129.カデナロックスコーピオン②詰んだのか?
ナノがイルマの解説を聞き、魔力を高め始めた。
「我が体内に燻る熱き血潮よ。今こそ火の精霊と契りを交わしその加護を得ん。灼熱の業火を戯れたるまま具現せよ……。
さあ灼熱よ、今昔の友と交じりて思うが儘に荒れ狂え。疾風の騒乱に身を委ね舞い飛び吹き燃えるがいい……」
ナノが後方で縦横無尽に杖を振り回している。
物々しい魔力がナノを介して杖の先端へと流れ込むと力が紡がれていき、振り回したその先から夜の闇に光の線を描き作り出していく。
杖が強く輝き、青い高熱の炎が無数に描かれる。その周囲を熱波が満たして風に乗り、こちらまで猛々しい炎熱が届いてきた。
熱い!
凄いや、どうやら火と風を合体させた魔法を使うみたいだな。
「くっ!? ヤベー、こっち来た!
ナノ、早く!」
素早い動作でガンクに迫り襲い掛かるカデナロックスコーピオン。
巨大な鋏が重々しく打ち付けられる。それを横に躱したガンクは横薙ぎに払われたもう片方の鋏の一撃を剣で受け、轟音を伴いながら遠くまで吹き飛ばされた。
一方、背後にいたオレにも尖った尻尾が真上から速射砲のように幾つも向けられ、命からがら逃げ続ける。
少しでも尻尾に擦れば、死んじゃうような猛毒なんだよな。蠍だもんな。
あの尻尾を切り外してカデナロックスコーピオンの口の中に突っ込めば倒せるんだよな。
確かに尻尾はその先端が鍵みたいなギザギザした形になっていた。あれで引っ掛かれたりすれば、中に含まれる猛毒が身体に行き渡るんだろうな。
……にしても、ちょっとイルマが話していた攻略法は無理じゃないか? 出来るかな。
一応、魔力を全身に循環させ毛先まで硬質化しておく。
降り頻るカデナロックスコーピオンの尻尾を避けるその死線の隙間の中で、オレは想像のままに創造する!
避け様に思い描くのは、オレと蠍の怪物を線で繋ぎ一点集中で貫き穿つ一本の強力無比な爪の槍だ。イメージしたままに魔力を全身に循環させ、構成通りにそれを爪へと集約していく。
けれど、発生させた円状の力場がオレが動く度に揺れ続け、カデナロックスコーピオンの尻尾に照準がなかなか定まってくれないのだ。
くそ、早くしないとナノが魔法をぶっ放すことも出来ないぞ。
それでも蠍がガンクを横から打ち付けたその瞬間、尻尾の付け根を辛うじてオレは捉えることが出来た。
衝撃にぶっ飛ぶガンクを目で追い、オレは歯を強く噛み締めて蠍の化物の尻尾の狙う箇所を睨んだ。
よくもガンクをやったな、ストロングキャットランス!
オレが突き出した前足の爪の先から魔力満載の爪が如意棒のように伸びて飛んだ。
どうだ!?
断裂までは出来ないにしても、少しでも問題の尻尾に切れ込みを作ることさえ出来れば、後はなんとか切り崩していくことが可能かもしれないんだ。頼む。
でも願いは届かず、オレが放った爪はカデナロックスコーピオンの尻尾に達するとその卓越した強度に弾かれ、夜空に伸びていき掻き消えてしまった。
マジか、何でだ?
あんなに苦労して魔力を込めて撃ち放った渾身の一撃だったのに! 一体どうして!?
その答えは敵の攻撃を避け様に放ったアンバランスな体勢での一撃だったからだ。
そうだ……、全く踏ん張りが利いてなかった。なんてこった。
それでもカデナロックスコーピオンの尻尾に鋭い傷を残したオレの攻撃を見やりつつ、残った魔力を掻き集めて頭上から降って襲ってくる強大な尻尾に歯を食い縛る。
先端の鍵状のギザギザに切り付けられたオレは後ろの砂地に叩き付けられた。
くうぅ!
滅茶苦茶痛いけれど、これくらいならなんとか大丈夫な筈だ。
ナノの声がする。よく通る声がオレの耳を捉えた。
「ランドちゃん! よくも、この岩の堅物!
ブレイジングサイクロン!!」
「ランド、今助ける!」
砂地を転がるオレをその場から拾い上げ浚うイルマ。その腕の中で豪熱の渦に埋没する巨大な蠍の化物を眺めた。
ギィシャアアアアアァァァァァァァァ!
流石にやったよな、これ、あの蠍の化物の断末魔だよな?
咆哮を上げ、燃え盛る炎熱の暴風に見舞われているカデナロックスコーピオン。
その強固な岩の肌が高熱の青い炎で焼かれ、その硬い甲殻は赤熱の如く赤々と色を朱に染めていっていた。
甲殻の繋ぎ目の隙間から炎を纏った風の猛刃が襲っているようだ。
オレを抱き抱え避難するイルマの所まで高温の熱波が達し、高熱化した砂までも体に張り付いて当たってくる。
あれ、おかしいや。痛くない。熱くもない。
変だぞ、何か意識が朦朧としてきているようだ。まるで炎天下の砂漠地帯を一日中徘徊した後のように。
どうなってんだ!? 身体も気持ちもフワフワするぞ。
なんだよこれ、絶対変だ。
全身の感覚が希薄になっている感じがする……。それにだんだんと寒気が……。
そう感じていた矢先に、激烈な痛みが頭から尻尾の先まで突き抜けた!
〔ギャアアァァァァァ! 痛いよ! 痛いっ!! うわああぁぁぁ!!〕
「クソッ、結界珠よ頼む。
……これは危機的状況だな。騒ぐなランド、大丈夫だ。今助けてやる」
安心させる為なんだろうな。
イルマはオレに笑い掛け、砂地に寝転ばせたオレの全身へと薬剤をドバドバ浴びせ続けているようだ。
痛い痛い痛い痛い痛い!!
激痛に身体を波打たせているオレを強く地面に押さえ付け、身体中に行き渡りつつあるカデナロックスコーピオンの毒素を洗い流そうとするイルマだ。
絶え間なく強烈にツンと鼻に付く、何らかの薬剤を浴びせていた。
〔痛い! 痛いよぉぉぉ! 体が、体がぁっ!〕
「堪えろランド! 落ち着けという方が無理な話だろうがじっとしていてくれ。
カデナロックスコーピオンの尾は強力な神経毒を有しているらしいな。
一度触れれば通常ならば即死ものだが、少しでも魔力で固めて防御していて助かったな。直に楽になる」
絶叫して鳴き喚き続けるオレを宥め、労るようにイルマが次にしたのは丁寧な手付きで全身を撫で付ける仕草だった。涙を涎を鼻水を撒き散らしながら、さっきとは別のネバネバする薬剤を擦り込まれていく。
すると途端にイルマの顔色が変わった。
なんだ? 何、どうしたのイルマ?
オレは間近でイルマの表情を見て不安になった。
「あと少しの辛抱なのだが……。
クッ、なんてこった。ホワイトデビルスネークまで現れるとはな」
霞む視界の中で、蠢いているのは二つの白い頭だった。その先から赤黒い舌を出し入れしている蛇が見える。
奴らは動けなくなったオレを、イルマを補食しようととぐろを巻きながらこちらの様子を観察しているようだ。
……。
あぁ……。意識が散り散りになっていく。くそ。気怠くて、意識も身体も全部重い感じだ。
……こっちはヤバい状況だけれど、カデナロックスコーピオンはどうなったんだ?
無事に倒せたのかな……。
でもそれすらどうでもいいと思ってしまうくらいに悪魔のような睡魔がオレの意識を包み込んでいた。
ギィシャアアアアアァァァァァァァァ!!
その鳴き声に咆哮に体が震えた。まだ生きていたみたいだ。
ったく、何が“砂漠の錠前”だよ、砂漠の死神って言われた方がしっくりくるぞ。変な異名付けてるから、挑んでしまって返り討ちに合うんだよな。
いや、普通はその異名でも敢えて挑む奴はいやしないか。所見で見た通りの関わっちゃいけない化物だったからさ。
あぁ、駄目だ。意識が混濁する。呼吸するのも苦しいよ。
「嘘、アタシの魔法が効いてない?
イルマ、どうすればいいの?
ねぇガンク!? 起き上がってよ、助けてよ! 皆ヤバい状況だから」
「ナノ、こっちはこっちで不味い。
切迫した状況だ。なんとか堪えて踏ん張り凌いでくれ」
これはイルマの声だろうか。ナノの悲鳴も聞こえてくる。吹き飛ばされたガンクはどうなったんだ?
オレの身体は言うことをまるで聞いてくれず、自分の意志で首を動かしてみんながいる方向へ顔を向けることすら不可能だった。なんとか意識をこの場所に繋ぎ止めるだけで精一杯だ。
「うおおぉ!」
掛け声と共にイルマが攻撃を仕掛けたようだ。弓矢を放ったのかな。
どうやらオレをその場に残して、二匹の蛇の元へ駆けて行ってしまったようだ。たったのそれだけでもオレは不安になってしまった。心細くなる。イルマが近くにいなくなっただけで心にどうしようもない恐怖の渦が生じてきている。
動けない、何も出来ない自分に無力感が蔓延していく。止めどなく悔しさが込み上げてくる。
クソ、こんな所で死んでたまるか! 悄気るな、気を強く持て。頑張れオレ!
自分で自分を奮い起たせ鼓舞する。オレは死なない。皆を守らなきゃ。
「ちょっとあんた達、野犬が来てるよ! う、これはスカルドッグの群れ!? 魔化コッコー達が囲まれてる、あたしもろとも。何とかしてよ~」
口調が変に危機感少なめだけど、コルテの方もヤバそうだ。
イルマはホワイトデビルスネーク二匹、ナノはカデナロックスコーピオン、コルテはスカルドッグの群れ、ガンクは吹き飛ばされて生死不明、そしてオレは猛毒で動くことも出来ない……。
なんだよ……。絶体絶命じゃんか。
オレ、死ぬのかな……。
嫌だ!
まだまだやりたいことも、夢だってあるんだ。ガンク達が絶対なんとかしてくれる筈だ。
そう、いつだってみんな最期まで諦めない奴等なんだ……。
オレは途切れそうな意識の狭間で明滅を繰り返すように、なんとか気持ちを繋ぎ止めようともがいていた。身体は今は動かない。動かせないけど、頭だけは動くんだ。
諦めてたまるもんか、これはオレの戦いだ!
背後からナノの悲鳴が、イルマの唸り声が、コルテの叫び声が耳に届く度に切れ切れに意識が切り替わっていく。
オレの体は全く、どうにもこうにも動かすことが出来ないままだった。金縛りの最中みたいに頭だけが酷い頭痛を伴いながらも高速で働いては時に停止し、再び回転しているようだった。
それでも……! いくら頭を働かせても、もはやどうにもならないように感じられた。逃げることすら不可能だ。
オレは呼吸して生命を維持すること、たったそれだけでも大変な作業だったのだから。
くそぉ! 詰んじゃったっていうのか、これを。死にたくない……、このまま死んでたまるか……。
暗転していく視界を食い止めるべく必死に抗う。でもーー