また肩に鋭い痛みが走った。激しい痛みにめまいがして、頭がぼうっとした。


「こんにちは」


若い男は、調査役の足元にむかって挨拶した。


調査役は沈黙したままだった。


携帯電話の向こうに話しているのか、調査役に話しているのか、不明だった。


男をやりすごそうと思い、じっとしていた。


しかし、若い男は立ち去らない。調査役の方に向かって、また声を出した。


「どこに行ってたんですか」


どこって言われても・・・


肩の痛みが増し、調査役の頭は、ますます、ぼやけた。


調査役は無意識に鞄に手を突っ込み、眺めた。あの病院でもらった診断書指導書があった。


若い男がまた声を発した。


「どこへ行くんですか」


調査役は、診断指導書を出した。そしてぱらぱらとめくった。


若い男はしつこかった。電話を耳にあてたまま、調査役の方へ向かってまた話した。


「知らないのか。監視されているんだよ。みんな、見られているんだよ。あんた!」


調査役は若い男の顔を見た。顔を見られて、若い男は口を歪めた。笑ったのだろうか?


「あんた、見張られているんだよ。知らないのか。陰謀が迫ってるんだ。


あんたも爆撃から逃れられない。


手遅れだ。


でも、教えてやろう。あんたは、つけられてる。尾行されてるんだ。


忠告してやる。潜在意識の中では、気づいてるんだろう?その診断書さ。


無意識のうちに出したんだろう。その無意識はなかなかのもんだ。


その診断書をくれた病院に、あなたは何で行くことになったと思う?


何を検査されて、これから、どこへ行かされると思う?


あんたは見張られている。どうしたらいいんだ?」


調査役は、困惑した。頭が痛くなった。嫌な気持ちになった。


「あんた、今日は、見覚えのある人に会っただろ。何人も、会ったんじゃないのか」


若い男は吊革につかまって、上から調査役を見下ろした。


「俺はどうだ?俺のことは忘れたかい?ひさしぶりじゃないか・・・」


若い男の顔が迫ってきた。


ひさしぶり?


調査役は目を細めた。こんな男、わたしは初対面だ。


若い男と調査役は目をあわせたまま、無言でいた。


電車は、ようやく駅に入線しつつあった。窓の外が明るくなった。


そのとき、爆竹の破裂するような音がした。女性の悲鳴が上がった。


若い男は吊革から手を放し、調査役の足元に崩れ落ちた。


電車がホームに到着し、ドアが開くと同時に、人影が一人、電車から素早く逃げ去った。



・・・つづく


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