142.砂ぶくれの洞窟④
この砂ぶくれのクレーター内部。その地下空洞は思ったより広く無いらしい。迷宮のように複雑な構造になっているのではなくただの魔物の巣穴と化しているようだ。
少し進んだ先には先程の巨大蜘蛛が張ったと見られる蜘蛛糸が張り巡らされた巣があった。
罠に掛かって蠢いていたワームごと焼却して、進んだ先が行き止まりだったため来た道を戻り奥の通りから襲いかかってきた蠍を倒しては新しい道を探す。
その先でも袋小路だったことに全員で落胆しつつ、抜け道が他に無さそうなので地上へと一旦引き返しては別の洞窟孔を探すことになった。
大型バイク程の魔化コッコーに乗ったまま入れそうな砂岩の割れ目は他にもあった。
それを見付けては侵入していき、中で棲息している手頃なものから凶暴で強い数々の魔物を狩っていき探索を進めていった。
何の成果も得られずに時間だけ過ぎていき日が完全に昇ったようだ。差し込んでいる強力な日差しが洞窟に白い光の柱を作っている。幻想的な光景を眺めるようにしながら隠匿と防御の効果を持った結界の中で交代で休憩をとっていた。
外ではナノとイルマが見張りをしている。オレはテントの中で二人の会話に耳を傾けながら毛布の上で丸くなっていた。
「この場所にナノが言う礼竜の祠がある、というのは真なのだな?」
「う……、断言出来るものじゃないけど。薄く感じるとしか言いようがないよ。でも間違いなく何かあるから」
尖り声のイルマと弁明するナノのやり取りが聞こえてきた。
イルマは進めどもなかなか目当ての場所もその取っ掛かりすらも発見出来ず焦りややイライラしているようだ。
「むぅ、信じていいのだな?」
「イルマがいつも以上に苦労して神経遣いながら探索魔法使ってるのは知ってる。無理させちゃってるよね。
だけど、これだけは言える。この場所はアタシにとって必ず何かキッカケになるものがある場所だって感じる。だから、それはみんなにとってもきっと同じようになる重要な場所だって思う。だから諦めないで頑張って進もう」
全力で探索魔法や感知魔法を発揮すると金色のクイーンハルピュイアに察知されるのではないか、とイルマが神経を磨り減らしながらギリギリのところでこの地下空洞内部を探っていることはオレも気付いている。
とはいえ、遭遇する魔物は強敵も多い。逆に得られた成果が皆無だ。いや分かったことといえば、ここまで何も無かったという事実を獲得したくらい。
ナノの労いの声にオレは口元を綻ばせて位置をずらすように尻尾を振った。
キッカケか、と呟きしばらく思案した後でイルマが尋ねた。
「……ナノはアーバイン王国を、現時点でも憎み滅ぼしたく感じているのか?」
「……、分からない」
押し黙った後で絞り出すような声で答えたナノ。イルマの声は先程より柔らかさを持っていた。
「ガンクは、ナノが心からそう願うならば、是が非でも達成しなければならぬ使命があるならば共に行動する仲間として協力するなどと言ったな。それについて俺は確認しておきたい。ナノはどう考えている」
「……」
「言い難いだろう事柄なのは理解している。早急に答えを急かすようなことではないが、俺は酷く驚いたことなのだ。答えてもらいたい。
ナノの願う想いは俺には到底理解出来ぬ事だと断じておく。それを企てるだけでも国家反逆罪に巻き込まれる内容なのだ。とてもじゃないがそうそう容易なことではない。互いにな。そうだと、俺はナノ自身が理解していると考えているのだが」
イルマが口を閉じた後で、長い長い沈黙の時間が布一枚隔てたテントの向こう側で流れていた。オレは身動ぎすら出来ずに呼吸すら気を使いながら、丸まったまま耳だけ微かに動かした。
「……その答えはまだ出すことなんて出来ないよ」
「む?」
考え込むような沈黙とか細いナノの声が重なりながらゆっくり聞こえてきた。
「アタシは小さい頃ずっとアーバインを滅ぼせ、って……。訓練して魔術を極めて大きくなったら祖先の仇討ちを果たせ、って。そう教え込まれて叩き込まれて育ってきた。
だから、アタシが育った村からアーバイン王都の学校に送り込まれるまではずぅっと強い反逆思想が心の中に根付いていたし、学校に入ってからもその悪意が影響して落ちこぼれ組の特別クラスに入れさせられた。今思えば、だからそこでガンクやイルマに会えたんだけど」
「俺は決して落ちこぼれではない」
テントの外の二人の会話は、ナノやイルマが幼い頃のアーバイン王都の学校時代の思い出話に変わったようだ。少しナノの声が明るくなった。
「フフ、そうだね。小さい頃からいつも言ってたね。懐かしい。
ほら、イルマは他の男子より暗くて不気味な男の子だったから。他人を寄せ付けようとしない無言の睨みを利かせて、気に入らなきゃすぐ恐い言葉使ってたでしょ。『殺す』とか『死ね』とかって」
「むぅ」
うわぁ、イルマ。それはダメだぞ。あ、オレも初めてイルマと対峙した時めちゃくちゃ恐かった。今とは比べられないくらい冷たいナイフみたいな鋭利な雰囲気を放っていたことを思い出した。
「イルマに過去に何があったのか知らないけど、アタシはこの国を恨んで育てられた歪んだ子供だったからイルマがそんなちょっとイタイ子供でもそんなふうに言われても、『魔力も弱っちい意気がったガキが何格好付けてんの』って全然気にもならなくて平気に思ってたよ」
「小生意気な」
「真竜様の巫女として修行を受けてきて、魔力を増やすこととそれを使う術が至上の到達点だったアタシだからね。入学した当時はこの国の常識に疎くて右も左も分かんなくて、その分気位高いわ根本的な選民意識あるわでいっつも揉め事起こしてたよね、アタシ。
でも一緒にいた隣のガンクは元がバカだったでしょ。だからそんなガンクともちょっと物騒だったイルマとも自然と馬が合ったんじゃないかな」
「クク、そうだな。思い返せば俺も、ナノも歪んでいたな。ガンクはそんなものまるで通じない、いや動じすらせぬほどの愚か者だと思えたな。確かに懐かしい時代だ」
ナノとイルマとガンクの幼少期にオレは思いを馳せた。ナノが語る落ちこぼれクラスか、どういうものだろう。想像するほど今よりも無茶しそうな小さな三人組が色々と騒いで周囲に迷惑を撒き散らしている映像が頭を流れてきた。
「でしょ、うふふ。あの頃はイオリもカーラックもいて、毎日がお祭りみたいだったね」
「うむ」
ナノ達が一緒に過ごした学校生活には他にも親しかった幼馴染がいるらしい。初めて聞く名前だ、誰だろう。
「でもアタシね、イルマの雰囲気が学校にいた頃と比べて凄く丸くなって嬉しいの。
それ何がキッカケだと思う?」
「む、俺が丸くなった?」
「うん。すんごい変わったよ。これまでいつも鋭かった目付きが前より優しくなってる。それは見た目だけじゃなくて雰囲気もそうだよ。親しみ易くなってる。まさか自覚無し?」
うんうん。オレも感付いてるぞ、それ。イルマと初めて会った頃と今じゃ随分違うからな。
「はて、な」
「照れちゃって気持ち悪い。良い方向に変わったんだから、ほらこっち見てシャンとして」
ナノの指摘にイルマは照れ臭がりそっぽを向いているらしい。
「アタシね、イルマが変わったのってランドちゃんのおかげじゃないかって思うの」
「ほう。ランドが俺を変貌させるキッカケを与えたと? 笑止千万、と主張したいのだが」
オレが?
「ふふん、ニヤニヤ笑わないの。やっぱり自分でも気付いてたんじゃないの。イルマは隠し事したり照れ隠しや何か後ろめたいことがある時は目が泳いだり口調がちょっと可笑しくなるんだよ」
「チィ」
「コカコ村でランドちゃんを仲間に加えて、アタシ本当に良かったって思うの。
だってね、変わったのはイルマだけじゃないよ。アタシもそうだから。
魔力が高過ぎて考え方も刺々しかったアタシって特別クラスに入れられても浮いてたでしょ。我が儘だったし、先生もどうせいつか滅ぼす対象だなんて考えてたから思いっきり反発してたけど、いざ卒業して学校の外に出ることになって冒険者稼業を始めたら全然思うように上手くいかなくて。そうだったでしょ。
それが悔しくて必死に愛想笑いしてなるべく愛嬌振り撒いていつもやり過ごそうとしてたんだ実は。ていうのは今でもあるんだけどね」
「うむ」
確かに、学校の中で過ごしている時は生徒が反抗して反発してもなんとか押し留めようと抑制させてくれていたのかもしれない。
けどそれを同じように学校の外の社会に求めたとしても無理があるだろうな。見放されたりけちょんけちょんに叩き潰されたりしてしまう。庇護が無くなれば社会的に抹殺されてしまうことだってあり得るのだ。いくらナノが高い魔力を有した学校の卒業生でもそんなもの歯牙にもかけずどうにでも出来る実力者は外の世界にはごまんといるのだろうから。
「けどあの村でランドちゃんと会って。ランドちゃんみたいな可愛くてあんな小さな子猫ちゃんが必死に頑張ってて、しかもそれが強くて。そのことにアタシ凄いびっくりしちゃったの」
「同意だ。あの様なちんちくりんな黒ねこが強い魔力を放ち水辺を徘徊していたからな。
俺も初見時には是非に及ばず討伐対象として立ちはだかった。過小していたとはいえしかし俺の全力の矢を躱したランドには驚愕したものだ」
うわ、思い出した。あの時のイルマの背後からの弓矢攻撃、滅茶苦茶恐かったから。死ぬかと思ったからな!
いや運が悪ければあの時にオレ死んでたぞ。
コカコ村で真正面から初めてイルマと相対した時の衝撃が甦ったオレはぶるぶると震えが起こってしまった。
自分の意見に同意するイルマに気分良さそうにナノが息を吐いた。昔の記憶を思い起こしながら噛み締めるような感慨の深い吐息が聞こえてきた。
「でもいつも危険に自分から首を突っ込んで行くような好奇心旺盛なねこちゃんで、見ているだけでも危なっかしいじゃん。そうしてると、なんか不思議と小さい頃の自分を見ているような気分になるの。
アタシが子供だった頃はねこらしい好奇心ってよりも幼稚な反抗心だけどさ。ランドちゃんが健気に思えちゃって。
アタシの不注意で死にそうになっちゃった時に、出会ってすぐのランドちゃんが助けてくれたことがあったでしょ。それまでずっと誰かから助けてくれたり手を差し伸べてくれたりされることはあっても、自分の危険をまるで顧みずに飛び込んできてくれた相手はいなかった。だからそれがとっても嬉しくて、助かった後も拭っても拭っても涙が止まらずに溢れてきた。何かが決壊しちゃったみたいで戸惑った。だからアタシにしてくれたように、アタシもランドちゃんを守ってやるんだ、って思ったの。
そのことが頭に一番に浮かんだら、それ以外の他のことは二の次になっちゃって。あれ程これまで大事に心の中で燃えて燃えて煮えたぎってた強い感情があった筈なのに、何故かもうどうでもよく感じるの。一から考えて組み立て直せば、仕返ししてやらなきゃって信念が立つんだけど、でも最後には頭の中でぐちゃぐちゃになって整理が付かなくなる……」
ナノ……、ありがとう。
オレはナノの想いに震えながら、全く眠気の無くなってしまった身体をさらに強く丸めた。
「そうか……。
確かに、ランドはいつも強敵であろうとなかろうと魔物へと特攻していく節がある。お前を助けようとブラックワームに飛び掛かった際もな。まったく、心臓に悪いのでやめてもらいたいものだな」
「でしょ。
もちろんランドちゃん同様にイルマだってガンクだって、アタシは守れる時は守ってあげたいって思ってるよ」
「ナノは守ってもらう立場だがな」
そうだそうだ。ナノは大掛かりな魔法以外は戦闘に不向きだからな。だからナノ以外がナノのことをしっかり護り固めてあげないとならないのだ。
「それを言わないでよ」
「さもありなん。
なるほど。よく分かった。とりあえず安心だけはすることが出来た。
そのようにナノが考えているならば、今後どの道を選びどう進むかの判断は委ねることにしよう。俺がこう言うのも恥ずかしいのだが厚く仲間を慕う気持ちがあるのならばこれ以上とやかく口出しすべきではないかもしれぬ。
しかしよく耳にする格言などにもあるように、憎しみからは何も生まれぬ。それだけを生き甲斐にしていれば不幸を招くことになるだろうが、安易に綺麗な物語のみ紡ぐ必要はあるまいて」
「……」
え、イルマ?
ナノは黙って話の続きを待っているようだ。頷いているのかもしれない。様子が見れないオレはもどかしい気分になった。
「たとえ酷い泥にまみれたとしても、成すべき揺るがぬ目的を叶える為ならば闇に呑まれる必要性がある。あくまでナノが信念を貫くと言うなら俺も共にその闇を渡る仲間の一人となろう。決して一人で抱え込むな」
「ありがとう」
オ、オレもだぞ!




