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135.クイーンハルピュイア③黄金の鳥

 ナノが杖を構える。既に魔力もやる気も十二分に全身に漲っているようだ。


「……我が体内に燻る熱き血潮よ。我は大地の胎動を宿す者なり。地熱よ砂上の城を映し堅牢の幻と成せ……。ミラージュキャッスル!」


 敵の状態を、その生存を確認しようと現れたクイーンハルピュイア。

 警戒心は変わらずに、ズタボロのイルマ人形の周囲を鮮やかな翼をはためかせ乳房を揺らし周遊している。


 ナノが掲げた杖が蒼い輝きを放つ。


 途端、イルマ人形から魔力が吹き出すと同時に驚いたクイーンハルピュイアは上空へと避難しようと翔び上がろうとした。しかし、両翼を動かし上方を見上げた瞬間に硬直してしまう。


 それはまるで巨大な白亜の城……みたいな建物が形成されていた。

 その城の風景が砂降り頻る砂漠に瞬く間に拡がり、立体映像を見ているように動いていくと、建物内部へとオレ達を含めたこの砂漠地帯周囲が押し込まれてしまった。ミラージュっていうからにはこれは蜃気楼なんだろうけれど。



 イルマが呟く。


「なんだこの神殿に似た建物は。キャッスルだと言い放ち技を唱えたろう? 城ではないのか」

「うッさいわね。今フッと頭に思い描いたのがこれだったんだから仕方無いじゃない。文句言わないでよ」


 その神殿みたいな蜃気楼の建物は、イルマが苦言するところではメールプマインにある元邪竜教(真竜教)の神殿に似た構造らしい。おまけに最奥の教壇の奥では意味が分からない変な紋章まで描かれていた。


 ただ一人コルテだけは、うねった姿の蛇みたいな不思議な紋章に目を釘付けにされていた。


「ナノちゃんこれって……」

「さぁ行くわよ! 出ておいでゴーレムちゃん」


 コルテが呟く声は、真紅の魔鉱石を握り締め張り切るナノの声に打ち消された。

 クイーンハルピュイアも戸惑っている様子だ。それを感じ取りながら、魔鉱石へと魔力を注いでいくナノ。


 ナノのアイテム袋から大量の土砂が射出され、人形へと造形されていく。久々に見る。


 あれはドワーフの街ドウォルフの採掘地最下層で、神器『ファスガン』を納まった宝箱を守護していたドワーフ王ガンドルフ=ドウォルフが拵えたゴーレムだ。



 砂漠地帯に突如出現した蜃気楼の神殿。その内部でナノが操る巨大な岩人形が暴れ回った。

 指先からは岩の礫が乱れ跳び、前に見た動きより一段と早い動作でクイーンハルピュイアに迫り逞しい大きな岩の手が掴まえようと地響きを立てて動き回っている。蜃気楼で描かれた神殿の床に不釣り合いな細かな砂埃が舞う。


 クイーンハルピュイアの方も赤青緑黄色と、グラデーション麗しい両翼から羽根を乱れ撃ちして応戦するものの、その相手は岩の怪物だ。いくら毒羽を乱れ撃ってもまるで歯が立たない様子だ。

 翼から高威力の竜巻を巻き起こしても、岩の巨体をどうにも出来ないらしく、その表情はこの状況に難色を示している様相と言えた。



 ナノは目を見開きながら杖を振り動かし、巧みにゴーレムを操って動かしていく。


「んー。いい感じ。

 ちょっとゴーレムちゃん重過ぎだけど。ダイエットが要るかなぁ」

「阿呆、このままでいい。後はランド、頼むぞ。

 合図は俺が出す。お前はゴーレム目掛けて飛び掛かれ」


 分かったぞ!



 クイーンハルピュイアとゴーレムが一進一退の攻防を繰り返していく。

 ゴーレムはナノの魔力を食いながら動いているから疲労が出るのは実際ナノだ。クイーンハルピュイアはというと神殿内部を飛び回り逃げ惑いながら、必死に解決策を練っている様子だ。


 大掛かりな風の刃がゴーレムを切り裂く。しかしそれすら、何でもない、と言わんばかりにゴーレムは表面に負った断裂傷を修復しては敵へと迫りゆく。


 ますます苦渋に顔を滲ませるクイーンハルピュイアだけど、それでもまだ余力を残している、とそう感じられた。魔力の気配が高まっている。何か大技を繰り出しそうな、機を窺っているような、そんな危険な雰囲気を感じ取る。


「うう、燃費悪過ぎ。ちょっとしんどくなってきたかも……」

「まだだ、耐えてくれ。クイーンハルピュイアの動きが気に掛かる。奴め、何かする気か? であれば不味いぞ、このままでは」


 十メートル近い巨体へ絶えずガソリン代わりの魔力を注ぎ込み続けているナノだ。その表情が雲っていく。頑張れ、あと少しだ、きっと。


 でも何かが起こりそうな不安をどうしても拭い切れない。オレはイルマに前足で掻いた。行かせてくれ、と。

 でも首を横に振るイルマだ。まだオレが出ていくのは駄目らしい。まだ早いらしい。



 だけど、このままじゃ……。


 イルマが魔力回復薬をナノに手渡すけれど、焼け石に水みたいなものらしい。頗る低燃費のゴーレムはその動きに攻撃に、大量の魔力を食いながらナノを魔力枯渇へと向かわせる。



 手を握り締め、状況を注視していたイルマが何かを閃いたようだ。


「……む。

 ナノ、俺の人形の方へとクイーンハルピュイアを誘導してくれ。上手く運べばいいが……」

「分かった」


 大量の魔力を注ぎ込み続け、もはや枯渇気味になってしまい流れ伝い落ちる顔の汗を拭い続けるナノ。それでも念じたゴーレムの掌から放たれる岩の礫がクイーンハルピュイアを追いやり、次第にイルマ人形へと近付いていく。



 イルマが叫ぶ。


「人形爆散っ!」


ピャギィィィィィィ!?


「今だナノ、礫を当てろ。集中砲火だ!

 ランドは駆けて出ろ」


 イルマ人形の近くで宙返りしようと反転したクイーンハルピュイアは突如のイルマ人形爆発に巻き込まれた。それでも空中でなんとか体勢を立て直そうとしたところにゴーレムの岩礫の散弾に何発も見舞われてしまった。

 神殿の床に叩き付けられた後も、激しい岩の砲弾がクイーンハルピュイアを穿つ。神殿に砂埃が舞う。


 

 うおおお!


 オレは結界を飛び出してゴーレムへと駆け寄ると、物質変化と物質操作の魔力を発動させてゴーレムの岩の体内へと侵入した。

 これはゴーレムがただの岩でなく、魔力で形成した土の人形だから成せることだ。


 観光地デスピアークの海辺を訪れた際に、オレが海水を操作していたことをイルマが覚えていたことで今回の策戦に組み込んでいたのだ。



 やったぞ、上手くいった。流石“司令官イルマ”だな。



 ーー今回の策戦、それはこういうものだったのだ。まずイルマが囮となりクイーンハルピュイアから攻撃を受ける、それも勝敗を喫するような攻撃だ。

 警戒心強いクイーンハルピュイアは必ず生死確認するためその姿を表すと思われた。だからそこをナノと二人で協力して仕掛けたのだ。

 砂漠ということから、イルマは蜃気楼を作ることを提案し、またゴーレムに紛れてオレが最終的な止めの一撃を食らわせる。そんな策戦だーー。


 短時間で見極め、策と具体的な戦術を伝えたイルマは本当に凄い。


 いや、まだ勝利は結してないか。



 オレはゴーレムの体内を移動しつつ、体に土を纏い岩の塊と化していった。


 困った。これ息が出来ないや……。早く決着付けないと!



 ゴーレムの体内を移動するオレを感じ取っていたらしいナノが、合図するようにオレの周りの土の流れを速めていく。


「はぁっ、はぁっ……。来た来た。さぁ、行くわよランドちゃん。

 行っけぇっ! ゴーレムキャットキャノン!」


 ナノの咆哮と同時にオレはゴーレムの掌から岩の弾丸となって放たれた。


 神殿の床で岩礫に襲われ防御体勢を取っていたクイーンハルピュイアにぶつかると、砕けた岩の背後に隠れながら魔力を爪先へと漲らせ、渾身のねこパンチでクイーンハルピュイアを切り裂いた。


 ガンクのカタキだっ!


ピャギャァァァァァァァァァ!!



 クイーンハルピュイアを袈裟斬りにねこパンチで切り付けた。


 感触は想像以上に脆く柔らかい印象だった。美しい顔を絶叫のまま歪め、羽根を舞い散らせながら崩れ落ちるクイーンハルピュイア。



 しばらく警戒を解かずその場で敗者を見やっていると、イルマが慎重に声を掛けた。 ナノは喜んでいる。


「やったやったぁ!」

「よくやった、ランド。上手くいったな。

 それにナノもよく耐えたな。しかし、まだ安心はするな。ゴーレムと蜃気楼をそのまま維持し続けてくれ」

「鬼っ」


 疲れて、しゃがみ込んだまま杖に体を預けているナノ。苦しそうだ。


 イルマはどうやら外の気配を探っているらしい。



「ちょっと! もういいでしょ、そろそろ我慢の限界。アタシ吐きそう……」

「むぅ、ランド、一旦こちらへ戻ってくれ」



 警戒心強く表情を固くしたまま、ナノに魔力回復薬を手渡すイルマ。

 オレがイルマ達のいる結界内に戻るとナノがゴーレムを引かせ、蜃気楼の巨大な白亜の神殿内部の景色が霧散していった。




 しかしーー






 風景が元の砂漠地帯へと切り替わっていったその中に、もう一匹の出てこなかった方のクイーンハルピュイアが姿を現していた。


 先の戦いで生じたクレーター状の巨大な砂穴の淵に翼を畳む格好で、鋭い目付きをしてこちらを睨み付けている。


 そのクイーンハルピュイアの姿からは、決して手を出してはいけない。神格染みた気配すら感じさせる。畏敬の念を抱かずにはいられないような風貌なのだ。



 背中に二つの大きな翼を生やし胴から上は絶世の美女、その下から全身はカラフルなグラデーションの羽毛……いや、黄金色へと変色している羽毛が神々しいまでの輝きを放出していた。強く照り付ける強烈な太陽の光よりも眩しく煌めいている。



 時間が止まったような気配に痺れを感じる。風の音だけが静かに聞こえ流れている。その中に澄んだ透明色の声が響く。


「ピャロロロロ……。

 ……人間共。この地に何をしに来た」


 喋った? 魔物が、話したのか?



 クイーンハルピュイアは微動だにしていない。

 口だけがゆっくりと、一つ一つ噛み締めるように動き言葉を紡ぐ。


「答えよ……。

 我が配下を討ちこの地で何を求めるつもりか。

 真竜の紋章を具現せし人間よ……」


 イルマもナノもコルテも圧倒されている。ただただクイーンハルピュイアの姿を目に焼き付けるように、打ち震えながら硬直するばかりだ。


 クイーンハルピュイアは睨んだ目を細める。その視線が動き、ナノへと定まったように感じた。


「……。

 さてはカルクス殿を引き戻しに来たとでも?

 ピャロロ、あの人間は私の(つがい)とした……。時の戯れに決めたこととはいえ、いくら真竜の巫女だとて引き渡さぬぞ……」 


 瞬間、オレ達を護っていた結界が弾かれて消滅した。


 気付いた時にはナノが後方に飛ばされて倒れ、起き上がったガンクがその両肩を掴みナノを支えていた。トールトさんの葉っぱがクッションの役割もしたようだ。

 ナノは気絶しているようだ。


 ナノ!? くそ、ナノに何した!


 それにカルクス?


 誰だっけ。どっかで聞いた名前の気がする。だけど思い出せない……。




 ナノを砂地に寝かせ、具合を確かめた後でガンクが口を開いた。


「ナノは大丈夫、気を失って寝てるだけだ。コルテ、悪ぃけど介抱頼む」


 おずおずと動き始めるコルテ。


 ガンクは決して眼前のクイーンハルピュイアから目を離さず、やがて強い眼力で対抗するように瞳に力を入れた。


「おい、何勝手なこと抜かしてやがんだクソ鳥。

 カルクスてのは誰だよ、そんな奴は知らねーんだよ。俺達には関係無いな、そのカルクスも巫女なんてのも。

 それにさっき俺に羽根突き刺したのはお前だろ。咄嗟に剣抜いて少しでも防げてなきゃ死んでた。痛かったぞ」


 戻ってくる時に剣が抜き身だったのは、防御していたからなのか。このクイーンハルピュイアの攻撃を凌いで生還したのか、ガンクは。



 黄金の羽毛を纏った鳥の魔物が目を見開いた。そして楽しげに笑う。


「ピャロッ、我をクソ鳥と(のたま)うか……。ピャロッピャロロロロロロロロ……。

 そうかそうか、この神の鳥を前にして言うではないか。久しく見ぬと思うておった人間だが、このハックバール砂漠までやって来よるだけのことある。大した気負いよの」

「ハックバール?」

「カルクス殿も異を唱え申しておったが、現在はそう呼ばれてはおらぬのか? 名前などこの地で生きる我にとってどうでもいいことだが……」


 気付いたらガンクだけがこの神々しい気配を放つクイーンハルピュイアと会話していた。そのことに驚く。


 それに、神の鳥だって?




 黄金の羽毛の魔物が愉快そうに笑う。


「ピャロロロロロ。

 この先を進めば竜穴がある。ハックバール竜穴……礼竜の祠なり。

 我はその祠を棲み家とする神鳥である。

 久しく見ぬ猛き人間共よ、真意を質す気概を宿すならば迎しよう……」


 クイーンハルピュイアは黄金の両翼をはためかせ翔び上がり、悠然とその姿を砂漠の彼方へ消していった。



「ふうぅ……」


 後ろから全員の緊張を解す大きな吐息が聞こえた。振り向いたら、ガンクが砂地にへたり込んでいくところだ。トールトさんの繁った紫色の葉がガサカサと音を立てていた。


「大丈夫かガンク。それにナノも」

「ああ、俺は問題ねー。ナノも本当に寝かされただけだよ。ほら、暢気に寝息してら。元から魔力枯渇してたろ」


 駆け寄ったイルマがナノを見る。オレもイルマの横からナノに目をやる。あ、ホントだ。


 イルマがナノをテントの中へ運び入れる。コルテはガンクの後ろに立っていた。


「あんたよくあんな化物と気安く会話出来たものね。多分あれ、本当に神格級の魔物よ 。

 ……ちょっと鈍感通り越して不感症なんじゃないの?」

「アホか!

 これでも目一杯虚勢張ったつもりだぜ。虚仮威しにもなりゃしなかったみてーだけどよ……。

 やっと身体が動くようになってきたのにえれぇ疲れちまった。まぁ、最後の見せ場くらい用意して貰えたっつーことだな」


 コルテはワンピースに付いた砂埃を落としながら脇に寄ると、ガンクの腹に根付いた紫色の枯れ葉を高速で毟り取り始めた。


 コルテはゴニョゴニョと小さな声で呟き始める。


「トールトさんの木、もういいから。体の中の毒素は抜けた。

 ……ちょっとガンクのこと見直したよ」

「あん? なんだって?」

「見直したっつってんの、バカッ」


 コルテがガンクの頭を叩く。


「なんで叩かれなきゃいけねーんだよ」

「うっさいわね。あー治して損した」




 コルテの言うことは分かる。オレ達はあのクイーンハルピュイアに対してまるで動くことも声すらも出せなかった。

 立ち向かえば多分殺されていた。赤子の手を捻るような簡単さと気紛れの気分で。でもガンクは怖じ気付く素振りを見せず、「クソ鳥」呼ばわりしたのだ。


 ガンク、オレも見直したぞ!

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