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近づくレノヴァ祭

 潮の香りのする風が、シェザリューン魔法店の半分になったレースのカーテンをそよがせ、掃除に勤しむ弟子の体を涼めてくれる、レノヴァの午後。

 アドルは流れる汗をタオルでぬぐいながら、三人がけソファで昼寝をしているシェザリューンに心配顔を向けた。


 検問が始まって、もう十日近く経つか。二人は一日を魔法屋で過ごし、次の四日を割り振られた市門や港に赴いて検問を手伝う、という日々を繰り返している。

 つまり、体の弱そうな師匠の昼寝が五日に一度になってしまったということ。アドルはそれがとても心配なのだ。


 その検問はというと、申請より出荷量が多かったり、申請にはない魔道具を忍ばせていたりといった、ちょっとした税金逃れは見つけている。けれど肝心の、魔力布まりょくぬのを用いた不正な荷は捜せていない。

 内勤部隊のほうも、水夫に紛れこんでいた手配中のならず者を見つけたり、商団にふんした盗賊を捕まえたり。一定の成果は上げているものの、ダージェから送られてきた手配書の一味はまだ捜索中だ。


 そしてアドル力作の、椅子なのか荷車なのか、よくわからない珍妙な乗り物(人力車に似た物)は大活躍していた。

 人々にギョッとされつつも、師弟はご満悦の様子で街をねり歩き、隊員から好奇の目を向けられながらもシェザリューンは門前でとっくりと腰を落ち着ける。師匠が楽ならそれでいいと、アドルも人目など気にしない。


 首をかしげた商人に、レノヴァで流行っているのかと問われて師匠は首をふり、しかめっ面をした職人に、ご立派な椅子に簡素な荷車は不釣合いだと苦言を呈され弟子はムッとする。

 まれに乗ってみたそうな子供が寄ってくれば、シェザリューンがひざに乗せ、アドルが引き手をゆらゆら動かしてやる。師匠も子供も、そして弟子も、みな楽しげだ。


 検問で顔を合わせたかつての弟子リディウスは、人々が『椅子車』などと呼ぶ乗り物に、満足げなシェザリューンが鎮座ちんざしているのを見て少し感心した風であった。

 アドルがどうだとばかりの自慢顔を向けると、あごをくいっと上げて「私の椅子のおかげだな」と、のたまってもくれたが。

 ともかく、こちらは至って順調である。



 すぴすぴと心地よさそうに眠るシェザリューンを見つめ、アドルはものげな溜息をもらした。


 ダージェからの魔石・魔鉄の供給は未だとどこおったまま。街としては困った事態だが、一つだけ、不謹慎ではあるが良かったと思うこともあった。

 検問に駆りだされた『緑の魔法使い』は、魔力物まりょくものが少ないおかげで配給を免除されている。だからシェザリューンは五日に一日しか魔法屋にいなくとも、こうして昼寝ができるのだ。それどころか、彼は朝食を終えたあとも幸せそうな顔をして、ちゃっかり朝寝までしているが。


 だが、これも五日に一度の話。残りの四日は外に出ずっぱりだし、休みのはずの一日も、実は少しだけやることがある。

 今のところ、師匠から疲れたという言葉は聞かないが、本当に大丈夫だろうか。倒れてしまったりはしないか。世話焼きな弟子の、太い眉毛が思いきり下がる。

 それに今だって。


「レノヴァ祭まであと二週間だねぇ。今年はどんな魔光灯まこうとうを見せてくれるんだい?」

「そりゃ、まだ内緒だ。まあ楽しみにしてな!」


 年中温暖なレノヴァで、日中は常に開け放たれている窓から、元気の良さそうな女の声とガハガハ笑う男のダミ声が聞こえてきた。両方とも、アドルには聞き覚えのある声だ。

 女は、かつての弟子の優秀さと、いい歳をした男にレノヴァ祭を一緒に過ごす娘がいないという現実を突きつけ、アドルの心をえぐってくれたパン屋の女房。男のほうは……。


 ――カラン、カラ~ン


 いつもなら清涼な気分にしてくれるはずの、来客を告げるドアベルの音が、今は恨めしい。

 アドルは太い眉毛をギュッと寄せてぐりっとふり返った。半分になったカーテンの下には、ずんぐりとした男の足、ところどころほころびのあるズボン。魔道具職人ギルドの親方だ。


「おう、アドル! しっかりやってるか? レノヴァ祭で使う魔光灯の相談に来たんだ。シェザ様を起こしてくれ」

 ダミ声が居間に届き、アドルが起こすまでもなく、シェザリューンのまぶたはのろのろと持ち上がる。

 なぜ昼寝中だとわかっているのにやって来るのか。こういうところは、かつての弟子リディウスを見習ってもらいたい。

 師匠にとっては至福のときであろう、昼寝を邪魔した客人に、アドルは思いっきり半眼を向けた。



「ぬぅ……」

 魔道具職人ギルドの親方が帰ってからしばし。アドルは一人食卓で、魔法語の辞書を片手にうなっていた。


 親方の依頼は、レノヴァ祭の夜、街のそこここにある広場を照らす魔光灯、これに組みこむ魔石の作製だった。

 祭りで使う魔光灯はそれぞれ、名の知れた魔道具職人が毎年新たに作る、意匠を凝らした一品物。特に広場の中央を飾るひときわ大きな魔光灯は、気合の入った物ばかりだ。

 外装は、薄布に美しい絵が描かれていたり、板に見事な透かし彫りが入っていたり。それを魔石の明かりが内側から照らす。くるくると回ったり、えつけてある人形が動いたり、といった仕掛けもある。


 この、夜をいろどる魔光灯が職人たちの晴れ舞台でもあり、今ではレノヴァ祭の名物にもなっている。

 広場を歩いて見てまわり、どれが一番出来がいいとか、あれが綺麗だったとか、酒を片手に話し合うのも市民の楽しみの一つだ。


 今、魔石・魔鉄の供給が減ったことで、街には節約令が出ている。ダージェの領主暗殺未遂事件、魔獣屋の魔力布盗難事件、これにより内勤部隊の動きも物々しい。

 それでも、いや、だからこそレノヴァ祭はいつもどおりに、いっそう楽しく。みなが例年以上に意欲的で、逆境を吹き飛ばそうという活気もあった。レノヴァの領主様も十分わかっているのだろう。そのための魔石はしっかりと確保されている。


 やはり気合の入っているらしい親方は、そこは職人、他の客のように言いよどむこともなく、魔光灯の設計図を出して手際よく説明し、やはり職人、今年のこだわりはココだからこんな風にしてくれと事細かな注文をつけた。

 そして「アドル、お前ももういい歳なんだから早く独り立ちしろよ」と、ガハガハ笑いながら立ち去った。

 不出来な弟子の心は少しだけすさんだ。



「ぬぅぅ……」

 アドルは魔法語の辞書とびっしり文字の並んだ紙を交互に見ながら、太い眉毛をギュゥッと寄せて再び唸る。


 魔道具職人ギルドの親方が帰ると、シェザリューンはすらすらと魔法語で、長い長い呪文を書いた。

 そして弟子は「アドルの勉強になるから、これを訳してみようか」と、その紙を渡されたのだ。


 呪文だけでいえば、魔力物の魔力を呼び起こす魔法が一番短くわかりやすい。次いで攻撃魔法か。治療魔法と精神魔法はまだアドルには難しい。

 そして、魔道具のための呪文はそう難しくないものの、とにかく長い。これはその場で魔法を放つのとは違い、たとえばボタンを押したら動く、これを実現するための条件を、実際の魔法以外の言葉を、多く必要とするからだ。


 街の人々同様、親方の気合も例年以上のようで、どうやら呪文のほうも例年以上に長くなったらしい。

 勉強になるとはいえ、もうちょっと短くて済む仕組みの魔光灯にしてほしかった。辞書を片手に悩むアドルは、そう思わないでもない。


 そろりと目を向けると、シェザリューンは三人がけソファで心地よさそうに眠っていた。「わからなかったら起こしていいよ」と言われはしたが、師匠の身を案じる弟子としては起こすのも躊躇ためらわれる。

 悩んだアドルはそっと椅子を立ち、やはり静かに近寄ってみた。近づいては離れ、しかし離れてはまた近づく、を繰り返す。

 起こしては申し訳ないと思う気持ちと、勉強が進んでいないのも師匠に悪いのではという迷いが、彼に不審者のごとき行動をとらせているのだろう。


 まるで外勤部隊時代の、魔獣を狩るときのように気配を消し、シェザリューンの閉じたまぶたに手をかざす。

 起きない。やはり疲れているのだろうか、このまま寝かせておいたほうが良いのかもしれない。

 半分は安眠を妨害しなかったことにホッとし、半分は起きてくれなかったことを寂しく思いながら、アドルがあきらめるようにうなずいたとき。


「シェザ様、ついさっきいい案思いついたんだ! ちょっと変えたいところがあるから、もう一回相談に乗ってくれ!」


 店の戸が勢いよく開く音、その振動で警鐘のごとく鳴るドアベル、レースのカーテンを震わせるほどのダミ声。先ほどの、魔道具職人ギルドの親方だ。

 師匠に意識を集中させていたアドルはビクリと身を震わせ、夢の中であっただろうシェザリューンの目はパチリと開いた。


 アドルは、またもや師匠の昼寝を邪魔した親方に再びの半眼を向けつつ、師匠を無遠慮に叩き起こせる彼の図太さを、ほんの少しだけ羨ましく思った。





 金色こんじきの夕日がシェザリューン魔法店に射しこみ、くたりと寝そべる師匠の髪や、アドル特製ドレッシングをきらめかせる、レノヴァの夕方。

 夕食の準備を早めに終えたアドルは、さてもうひと仕事、と居間へ向かった。


「師匠、そろそろ行くか」

「そうだね」

 読んでいた本を置き、起き上がろうとするシェザリューンをアドルはさっさと抱き上げ、椅子車と呼ばれている自信作の乗り物に乗せる。


 実はこの十日ばかりの間に、街でもう一つ、事件が起きた。薬屋から魔法薬が盗まれたのだ。

 これは新たな事件というより、魔獣屋から魔力布を盗んだ者の仕業だろうと警備隊は見ている。やはり犯人の目的は、盗んだ魔法薬の転売、ということだ。


 ――だが。


 これを聞いたとき、シェザリューンは「うぅん、それはどうだろう?」と唇を尖らせながら首をひねった。この話を持ってきた彼の弟、内勤部隊の小隊長であるシーリスも、「シェザ兄もそう思うだろ?」と言ってニヤリと笑う。

 残念ながらアドルは、話についていけずに首をひねった。


 何かを理解し合ったらしい、色しか似ていない兄弟の話はこうだ。

 レノヴァで豊富に採れる魔草や、そのおかげか薬学も発達している、この街の薬師が作った上質な魔法薬。これらを盗み、魔力布に包んで検問をかいくぐり、他領に転売する事件は過去にもあった。

 だから内勤部隊は当然、検問を強化した。はたしてこんな状況で、わざわざ魔法薬を盗むだろうか。


 魔法薬を隠し持ち、街でこっそり売りさばくにしても、買手だって検問を通るのは困難だ。だから買手も街で消費する者に限られるはず。レノヴァで魔法薬は不足しておらず、庶民に手が届く値でもある。となると安く売るのだろうが、盗みを働いた割にたいした利益ではないとも思える。

 それに今、この街はダージェから送られてきた手配書の一味を捜索するため、内勤部隊が活発に動いている。安い魔法薬が出回れば、すぐに足がついてしまう。

 どうにもチグハグな感じだ。


「な、おかしいだろ? 魔力布と魔法薬を同時に盗んで、すぐ街を出たならわかるんだけどな」

「だけど転売目的じゃないっていう根拠はないし、じゃあどうして魔力布や魔法薬を盗んだんだって聞かれると困るよね。それでシーリスは、上官に納得してもらえなくて機嫌が悪いんだ?」

 シェザリューンがにっこり笑うと、図星だったらしい、シーリスはフンッと鼻を鳴らしてふて腐れたような顔をした。


 それでもシーリスは、なんだか冴えないらしい上官に一つの要求を通していた。それが魔法使いによる街の警邏けいらだ。

 魔法使いなら、街のどこかにあるはずの、魔法薬を見つけることができるかもしれない。魔力布に包まれて隠されていたら、これはひどく難しい話だ。けれど別々の事件の可能性もあるのだし、何か気づくこともあるかもしれない。やってみる価値はある。

 というわけで、検問に駆りだされた緑の魔法使いたちは空いている日、街を巡回することになったのだ。


「まあ、あの上官に話すより、リディに言ったほうが早かったけどな」

 シーリスは人の悪い笑みを浮かべる。

 どうやら彼は、頭の固いらしい上官の説得などあきらめ、彼にとってもいとこであり、領主様に仕えているリディウスを動かしたようだ。


 話を聞き終えた元警備隊員の弟子は、力強くうなずくとともに、なおさら師匠が疲れてしまうのでは、と心配になった。そして椅子車を作って本当に良かったと、グッと拳を握りしめて自らの仕事を自賛した。

 魔力が発現して一年と少し、最近のアドルは少し調子がいい、ように思う。



「あら、シェザ様。散歩ですか? いい物作ってもらって良かったですねぇ。やっぱり若い人は外に出たほうがいいよ」

 シェザリューンが椅子車に乗り、それをアドルが引いて歩くと、パン屋の女房がやけに優しげな声をかけてきた。師弟は片やニコリと、片やニカッと笑って挨拶を返す。

 そしてアドルは、なぜパン屋の女房は、いや、近隣住民は、みな師匠に優しげなのかといぶかしむ。正しくは優しいというより、まるで子供にでも接するかのような態度だ。


 実はこれ、アドルのせいである。

 近隣住民はこれまで、シェザリューンが家にこもっているのは仕事が忙しいからだとか、魔法の勉強でもしているのだろうと思っていた。

 それが今回の検問で、椅子車に乗せられ運ばれていく彼を見た。あら、もしかして歩くのも大変なほど体が弱かったのかしら。だからあんな変わった物に乗ってるのかも。

 緑の魔法使いが警邏を行っているのは市民に知られていない。だからシェザリューンの外出は、みなには散歩としか思えない。やっぱり体が弱かったのね。あの変な乗り物を作ってもらって、やっと外に出られるようになったんだわ。

 弟子の師匠を思いやる気持ちは、思わぬ形で近隣住民の涙を誘った。


 ちなみに、昼寝中のシェザリューンを無遠慮に叩き起こせる、魔道具職人ギルドの親方は近隣住民には含まれていない。

 昼間のダミ声は辺りにもとどろいたので、いずれ親方はどこかの女房から「シェザ様は体が弱いんだから、昼寝の邪魔するんじゃないよ」とでも叱られるに違いない。



「あ! シェザさまとアドルだー」

 椅子車が右へ左に道を曲がり、こじんまりした広場に出る。すると、幼い子供たちが大きな子らに手を引かれながら駆け寄ってきた。

 ここは近くに大きな広場があるので、屋台は出ていない。彼らの恰好の遊び場になっているようだ。


「シェザさま、ゆらゆらしてー」

「アドル、はやくのせてー」

 幼い子供たちの目的は、椅子車である。

 大きなアドルが『高い高い』するように子供を抱き上げると、きゃっきゃと歓声が巻き起こる。師匠のひざに乗せて引き手をゆらゆら揺らしてやると、楽しげな笑い声が広場にこだまする。

 もちろんシェザリューンも「ふふふふふ」と笑っている。


「師匠は子供好きなんだな」

 実はアドル、これはちょっと意外だった。

 魔力が多いことの代償なのか、とにかく動かないぐうたらな師匠が子供と遊ぶとは思ってもいなかったのだ。まあ、今も彼自身は椅子車に座って子供を抱いているだけなので、動いているとは言いがたいが。


「好き、かどうかはわからないけど、リディが小さい頃、よく一緒に遊んでたよ」

 小首をかしげたシェザリューンに、なるほど、とアドルはうなずきつつも不思議に思う。

 幼い頃から豪商の次期主人である長兄に、面倒を見てもらっていたらしいぐうたらな師匠と、あの貴族然としたリディウスがいったい何をして遊んだのか。


「おままごと、かな? リディが僕におやつを食べさせてくれたり、くつ下を履かせてくれたり」

「……」

 それは遊びではなく、世話ではなかろうか。

 ここでアドルの脳裏に、ソファにくたりと座る十二歳くらいのシェザリューン少年を、五歳ほどの貴族令息リディが嬉々として世話する姿が思い浮かんだ。

 まったく違和感がない。リディウスには幼い頃から弟子としての素質があったらしい。


 ――やはり奴はあなどれない。


 妄想の中の、かつての弟子の過去にまで対抗心を燃やしつつ、アドルはゆらゆら引き手を揺らす。



 「アドル、けいびたいの話しろよー」「シェザさま、まっしろできれい」などと寄ってくる子供たちを、もう夕方だからと家路に着かせ、椅子車は再び動きだした。

 アドルは並ぶ家々のそばをゆっくりと歩いていく。シェザリューンは魔力の気配を探っているのだろう、目を閉じて静かに座っている。背筋がスッと伸びて表情も引き締まっているので、けっして寝たりはしていない。


「ん? 何だ?」

 アドルの足がピタリと止まると、シェザリューンのまぶたもパチリと開いた。

「何か感じた?」

 優秀な師匠が何も感じていないようなのに、不出来な弟子にわかるはずもない。アドルはすぐさま首をふり、前方にできている人だかりを指す。

 近づいてみると、男たちの言い争う声が聞こえてきた。


「俺たちにも少し手伝わせろって言ってるだけだろう!」

「ダメだ! 魔鉄なんて使ったら重くなって、動かすのに魔石の魔力をたくさん使っちまうだろ!」

「祭りの間だけ動けばいいんだから、重くたっていいだろう!」

「バカ野郎! いくら年に一度のレノヴァ祭だからって、魔道具職人がそんな無駄なことできるか!」


 聞こえてきた声の一方、ダメだと怒鳴っているのは昼間も聞いたダミ声。シェザリューンを二度も叩き起こし、アドルがつい半眼を向けた魔道具職人ギルドの親方だ。

 もう一方のやけに通りのいい美声は、話の内容からして鍛冶師ギルドの親方か。


 レノヴァ祭を彩る魔光灯は職人たちの晴れ舞台。これは魔道具職人が主導するものの、その意匠によって染物師や織工、絵師や人形師なども携わる。

 だからこの時期になると、さまざまな職人が魔道具職人ギルドの親方の元へ、自慢の腕を売りこみにやって来るのだ。


「だいたい、魔鉄なんて真っ黒で見栄えが悪いだろ!」

「黒くたっていいだろう! 立派な透かし彫りでも入れてやる!」

 ダミ声と美声の争いは続いている。

 魔法使いがさばくと赤く艶めく魔鉄は、精錬すると黒く光る。だから夜を照らす魔光灯の外装に、映えない魔鉄を使うというのはあまり聞いたことがない。


「透かし彫りってお前……刃物専門じゃなかったか?」

「ぐ、ぬぅ……」

 ダミ声の問いに、美声が詰まった。

 魔石だけでなく魔鉄の供給も減っている今、鍛冶師ギルドの親方は弟子たちを活気づけたいのかもしれない。が、かなり旗色は悪いようだ。

 魔道具職人ギルドの親方の言い分が正しいと、鍛冶師ギルドの親方の主張には無理があると、アドルも感じる。


 こうしたやり取りは、祭りの前になると毎年見られる、いわば風物詩。見物人たちはニヤニヤと楽しげな顔で眺めている。

 親方同士の話だ、乱闘になったりはしないだろう。だが、鍛冶師ギルドの親方らしい美声は、シェザリューン魔法店の常連客のものではないが、ものすごく聞き覚えがある。

 とてつもなく気になったアドルは、ひょいと人垣をのぞきこんだ。


「おおぅ!?」

「ん?」

「おお! なんだアドルか。久しぶりだな!」

 アドルの目は見知った、どころではないほどに良く知る人物の姿を捉え、ギョッと見開かれた。彼の奇声にシェザリューンは小首をかしげ、こちらを向いた鍛冶師ギルドの親方は美声を響かせニカッと笑う。しかし。

 アドルは椅子車をくるりと反転させ、足をせかせか動かしながらその場を立ち去る。


「お、おい! アドル待て! 父ちゃんに挨拶もないのか!?」


「父ちゃん?」

「……」

 アドルはけっして父を嫌っていないし、尊敬できるところもちゃんとあると思っている。だがしかし。

 息子の背を追いかけてくる父の美声を、すぐ後ろでつぶやかれた師匠の不思議そうな声を、今のアドルは聞かなかったことにして、その足はせかせかせかせか動いていた。



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