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魔法屋と弟子

「もうちょっと多めに」

「これくらいか?」

「うぅん、もうちょっと」

「こ、これくらいか?」


 大きな手のひらはジットリと汗ばみ、その上に黒ずんだ魔石がちょこんと乗っている。魔石のそばで魔力の塊がふるふると不安定に揺れ、太い眉毛をギュッと寄せてそれを操るアドルの顔には幾筋もの汗が滴っている。


「ん、それくらい。じゃあ魔石の真ん中に魔力をそっと送ってみて」

「そ……おっ!」

 シェザリューンに言われたとおり魔力を送ると、魔石は黒いままではあるが明らかに艶めいた。

 これは魔石の魔力を呼び起こすことに成功した、つまりまったく使えないクセに魔獣を呼ぶただの危険物から、魔獣を惹きつけず人が手を加えられる貴重な物に変わったという印。


「せ、成功、したのか?」

 まさか、自分の汗で濡れ、ただ光って見えているだけなのでは。

 魔力が発現して一年と少し。今まで成功したことのない不出来な弟子の声は震え、のどはごくりと生つばを飲みくだす。どうか肯定してくれと、まるでプロポーズの返事を待つかのような迫力顔が師匠を向く。

「さっきより強く魔力を感じるよね? おめでとうアドル、成功だよ」

 弟子の成功を、わが事のように嬉しげに笑ったシェザリューン。


「お、お……おおおおおぅ!」

 アドルは心の奥底からこみ上げてくる歓喜もそのままに、艶めく魔石をきつく握りしめて雄たけびを上げた。

 それはこの家を揺るがし、とまではいかないがシェザリューンの前髪くらいは揺らし、近隣住民をギョッとさせるには十分な声量だった。


 魔力物まりょくものには魔石・魔鉄・魔草とあるが、扱いの難しさはそれぞれ違う。

 一番簡単なのは魔石。送る魔力の量さえ間違えなければ失敗はしない。この見極めは簡単ではないし、適切な量を維持したまま送るのも容易ではないが。

 次いで魔鉄。魔石と同じではあるが不純物が混じっている分、手間がかかる。

 最も難しいのが魔草。葉に葉脈があるように魔脈まみゃくが幾筋も通っており、この細い道を、流れるように壊さないように魔力を送らなければならない。


 本日アドルが成功した、魔石の魔力を呼び起こす、という行為は魔法使いの第一歩。けれど彼にとっては大きな一歩だ。

 アドルは体中を駆けめぐる歓喜に、まだ大きな体をぶるぶる震わせている。シェザリューンの笑みはそろそろぬるくなってきたものの、瞳には幼子に向けるような慈しみも感じられる、ような。



「アドル、もう一回やってみる?」

「ぬ……」

 シェザリューンが小首をかしげると、アドルの震えはピタリと止まった。そしてテーブルの隅に整然と並ぶ、かつては危険物であった魔石、今はだだの石ころと化した数個の失敗作を、微妙な顔つきになって眺める。


 実は今朝、しばらく魔石・魔鉄の配給が減るとレノヴァ警備隊から通達があった。

 ダージェで領主暗殺未遂事件が起き、かの領は混乱しているのだろう。レノヴァに売るだけの量を確保できないようだ。

 魔石・魔鉄はレノヴァでも採掘している。ただ、これらは同じ場所の物を一度に多く採りすぎると枯渇してしまう。採掘量を増やすなら、外勤部隊は街から遠く離れた、さらに強い魔獣のいる危険地帯に足を踏み入れることになるが、これはなかなか大変な話だ。

 ダージェの混乱がいつ収まるか不明な今、これ以上魔石を無駄にしてはいけないだろう。


「いや、また今度挑戦する」

 初めての成功に胸のかたぶるアドルであったが、元外勤部隊の小隊長はかつての仲間たちを思い、ぐっと踏みとどまる。

「……いや、あと一個だけ」

 熱血漢の情熱は、ちょっと簡単には収まらなかった。





 ――カラン、カラ~ン


 陽は中天をだいぶ過ぎて、掃除を終えたアドルは流れる汗をタオルでぬぐい、昼寝を終えたシェザリューンは寝転がったまま、ぼぅっと天井を眺めている頃。

 つい先日、師匠の身を案じた逞しい弟子の突入によって、悲しくも壊れてしまったドアベルが無事に復活し、涼しげな音で来客を告げた。こちらも見事に再生を遂げた、レースのカーテン越しに見える姿はスラリとした男だ。

 誰だろう、と、師匠の昼寝を邪魔されなくて良かった、と、アドルはまだボケッとしているシェザリューンを横目に店へと向かう。


 戸口には小洒落こじゃれたシャツに品の良さそうな顔を心持ち上げた、どことなく偉そうな二十歳はたちほどの青年が立っていた。その瞳は、シェザリューンの柔らかな青、その弟であるシーリスの冴え冴えとした青にも似ているが、澄ました表情のせいかもっと冷たい印象を受ける。

 貴族だろうか。馬車の音が聞こえたようでもあったし、もしかすると店の外には護衛か従者が立っているかもしれない。

 根っからの庶民かつ、街にいることの少なかった元外勤部隊の小隊長は、敬礼なら知っているが正しい礼儀など知らず、ひとまず一礼する。


「緑の魔法使い、シェザリューンはご在宅か?」

 青年の言いまわしに、アドルはハッとした。彼の襟元えりもとには葉の形をした、緑の宝石のついたピンブローチが輝いている。意識を集中してみれば、かすかに魔力も感じられる。

 この青年は魔法使い、そして彼も『緑の魔法使い』だ。



 世に階級があるように、魔法使いにも階級がある。これは魔力量と魔法の技量、両方によって定められており、上から『緑』『赤』『黒』と別れている。これは魔力物の、扱う難易度に由来する。

 緑は一番難しい魔草の色、赤は次いで面倒な魔鉄の、魔力を呼び起こしたときの色、黒は比較的容易な魔石の色だ。

 アドルは弟子なのでまだ階級はない。このままいけば、おそらく『黒の魔法使い』になるだろう。無事、一人前になれればだが。


 ちなみに、魔法使いにも準貴族となった元平民がいれば、生まれながらの貴族もいる。しかし。

 魔法使いや魔力物の恩恵を庶民に与え、この都市を、ひいてはこの共和国を発展させた、レノヴァ祭の主役でもある偉大な元首の出現。魔法使いは人々のために貢献する、という法の定着。

 以降、魔法使いの間では生まれによる身分より、能力を基にした階級を重視する風潮に変わってきている。



 来店した青年はおそらく貴族だろう。それでもシェザリューンに対して『緑の魔法使い』――これは敬称でもある、をつけたのは階級を重視しているということ。


「師匠はい、らっしゃいます」

 シェザリューンが気にしなかったこともあり同い年でもあるから、アドルはいつも彼に気安く接している。魔法使いとしても師匠としても十分尊敬しているが、いかんせん、せっせと世話を焼いているので母か嫁としての意識も強い。

 だからこうしたとき、いまひとつ師匠に対する敬語がすらすら出てこない。


 舌を噛みそうになったのを回避したことで、アドルは珍妙な顔になった。しかし青年は気にするでもなく、むしろ目にも入らないといった様子でさっさと上がりこんでしまう。

「お、おい!」

 レースのカーテンをサッと開けた青年を止めようとしたとき。


「お久しぶりです、リューン兄様!」

 ――ぶふっ!

 いつぞやと同じく、青年の言葉にアドルは噴いた。



 三人がけソファの真ん中に、起きたばかりのシェザリューンがくたりと座り、一人用のソファには青年が、先ほどとはまるで違う、にこやかな顔で座っていた。

 アドルは一人、食卓の椅子を持ってきている。もう一つある一人用のソファは、ぐうたらな師匠が動かなくて良いようにと、たくさんの物が積んである。では三人がけソファが空いているからと師匠の隣に座ろうとしたら、なぜだか青年にギロリと睨まれたのだ。


「彼はリディウス。領主様に仕えてるんだ」

 シェザリューンの紹介を聞き、アドルは納得することがあった。

 リディウスは師匠の弟だから豪商の四男坊か五男坊か、つまり貴族ではない。だが、領主様に仕える魔法使いなら貴族らしくもなるのだろう、と思ったのだ。


「リディは僕の母方のいとこでね」

 弟じゃなかった。

 よくよく聞いてみると、シェザリューンの母の実家がリディウスの生家だそうで、そこは貴族でもあった。やはりリディウスは貴族であり、『リューン兄様』はいとこ同士の愛称のようだ。

 まぎらわしい。アドルはそっと首をふる。そして師匠に兄弟が何人いるか、確認しておこうとも思う。


「私はリューン兄様の弟子でもある」

 突如響いた高らかな宣言に、アドルはぐりっとふり向いた。

 リディウスのあごと口角はくいっと持ち上がり、偉そう、というよりは自慢げな顔をしている。一方、アドルは太い眉毛が心持ち寄り、若干迫力顔になっている。


 このリディウスという青年が、パン屋の女房が話していた、アドルが来る前にシェザリューンの世話をしていたという優秀な弟子なのだろう。

 今日来店した時刻も、師匠の昼寝を邪魔しないように、と配慮したのに違いない。


 ――奴はあなどれない。


 現在の弟子とかつての弟子。両者の視線はぶつかり合い、バチリと火花が散った。と、アドルは感じた。



「ふん……このお茶はまずまずだが、おやつは?」

 いとこだからだろう。シェザリューンと似た色の、けれど印象はまるで違う、リディウスの青い瞳がアドルを向いた。

「お、やつ、だと?」

 思いも寄らぬ言葉にアドルは固まる。


 庶民にとって、おやつは育ち盛りの子供が食べるもの。もちろん大人も口にはするが、それはもらい物をしたときや祝い事があったとき。それこそレノヴァ祭などの特別な行事でもなければ、大人におやつを食べるという発想はあまりない。

 だが、貴族や豪商なら食べていそうだ。もしかして。

 ここでアドルの口からうなりがもれた。そんな彼を見て、ふふん、と勝ち誇るように笑ったリディウスには気づいていない。


 今まで師匠はおやつを食べたかったのだろうか。いや、以前こちらは正真正銘、弟であるシーリスに『師匠の好み』を聞いたとき、おやつ情報はなかった。

 ちなみに本人に何が食べたいかと聞けば、「何でもいい」と返ってくる。一番困る答えだ。では何が好きかと問えば、小首をかしげて「この間食べた甘酸っぱい……あれ、何だろう?」といったあやふやな回答しか得られない。それでいて、おいしければ幸せそうに笑うのだから、世話好きな弟子を泣かせてくれる。


 それに、大食漢の弟子から見ればずいぶん少食な師匠は、今おやつを食べてしまうと夕食が入らないのではないか。それは体に良くない。が、逆に少食だからこそ、おやつも食べたほうが良いとも思える。

 師匠の健康について熟考する、アドルの唸りは続く。



「リューン兄様。これは今、レノヴァで人気の菓子職人が作ったケーキです」

 難しい顔をして、おやつの必要性について真剣に検討していたアドルはハッと頭を上げた。テーブルの上に甘い匂いの漂う、見た目にも美しいケーキが三つ置かれている。

 いつの間に用意したのか。そういえば先ほど、何者かの気配があったような。外にいるであろう従者か誰かがケーキを持ってきたのかもしれない。アドルの小鼻は甘い匂いをしっかり察知して、ぴくぴくうごめいていた気もする。

 そんなことより。


「……」

 アドルの目は街で人気のケーキより、シェザリューンとリディウスに向いていた。

 ケーキを品よくつつき、師匠の口へと運ぶリディウス。シェザリューンはやるべき事とは思っていないからだろう、もたもた口を動かし、しかしおいしかったのだろう、ほわほわ笑っている。かつての弟子も嬉しそうだ。

 その光景は、少し前に見たシェザリューンとシーリスより、仲睦まじそうにも感じられ。


「師匠の世話は俺の仕事だ!」

 相手が貴族だとか緑の魔法使いだとか、今はそんなこと関係ない。アドルは現在の弟子であり、リディウスはかつての弟子。師匠の世話は弟子の、つまり現在の弟子である自分の仕事だ。

 太い眉毛をギュゥッと寄せたアドルと、形よい眉をくいっと持ち上げたリディウスの、視線がバチリとぶつかる。

 限りなくどうでもいい争いのようだが、きっと弟子たちは真剣だ。


「おやつも用意できない君が偉そうに言うことか?」

「ぐ、ぬ……」

 ふふん、と笑ったリディウス。ぐっと詰まったアドル。この勝負、現在の弟子の敗色が濃厚だ。


「リディ、何か用事があって来たんじゃない?」

 弟子たちの戦いを止めようとしたのか、次のおいしい一口が早く欲しかったのか。それはわからないが、シェザリューンののんびりとした一言で、勝負のゆくえはうやむやになった。

 が、悔しかったアドルは、上品なケーキをばくんと丸ごと放りこむ。そのとろけるような味に思いっきり頬をゆるめているとリディウスの得意顔とかち合い、さらに悔しさを募らせることとなった。





 強敵という名のかつての弟子、リディウスが帰ると、アドルは再び唸りを上げた。

 彼の用件は「申し訳ありませんが、リューン兄様にも検問を手伝っていただきたいんです」というものだった。かつての弟子は丁寧なもの言いをしたが、これは領主様の命である。


 警備隊は今、なかなか大変な状況にあった。

 ダージェの領主暗殺未遂事件、さらにレノヴァへの手配書の遅れ。これにより内勤部隊は、レノヴァに入る者に対する検問の強化、街に入ってしまったかもしれない一味の捜索に追われている。

 加えて魔獣屋の魔力布まりょくぬの盗難事件も起きた。これを用いた荷の不正な持ちだしはないか。検査する魔道具が当てにならないとなると、海洋交易都市レノヴァから出るすべての荷を調べるのは非常に労力がかかる。

 もちろん通常の業務だってある。


 ダージェからの魔石・魔鉄の供給がとどこおっているため、他領からの確保のほか、外勤部隊のさらなる遠征も検討されている。だから内勤部隊はこちらに応援を頼むこともできない。

 そこで、魔力布を用いた荷の不正な持ちだし、この検査を魔法使いも手伝うことになった。


 領主様に仕える魔法使いたちはすでに動いているという。けれど彼らの数は少ない。偉大なる元首を生みだしたレノヴァは、人々、つまり庶民のために街で働くことが最良とされているからだ。

 こうしたときにまず命令を受けるのが、魔法屋を営む『緑の魔法使い』。彼らの能力に対して魔力物の供給は少な目になっている。この措置そちもいざというときに動くためだ。



 そして今、アドルが唸っているのは、魔力が多いことの代償なのか、いかにも体の弱そうな師匠が検問などして大丈夫だろうか、という心配からだった。


 もちろん元警備隊員として現状を気にかけているし、力になりたいとも思う。かといって魔法使いの修行を放りだし、警備隊に戻るのは『魔力を持つ者は魔法使いになり、人々のために貢献すること』という、レノヴァを発展させた法を破る行為。

 認められもしないだろうが、アドルも法を守るべき警備隊にそんなことはさせられないし、したくない。


 だから魔力が発現して一年と少し。この魔法屋に来る前は不遇であっても、外勤部隊の仲間から「戻れるようにかけ合ってやる」と言われても、彼は決して戻りたいとは、思いはしても口には出さなかった。


 今すべきは、少しでも師匠を助け、魔獣屋の魔力布盗難事件を解決することだ。

 グッと拳を握ったアドルは、いくつかのことをシェザリューンに断ると、太い眉毛をキリリと上げて颯爽さっそうと倉庫へ向かった。



 ――二日後の夕暮れどき。


「できた……」

 魔法の練習もそこそこに、家事も必要最低限、師匠の世話だけはきっちりしつつ倉庫にこもっていたアドルは、清清すがすがしい顔をしていた。

 目の前には一つの乗り物がある。


 おそらくリディウスの物だったのだろう。アドルの部屋に置いてあったご立派な椅子と、予備の荷車を組み合わせて作った、人を乗せる車(人力車に似た物)である。

 これなら検問でもシェザリューンは座っていられるし、行き帰りはアドルが引けば歩く必要もない。


 レノヴァで人を乗せる車といえば、馬車か乳母車くらいのもの。

 馬車をアドルが引けるほど小さく、または乳母車をシェザリューンが乗れるほど大きく、作るとなるとかなりの時間がかかるはず。検問は明日からなのに間に合わない。

 それに、中の見えにくい小さな馬車を引いて歩くと、内勤部隊に怪しげな荷だと思われ呼び止められるかもしれない。かえって彼らの仕事が増える。乳母車に大人である師匠がちんまりと納まっているのもおかしすぎる。


 だからアドルは扱い慣れてもいる、荷車を改造することにした。荷と一緒に人が乗っていることはあるし、そう手間もかからないと思ったのだ。作ったものの何度も改良する破目になり、思いのほか大変だったが。


 満足げにうなずいたアドルは、椅子が汚れないように体の汗をしっかり拭き、まずは座ってみる。椅子としては少し高いが、何度目かの改良で足を置く場所も作ってある。うん、いい感じだ。

 次に引き手を適当な場所に固定し、アドルが引いたときと近い角度にする。また座る。少し後ろに倒れるが、ご立派な椅子は頭まで背もたれがある。これなら首も疲れないはず。うん、大丈夫だ。

 座り心地の良さとともに使っていないという理由で選んだ椅子だったが、正解だったようだ。


 あとは引いたときの乗り心地だが、これは師匠に試してもらうしかない。

 アドルは再びうなずくと、居間で寝転がっているであろうシェザリューンの元へ向かった。



「師匠、ちょっと試してくれ」

「ん?」

 三人がけソファにくたりと寝そべっていた師匠を、はやるアドルは返事も聞かず抱き上げた。倉庫に着くと、やはりさっさと椅子に座らせる。

 シェザリューンはというと、椅子なのか荷車なのか、よくわからない珍妙な代物をきょろきょろ眺めている。


「師匠、座り心地はどうだ?」

「いい椅子だけど」

 ご立派な椅子を取りつけたのだから当然だ。

 問題ないと判断したアドルは、「そのまま椅子にもたれててくれ。ちょっと後ろに傾くぞ」と、師匠の様子を見ながらゆっくり引き手を持ち上げる。

 倒れていく椅子に、シェザリューンの目がパチパチとまたたく。それが止まったとき。


「ふっ」

 シェザリューンから笑いがもれた。その顔もなんだか楽しげだ。アドルは引き手を下ろし、また持ち上げてみる。

「ふふふ」

 もう一度。

「ふふふふふ」

 どうやらこの動き、師匠のお気に召したらしい。気を良くしたアドルは、引き手をゆっくり動かしつつ、楽しんでいるらしいシェザリューンに頬をゆるめつつ、この乗り物が活躍するであろう輝かしい明日を思い描く。


 引き手をしっかり握る弟子はその姿も凛々しく、椅子にゆったり腰掛けた師匠は機嫌よく笑っている。おやつだってしっかり完備、乗せる場所も作ってある。かつての弟子に負けはしない。

 いざ、狭い倉庫から広い街へ。その一歩をアドルは力強く踏みだす。燦々と降りそそぐ陽に、晴れわたる青空、潮の香りが風に乗って漂うレノヴァを二人は……待て。

 椅子に座った師匠の顔は少々上を向いている。これではまぶしい。さっそく改良点が見つかってしまった。陽を遮るひさしが必要だ。


「師匠、居間と店の間にあるカーテンの、下半分をもらっていいか?」

 せっかく再生を遂げたレースのカーテンが、この日、半分の長さになった。



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