143.砂ぶくれの洞窟⑤
ギンギラギンの太陽光が容赦なく降り注ぐ中、目眩を覚えながら砂ぶくれ内側のクレーターの上を別の洞窟孔を探してさ迷う。
外の砂漠と違いこのクレーター中央の場所は何故か気温が高く感じられた。照り付ける地獄の熱射に朦朧としながら全員でふらふらと砂岩の地面を魔化コッコーに乗って徘徊する。
オレは上をちらりと見た。ナノはフードを目深に下げて瞼を閉じている。真剣に行く手を探すことをどうやら放棄しているらしく、魔化コッコーの気の向くままに進ませているようだ。
とんでもなく暑いし、ただここにいるだけで疲弊してしまうし。しょうがないよね。
とはいえオレも水玉のキャットドレスに身を包む格好で出来るだけ体力を奪われないようにじっとしている他ない。戦闘でもなければ大きな動きをして息を吸い込めば鼻も喉も熱気に大ダメージを受けるのだ。
それがない涼しい夜ならこの砂岩の地面を駆け回って別の洞窟孔を発見する探索を協力したい。でもこの前調子に乗って、砂漠なのに蛸みたいな魔物が砂岩の割れ目から足を出し奥に引きずり込まれて喰われそうになったからな。アレは恐かった。巻き付いて吸盤から魔力を吸い取るんだから。地下まで救出に飛び込んでくれたガンクに蛸墨ならぬ毒液を吐くんだから。でも倒した後で食べた蛸の丸焼きは美味かったなぁ。
また食べたいなぁ。蛸いないかなぁ、出てこい蛸、たこ、蛸の丸焼き……。
「ちょっと、ランドちゃん、ランドちゃん!?」
〔うるさいなぁナノ。蛸は丸焼きも良かったけどさ、たこ焼きがいいって何度も言ったじゃんか……。鰹節とソースマヨで……〕
「ちょ、ちょっと、ねぇランドちゃんがおかしい! 涎垂らしてうにゃうにゃ寝言言ってる」
「むぅ、気付けの酒と水だ。ナノ、お前寝てただろう? ランドは自らで水分補給出来ぬ。間隔を空けて水を飲ませろとあれほど伝えたぞ」
食欲そそる豊満なマヨソースの香りに胸が踊る。沸き立つ湯気に踊る鰹節が早く食べてくれとオレを揺さぶる。
ハァハァ、もう我慢出来ないよ。いただきまーす!
〔ぐうぇぇ、おえっ、オエェェ!〕
たこ焼きだと思って口に入れた中身から吹き出た汁は強度数のアルコールだった。脳味噌が崩壊したように訳が分からずのたうって悶絶する。
「ランドちゃん、良かった、大丈夫?」
〔何これ大丈夫じゃないよ死にそうっ〕
「ほらお水っ」
顎を持ち上げられて口にどばどはと水を流し込まれた。舌を強襲していたアルコールが流れ落ちたのはいいけれど、そんな飲ませ方じゃオレ飲めないよ。
尻尾でぺちぺちナノの腕を強めに叩いてイヤイヤをする。涙目で訴えるとナノがいつもしてくれるように手の平で椀を作り溜まった水をペロペロと舐めて飲み下した。
ぷはぁ、生き返る。
まだ舌が舌が痺れる。死んだ心地がしたよ……。
「もう大丈夫のようだな。注意しろよナノ。お前も水を口に入れておけ」
「ごめんね、ランドちゃん」
オレは尻尾で応えながらナノとイルマに感謝を伝えた。でもたこ焼きは心残りだった。朦朧とした夢の中でも久しぶりだったからなぁ。
「へへへ、ナノはおバカさんだなぁ……」
「おいガンクにも水を与えておけ。
しっかりしろガンク、リーダーだろ。只でさえ酷暑なのに阿呆ばっかりで俺も頭がクラクラしてくる」
「イルマも水と回復薬飲んどいてね。あたし嫌よこれ以上の子守りは。管理は魔化コッコーだけにしてね」
「俺に自己管理は問題無い」
ガンクが乗った魔化コッコーが白い視界の中でふらふらと蛇行しているのが見えた。イルマやコルテ達が躍起になって捜索している砂岩に出来たひび割れ地帯から逸れて、トロールの骨すら転がってもいない綺麗な地面を進んでいる。
コッ!? ゴケーッッ!?
「うおぉっ!?」
「何事だ? どうした、……ガンク?」
驚いて声がした方を振り向くと、ガンクが跨がった魔化コッコーが金切りのような鳴き声を上げて暴れていた。
どうしたんだ? てゆーか、魔化コッコーの足が地面に埋まってる?
目を細めてガンクよりもその埋没した魔化コッコーの足首を凝視しているらしいイルマは小さく、「見付からぬ筈だ」と舌打ちした。
どうやらオレ達が野営時に展開する隠匿魔法がその場には掛けられており、可視して視認出来ないように知覚から外されていたらしい。
まさかそこに窪みがあるとは露知らずにあやふやな意識のガンクを乗せて闇雲に歩き回っていた魔化コッコーは足を引っ掛け片足が落ちてしまい騒ぎ始めたようだ。
どっからどう見ても真っ平らだとしか見えないのに、薄く砂が敷かれた地面に乳白色の片足を突っ込ませてバサバサと羽を散らしながら慌てる魔化コッコーと、その上で必死に手綱を引っ張りながら動揺を見せるガンクがいた。暑さで混濁した意識は緊急事態に直面して復旧した様子だ。
小さく唸った後ですぐに状況を理解した様子のイルマは、ガンクとその魔化コッコーは何をやってんだ、と首を捻るナノ達を余所にコルテを呼びつける。
「大至急、あの隠匿魔法を解けるか」
「えっ隠匿? あれ遊んでるんじゃないの。……あっ、ホントだ。あまりに高度だったらムリかもだけど」
魔化コッコーは足が抜けなくなってしまっているらしい。足をぐいぐい引っ張ってもげそうだけど大丈夫だろうか。端から見れば空へと羽ばたこうと遊んでるようにも見えるくらいに滑稽に映っていた。
コケーッ!! コケッコケッコケーッ!
「こら騒ぐなジッとしろ」
「ガンク、魔化コッコーを大人しくさせて。手綱を握ったまま鶏冠を挟んで頭から首下まで何度も撫でてあげて。そしたら落ち着いてくれるから。じっとしてくんなきゃ解除出来ないよ」
コルテが数枚の札を魔化コッコーの足元へ落としていく。札が落とされた辺りは何の変哲もない地面なのに水面のように波打った。広がる波紋を見ながら真剣な眼差しで吟味して、さらにその作業を慎重な動作で続けていくコルテ。
「やはり『隠解符』か。よくあんな物持ってるものだな」
「いんかいふ?」
ナノが質問してくれたおかげでイルマがその『隠解符』について説明してくれた。
要は隠匿魔法が仕掛けられた部分の結界魔法の解除を助ける道具らしい。その札に微量な魔力を流し込んでいき調整を繰り返しながら結界を解除させるのだという。けれど、その魔力を操る加減がとんでもなく難しいそうだ。
ガンクの腹にトールトさんの木を生やして治した時みたいに、コルテは重要な手術を行う外科医のようなとても真剣な表情になっている。あの時は軽口を叩いていたから、もしかしたらあの時より難易度は高いのかもしれない。
ちなみに他の解除手段としては単純な高威力の魔法干渉を与えて破壊してしまうことも可能らしいけれど、隠匿魔法が張られた部分ごと損壊させてしまうので、特に重要なものがその中にある場合には避けたいのが通例らしい。たまにイルマがダンジョンで見付けた簡易の隠匿魔法を破壊して突破口を見出だしていることを思い出した。でも今は魔化コッコーの片足が結界に埋まっちゃってるからその手段は使えないのだ。
「ん! やった、一丁上がり」
コケーッ!
「でかしたぞコルテ」
「はあぁ、ヒヤヒヤしたぜ」
汗だくになっている小さなコルテの頭を魔化コッコーに乗ったままのイルマが屈んでぽんぼんと叩く。
ちょっと遠慮がちにも見えるけれど、他人との触れ合いを避けたがるイルマにとって、ナノが言っていたようにイルマはどんどん変わり始めている気がした。以前よりぐっと親しみを持ちやすい人間へと。それをされたコルテも喜色満面で応えている。
「コルテ助かった」
「もっと褒めてくれていいんだよ。この隠匿すっごい難解だったんだから」
ガンクにえへへと笑いながら、その足元に視線を落とすと顔色が豹変させたコルテ。ガンクを乗せた魔化コッコーは地中に埋没した足先を少し変な角度に曲げて血を滴らせていたのだ。
コルテは直ぐ様蹲ると急いで自身のアイテム袋に手を突っ込む。そして治療魔法と併用して包帯で薬草と添え木を当てて負傷した魔化コッコーの片足をぐるぐる巻きにしていく。
「うわ、こりゃ痛そうだ。俺の魔化コッコー、どうだ。大丈夫かな」
「走るのはしばらく控えなきゃダメかも。
歩くくらいならなんとか大丈夫?」
コケ~
ガンクの心配そうな声に耳を傾けながら、コルテは魔化コッコーの真ん丸の黒目を見詰め問い掛けていた。意志疎通出来るのだろうか。労るように魔化コッコーの頬を撫でてたらんと垂れてしまった小さめの鶏冠を見ていた。
どうやらガンクを乗せて移動するくらいなら問題無いらしい。そのことに安心の吐息を漏らして再度コルテに礼を告げたガンクはコルテに足蹴にされていた。ガンクの不注意が招いたとも言えるからな。
一方、イルマの方は新たに砂岩の地面に現れた割れ目へと目を落としていた。ガンク達がいる辺りから少し離れた場所に新しい割れ目が口を開いていた。脇には硬い表情のナノが佇んでいる。
「……間違いないよ。この奥に礼竜の祠がある」
「だろうな。大仰な仕掛けからして、果たしてどのような岐路となるのか」
オレもそちらに向かい、見ることが出来なかった新しい砂ぶくれの洞窟の入り口を覗き込もうとした。
これまで侵入した他の砂岩の割れ目は人工的に拡張されたような跡や修復跡のような大昔にでも手を加えられたような痕跡が見られた。
そして今覗き込んでいるこの孔はそんな生易しいものじゃなく手の込んだ装飾が施されている。オレには読めない文字と竜のようなまたは蛇のような長い胴体の壁画がやや控えめな姿で彫られていることが解る。
永年の雨風で侵食された部分もあるけれどそれらは比較的少ないようだ。たぶん、先程の隠匿魔法の結界効果があったせいかもしれない。その孔は洞窟孔というより不確かな神仏を祀った場所へと通じる境のようにも感じられた。
何より鼻をくすぐるなんとも言えない芳しい香りにオレは動悸が起こる。奥から水気を含んだ微かな匂いがしてくるからだ。外のこちらへ向かっておいでおいで、と誘うように静かに吹き匂っている。
さっき見た夢の中のたこ焼きと同じく、オレは本能的に胸がどくんと高鳴りざわついた。この地獄のような乾燥地帯では水の香りは天使の導きにも悪魔の誘惑にもなる。
高鳴る胸と衝動をごくりと唾を飲み込むかたちで抑えて頭上のイルマを見上げた。
「ランド、お前も感じるか。この先にいるのは先に出会った神の鳥と名乗るハルピュイアとは別の神格級のものがいるようだな」
え、美味しそうな水の匂いを感じたんじゃないの?
砂ぶくれの⑥じゃなくて⑤だったので直しました。すみませんでしたm(__)m