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魔法屋と不審者

 アドルは額に浮いた汗をタオルでぬぐいながら、白い街を人波をぬって進んでいた。手には魚、背中にしょった大きな革袋には肉と野菜がぎっしり詰まっている。

 今日は数日に一度の買いだし日。師匠の三倍も食べる弟子がいるおかげで、シェザリューン魔法店の食料消費は早い。


 陽も傾きかけた街には女房の姿が多い。この辺りは広場がそこここにあり、安酒や惣菜を売る屋台がずらりと並んでいる。

 レノヴァは商人の他にも、出稼ぎ労働者や水夫が集まる街。当初は彼らを当てこんで出した屋台だったが、今では女房たちも顔をのぞかせ、夕飯の足しに一品二品と買っていく。だから飯時でもないのに、広場はなかなか賑わっていた。


 アドルは並ぶ屋台をぐるりと見まわす。

 たまには師匠も屋台物を食べたいだろうか。いや、料理の腕にはいささか自信がある。屋台物になど負けはしない。魔法の腕はからっきしな弟子の、拳にグッと力が入り、ぶら下げた魚もブルッと揺れる。

 それでもどんな惣菜を売っているのか気になり、あわよくば作り方を知りたいと、太い眉毛をギュゥッと寄せて屋台を順にねめつけていく。


 火加減が強いな。表面を一気にあぶり香ばしく、中はサッと火を通して柔らかさを損なわないようにしているのか。いや、あれでは火が通らない。もしかして一度茹でてから焼いているのだろうか。

 あのタレはなんだろう。ここはさまざまな匂いが漂っていてわからない。やはり一度買ってみないとダメか。

 魚をぶら下げた逞しい男が女房たちに交じり、迫力顔になってブツブツつぶやく姿はちょっと不気味だ。



 次の屋台に目を移そうとしたアドルの、首がくきっと傾いた。

 白いシャツに青のズボン。肩から斜めがけし、腰を一周する青地に白いラインの剣ベルト。彼にはなじみのあるレノヴァ警備隊の隊員がいる。内勤部隊の警邏けいらは日常のことだが、屋台のある広場は酒の入った男たちが暴れないようにと、もっと遅い時間に来るはずだ。

 見まわしてみれば他にも隊員を見つけた。屋台主に何事かを問い、おそらく出店許可証だろう、木札を確認している。

 それは見知った顔だったので、アドルは事情を聞いてみようと足を向けた。


「シーリス! ご苦労さん」

「おう! なんだ、アドルは買いだしか? 相変わらずシェザ兄の世話焼いてるな」

 シェザリューンの弟であり、アドルの元同僚でもある内勤部隊の小隊長は、彼の大荷物を見てニヤリと笑った。

 しかしアドルはそんなからかいなど、どこ吹く風。自信満々に「もちろんだ」と返してそのまま続ける。


「ちょっと聞きたいんだが、師匠の好物は何だ?」

 いや、今聞こうと思っていたのはこれじゃない。だが、いい機会だ。

 アドルは元同僚のぬるい笑みを一身に受けながら、しっかりとシェザリューンの嗜好を聞きだしていた。



「なんで屋台なんて調べてるんだ?」

 広場を眺めたアドルが目を戻すと、シーリスは顔をしかめてフンッと鼻を鳴らす。

「ほら、この前魔法屋で酒飲んだとき、ダージェの領主のところでお家騒動があったって話しただろ」


 ダージェはこの領の北隣。レノヴァは魔草が豊富で土地も肥沃ひよく、加えて港もある。ダージェは魔石や魔鉄の産出量が多く、しかし農地は少なく海も持たない。ゆえに二つの都市の交易は盛んだ。

 このダージェで、領主を排する動きがあったという。酒の席で『お家騒動』などと聞いたアドルはちょっとした揉め事かと思っていたが、もっと大きな話のようだ。


「腹違いの弟とかいう奴が、領主を暗殺しようとしたらしいんだ。領主は怪我するし、弟やその仲間も取り逃がしてしまった。で、レノヴァにも手配書が回ってきたってわけさ」

 元同僚の声は密やかだった。どうやら内緒事らしい。まあ、こんな騒動は領主じゃなくとも大っぴらにしたくはないだろう。

 それにしても、とアドルの表情は曇る。


「厄介だな」

「ああ、まったくだ」

 やはりぐうたらなシェザリューンと兄弟だからか。シーリスはさも面倒臭そうな顔をして、はぁと溜息をついた。


 都市としても大きく、港も有するレノヴァは人の出入りが激しい。さらに時期も悪い。あと一月もしないうちにレノヴァ祭があるので、これからより多くの人々がこの街を訪れる。


 彼らは他領ならば領主の、この領なら領主様に任命された土地の管理者の、サインと魔法印の入った通行証を手にやって来る。だが、通行証を持つ商人の一行に紛れたり、入港を許された船の水夫として入りこんだり、といったことは可能だ。

 こうした者が問題を起こした場合、責任はその商家や船主も負う。それでも、金を受け取れば誰であろうと同行させる商人はいるし、調べもせずに人を雇ういい加減な船主もいる。

 こんな具合なので、やはりレノヴァの安全は内勤部隊の肩にかかってくる。



「暗殺騒ぎがあってから手配書が届くまで、間もあったからな。その腹違いの弟って奴は、もう街に入ってる可能性だってあるんだ。まったく、俺たちの仕事を増やしやがって!」

 もっと早く手配書を回せだの、レノヴァ中を調べるのにどれだけかかると思っているんだだの。


 元同僚の長々と続く愚痴を聞き流しながら、それで内勤部隊は市門と港だけでなく街も調べているのかと、アドルは納得した。

 部隊は違えど彼も元は、魔力物まりょくものを確保し、魔獣を狩ることでレノヴァを支えてきた警備隊員。体には熱い血潮が流れている。街を歩くときは怪しげな者に気をつけておこう、と力強く請け負う。


「もしかすると、この前魔法屋に若い隊員が来たのも、その手配書の一味を捜してたからか?」

「ああ、あれはまた別件だ……って、あいつ伝えてなかったのか?」

 今度は呆れ顔になったシーリスがまた、はぁと溜息をついた。

 あの若い隊員は何用だったのだろう。何度目かとなるこの疑問にアドルもまた、くきっと首を傾けた。



「あれはな、魔獣屋に泥棒が入ったって話だ」

「泥棒?」

「ああ、魔力布まりょくぬのを盗まれた」

 まだ解決していないのだろう。シーリスが顔をしかめる。こちらの話も厄介だと、アドルも太い眉毛をギュッと寄せた。


 魔獣屋は魔獣の解体を一手に担っているので、魔獣肉の他にもさまざまな品を扱っている。魔力布はそのうちの一つ。布蜘蛛という、牛ほどの大きさの蜘蛛が体を覆っている布のことだ。おそらく自身の吐きだした糸で作っているのだろう。

 魔力布には魔力を通しにくいという特性がある。布蜘蛛がまとっている間は、攻撃魔法を込めた魔石弾も、魔鉄製の武器も、効きにくいという厄介極まりない代物だ。

 だが、この布は取ってしまえば役に立つ。


 魔力物(魔石・魔鉄・魔草)は採ると魔力の性質が変わる。人である魔法使いは感じにくくなるために、魔力が眠るとか、魔力がひそむとも言う。けれど魔獣にとっては違うらしく、惹かれるように集まってくる。この状態では加工することもできない。

 これを魔法使いがさばく――それぞれ土魔法・火魔法・水魔法をかけて魔力を呼び起こす。要は魔力の性質を変えると、魔獣を惹きつけず人が手を加えられる、貴重な物になる。

 つまりそれまでは、まったく使えないクセに魔獣は呼ぶ、というただの危険物である。


 だから外勤部隊は採掘・採取の際、魔力布を被せておく。こうすれば完全ではないものの、たくさんの魔獣を引き連れながら魔力物を必死になって街まで運ぶ、という事態は避けられる。魔獣の生息地から離れれば、まずは安全だ。

 元外勤部隊の小隊長が散々世話になった、ありがたい布である。


 そして便利な魔力布は、使い方によってはやはり厄介だった。

 魔力ある物を布で覆うと、魔力を感知するはずの魔道具が、反応したりしなかったり。当てにならなくなる。魔法使いでもわかりにくく、不出来な弟子はまるで何も感じない。

 これを悪用し、レノヴァなら豊富な魔草や魔法薬を盗んで他領へ転売したり、こちらはダージェのお家騒動だが、魔石弾を隠し持って領主に近づいたり、といった事件が起きている。



「泥棒の目的はまだわからないけどな。一応魔法屋も気をつけるようにって話だ」

「そうだな。しっかり師匠を守らないと」

 アドルは内勤部隊も大変だと同情しつつ、謎の泥棒からシェザリューンを守るのだと、魚をぶら下げた拳をふり上げメラメラと闘志を燃やす。


「や……もし狙われるとしたら魔法使いじゃなくて、魔力物だと思うぞ」

「任せろ、お前の兄貴は俺がしっかり守る!」

 ぬるく笑った内勤部隊の小隊長の言葉は、暑さでくたっとした魚をふり回す、燃える男の耳を素通りしていた。





 ダージェから逃げたという、怪しげな者はいないかと気を配りつつ。内勤部隊が歩き回っている街で、昼間から泥棒が入ったりはしないだろうと考えつつ。暑さで魚が痛んでしまうと、アドルは足をせかせか動かす。

 流れる汗もそのままに魔法屋の戸口に立ったところで、ふと妙な視線を感じたように思った。太い眉毛をギュッと寄せて人の行きかう街を見わたすも、怪しげな者は見当たらない。


 もしかするとダージェの一味だろうか。いや、ここは魔法屋だ。泥棒が下見をしていた可能性のほうが高いか。いやいや、領主の地位欲しさに腹違いの兄を暗殺しようとしたやからだ。まさか。

 優秀な魔法使いを誘拐し、魔力布に包んでダージェへと連れ去り再びの暗殺計画に利用する、なんてことを企てたりはしていないか。

 二つの事件をゴチャ混ぜにして妄想ひた走るアドルの、顔色がサァッと失せた。


「師匠!」

 太い腕が戸を一気に開け放ち、この衝撃でドアベルは悲しげに落ち、逞しい体は店を猛進し、この勢いでレースのカーテンは切なく破れ、アドルの迫力顔が居間へ突入する。

「ん?」

 いつものごとく、三人がけソファで平和に寝そべるシェザリューン。疲れた魚をぶら下げて迫ってきた弟子を、きょとんとした顔で眺めている。


 アドルはいかにものん気そうな師匠に、ダージェの領主暗殺未遂事件、魔獣屋の魔力布盗難事件、そして先ほど感じた視線と妄想した懸念を切々と訴えた。

 シェザリューンも魔法屋を営む身。他人事ではないと思ったか、ふむふむ、とうなずいている。


「アドルも気づいてると思うけど、この魔法屋はいろんなところに魔石を仕掛けてあるから、そう簡単に忍びこめないと思うよ」

 白い手が仕掛けの場所を次々と指していく。不出来な弟子はだいぶ気づいていないところがあったと肩を落としつつ、それでも師匠の魔法の腕ならば、きっとこの魔法屋は大丈夫だろうとも思えた。

 となると、やはり心配なのは街中か。アドルは太い眉毛をピタッと寄せて、のほほんとしているシェザリューンにズイッと迫る。


「師匠、しばらくは危ないから一人で外に出ちゃダメだ」

 口にしてから気づいたが、師匠は元々家から出ない。何の問題もなかった。そして。

「ねえ、アドル」

 次に白い手が指したのは、無残にも破れ、たらりと垂れ下がったレースのカーテンと、店の戸口で夕日を浴びながら床にひっそりと転がっているドアベル。

「おおぅ!?」

 今度こそ、屈強な元外勤部隊の小隊長はがっくりとうなだれ、ちっとも気にした様子のないシェザリューンに何度も平謝りすることとなった。



「し、失礼します……」

 破れたカーテンと落ちたドアベルを回収し、アドルが絶対に今日中に直そうと誓ったとき。店のほうから若い男の声が聞こえてきた。

 いつもなら来客を告げてくれる、涼しげな音がないことを悲しく思いながら、アドルの顔はそちらをふり向く。


 戸口に立っていたのは青地に白いラインの剣ベルト、その上に乗っている顔にも見覚えがあった。

 日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように、元は花形外勤部隊の小隊長、今は魔法使いの不出来な弟子に悪態をつき、ぐうたらながら弟子を大切にしているらしい師匠の返り討ちに遭った、あの若い隊員だ。


 いつもはレースに霞む来客の姿が、ハッキリ見えてしまったことに切なさを感じつつ、アドルは首をかしげる。

 もう魔獣屋の件はシーリスから聞いた。今度こそダージェから送られてきた、手配書の一味の捜索だろうか。



 師匠と弟子は店の、楕円形のテーブルに座っていた。

 シェザリューンの背はスッと伸び、目もぱっちりと開いている。今は仕事中である、という凛々しい姿勢だ。そんな師匠を見れば、弟子の背筋もぐっと伸びて妙に座高が高くなる。


 そして若い隊員は、前回の来店で散々な目に遭ったせいで魔法使いが怖いのか。おどおどした様子で立っていた。

 彼が立ったままなのは、別に悪態をつかれたのを根に持ったアドルが、椅子を勧めなかったわけではない。警備隊員は公用で訪れるので、いつも座らないだけのこと。彼はそれほど心の狭い男じゃないのだ。

 隊員は何度か唇をもごもご動かし、なぜか躊躇ためらうそぶりを見せたあと、思い切ったように口を開く。


「あのっ、ほ、惚れ薬とかってあるんですか!?」

 まったくの私用だった。


「……もしかして、この店をうかがってたのはお前か?」

 隊員の頭が縦に揺れたのを見て、アドルの口から溜息が出る。

 先ほど感じた視線の正体は、この若者だったようだ。前回のこともあり、さらに私用だったために入りにくかったのだろう。

 怪しげな者はいないかと辺りを探ったとき、目に留まらなかったのも当然だ。アドルにとって、青地に白いラインの剣ベルトは信頼できる者の象徴だからだ。


 相談内容を聞いてやる気をなくしたのか、シェザリューンの伸びていた背はくたりと縮んでいた。アドルも呆れ顔になっている。


 惚れ薬は禁薬と同じく、人々の、主に乙女の幻想だ。だが、これに関してはまったく不可能というわけではない。精神魔法を使えば良いのだ。

 ただ、当人が望まない事柄であればあるほど受け入れるのは難しく、魔法にかかった者はボウッとしたような夢うつつの状態になってしまう。そこに自らの意思はなく、他のことも考えられず、傍から見てもすぐにおかしいとわかる。

 こんな状態では、たとえ好かれても嬉しくないだろう。


 のたりとしてしまったシェザリューンに代わり、そんな都合のいい魔法などないとアドルが説明する。と、若い隊員は見るからにがっくりとうなだれた。

 その姿はつい先ほど、器物損壊に気づいて消沈したわが身のような。少しばかり同情を覚えたアドルは、なぜそんな物が欲しいのかと問うてみた。



「俺、村の出身なんです。それでレノヴァ祭に幼馴染が来るんですけど……」

 若い隊員の声は徐々に小さくなっていく。しかし、ここまでを聞いたアドルはおおよその見当がついた。


 この都市の周りには多くの農村がある。これらには領主様に任命された土地の管理者、要は村長がいて、村の男たちが自警団を組織したりもしている。

 けれど魔獣を討伐し、魔力物を村に配給するのは外勤部隊だ。

 村の中のことは村長に任されているが、村同士で問題が起きた際、まず調停に乗りだすのも外勤部隊。とはいえ武力を誇る男たちだ。結局は内勤部隊に相談したり領主様に報告したり、となるのだが。

 ともかく村の者にとって、警備隊といえば外勤部隊を指す。


 若い隊員はおそらく、幼馴染の可愛らしい娘に「俺、警備隊員になるんだ!」とでも言って意気揚々と村を出た。しかし夢の外勤部隊ではなく、存在もよく知らないような内勤部隊に配属されてしまった。

 純朴な娘は『かっこいい』外勤部隊に憧れているのだろう。だからいい格好をしたい若者は、内勤部隊だとは伝えられなかった。


 その、幼馴染の娘がレノヴァ祭にやって来る。来れば内勤部隊だということがバレてしまうかも、というわけだ。かといって、惚れ薬を使うという発想はどうなのか。

 以前来店したとき、やけにケンカ腰だったのもこうした焦りがあったからかもしれない。こちらも八つ当たりはごめんだが。



「あのな……」

 太い眉毛をギュッと寄せて口を開いたアドルは、しかし首をひねった。

 内勤部隊であることに誇りを持てれば、おそらく可愛らしい幼馴染の前でも堂々としていられるし、アドルに八つ当たりもしなかっただろう。

 そう考えてはみたものの、こうしたものは経験と実績を積み重ねてつちかっていくものではないか。口で言ったくらいで簡単に自信がつくとも思えない。


 外勤部隊の大変さを語れば、妙な羨みは減るかもしれない。が、それは内勤部隊は楽でいいな、と言っているのと同じこと。むしろ誇れなくなる。

 それに村同士の仲裁の経験や、元同僚のシーリスを見ていると、頭脳派ではないアドルには内勤部隊が楽だとは思えなかった。

 さて、どう言えばいいのか。困った彼は大人しい師匠にチラリと目を向ける。


 くたりと椅子にもたれたシェザリューンの、顔はうつむいているものの、その目はぱっちりと開いていた。今はもう夕方、昼寝の時間は過ぎているので眠くはないようだ。

 そして視線の先、テーブルの影には小さな水の輪がいくつも出現し、無数の小さな火が、くるくると舞うように流れるように美しく、輪をくぐり抜けている。


 ――さすが師匠だ。


 いや、今は暇つぶしだろう師匠の、無駄に高度な小ワザに感心している場合ではなかった。

 アドルが慌てて首をふると、肉体派な弟子が困っていることに気づいたのか、シェザリューンの顔がひょいと持ち上がる。


「外勤部隊って意外とモテないんだよね?」

 その手があった。アドルはポンとひざを打った。



 人々に感謝や憧憬どうけいの念を向けられ、ちやほやされる外勤部隊ではあるが、その実、いつ命を落とすかわからないので結婚相手としては人気がない。

 これなら内勤部隊をおとしめることはないし、外勤部隊に関しては残念ながら事実だ。アドルは訳知り顔になって話す。

「へ、へぇ……そう、なんだ」

 若い隊員の、がくりと落ちっぱなしだった肩が少しだけ上がった。いい感じだ。アドルは続ける。


 その幼馴染とやらはまだ夢見る乙女なのだろう。だがきっと、彼女もいつかは現実を見る。そうなれば外勤部隊への憧れも薄れるはずだ。

「そうかぁ……」

 若い隊員の、頬がニマッとゆるんできた。もう少し元気づけておくか。アドルはさらに続ける。


 外勤部隊は魔力物を確保するための遠征が多く、街にいることは少ない。つまり、恋にうつつを抜かす年頃の娘にとっても、外勤部隊の隊員は人気がないということ。滅多に会えない憧れの隊員より、近くにいる優しい青年のほうがいいのだろう。

 しゃべっていて、アドルは少しだけ切なくなってきた。しかし。

「へえ~、そうなのか。外勤部隊ってモテないのか」

 若僧の、顔がニヤニヤしている。ちょっと調子に乗りすぎではないか。

 最初のしおらしい態度はどこへやら、「じゃあ、あんたもモテなかったのか」などとほくそ笑んでもいる。


 アドルはムッとした。

 小生意気な若僧にはまだまだ教育的指導が必要らしい。太い眉毛がギュゥッと寄る、と。

「ねえ、君はまだ仕事中じゃない? 魔法屋に寄るっていう許可は、ちゃんとシーリスからもらってる?」

「へ? あの……シーリスって小隊長、ですか?」

「うん、兄弟なんだ」

「……へっ!?」

 じぃっと見つめるシェザリューン。このたび、その瞳に魔力は感じられないが、若い隊員の顔からはザッと血の気が引いた。


 ――さすが師匠だ。


 顔を引きつらせながら、前回同様逃げるように店から出ていく隊員を見届け、アドルは今度こそ、心から師匠に感心していた。

 そして思う。どうやらあの若い隊員はこの魔法屋と、いや、アドルと相性が悪いらしい。



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