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9.特訓③

『基礎トレーニング⑩魔力の訓練』


 最後の訓練メニューをするには夜の方が都合が良いとマズマ師匠が言うので、一旦ではあるもののオレはやっと地獄のようなしごきから解散された。


 そして夜が更けた頃に、村の外壁柵の外でマズマ師匠ともう一度集合した。



 村の明かりはだいぶが消えて、疎らに松明が焚かれている。周囲を照らす光はそれくらいだ。村の外は月明かりのみの暗黒の世界だけど、オレ達ねこには夜目があるから視界は問題無い。ずっと遠くまで見渡すことまではさすがに無理だけれど。



 マズマ師匠がオレの身体にさっと視線を這わせた。


[どうだ、一日体を追いやってみてだいぶ疲れが出たんじゃないか]


 何言ってんの、疲れてない訳がないよ!


 足はガクガクだし頭もクラクラするしさ。夕ご飯食べた後に一眠りして、このまま朝まで寝ていよう、起きたくないよー、って凄く躊躇ったし体も重いんだから。


 マズマは笑っていた。


[それでいい。わざわざ疲れるように扱き抜いたんだからな。準備は整ってるみたいで安心したぞ]


 え、何それ。イジメじゃないよね? 


 オレはマズマのことをを疑っちゃうよ?


[違う違う。イジメな訳ねーだろ。

 それにそんな目をすんなって。次が俺がお前に課す最後の訓練だ。よく、ここまで頑張ったな]


 オレは神妙に頷いた。辺りは静寂に包まれている。


[疲労困憊になってこそのこの特別訓練だ。だが、ある意味では朝からずっとやってきた訓練より難しく、やるだけ無駄なものになるかもしれない]


 え、こんなに引きずり回してズタボロにしておいて、出来ませんでした、残念だったね。ってオチもあるってこと?


[場合によっちゃな。努力だけじゃなく素質を要する訓練だからな。

 ……だからそんな目で見るなって。

 ちゃんと理由があるんだ。 体がまいってる時の方が精神は研ぎ澄まされるもんだ。疲労が蓄積された時は余計な雑念が削ぎ落とされて感覚が鋭敏になるって話したよな]


 話してたっけ?


 それよりオレ、体だけじゃなく精神も疲れでいっぱいいっぱいなんだけど。


 マズマ師匠はオレを無視して話を先に進めるようだ。


[今からは魔力の訓練を始める。これは夜中にやる方が鍛えるには向いている]


 オレは呆けながらマズマを見た。もしかしたら聞き間違えだつたかも。


 魔力の訓練?


[そうだ]


 何言ってんだこのねこは、といった具合に再びマズマを呆然としながら眺めていた。


 ねこには魔法は使えないよ。


[やめろ!

だからそんな目で俺を見るんじゃねえっつってんだろがよ]


 オレはマズマ師匠から一発殴られて綺麗に宙を舞った。


 疲れた体にはめちゃくちゃ堪える一撃たった。


[あれ、おい大丈夫か。そんな強く打ったつもりはねえが]


 大丈夫だけど、痛い。


[まあよ、魔法は俺にも無理だ。使えんよ]


 ほらやっぱり。



[だが魔力はある。俺にもあればお前にだってちゃんと魔力はある。

 言うなれば、どのねこにもどの人間にだってあるものだ。本人からは隠れて備わってるせいでなかなか見付けられないだけだからな。

 悲しいことに、大半の連中は自分にも魔力があるとも思わず探しもしないで一生を終えてしまう]


 本当に?


 どうせオレには魔力は無いものだ、って思っていたけど。


 マズマ師匠の話を聞いてオレは起き上がった。師匠は片方の前足で地を駆ると、茶と黄色の縞模様の毛は夜風に靡きながら揺れた。


[この魔力で重要なのは想像力だ]


 想像力? 狩りと同じ?


[想像力と同じく集中力も重要な要素になってくるが、その前にまず大前提がある。

 自分の第二の力の存在を肯定しろ]


 第二の力。それが魔力なんだね。


[そうだ!

自身の内側に備わっている第二の力をしっかりと肯定することから始まる。不思議な力の存在を受け入れてやるんだ。

 そして、自分の内側の心の隅から隅までを探すんだ。小さな力の起点となるものがきっとある。そしたらその起点を軸にして魔力を創造してやれ。

 さらにその魔力を運用するために、やっとここでイメージの力が必要になってくる。

 どうだ、ここまで分かるか?]


 うーん。オレにも本当にあるのかな、その魔力の起点っていうの。出来るかな。


 オレはマズマ師匠に、大丈夫だ、チビにもきっと出来るぞ、って安心出来るような言葉がほしかったしそれを期待していたけれど、そうはならなかった。


[先にも話したが、探しても探しても何日も何ヵ月も続けても結局見付からなかった、出来なかった、なんてことはザラだ。

 そうなったらそれは仕方無ぇことだ。その時は諦めろ。向いてなかったってことだ]


 残酷なんだな、何ヵ月もそれに費やして結局諦めるしかないだなんて。


 でも、オレ達ねこは意味の無い遊びはやらないものだしね。そうなったらそうなったで綺麗サッパリ諦めてみせるさ。


 努めてニコニコしていたオレをマズマは不敵な顔で眺めている。


[けど俺が思うに、お前は何故か出来そうな気がする。物覚えも良ければ要領も良い奴だから見込みあるぞ。俺にだって出来るんだからまず大丈夫だろうよ。

 そう思わないか?]


 本当? 嬉しいや、照れちゃうよ!


[よし。今見せてやるよ]



 マズマ師匠は両足で立ちながら集中するように目を閉じた。


 その瞬間、マズマ師匠をただ眺めていたオレはぞわっとして背筋に何かが走った感覚を覚えた。


 いったい、なんだ?


 オレが不思議な感覚に後退りしていると、マズマ師匠の縞模様の毛が徐々に逆立ち始めていっていた。


 うっわ! なんだこれ。

 一緒にここにいることが、近くに対面して座っていることが物凄く居心地悪くなってきた。マズマ師匠はオレに危害を加えないって頭で分かっているのに、すぐにでも遠くへ逃げ出したい気分になってしまう。


 そしてやがてマズマ師匠は全身の毛を逆立ててハリネズミみたいになっていた。尻尾なんかは元の三倍くらいの体積にまで膨れ上がってるように見える。それにオレの目にはとても鮮明に知覚出来ているのに、どうしてかマズマ師匠はうっすらぼやけても見えた。


[見えるか、これが俺の全力開放状態だ。

 俺の魔力は身体強化に適したものだった。俺の産まれた故郷の国、まあ里だな。里のねこの中には物や人に変化するのが得意だったり幻影を見せる幻術を使えたり、火や水で敵に攻撃することが出来る稀少な魔力持ちのねこだだっていたんだぞ。俺はありふれたごく普通の方だけどな]


 マズマ師匠が、ありふれた一般的なねこだって!?


 驚いているオレをよそに、マズマ師匠は増大した体躯を揺すりながら大岩の前にのしのしと移動した。それは昼に師匠自身が爪で裂いて、さらにオレが何度も引っ掻いた堅固な大岩だ。

 オレは恐る恐るマズマ師匠の後に付いて、邪魔にならない安全な位置に陣取って腰を降ろした。


 これから何が始まるんだろう。


 そうドキドキしながら興奮して見ていると、マズマ師匠はその硬さを確かめるように大岩に軽く触れた。


[分かり易くする為に、これは俺の全力の状態だって言ったよな。この状態を長時間維持することは出来ないから、やれるのは一度だけだ。

 よぉく見とけよ!]


 マズマ師匠は自分の何十倍、下手したら何百倍だってありそうな重さの大岩に組み付くと力を込めていき、[うおりゃあ]と吠えた。真上の夜空へ高く大岩を放り上げてしまった。


 空に星が光る中、雲も無く澄んだ綺麗な夜空へ大岩が猛スピードでぶっ飛んでいき、そして落下していった。


 マズマ師匠は投げ飛ばした大岩を見上げながら四つん這いの姿勢から地面を強く蹴ると空高く飛び上がった。


 すげえ!


 三階建ての村長さんの家よりもっと高い位置まで跳躍してるぞ。オレは上を見上げ過ぎて首が痛くなってしまっているけど、それどころじゃなかった。凄すぎて。


 夜空高くに跳躍したマズマ師匠は、中空で岩と交差する瞬間にもう一度怒声のような大声で、[うおりゃあ!]と吠えた。


 激しい衝撃音がして、大岩を叩き砕いてしまったマズマ師匠だ。


 オレの目は点だよ、点。凄過ぎる!


 飛散して地面に落ちる岩礫と一緒にマズマ師匠は華麗に着地した。その渋い顔がオレには格好よく見えてならないけれど、マズマ師匠が言う。


[痛ってえ。

 ちくしょう、やっぱ切り裂きゃ良かったなぁ。魅せるためにわざわざインパクト重視して真っ二つに切るより粉々にする方を選んだんだが。

 やっぱ痛てぇや]


 辺り一帯に隕石の様に降り注ぐ小さくなってしまった岩たち。

 それは当たったら死んじゃうほどの凶器になっていた。それらを必死に避けながら、オレの目はまだ真ん丸な点になったままマズマ師匠に釘付けの状態だった。

 上を見上げ過ぎて首が痛くなった後は、今度は見開き過ぎて目が痛かった。


[驚いたか?

 そうだろそうだろ。だったらやった甲斐があったってもんだ]


 そりゃ驚くよ。凄かったもん!


 マズマ師匠は自慢気な顔になっていた。


[この様に魔力を扱えるようになりさえすれば、通常では不可能なことが出来るようになる。

 説明するなら、俺の場合は【身体強化(硬質化)】に【体力強化】といった性質だな。個人の素養によっては身体変化に適していたり物体操作や魔力感知、治癒も適正があれば治療魔法として使うことだって魔力は出来たりする。

 しかしおそらく治癒には相当な魔力と魔法構成の理解が必要になってきそうだがな。俺にはサッパリ分からん。無理だし出来ん]


 酷使したのだろう右の前足をペロペロと舐めながら、マズマ師匠は続けた。


[覚えて使えるようになるまでは俺も大分苦労したもんだ。ただ1つ言えるのは1度魔力の種を自分の中に確実に捉えられさえすれば、後は努力と鍛練でそれを発芽させ成長させて花開くのを望むだけだ。花咲いてからもたゆまぬ努力と鍛練がずっと継続することだ。それは必須だからな]



 オレにも出来るかな。

 いや、やる。


 オレにだって出来る筈。


 オレはそう信じる事にした。


 だってさっきのマズマ師匠、めちゃくちゃ格好良かったからな。


[そうだ、信じろ。信じて信じて疑うな。

 いや、必死に自分にも出来るって念じるよりも、元からあるものを探す感覚に近いな。身体に備わってる要素をくまなく探知して捉えることだ。

 言ってみりゃ狩りと同じだな。自分の外側か内側かの違いだ]




 オレは探した。オレの身体に潜んでいて、なかなか顔を出すことのない魔力の種を。


 でも探しても探しても、無かった。


 無いよ。見付からないよ!


 オレは悲しい気持ちでいっぱいになった。


 マズマ師匠はおおらかに笑いながらオレのことを、どこかの景色でも眺めるように見ているようだった。


[焦らなくていい。

 ……まぁ、誰も皆が皆そんなに簡単に出来るもんじゃない。コツを掴むことすら難しいことだ。これは慌てずにやればいい。諦めず探せば、チビなら必ず見つかるからな]


 オレはウンウンと頷き唸りながら目を閉じた。


 どこだ、オレの魔力の種よ。いるなら出ておいで。


 捕まえて食べたりしないから、お願いだから出てきておくれ!


 そして、そのまま深い睡眠の世界にオレは落ちていくのだった。

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