16.ギルド登録する? しない?
「……対だ。ペットだろう」
「違う。ちびは仲間だ」
「そうよ、命の恩人よ。恩ねこよ」
「だとしても、ねこにギルド登録させる冒険者がどこにいる」
オレは瞳を開けた。ここは何処だ?
目を擦り周囲を見渡す。オレはふかふかの毛布の上で丸くなっていたみたいだ。
部屋にはベッドが一つ。宿かな。ナノとガンク、イルマもいるけど、言い争っている様子で煩い。耳に障るなぁ。
「あ、ちびちゃんが目を覚ましたよ。おはよう」
一人ベッドで女の子座りしていたナノが破顔してオレに飛び付く。そんなに強く頭を擦り付けないでよ。
息出来ない。潰されるぅ……
「ありがとう、助けてくれて。ちびちゃんがいなかったら、アタシ死んでたよぉ。本当にありがとぉぉ」
うん、分かったから。それ以上は本当にヤバイから。
「おい、ちび苦しそうだけど、大丈夫……、か? ちょっと力抜いてやれよ」
「うそ、ごめん。痛かった? ごめんね」
開放されたオレは4本足で立ち上がるけど、体に力が入らない。上手く立つことが難しかった。ふらふらするし、頭はクラクラもするし、お腹も減ってるみたい。今何時?
全員部屋着のようだ。ガンクはいつものツンツン頭が平になっていて普段以上に幼い風貌だ。だるんとしたラフな服装をしている。
イルマはガンクとは反対に体にピタリと貼り付くような動き易い服装だ。防具も装備も何も付けていないと線の細さが際立っているな。黒い髪は肩口に纏められている。
ナノは肌の露出を控えた緩い寝間着姿だ。色っぽさは余り感じられ無いけど、日中羽織っている青いローブじゃない判らなかった胸の膨らみが目立っている。
オレはというと、ゴートに貰いりルが着けてくれた黒い首輪が外されていて、毛布の上のオレの脇に置かれていた。
「とりあえず、ちびが目を開けてくれて良かったよ。心配したんだぜ。ほら、エサだ。魚でいいよな」
ガンクが魚を擂り潰したものが入った容器をオレの前に置いてくれた。オレは這いずるようにして頭をそれに突っ込む。あれ、なんかいつもの味と違う気がするぞ。これは味付けの違和感じゃなくて、風邪引いた時のような味覚の曖昧さに似てる。うぇっ、と吐き出し戻した。
「ちょ、大丈夫?」
弱ったオレを見てオロオロするナノ。心配してくれるのはすっごく嬉しいよ。でも背中を擦らないで。また気持ち悪くなっちゃう。
「うーん……、たぶん大丈夫だと思うぞ。てゆーか、ナノもこんな感じだったろ、魔力を使い過ぎて起きた時はさ」
「そうだったっけなぁ」
覚えてないけど、オレは魔力を使い過ぎて寝ちゃったのかな。
体が重いし気怠い。胃もムカムカする。初めての体の異変だから不安だよ。草が欲しい気分だ。
そんな事を思いながら涎と魚の擂り身の混ざった汚物で毛布を汚していると、目の前に初めて見る細長の葉っぱが落ちてきた。イルマが投げたようだ。
「薬草だ。強力な物だが奮発してやろう。ナノを救ったのは事実だからな」
強力な薬草と言われたその葉の匂いを嗅ぐ。ツンと鼻を刺すそれは山葵みたいな匂いだ。大丈夫だろうか。
「通常は程よく擂り潰した後煎じて呑むなり傷口に塗り込む用途だが、獣ならば歯で潰して呑み込めば効果に相違ないだろう」
獣言うな。
前足で掴み、歯でくわえて噛み千切るように擂って飲み込む。ううぅ、不味い。でも確かに、目をきつく閉じて我慢してかじっていると少しずつ体内がすっきりしてきた感触がある。脂っこい胃が綺麗に清浄化されたような。
おっ、さっきは拒否反応した魚が食べれそうだ。ありがとう、イルマ。オレはガツガツと夢中になってご飯を貪り食らう。嬉しくて、感謝に尻尾を回転させる。
「ふん。慌てると咽を痛めるぞ」
満更でも無さそうな顔しちゃって。もう、イルマは照れ屋さんなんだから。
「さすがイルマだな。おい、ちび。ちびが食べ易いようにと、イルマが宿の主人にわざわざ魚を擂り身にしろって指示してくれたんだぞ」
そうなんだ。気が利くなぁ。
「根は優しくて気遣いも出来るのに。それがもうちょっと表面にも表れてくれれば言うことないんだけどなぁ」
「チッ」
「すぐ格好付けちゃうんだから。素直じゃないのが難点よねー」
窓の外へそっぽを向くイルマ。レースのカーテンで閉められているが外は暗く、夜のようだ。
オレは魚の擂り身を食べ終わり一息付く。前足を、身を捩り背中を、腹も股も舐めていく。眠たくなってきた。随分寝ていたみたいなのに。
「あれ、ちびちゃんオネムかなー。あ、もう遅いわ時間ね。どうする、アタシ達もそろそろ寝る?」
ナノがベッドの上で布団を手繰り寄せる。一人部屋だからナノの部屋か。ちなみにオレは床に毛布だ。
ガンクは壁から体を離し、また傾け壁に体を預けた。
「そうだな。いや、でも明日の予定を決めておこう。ちび、お前ギルド登録するか」
何それ。
「ギルド登録ってのはな、簡単に言うと冒険者としての本部への登録だ。プロとアマチュアの違い。何て言やいいんだ、魔物を狩る依頼を受けて動けるハンターか、趣味として個人的に狩る奴というか」
ガンクは説明に窮しているな。窓の外を眺めていたイルマが顔をこちらへ向ける。
「安易に言い過ぎだ。冒険者として登録を行えば、まず自身の身分を示す身分証として冒険者カードが発行される。身分証の意義は大きい。他国間すら行き来出来るからな。
更にライセンスとしても級分けされ、一般人との格差としての職業的地位を約束される。これには義務も危険も発生するのだが……」
イルマはそこで言葉を止める。オレをじっくり嘗めるように見る。怖い。
「しかし、ねこにライセンスとは、な。無謀だろう。ねこに身分など必要無かろうし。ギルド職員に失笑されるのがオチだ」
クックック、と笑うイルマ。失礼だぞ、おい。
「ちょ、イルマ! ちびちゃんをバカにしないで。アタシを救ってくれた子なのよ。人助けすれば立派に冒険者として素質アリだわ」
「しかし、前代未聞だろう」
黙る3人。
「……でも、ほら。前に馬が冒険者だったの知ってるわ。ほら、イルマもガンクも覚えてないかしら。学校の先輩で、生徒会の副会長だったあの馬の人よ」
「カンザス先輩か。先輩は確かに馬だが天馬族のエリートペガサスだ。天馬族ならば冒険者として登録は可能な筈だ」
「あー。懐かしいな、カンザス先輩」
天馬族? ペガサス?
世界には色々な人がいるんだなぁ。
また部屋を沈黙が包む。
「ね、ガンク。出来ないの。ちびちゃん仲間でしょ。アタシ一緒に冒険者になりたいの」
「うーん。俺にも分かんねーや」
「フン、ちびはペットのねこだ。いや、考えてみろ。まだつい昨日か一昨日の話だぞ。魔物としてその身を保護し連行することが目的だった筈だ」
連行されてるのか、オレ。あれ、オレって一緒に旅する仲間だって思ってたのに。オレ勘違いしてたのか。
ガンクがイルマに向かって強い口調になった。
「違う。保護も連行もあの時のは口実だ。俺は仲間として、ちびをこのパーティに迎え入れたつもりだ。ペットでもねぇ、大切な仲間としてだ」
「そうよ、イルマ。貴方は頭でっかちなのに間違いだらけのロクデナシよ」
「ちょっとナノは黙っててくれ」
「何よ。アタシの言い分が違ってるって言うの」
ガンクにぶぅ、と剥れるナノ。オレは眠気を抑えながら3人の顔を行ったり来たり見やる。
「フ、俺もこのちびに愛着が無い訳じゃない。冒険者パーティにペットというのも可笑しな話だが、同じ冒険者というのも滑稽。
明日ギルドへ登録に行ってみて、登録が出来るならば良いのでないか。出来ないならば、それだけの話だということだ」
「そうだな。一度ギルド職員に訊いてみっか」
話は纏まったようだ。オレは皆と一緒に旅出来るなら何でもいいよ。
ガンクとイルマが部屋に戻り、その日はこれで就寝になった。
オレは寝る前にナノに眉間にキスされた。ちょっとドキッとした。