第18話 黄昏
身内に闇が潜む。
とはよく言ったもので、僕は不思議とサユキの言葉には驚かなかった。
かといって、心あるわけでものかった。
僕が驚いたのは、サユキの言葉にではなく目の前の光景だった。
サユキが回想を終えた直後、もう彼女の首には彼女の顔はなかった。
飛び散っていた。跡形もなく。
「カンジ。逃げるぞ」
カルは、危険を察した。察せざるを得ない状況だった。
「逃げるといっても、敵が見えないんですよ。どうするんですか」
「とりあえず、陰に身をひそめるぞ。こんなに見晴らしがいいところにいれば、ただの的になってしまう。……、何をしているんだ。早くしろ」
急がなくてはいけないことはわかっていた。しかし、恐怖で体が動かなかった。相手が見えないという恐怖がここまで大きいものだとは正直思わなかった。
しびれを切らしたのか、カルは僕の身体を無理やりひずり始めた。
「痛いですよ」
「無駄口をたたけるぐらいなら自分の足で歩け。こんなところで豚のように死にたいのか」
カルが足を止めた。
「生き残った私たちは、死んだ奴らの分まで生きていかなければならないんだ」
「何か、決め台詞みたいですね」
僕はそういって腰を上げた。
敵が放つ銃弾はまだなかった。おそらく決定的なチャンスを狙っているのだろう。
「走るぞ」
カルの言葉で僕も走り出した。
とにかく走った。
この言葉に尽きる。
走っている最中、いろいろなことを考えた。
このまま逃げ切れるだろうか。
サユキは、生きているだろうか。
――いや、もう生きていないだろう。
いつから奴らはいたのだろうか。
どこまで話を聞かれたのだろうか。
自分の命はもうないのではないだろうか。
くだらないことを考えているのはわかっていたが考えずにはいられなかった。
そのうち、考えるのも苦しくなってきた。
自分の脳にしっかりと酸素が回っていない。頭がくらくらする。めまいがする。吐き気がする。
自分が地面を踏みしめて走っているかどうかさえ分からなくなるほどだった。
走っても走っても行き場のないような感覚に陥った。
暗闇の中を永遠と自分一人で走っている。
そう思った。
「おい、カンジ。しっかりしろ。止まれ。こっちだ」
カルの声に僕ははっとした。自我が戻ったといった方が正しいだろうか。
僕は、カルの声の通りに草が生い茂るところに身をひそめた。
「カンジ、お前、銃持っているか。私、丸腰なんだ」
「何でですか」
馬鹿のように聞く僕に呆れたようにカルは返答する。
「捕まえられたときに全部取られたんだよ。捕虜に武器を持たせる阿呆がどこにいる」
イライラしているようだった。
僕は腰につけていた拳銃とサバイバルナイフを彼女に渡す。渡された彼女は拳銃の中に弾が入っているか確認し、ナイフの刃がこぼれていないか確認した。
「玉の替えもほしいんだけど」
おっと忘れていた。僕はあわてて彼女に渡す。
そういえば、空の色が変わっている。
空の色というより、日光の色が変わっていた。
橙色に。
そして、太陽は血を連想させる赤になっていた。
血――サユキの遺体は今どんな状態なのだろう。
「このままだと夜になってしまう。あいつらは夜目が聞くが、私たちにはそれがない。不利になる」
僕は頷く。
「どうしましょう。唯一の安全地帯だった高山がもうあんな状態ですし」
「うーん」
カルは頭を抱えている。それも無理はない。状況は最悪とはいかないまでも悪い。
そうして、頭を抱えていると草が動く音がした。
すかさず僕たちは構える。
しかし、僕たちは拍子抜けしたのだった。
木の陰から表したのは、人だった。というかマカヌケだったためだ。
えー。今このタイミングで来るのかよ。
と思ってしまう。
本当のことを言うと忘れていたのだ。彼のことを。
カルに関しては、忘れるどころか会ったことさえない。
「何だいみなさん。そんなに身構えて」
マカヌケが言葉を発する。それと同時にカルは発砲していた。
「何をするのですか」
僕は思わず叫ぶ。
「よく見ろ。カンジ」
僕はマカヌケのほうを見る。
彼はもう人ではないと一目でわかった。
彼は、人の皮をかぶった化物だったのだ。




