14.もふもふ要望
ハストランへ向けて歩を進めるオレ達。3人と1匹で街道をてくてく南の方向へ歩いていく。
途中数人の商人と用心棒と思しき従者の一組とすれ違ったくらいで、今現在見渡す限り人っ子一人見えない。
することもないオレは途中途中の草の匂いを嗅いだりたまに用を足したりして、ナノとガンクからの好意的な視線とイルマからの軽蔑を含む視線を受け取っていた。
「アタシね、さっきはっきりと分かったんだけど」
突然ナノが言い出す。
「ちょっともふもふ感が足りなくない? せっかく毛皮付けてんだから、もっとこう、肌触りを重点的に良くしようとか考えたりしないわけ」
それってオレが考えてなんとか出来るものなんだろうか。考えたこともなかったけど。
「アタシはもふもふを求めるわ。それこそ羊毛や羽毛にも負けないくらいのどっしりと、それでいてふわっとしたもふもふを」
ああ、イルマもガンクも天を仰いでるよ。
どっしり、とふわっ、って両立出来るのかなぁ。
オレは少し毛の量は少ないというか短毛だ。小さなコンプレックスだったりするかも。今よりもっと小さい頃、ふわふわと重厚な黄色と茶色の縞模様のマズマに身体を預けた時には心が安らいだな。
でもオレに無いものは無理だよ。オレは薄毛の残念な幸薄い黒ねこです。
「もふもふを要求するわ。ほら、項垂れてないの。分かったら尻尾を振って」
カチンときた。
怒ったらオレは恐いんだぞ。ナノに飛び掛かり肩までよじ登ると頬の辺りにねこパンチをくらわす。もちろん爪を引っ込めた加減付きのねこパンチだ。
「キャー、痛い、痛い。やめてー。ごめん、ごめんって。許して~」
近くで見ると可愛いなぁ。その可愛いプリっとした頬っぺたにオレの足跡を残す。桜色の頬っぺにねこの足跡マークが付いて、何だか余計に可愛さが上がったぞ。逆効果かよ。
「ったく、キャピってねーで早く行くぞ」
イルマは我関せずの風で一人先を行き、ガンクは振り返りながらオレ達を微笑ましく見ている。ぶぅっ、と膨れ顔のナノの頭に乗っかりオレ達も歩調を速める。オレは軽いから頭に乗せても大丈夫だ、たぶん。
んー、マズマ。旅って、仲間と一緒の旅ってなかなか楽しいよ。
イルマに追い付いた、と思ったら彼は険しい表情で西側を睨んでいた。
街道の西側は岩石が疎らに転がっている。人間の背丈を越える巨岩も点在している。
「どうした、何か引っ掛かったか」
イルマは【魔力感知】すなわち【魔物感知】が出来る。冒険者パーティには必ず一人は【魔物感知】が使える者がいないとすぐ様パーティ全滅の危機に陥る。とても重要な役割だ。
無言で神経を集中するように街道の西側を睨むイルマ。左手に弓束を握り、右手で腰の矢筒から弓を摘まみ上げているところだ。
オレもイルマの視界の先に目を凝らす。残念ながらオレには何も見えないけど、五感を駆使すると不穏な気配が感じられた。特に少し離れた地中から異様な、不吉な音が聞こえるぞ。それに少しだけ血生臭いな。
「この辺りの蛾は駆除した、そうだろ。芋虫も倒したじゃねーか」
「あの芋虫は蛾の幼体だろう。1匹の芋虫から数匹の蛾が発生したのは奇妙だったが、幼体であるならボスではない」
「怖い、虫はもう懲り懲りよ」
3人とも戦闘体勢に入っている。緊張感が辺りを占める。
剣を鞘から抜いて岩石地帯に足を踏み入れるガンク。慎重にオレ達も彼に続く。
イルマが注意を促す。
「気を付けろ。おそらく敵は地中にいる」
「大体でいい。どの辺りが怪しい?」
「あそこに見える大きな岩の先だな。気配は1つじゃない」
少し進むと地面の質が変わった事に気付く。少し柔らかい、土から砂に近付いた感じだ。
怖い、怖い、怖い。
オレはガンクに守って貰おうと彼の頭に乗ろうとしたけど払われた。この場も怖いけど、神経を尖らせてるガンクも怖い。
イルマは本気で怒りそうだから、ナノにすがり付こうとしたけど彼女もビクビク震えてる。さっきの会話から魔物の中でも特に虫は苦手なのかも。
「おい、ちび。自分の身は自分で守れ。お前も魔力が使えるんだろ」
一応、尻尾を振る。
使えるけど、魔物なんて初めてだから。ホント逃げ出したいから。
「よし、初陣だな。お前の力を俺達に見せてくれ」
えぇ!? オレも戦うの?
ガンクもイルマも既にオレに見向きもしない。ナノを見ると、「頑張って」と手を振るだけだ。
チクショウ、やってやるぜ。オレは腹を括った。
イルマが予測した岩の側まで進むと、辺りには濃密な土の臭いが立ち込めていた。オレ1匹で来てたら間違い無く遠くへ避難してるとこだ。
「ちと、ヤベエのかもな」
「数はおよそだが5匹、大が1匹に小が残りだ」
「音は聞こえねぇ。静かだな。何がいやがる」
「足元に最大限注意だ。臨戦態勢のまま移動出来る姿勢を崩すな」
「やだー。ゾクゾクするー」
オレはピョンと近くの岩に飛び乗る。どう考えてもあの巨岩の先が危険極まりない。
「行くぞ」
ガンクが声を発し、全員で巨岩の先に回り込む。しかし何もいない。
何もいないとも言えないか。犬くらいの大きさで、芋虫の残骸と思われる巨大な虫の表皮と数本の気持ち悪い足が辺りに無惨に散らばっている。食い散らかされた跡のようだ。
そして、地面のそこかしこに無数の穴が開いている。大きさは人が入れるものからもっと小さなものまで。
地上は風が岩場を通り抜ける音しか拾うことは出来ないけど、地中ではえらい音が響いてるな。地表の土の上には恐ろしすぎて立っていられないから、オレはまた身近な岩に飛び乗った。
そして、それは姿を表した。