4.冒険者
魔物の話を多方面から聞いたオレは、危険な村の外には出ないようにと心に誓った。
みんながオレのことを心配してくれるから。
でも、自分の知らない外の世界には興味はある。どんなものがあるのか、どんなことが待ち受けているのかなって、怖いけどワクワクしちゃう。
だからマズマもユーノもゴートからも、みんながオレのことを心配しなくて大丈夫なように強くなりたいな。強くなったら安心して外に少しだけお出掛けさせてくれるかもしれないしな。魔物ってやつを見てみたいし。
オレは目標を掲げた。
強くなるための第一目標。まずは鳥キャッチ。ここからだ、頑張るぞ!
でも鳥はなかなか捕まえられないんだ。
毎日挑戦してるんだけど、なかなかアイツラは素早かった。でもかといって鼠とかにもまだ苦戦中だった。追いかけても追いかけても逃げられちゃうし。
一流のねこにはまだほど遠いや。悔しいな。しょうがない、まだまだこれからだ。オレには鍛練あるのみだ!
オレは手頃な鼠を見付けては挑戦を繰り返した。
オレはハンターだ。いっぱい鼠を捕まえてゴートとユーノの店に貢献してやろうって思いで。
じっと待って、鼠の動きをじっくり窺ってみた。焦っちゃダメだ。感付かれちゃう。
まだ、まだだ、今だっ!
……くそっ、また逃げられちゃった。
……でも、ちょっとこの店の周りには鼠多いぞ。大丈夫かなぁ。
でもね、今回はあとちょっとの所まで鼠を追い詰めたんだ。凄いでしょ?
鼠の尻尾にオレの爪がかすったんだ。もう少しのところだったのにな。
チクショウすばしっこい鼠め、今に見てろよ。今度こそはオレのねこパンチが火を吹くぜっ!
鼠狩りの失敗で意気消沈して垂れた尻尾を引きずりながらノロノロと店の裏口までやって来ると扉は閉まっていた。オレは後でゴートに怒られるかもしれないな、と解っちゃいながらも爪研ぎをしながら扉を引っ掻いた。
爪はオレの大切な武器だからね。常に日頃から研いでおかないとナマクラじゃ鼠は捕まえられないのだ。
しばらく扉をガリカリしていてま中からの反応は無かった。
あれ、おかしいな。
今はお昼の営業時間中だから、忙しくて店の中には入れてくれないかも。それでも諦めずにずっと扉を掻きむしっていると扉が開いて、中からリルが顔を出した。お下げ髪が揺れる。リルはゴートとユーノの一人娘だ。
「チビちゃん、今はお店やってる時間だからダメだってば。怒られちゃうよ。
だから外で遊んでいてね」
リルは店の奥に聞こえないように小声だった。開いた扉の先から賑わった様子が窺い知ることが出来た。
そっか、お昼のピークタイムだから忙しいよね。
しゃがんだリルの膝小僧に、開けてくれてありがとう、の意味を込めたすり寄りをした。オレはユーノも好きだけどどリルも大好き。リルもとっても素敵ないい匂いがするんだ。
リルの笑顔はお日様の感じがする。干し立ての布団の匂いと同じ幸せな気分になれる。だからゴートに怒られても構わないから、オレはリルの部屋に忍び込んでリルと一緒に寝ることがオレの贅沢の一つなのだ。しょっちゅうだとゴートにすぐ見付かっちゃうから気を付けないといけないんだ。
大人しくしていることを条件に、オレはリルと約束して店内に滑り込んだ。店の中は賑わっていて騒々しい状況だ。美味しそうな匂いが充満しててオレはついソワソワしちゃう。でもリルと約束したから大人しくしていようとオレは頑張った。
「よしよし。いい子にしててね。大人しくしてたらお父さんも怒らないからね」
大丈夫。
人がいっぱいいるから、ちゃんとじっとしてるようにするよ。
奥から低い野太い声が飛んできて、オレは体がビクッとしちゃった。
「こらリル、チビを店に入れるなよ」
オレを店内に入れたリルを目ざとく見付けたゴートは、厨房を忙しなく移動しながらフライパンを振ったり棚に手を突っ込んでガサゴソしたりしながらオレへ視線を投げていた。いっぱい手があるタコみたいに四方八方に動き回って、本当に忙しそうなタコみたいだ。あれ、タコは手じゃなくて足だっけ?
だからオレはゴートから見えないように近くの椅子の下へ移動して隠れた。
誰も着席していない客席の下に避難したつもりだったけれど、そうじゃなかったようだ。
しまったな。オレとしたことが、ここ知らない人がいる席だぞ。
どうしようかな、今さら外に出ていくのもちょっとな……。
リルと誓った約束を守りながら席の下に潜んでいると、すぐ近くにいた女の子が下を覗いてオレと目が合った。
あっ、すっごい分かりやすいくらいに今瞳が光った。
オレはその女の子に身体を触られるか何かちょっかいをかけられそうな予感を感じた。
「あっ、 かーわいい! ねこちゃんだ。こっちおいでおいで」
ほら。
「ナノ、食事中だ。今は不潔な獣を近付かせるのはやめてくれ」
「いいじゃない、イルマ。大丈夫、黒色で立派な毛並みだからきっと綺麗好きな子だよ」
耳を上に向けて聞いていると、それはどういう理論だ、とオレは首を傾げた。そんなオレの仕草がお気に召したのか、ナノと呼ばれた女の子はオレを見付けた時よりもっとふにゃっと顔を綻ばせた。
そして、オレの顔の前へ茶色い萎れた食べ物を差し出して瞳を輝かせていた。
なんだ、これ? オレにくれるのかな?
「ほら、これあげる。食べて。美味しい干し大根だよぉ」
干し大根……。
「どうせ与えるならば、ねこが好むものを与えるべきだ。
ガンクのイカが残っている。それでもやっておけ」
「おい、勝手につまんでんじゃねーよ」
どうしたもんかとテーブルの上を見上げると、神経質そうな青年とさっきまでずっと夢中で食べていた少年が言い争っていた。
どうしようかな。大根も食べれるし嫌いじゃないけど、もらっていいのかな。
リルを探すと他の客席に料理を運んでいて忙しそうだし、ユーノは注文を聞きながらお客と話をしているし。ゴートは相変わらず顔までタコみたいになって料理を作っていた。
「わかったよ。なんかやりゃあいいんだろ。
よし、俺いらねぇから、この不味い汁をやってみようか」
ガンクと呼ばれた少年がオレの足元に皿を置こうとした。
オレは分かった。このガンクって奴、目が笑ってるぞ。
それに、この皿に入ったスープだけどゴートが滋養にいいって言ってた確か薬草のスープだ。いくらほぼ何だって胃に入れられるオレにでもこの薬草のスープは苦過ぎて無理な逸品だぞ。これ大人の味なんだ。
目の前に置かれたスープに戸惑っていると、その様子を見付けたリルが席までやってきた。
「こんにちは。
この子まだ小さいからそのスープはちょっと飲めないかなぁ」
ぱたぱたとやってきたリルが助け舟を出してくれて、オレは安心出来た。
ガンクってヤツの言動に少しリルは怒ってるように感じたのは、さっきこの薬草のスープを不味い、って言ったからだとオレは思った。リルも耳はいいからな。
この人達、冒険者風の出で立ちだけど、リルと同じくらいの16か17くらいの歳かな。この辺りに強い魔物が出るようになって、冒険者っていうお客がこの村にも増えてきてるみたいだけど、その人達に比べたらてんで弱そうな3人組に思えるけどな。
「すみません。まだ子ねこちゃんですもんね。熱いのは苦手ですよね。
それにごめんなさい、ガンクが不味いとか言って」
「その汁はとっくに冷めてるし、それにお前も一口すすって残してるだろ」
やっぱり支持者は少ないよね、その薬草のスープ。苦いし飲んだら舌がヒリヒリするんだもん。ユーノは美味しいって言うんだけど。
リルが苦笑しながら訊ねた。
「見たところ冒険者の方ですよね。この村へは魔物退治の途中でたちよられたんですか?」
「はい、噂を聞いて。
アタシ達まだ冒険始めたばかりの新人グループなんですけどね」
干した大根を掌にのせてオレを手招きしていた、ナノと呼ばれた女の子は青いローブを着ているからたぶん魔法使いってやつだ。もちろんオレは一度も見たことはないけど本当に魔法なんてあるのかな。興味あるなぁ。
艶々してウェーブがかった栗色の髪の毛に愛らしいつぶらな瞳、そして朗らかな声。つい寄っていきたくなっちゃいそうな明るい女の子だけど、こんな女の子が魔法を使って魔物を倒したり出来るのかオレは不思議に思った。
イルマと呼ばれた男は、細身に切れ長の目をしていて言葉遣いからも堅物って感じがした。腰に小刀を差して矢もいっぱい持ってるし背中に弓もくっ付けてるから強そうだ。絶対に怒らしたらヤバそうだなと感じた。他人を寄せ付けないような雰囲気を感じるからオレはちょっと苦手なタイプだ。
「不味い」なんて言ったからゴートに睨まれてあたふたしてるガンクって呼ばれた少年。彼はきっと剣士だろうな。ユーノ自慢の上木鉢の脇に両刃の剣を立て掛けてあるから間違い無い。
短い黒色のツンと逆立った髪の毛が活発そうな印象だけど、後頭部の一角が別の方向にとんがっていた。寝癖かな。せっかくカッコいいのに少し残念だと思う。
へー。こんなグループでも冒険者なんだ。町から町へ移動するだけの力があるんだな。
リルが他のテーブルへ行ってしまった。どうしよう。
オレ、じっとしているつもりだったけど。……でもオレが知らない人間に平気で触れさせる気安いねこだと思うなよ?
不味いスープを押し付けられて、オレはイタズラ心が騒ぎ出してしまった。
狙いを定めたオレは素早く彼らのテーブルの上に飛び上がると、最後の楽しみに残したと思われるガンクの皿から豚の焼き肉を口にくわえてゲットすると素早く床へ降り走った。
ふふん。スープなんかよりお肉もらっていくよ!
追ったり捕まえたりはまだまだ苦手でも、オレは逃げることにかけては風の如しだ。開いていた近くの窓から外に飛び出して走った。
「ああ! なんてこった、あのくそねこ!
せっかく楽しみに残しておいたのに」
「ほらみろ、だから呼ぶなと言ったんだ。お前がどんくさいのだ」
「黒ねこちゃん可愛かったなぁ。また会いたいなぁ」
店の中から聞こえてきた彼らの話し声にオレは耳をぴくりと向かせながら、満足気に戦利品の豚肉を咀嚼した。