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147.礼竜の祠④ラヴィーア様

 ハープは優々たる音色を紡いでいる。

 力を抜き、その音色の発生源をぼーっと見やる。カルクスの指先がしなやかに幾つもの弦を弾いている。時間までも流麗に流れていくように音色は祠の中を満たしていく。


 すごいなー、カルクスさんは。音楽が気持ちいい。


 モノトーンじゃなくより色彩豊かな衣装だったらもっと貴族や上流階級の士族に見えるだろう。それくらい巧みにハープを弾いている。




「どうですみなさん、料理はご満足頂けたでしょうか」

「大満足だ。これ程の美食にかような場所でありつけるとはな、思ってもみなかった。大変感謝する」


 みんなを代表してイルマが応えた。それは総意だし、ガンクだけじゃなく皆腹を抱えたりちょっと眠そうに気怠そうにしたりしている。

 カルクスが用意してくれた料理は見た目以上に相当に量もあったからな。




「あー美味しかった。上で水浴びもしたしちょっと眠気出ちゃうね」

「あたしも。瞼落ちそう。

 でなんだっけ、協定だっけ。なんの協定だっけ?」



 ナノとコルテの二人がこてりと頭を傾け、疑問を口にした。



 オレも忘れてたけどそうだった、カルクスは協定を結びたいとか言ってたな。すっかりその言葉は頭から飛んでしまっていたけど。




 お腹いっぱいで、眠くて丸くなりたい気持ちを抑えて椅子の上に座った。たまに尻尾を動かしていないと寝ちゃいそうだ。


 申し訳無さそうな顔をしたイルマがカルクスへと身体ごと向けた。


「む、そうであったな。失礼した。

 して協定とは。我々と、貴殿は一体全体、何の取り決めを所望されるのだろうか」

「あなた方はこの地ハックバール遺跡へ冒険者としてやって来たと、そう仰いましたね」

「ああそうだ」




 確認するようにしてオレたちを睨め付けるカルクスの両目は、真偽を見抜くというよりは信用してもいいですか、と語り掛けるような熱を帯びた気配を漂わせていた。




 カルクスが語るには、オレたちガンク組がこの地に辿り着いた目的を推測するに、冒険者ギルドやメールプマイン都市警備隊からの捕縛依頼や単なる遺跡の調査という訳でもなく、この地自体への関わりからではないかと推察しているようだ。


「確かに関係はある。

 大まかに言うとだが、今後さらにこの地方に大きく出入りする必要性がその調査に訪れたということだ。何も貴殿らを脅かすつもりでいる訳ではない」


 カルクスが身を乗り出す。


「大きく出入り、つまり侵攻に近いものであると?」

「侵攻か。この一帯で棲息する魔物の類にとってみればそうなるな。

 しかし、この遺跡や貴殿らに危害を加えるものではない」

「……すると、このハックバールは通過点ということになりますね。となると、やはりカダストロフまで向かわれるのですか」


 イルマはラウルトンの名や獣人族の国の建国の夢といった今回の旅の具体的な話題は避けて、あくまでも調査という名目を通して説明した。


 ハープ演奏を中断し食後のお茶の準備をすると、カルクスは逡巡した後ハープの脇に腰を落ち着けた。


「いただくわ。

 あぁいい香り。ハーブティーね」

「少しでもリラックスしてもらえれば」

「美味しい!」


 女子二名がハーブティーに舌鼓を打ち、それを眺め嬉しそうにカルクスは微笑む。好青年なのだ。



 それから真摯な眼差しがゆっくりとそれぞれの双眸を嘗めていく。


「ご存知だとは思いますが、この先のカダストロフは危険な地域です。

 この砂漠周辺よりかは幾分気候は和らぐでしょう。が、はぐれの竜種が多数出現するのはこの辺りからでしょう」

「むぅ……」


 黙り込んでしまったイルマ。


 はぐれの竜種、砂ぶくれのクレーターで見たワイバーンみたいな魔物だろうか。

 確かにあんなのが頻繁に襲ってきたら嫌だな。




 神妙な顔をしてカルクスは続ける。もうハープは弾かないらしく手頃な布を被せて覆ってしまっている。なので辺りはしんと静まり、思考は良くも悪くも加速する。


「カダストロフ山脈はアーバイン王国の国境にして放棄地帯。何があるかわかりませんよ。

 その先は人間には容易に手出し出来ない竜族の地域、いえ神話上の領域とも言えるでしょう」

「え、なに?」


 じっ、とナノに視線を留めカルクスは目を閉じた。


「足を踏み入れれば退くこと敵わず、そこまでして一体何を得られるのでしょう。私にはあなた方のような冒険者の矜持は理解に及びませんが、如何に真竜の巫女様を引き連れていたとしても落ちる命は……、すみません。

 少々熱くなり過ぎてしまったみたいです」

「いや、気にされるな。

 貴殿は間違ったことは何も申しておらぬよ」


 ハーブティーを口に付けテーブルに置くイルマ。オレと同じで、あんまり好きじゃない味なのかもしれない。

 それにしても、これから向かう先はえらい場所なんだなと強く思う。



 空気を変えるように、パン、と手を叩き手を上げたコルテに少しだけ全員が身体を震わせた。


「そっか、じゃ、そーならないための協定ね?」

「え、ええ。

 多少の齟齬はあるにせよ、大きな解釈的にはそうなるかと。あとはラヴィーア様次第ですね」

「ラヴィーア様?」


 誰だ、それ。


 驚いた顔のカルクスは自らの黒色の髪を触った。


「既にラヴィーア様との邂逅はお済みでしょう? そう伺っているのですが」


「む?

 ……ラヴィーア様とは、もしやあの金色のハルピュイアの」


 首肯するカルクス。彼は一瞬思案する素振りを見せてそのまま続けることにしたらしい。


「……やはり何も、いえラヴィーア様から主だった事柄はお聞きになっていなかったんですね。そうでしたか」


 一人納得して見渡しながら、「困った方です」と残念そうに首を振る。カラスのように黒々とした前髪が揺れた。






 一呼吸置いた後でカルクスは続ける。


「名目上、協定という言い回しを用いたのですが、何点か予め把握しておいて頂きたい事柄があります。

 先ずはラヴィーア様についてお話ししますね。

 あなた方冒険者一般の括りとしてはハルピュイア上位種としてキングハルピュイア、と定義付けは可能でしょうか。

 しかし実質は、それすら畏れ多い程の神掛かった存在だということを覚えておいて下さい。決して忌諱に触れたり、まして対敵するなど言語道断な程の神格の顕現。実際に目の当たりになってよく理解されたと惟うのですが」


 隣に座るイルマから、ごくり、と息を飲む音を耳が拾った。


「……そうか。

 遥か雲の上の相手だ、例え口約束だとしても魂に刻まれてしまえば」

「ええ、盟約に成り得ます。なのでわざわざ便宜を図り協定という手段を取って見せたのです」


 ひらりとどこからともなく出し示した用紙にはメールプマインの印章が押されていた。きっと『光夜烏』にいた時に使用していた残りだ。


 イルマが言うには、神対人間だとリスキーだけど、人間対人間の形式を選択することで起こりうる様々なリスクが減るそうだ。

 

 そこにカルクスが補足を加える。


「ラヴィーア様程の格の存在と、例え協定という形であれど契約をしてしまえば強力に縛られます。肉体、精神、魔力的にも全てです」

「ま、ある意味超パワーアップだよね。でも隷属なんでしょ?」


 コルテに首肯し一同を見渡したカルクス。「これは私の勝手な小細工の一つ」と口を添え、「所詮は人間が取れる浅はかな手段に過ぎません。ラヴィーア様がその気になりさえすればどうとでもなることですがね」と続けた。



 その表情から既に好青年の印象は薄れ真剣味を崩さないまま、誰も何も口に出さない姿を見届けてカルクスが続ける。


「話を戻しまして、次に、私とラヴィーア様と会遇についてをお話しましょう。

 まず、一時の気紛れによるものでしょうが、私はラヴィーア様からその類稀な力を借り受け今ここ生存しています。

 以前このハックバールと私に所縁があると申しました。が、私は真竜の巫女様程の強い結び付きがこの地にある訳ではありません」


 カルクスが初めてその出自を語り出した。



 カルクスは過去に、ある名の馳せた盗賊団の一員として生計を立てていたらしい。バーシキノル街道で当時も盛んだったアーバイン王国と帝国間の輸出入商隊を主な餌食にしていたという。


 ある日バーシキノル街道警備隊と大きく衝突した際に、散り散りになりつつワユビュリュの森を抜け砂漠へと逃走したことがあったようだ。

 そこでその盗賊団の多くが森や砂漠の魔物や過酷な環境によって壊滅したのだけれど、数人の大人達と共にまだ未成年のカルクスは生き延び続けることが出来た。


 やがて一人一人と息絶えていく中、最後まで生き残った少年カルクスは一羽の神鳥、つまりラヴィーアと出逢い救われる形になったという。




 恍惚染みた面貌になったカルクスは当時を振り返っている様子だ。うっとりした声を漏らしている。


「砂上にて魔物に食い散らかされ、私はすぐに訪れる死を待つだけの風前の灯火でした。

 ふと、朧気に霞みゆく視界の中にあるは強力な気配。死を目前にして私は彼女の金色の羽根に抱かれていたのです。

 砂漠の豪熱で枯れた筈の涙を流しながらこの遺跡へと運ばれ、ラヴィーア様は私に仰いました。『再度お前に窮地が訪れる時私を呼ぶがよい』と」



 縛り付けの魔法に掛かってしまったみたいに身動きせず話を聞いている。そんなオレたちを満足するかのように見渡したカルクスは、一つの乳白色の小さな羽根を出し示した。


 そしてナノとオレを見やり片方の口角を上げる。




「続けてこう仰ったのですよ。『見誤るでないぞ。土の化物と黒いねこがいずれ顕現する時機、その二つが重なる日、再び我はお前の力となろう』とも」

「それってアタシのゴーレムとランドちゃんのこと?」

「ええ」


 オレがメールプマインの『光夜烏』の倉庫でカルクスに捕まっていた際、ナノが倉庫の扉をゴーレムでぶち開けて助けに来た時のことだな。



 口を開いたナノに優しく微笑んで見せカルクスは続ける。


「ふふ。

 私を救ったラヴィーア様の言葉を忘れもしませんでした。が、まさかあのタイミングで、とは思いもしませんからね。随分と高揚しましたよ。

 そして私は直ぐ様、組織も何もかもを全てかなぐり捨てラヴィーア様の下へ馳せ参じました。

 メールプマインで少なからずの成功を築き上げたつもりでしたが、とどのつまりラヴィーア様とあなた方の橋渡し役を担っただけなのかもしれませんけれどね」


 そこで一拍の区切りを付けたカルクス。直後、どこか遠くでも見るように顔から表情を落としてしばらく無言になってしまった。


「……」

「ど、どうしたんだよ」


 急にやや虚ろ気になってしまったカルクスを不信がり、みな動揺を隠せないでいる。


「……いけません、ラヴィーア様がお越しになるようです」


 黄金の神鳥、ラヴィーアが来る?



 喜色なのか苦虫を噛み潰したようなものなのか忙しい顔になったカルクスは立ち上がった。


「では皆さん、協定の件を私から伝えきること敵いませんでしたが、ご一考下さい」

「こ、ここに来られるというのか?」

「はい。念話で、もう少しだけお時間割くこと願い出たのですが……」


 遠く、祠の表側から凄まじい気配が流れ込み風が通るようにして過ぎていく感触だけ残った。


 先程までカルクスが腰掛けていた最奥の席の背後に忽ち現れ、金色の光を纏い人間を模した美しい鳥がその姿を現していた。


「ピャロロロロロ……。

 我が棲み家へようこそ。苦しゅうないぞ。

 惚けておらぬでよい。暫し羽根を伸ばしてゆけ」


 以前に見た時よりどこか上機嫌そうに感じられる。そして残像を残したかのような速さで、気付いた時にはガンクの側にいた。

 羽根から輝く金粉を落としながら、翼を広げ豊かな乳房を浮かせて、驚きの声を発しただけのガンクの剣を抜くとそのまま飛翔する。


 気付いたらガンクが剣を奪われた格好になっていた。食後に優雅にお茶を啜り落ち着いた雰囲気から一転してオレたちの空気は一瞬にして張り詰めた。


「返せ!」

「ピャロロ、面白い。

 はてどんな業物かと期待したが、玄武の欠片に鍛えはドワーフか。こんなものでよく我が羽根を弾いたものよ」

「クソッ」


 剣を取り返そうと動き出そうとしたガンク。しかしラヴィーアは羽根と気配だけを残してその場から消えてしまっている。


 え、どこいったんだ?


 ガンクを見ると、急に幻術にでも掛かったような脱力感を伴って両肩を落としフラフラと揺れていた。


 どうなっちゃったんだよガンク、大丈夫か? 


 イルマが吼える。


「クッ、どーなっている!? ランドも、皆動くなよ。

 カルクス殿、説明を」

「これは、ラヴィーア様の戯れでしょうか」


 カルクスは一人落ち着いているようだ。


「……幻術か、精神的な世界に引き込まれちゃったのか」


 言いながらコルテの身長が伸びていく。ぽっちゃり幼児体型からスラッと長身の本来の姿になり、その場に佇んだまま色々と気配を探っているらしく物凄い集中している気配を感じた。


 椅子の背に上がり尻尾をアンテナのように立てて、祠の空間に漂う数枚の金色の羽根をオレも集中して睨む。


 しばらくしてコルテが大きく息を吐いた。


「カルクスさん、降参よ。

 ガンクを解放してもらえるようお願いしてもらえないかしら。イルマもナノもランドも無駄よ。あたし達で到底どうにかなる相手じゃないし、受け入れないと駄目ね。ほら、みんな構えを解きなさい」

「コルテ、しかしガンクが」


 ちらり、とイルマを見やり腰を落ち着けてしまったコルテはカルクスを向く。


「ねぇ、カルクスさん早く。ガンクが死んでしまわないうちに。

 全員諦めなさい。あたしたちは天秤にかけられてるの。神様に利用されるに足るかって。これはそういう戦い。それに、言われたでしょうそれができる存在だって」

「……よく分かりましたね」


 声を漏らすようにカルクスが溢した。

 コルテは完全に腹が据わってしまったらしく、グラスに水を注ぐと口へと含んだ。この状況を気にしていないと言わんばかりに。


 頭の中にコルテの声で思念が飛ぶ。

 その声が言うには、オレたちの感情や意思を拾い上げられているらしい。ガンクを除いてオレたちはラヴィーアに反抗心や敵対心があるのか、またカルクスが一席設けた甲斐はあったのかなどを観察されていたようだ。

 さらにガンクはその間、オレたちを煽る思惑でラヴィーアに肉体を残したまま精神を異空間に引き込まれているようだった。そしてその全てがラヴィーアにとっては、コルテ曰く、遊びの一環というか多分暇潰しと断じた。


 イルマもナノも着席したので、悔しいけれどオレも素直に椅子に座る。二人とも汗だくだった。


「分かった。カルクス殿、協定であったな。了承したく思う」

「ええ。それについてはラヴィーア様からお話がある筈なので。

 ラヴィーア様、用は済みました。お戯れは程々に」


 今や衛兵のように祠の壁に直立しているカルクス。未だに微風に揺れる草花のように突っ立ったままのガンクと、食卓を挟み中で腰を下ろしていないのはこの二人だけという状況だった。




 無音の滑らかなホバリングが薄暗い祠の天井近くを黄金の装飾で満たしている。左手に携えたガンクの剣には興味が失せてしまった様子で、再度姿を見せたラヴィーアは全体を見下ろす格好で空中に静止していた。

 赤い海に黒く輝くオニキスみたいな二つの瞳は一抹のぞんざいな気色を孕み、何か不吉な予兆みたいなものが僅かに脳裏を掠めた。



 ボン!


 突然の音と煙幕。


 不意に意識を裂かれ、反射的に臨戦態勢を取ろうと身体が反応した。

 それらの発生源はガンクがいた場所、しかもそこから現れたのは……一羽の雀?



 皆呆気になってしまって、開けた口を塞げないでいる。ラヴィーアは濃淡がある金色の羽根を揺らめかせ、未だ空中の同じ辺りにいた。


 ガンクが雀になっちゃった?


「チュン!?

 チュン、チュン、チュン!」

「ピャロロロロ。剣を返す。それなりの余興ではあったぞ」

「ガンク!」


 ナノを制止したコルテは落ち着いて、とジェスチャーしている。

 雀になってしまったガンクは、拙い動きでテーブルや壁にぶつかりながら祠の角隅の地に刺さった剣の柄頭の上に留まると、こっちを向いていつまでも鳴いていた。なんか悲壮だ。


18,12.25呼称中心に一部改稿、表題に副題追加

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