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魔法屋の推理

「これ全部、ダージェの領主が仕組んだことじゃないかな?」

 シェザリューン魔法店が静まり返った、そのわずかあと。


「そうか、そういうことか! クソッ!」

 シーリスはその一言で、何事かを見通したらしい。悔しげな顔になって自分の膝を叩いた。リディウスは考えを巡らせているのか、青の瞳が忙しく動いている。

「……師匠。すまないが、俺にはサッパリわからないんだが」

 残念ながら、肉体派な弟子はついていけず、すぐさま師匠に教えを乞うた。


「まず初めは一月くらい前、ダージェで領主の暗殺未遂があって、魔獣屋から魔力布が盗まれたよね。これによってレノヴァは、入ってくる人と出ていく荷の、検問を強化することになった」

 静かな夜の魔法屋で、シェザリューンの声だけが響く。


「つまり、入ってくる荷に対しては検問が甘くなったんだ。二つの事件は魔力物まりょくものを密かに持ちこむための、ダージェの策略だね。もちろん、内勤部隊はちゃんと検問したと思うよ。でも手配書が遅れたせいで、街の捜索もしなきゃいけなかった」

「俺たちも余裕がなかったからな。入ってくる荷を調べる人員は減らしてた」

 内勤部隊の小隊長が忌々しげに添えた。


 レノヴァとダージェの間は平地。魔力物がダージェから持ちこまれたなら、入門用の市門を通っただろう。

 内勤部隊の隊員たちは『入ってくる者』に目が向いている。荷が魔力布まりょくぬのに包まれていれば、魔力を感知する魔道具は当てにならない。仮に反応したとしても、忙しく人も減らされた内勤部隊だ。荷主の受け答えに不審な点がなければ、そのまま通したに違いない。

 肝心の、これを察知できる魔法使いは『出ていく荷』を調べるため、出門用の市門にいたというわけだ。

 アドルは悔しさのあまり、「ぬぅぅ」とうなりをもらす。


「では、薬屋から魔法薬を盗んだのも、転売目的に見せかけるため、出ていく荷に目を向けさせるための偽装だったんですね? だから魔力布と魔法薬を盗む時期がズレて、検問が強化されても構わなかった、と」

「うん。初めから魔法薬を外に持ちだすつもりなんて、なかったんだ」

 納得したらしいリディウスに、シェザリューンがうなずいた。

 そういえば、とアドルも思いだす。魔法薬が盗まれた話をしたとき、師匠と元同僚はどうにも妙だと、犯人の目的は本当に転売なのかと首をひねっていた。


 つまり、ダージェの領主暗殺未遂事件と手配書の遅れ。魔獣屋の魔力布盗難事件と薬屋から魔法薬が盗まれたこと。これらはすべて、この街に魔力物を持ちこむための、入ってくる荷に対する検問をゆるめるための、ダージェ側の偽装ということか。

 ここまでを了解したアドルは、先ほどシェザリューンが『この一月、街で起きた変わった出来事』に何を挙げていたか、と考える。

 あとは……魔石と魔鉄に、腹違いの弟だったか。



「師匠。じゃあダージェから魔石と魔鉄が届かなくなったのも、ダージェの領主が仕組んだことなのか?」

「うん。こっちはいくつも目論見もくろみがありそうだね」

 シェザリューンは指を折りながら挙げていく。


 一つ目は、この魔力物を利用して、レノヴァに魔獣を呼び寄せること。

 魔力物を普通に売れば、すぐに魔法使いがさばいてしまう。ダージェだって採掘量を増やすのは大変だし、採った魔力物の保管も考えなければいけない。だから暗殺未遂によって自領が混乱しているという理由をつけ、ダージェは魔力物の出荷を止めた。


 しかしダージェは、レノヴァ市民が一丸となって魔石・魔鉄の節約に努めているとき、それらを密かにこの街へ持ちこんでいたということか。

 そう思えば、アドルの太い眉毛がギリギリと寄る。シーリスはおもしろくなさそうに鼻を鳴らし、リディウスの秀麗な顔も険しくなっている。


 ――ん? そもそも魔力物を持ちこんで、レノヴァに魔獣を呼び寄せる目的はなんだ?


 ようやくこの疑問に思い至ったものの、シェザリューンの唇が動いたため、アドルは大人しく聞きに回った。


 二つ目は、外勤部隊を消耗させること。

 外勤部隊は今、不足している魔石・魔鉄を少しでも多く採るため、より強い魔獣が生息する、危険な地に足を伸ばしている。これにより怪我人も増えた。

「この街に魔獣が押し寄せたとき、対抗できる外勤部隊の数を、減らしておきたかったんだと思う」


「ぐ、ぬぅぅぅ」

 元外勤部隊の小隊長の口から、地鳴りのような唸りがもれた。かつての仲間たちを思い、その体も怒りで震える。だが――

「今は怒るよりもまず、状況を把握するんだ」

 二十歳はたちほどの青年の、冷静な青の瞳に見つめられ、アドルは我に返った。彼の目は、焦った様子で魔法屋に来たときとは違い、落ち着いていて力強い。


 ――そうだ。今は余計なことを考えるな。やるべき事だけを考えろ!


 先ほどリディウスにかけた言葉を自分にも言い聞かせ、アドルは落ち着くべく、ふぅぅぅぅんっ、と鼻から盛大な息を吐きだす。

 そんな二人を見て、シェザリューンの顔にほのかな笑みが点った。が、それはすぐに消え、再び真剣な顔つきに戻る。


 最後の目論見は、レノヴァの領主様を祭りまでの間、この街から引き離すこと。

 現在、領主様は不足分の魔石・魔鉄を仕入れるため、他領に赴いている。これはどの領であっても、採掘量を増やすのも、保管するのも、容易ではないからだ。ゆえにこうした交渉は、領主自ら足を運ばないと難しい。

 そしてレノヴァ祭は、この領だけでなく共和国が誇る、偉大なる元首の誕生祭。領主様は必ず出席するので、祭りのために戻ってくる。


「明日は祭り。魔力物はレノヴァへ持ちこまれた。ダージェの領主の、腹違いの弟っていう人もこの街に入った。これで準備は終わり、あとは実行に移すだけ。この間にもし、領主様が街にいてダージェ側の企てに気づいたら。きっと他の領にも応援を頼むよね?」

 シェザリューンの問いに、リディウスが硬い表情でうなずいた。

 こんな事態だ。領主様がいれば、おそらくレノヴァとは親しい、大河を挟んだ西の領に援軍を要請しただろうとも付け加える。


「これについては領主様の動きもあるから、ダージェの領主がどこまで期待してたかわからないけど……」

 ここでシェザリューンは言葉を切り、首をひねる。

「とにかく今、領主様はいないよね。ギリギリまで他の領を回って、今頃は明日の祭りに出るために、レノヴァに向けて馬車を走らせてる途中、かな?」

「はい……リューン兄様、それはつまり」

「シェザ兄……まさか領主様まで?」

 リディウスとシーリスの顔色が悪い。


 いまひとつ、アドルは話についていけない。

 しかし師匠の言葉から、どうも腹違いの弟はわざと捕まったらしいこと。ダージェの領主はレノヴァ祭で、魔力物を使った何事かを企てていること。その邪魔になりそうな、他領からの援軍はなるべく阻止したかったこと。その企てには、領主様がレノヴァにいたほうが都合の良いこと。

 これらはわかった。ということは?

 弟子の視線を感じたのか、シェザリューンがまっすぐ見つめ返す。



「ダージェの領主は――レノヴァの領主様の暗殺と同時に、魔獣にこの街を襲わせることを考えてるんだと思う」


 居間のどこかから、つばを飲みこむ音が聞こえ、誰かの息をのむ音が響いた。みなを一度見まわして、シェザリューンは続ける。


 レノヴァ屈指の豪商でも知らない、少し前に引き取られたという腹違いの弟は、はたして本当に弟なのか。真偽はともかく、彼は暗殺者ではないか。

 ダージェの領主を暗殺しようとした者が、まさかレノヴァの領主様を狙っているとは疑われまい、と考えたのでは。彼はダージェの情報を流して領主様に会い、その場で暗殺するつもりでは。

 これと合わせて、レノヴァに持ちこんだ魔力物から魔力布を取る。すると、この街には魔獣が押し寄せ……。

 話しながら事態を想像したのか、シェザリューンのまぶたがきゅっと閉じた。


 アドルは体から、ザァッと血の気がひいた、と感じた。

 祭りで人の多く集まっているレノヴァで、領主様が亡くなり、その上魔獣が襲ってきたら……この街は大混乱になる。統制が取れず、外勤部隊は壊滅し、レノヴァは魔獣に蹂躙じゅうりんされるかもしれない。


「どうして、そんなことを……」

「ダージェの領主の目的は、レノヴァを切り取ってイストルにつく、だろ?」

 詰まったようなアドルの声に、低く返したのは、極めて機嫌の悪そうなシーリスだ。

 ダージェだけでは共和国を抜けてイストルに属したとしても、この国が黙っていないだろう。しかし西に大河を持つレノヴァも一緒なら。河を挟んで防衛し、いずれイストルの軍を引き入れれば、共和国を抜けることも可能かもしれない。


「魔獣に襲われたレノヴァが疲弊したところで兵を送れば……そう多くないダージェの軍でもこの街を落とせると思います」

 眉根を寄せたリディウスがつぶやくと、由々しき事態に心を痛めたのか、長々としゃべって疲れたのか、ふぅ、と吐息をもらしたシェザリューンが首を縦にふった。



 ダージェの領主暗殺未遂事件と魔獣屋の魔力布盗難事件が、魔力物を持ちこむための偽装なら、ダージェが魔石・魔鉄の供給を止めた一番の理由は、それらを利用して魔獣にレノヴァを襲わせるためか。

 腹違いの弟と名乗っている暗殺者が捕らえられたのも、明日会うであろう、領主様を暗殺するため。領主暗殺未遂事件は、暗殺者をレノヴァに送りこむ目的もあったわけだ。

 レノヴァ祭で事を起こすのは、領主様が必ずこの街にいるからだ。加えて、人の集まる時期なら検問や揉め事など、内勤部隊はより忙しくなる。より魔力物を持ちこみやすくもなる、という寸法か。

 そして大きな痛手をこうむったレノヴァを奪い、ダージェはイストルにつく。


 ――落ち着け。今はやるべき事を考えろ。


 アドルはまた、盛大な鼻息を立て、こみ上げてきそうな怒りをのみこんだ。


「これは起きたことを全部つなげて、僕が考えたことだけど、ね……」

「いえ、厳重に管理されてるはずの魔力物を大量に動かしたんです。領主が関わってる、領主が主導してると考えたほうが、私も自然だと思います」

「俺も、シェザ兄の考えに賛成だ」

 三者は納得したらしい。六つの青の瞳が、お前はどうだ、とばかりにアドルを向く。

 正直、肉体派な弟子に正しいかどうか判断はつかない。だが、わからないなりに妙なところはないと思った。調べる価値は十分にあるとも思う。

「俺も、師匠に賛成だ」

 アドルは力強く同意した。





 みなの意見がまとまり、ならば、とリディウスが口火を切る。

「探すべき魔力物はこの街の中にある、ダージェに関わる場所を探せばいい、ということですね。あ! もう一つあります。魔力布に包まれてるとはいえ、緑の魔法使いが警邏けいらしても見つからなかったんです。きっと魔力のあるところに紛れさせて隠してあるんだ!」

 シェザリューンの意見により、捜索範囲を大幅に絞ることができたためか。青年の声は弾んでいる。


「それならたぶん、あそこだな」

 この一月、散々振り回してくれた相手に仕返しでもするつもりなのか。シーリスが人の悪そうな顔でニヤリと笑う。

 元同僚の言う『あそこ』はアドルも見当がついた。

 数日前、実家に帰る途中の師匠が、ブツブツとつぶやきながら考えこんでいた商家だ。ダージェから越してきた、商品を貯めこんで開業を待つばかりの、魔獣の毛皮や牙などで作った家具や置物を扱う、あの店のことだ。


「……アドル?」

 彼はシェザリューンが座っている、三人がけソファの前のテーブルを眺め、シーリスが身を乗りだしている食卓用のテーブルを見た。

 ソファのほうはたくさん物が置いてある。後者が広いと判断したアドルは、無言のまま師匠をそちらの椅子へ運ぶ。そして、ソファの周りで小山を作っている本の下から、一枚の紙を引っ張りだしてテーブルに広げた。


「これって……」

「ダージェから越してきたっていう商家の、屋敷の図面だ」

 目を丸くしたシーリスに、アドルは「師匠が用意してたんだ」とふんぞり返るほどに胸を張る。


 数日前、レノヴァ屈指の豪商宅を辞す際、「わからないこともあるし、見当違いかもしれないけど」と言って、シェザリューンが次期主人に頼んだのは、この図面の入手だ。あの屋敷に関わった大工から手に入れたのだろう。

 このときはまだ、魔力物が街に持ちこまれていることも、暗殺者らしき腹違いの弟が捕まることも知らなかった。それでも彼は、すべての事件を一つのこととして考え、ダージェ側の企てである可能性も視野に入れていたようだ。


「すごい……リューン兄様、すごいです!」

 感極まったように叫ぶリディウス。アドルは自分のことでもないのに、さらに胸が反り返る。なんだかシーリスも、実の兄を誇っているのか得意顔のような。


「でね、ここが倉庫なんだけど」

 一人、冷静なシェザリューンが図面の一箇所を指した。屋敷の裏にはいくつもの倉庫が並んでいる。その一つが、周りを別の倉庫に囲まれていた。これでは品が取りだしにくく不便に見えるが。

「ここに魔力物を集めてるんじゃないかな? 通りから離れてるし、周りの倉庫に魔獣の品を入れておけば、その魔力に紛れるよね」


 魔法使いが捌く前の、魔力を呼び起こす前の魔力物。この魔力は、魔獣なら惹かれるように寄ってくるが、人である魔法使いは感じにくい。それを魔力布で包み、さらに周りを魔力が残っている魔獣の品で固める。

 これなら緑の魔法使いであっても、感じ取ることはできないだろう。


 みなをうかがったシェザリューンに、リディウスが、シーリスが、アドルが、大きくうなずいた。



「よし、ここだな……ここだな……」

 気合が入りすぎているのか。太い眉毛をくっつけて、図面を穴が開きそうなほどに睨み、ブツブツつぶやくアドルはちょっと不気味だ。


「リディ、僕が言ったことは、あくまでも可能性の一つだからね」

「はい。街の魔法使いと内勤部隊には当初の予定通り動いてもらいます。私とシーリス兄様の小隊で、ダージェの商家に踏みこみましょう」

「特別任務となると上官がうるさいから、リディの名前で命令書を頼む」

 アドルの背後では、三人が着々と話を進めている。


「リディ、ダージェの商家には僕が行くよ」

「……リューン兄様が、ですか?」

「シェザ兄。商家にはまず、忍びこんで魔力物を押さえようと思ってるんだ。力ずくで押し入って、魔力布を取られたら元も子もないからな。魔道具は当てにならないから、魔法使いも一緒に行くんだ。危ないぞ?」

「でも、リディには領主様に仕える魔法使いとしての仕事がある。みんなを統率しなきゃいけないんだ。大丈夫、僕にはアドルがついてるから」


 この言葉に、アドルはぐりっとふり向いた。


 ――師匠が俺を頼りにしている!


 元外勤部隊の熱血漢な弟子は、こみ上げてきた熱い想いもそのままに、太い眉毛をキリリと持ち上げ、グッと拳をふり上げる。


「シェザ兄の言うとおりだし、アドルも頼りになるだろうけどな……でも、塀を乗り越えたり走ったりするかもしれないぞ?」

「リューン兄様、止めましょう。走ったらきっと転んでしまいます」

「……」

 シーリスとリディウスの眉が下がるのと一緒に、太い眉毛も少し下がった。

 魔力が多いことの代償で、体が弱いために運動もできないのか。よくわからないが、師匠は体を動かすことがものすごく苦手らしい。だが――


 リディウスは彼にしかできない、領主様に仕える魔法使いとしての任を果たすべきだろう。

 シェザリューンの考えでは、ダージェ側が事を起こすのは明日。レノヴァは何としても今晩中に片をつけなければならない。ならば今、状況を把握していてすぐに動ける師匠が行くべきではないか。


 ――師匠は、俺が、絶対に守る!


 気迫みなぎるアドルが思いっきり請け負う。

 こうして、魔法の腕は一流だが運動はダメらしいシェザリューンと、魔法はからっきしだけれど腕っ節ならいけるだろうアドルは、ダージェの商家へ乗りこむこととなった。



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