122.進行ルートと調査の目的
バーシキノル街道から逸れてワユビュリュの森へ入る小道を進む。
振り返り街道を見れば明かりを灯した通行隊達が絶えず流れていく姿を確認出来る。けれど、魔化コッコーに跨がってオレ達が走るこの小道を通るような者は皆無だ。
進んでいるこの先は不安の塊のように視界いっぱいにワユビュリュの森が大きく広がり、小道はその開口部へと続いている。
イルマが言う。まもなく深い森の入り口に差し掛かろうとしている。
「ルートを確認したい。昨夜も打ち合わせことではあるのだが。
ルートは二つ浮上する。一つは以前にも通行した際と同じくこのまま森を突っ切りワユビュリュ湿原へ出るルートだ。さらにそこから北西へと進行するものだな。
二つ目に、森に進入することなく大回りに迂回し湿原を目指すルートがある」
オレ達は昨夜大まかではあるものの進行ルートも話し合っていた。それは状況に応じて進行ルートを適時判断していくというものだったけれど。
小道から外れること無くワユビュリュの森に進入するコースは、以前ドワーフの街ドウォルフからバーシキノル街道まで来た道だ。その時は土地勘と通行慣れしていたレームスさんの案内があったから通行出来た道のりだ。
それが今回は一度通行したことがあるとはいえ、案内役がおらずだだっ広の森を地図だけを便りに進むのは難策だと言えた。いくらイルマの探知魔法とラウルトンさんから手渡されている便利道具があるにせよだ。
また、森を迂回して大回りに進行するコースにも難点があった。
迂回して右回りに、つまり時計回りに進めばオーシャル海と繋がる大きな川にぶつかり行く手を阻まれることになる。もう一方の、川にぶつからずに湿原へ辿り着ける、川を避けて反対の左回りに進んで行くとしたらかなりの時間のロスになってしまうのだ。
「右回りに行けばいいんじゃねーか? わざわざ森に入って宛もなくさ迷うことも遠回りする必要もねーだろ」
「しかしだな」
「あたしもガンクに一票。川の規模が解んないけど渡れそうになきゃ川沿いに進めばいいでしょ。簡単簡単」
そろそろ森の手前だ。薄暗い闇と濃く深い緑の木々がオレ達を迎えようとしている。足元の地面は岩と砂の更地から道に草が繁り始めている。
ナノが起きた。「ん、んぅ~」と手綱を掴んだまま器用に背伸びをする。よく寝てたな。
「ナノ、やっとお目覚めか」
「あっ、森? もうワユビュリュまで来ちゃったんだ。いつの間にって感じ」
……なんか、家族旅行の子供みたいな台詞だな。高速道路を走る車内でひたすら眠り続け、起きたら目的地に到着していたような。
全員森の入り口で一旦魔化コッコーを停まらせる。昼から走りっ放しの彼らニワトリ達は疲労の気が見えている様子だ。
ちなみに、今オレとナノが乗ってる魔化コッコーとコルテが手綱を引いているものは雄だ。真っ赤の鶏冠が大きく、停止すればピンと立ち凛々しく威厳すら放つものだ。それに後ろの尾羽も黒々して誇らしい姿をしている。
一方、ガンクとイルマが乗っかっている方は雌だ。雄とは少し違い、体を覆う羽毛はどちらも茶褐色だけど、鶏冠は小振りで控えめだ。尾羽も雄より小さく地面を突き刺すように突き出す格好じゃなく丸みを持つ。キュートだ。
でも雄も雌もどちらも瞳は真ん丸で魚みたいな黒目だ。走り続けた今も付近を餌でも探してるのか鶏眼を光らせ足を動かしている。
ナノが森をじっと見つめている。そのナノにガンクが訊ねた。
「ナノ、どう思う? このままワユビュリュの森を突っ切って進むか左に周回しながら進むか」
「……そうね、周回する方がいいと思うよ。
なんか、前に来た時よりこの森危ない感じがする」
「フム、ではそうするか。ナノの勘は当たるからな」
コルテが拗ねる。
「何よそれ。森に精通したエルフのあたしがいるんだよ。森なんか全っ然怖くないんだよ?」
「お前右回り迂回コースに賛成してたじゃねーか。何怒ってるんだよ」
「これはプライドの問題よ!」
「分かった分かった。森に入った時は頼りにしてるから。
イルマ、決まった。進もう。もう少し進んで適当な場所見付けたら夜営しようぜ」
「心得た!」
結局そのまま魔化コッコー達を走らせ続け、川の手前付近まで進んだオレ達だった。
目の前には大きな大きな水の流れがある。川だ。
向こう岸は全く見えない。夜で暗く視界が不明瞭とは言え、こんな大きな川は前世の記憶でも世界の映像でしか見た試しが無いぞ。
地図上だと川の記しは一本の線で記載があるだけなのに、こうして足を運んだ現地で見るとその川幅は一キロなのか二キロなのかあるいはもっともっとあるのか。
ちよっと果てしなさ過ぎる。大河だ。
ずっとワユビュリュの森の外周に沿って移動してきたつもりが、行く手を阻む枯れ木や倒木を避け進んで行き、いつの間にか森の内側へと進入していたようだった。
ここまで魔物との遭遇は滅多に無かったものの、走り続けた魔化コッコー達はやはりだいぶ疲労しているようで、オレ達が降りると特にガンクとイルマが乗っていた雌の彼女達は足を浮かせてプルプルと振り動かしていた。ありがとう、ここまで運んでくれて。
座り込んでしまい休んでいる功労者の彼ら魔化コッコー達に、コルテはヒーリングの魔法を施しガンクとオレは周辺の繁みに入って餌になりそうな小動物の調達を、イルマは川へ水汲みに、ナノは張った夜営テントに防御と隠遁といった各種結界を張り巡らしていく。
にしても、ニワトリって何でも食うんだな。
……それにしても、ちゃんと殺してから彼らに与えてやらないと駄目だなこりゃ。
体を酷使して疲れてしまい食欲旺盛になっている魔化コッコー達に、兔や亀に魚に野犬にとあらゆる精の付きそうな餌を運んで来ているオレとガンク。
けれど、そうして持ち運んだ生きたままの兔が大型の嘴で啄まれながらゆっくりと原型を無くしていく光景、それと食物となったその憐れな兔達が絶命に向かう悲鳴は胸糞を悪くさせた。
「……しっかり仕止めてから運んでやるか」
そうだな、ガンク。これじゃオレ達の食欲が減退しそうだ。
森は薄暗く、不気味だ。
考え方を変えて暴れる気になっちゃいさえすれば、そこは冒険と戦闘のパラダイスだともいえるのだけれど。
オレはねこの好奇心と闘争本能を抑えながら静かに待つことにする。
だってわざわざ目的外のこんな場所で暴れまわる必要性は無いのだから。
イルマが言う。
「先程川を調べて見たのだが、この地点より向こう岸へ渡りきるには船でも無ければ不可能だ。従って明日は川上へ沿い遡りながら進行するしかないのだが、一つ重大なことを失念していた」
「何だ?」
「俺達が自らの方法を以てしてカダストロフ山脈まで到達するのは必須だ。困難かもしれぬがな。
しかし、それ以上に重要なことは後に獣人達を俺達が通って来た道で無事に通行可能である様、道を示してやれる必要があるということだ。それこそが調査の真の目的として値するものとなろう。
俺達はただ向かえばいいというものではない。違うか?」
「……うん。そうだな」
ガンクは串に刺した兔肉と川魚の丸焼きを交互に口に入れながらイルマを見やり先を促した。
出来れば聞きたくない見解が待っている気がする。
「つまり調査を行うのは湿原を越えた先なのではなく、このワユビュリュの森を越える為の安全かつ確実なルート確保もそれに含まれるのではないか?」
う……、確かに。
兔肉を噛み千切りながらガンクが言う。
「うん……、言われてみりゃごもっともだけどよ」
ガンクは周りを見やる。気持ちは分かるぞガンク。
「えー。どんだけ時間掛かるのよ。
まさかこんな広い森を迷宮攻略みたいにマッピングして進む気? ヤダー。ムダ足踏みたくないし」
ナノが焼き魚を空中に泳がせて反対する。
確かにイルマの言うことは正しいけれど、心情的には進める地点まで早く進んでしまいたい。だって、ここは一度来て既に通っている場所なのだ。目的地点までの通過点でしかないのだから。
誰だって宝箱が有るわけでも倒す価値がある魔物が犇めく場所でもない、この広いだけの迷いの森のような受難の森を散策したくはないのだ。
この通過点を隈無く調査しながら進むことは精神的にキツイ!
魔化コッコー達は座ったまま眠っているようだ。目を閉じ音も無くひっそりと睡眠をとっている。いっぱい餌を運んでやったし、たらふく食べてさぞぐっすり眠れるだろうな。
ニワトリ達から視線を戻す。
でも、この中でただ一人コルテだけは目を輝かせていた。
「何だ?
どうしたよ気持ち悪い顔して」
「あーもうっ! やっと気付いてくれた?
ここに頼りになるエルフの女の子がいるでしょ?
気持ち悪いって暴言には目を瞑るから、ここはこの偉大なエルフ、コルテッチを頼りなさいってば!」
言いつつガンクの頭をどつくコルテだ。
コルテによると、エルフにとってはこと森の中でならば魔物等の危険な生物との遭遇率の少ないルートや地理的にも安全な道を把握出来るのだと言う。
「便利だな」
「ちょっとガンク!?
この森に棲まう妖精達にお願いして道を尋ねるんだからねっ! 本来なら来る日も来る日もえっちらおっちら自分の足で散策しなきゃ到底成すことの出来ない滅茶苦茶労力を要するアホみたいな、生きてる屍になっちゃうような作業なのよ!
人を簡単に便利道具みたいに言わないでほしいわ。まったくっ」
イルマが、「今のはガンクが悪い」と頷く。ナノも同意する。オレもだ。
そして今度はガンクがむくれる。
「ちぇっ、分かったよ俺が悪かったよ。
コルテは流石だなー。頼りになるよ」
「気持ち込めてる?」
「あたぼーよ!
見ろ、この魚と兔の肉の美味さに誓おう。断じて嘘は言ってねーよ」
コッコッコッ……コケーッ!!
夜の帳の落ちた静かな森に突然のニワトリの鳴き声。ビックリこいた。
「ほら。
魔化コッコーも頼りになるエルフだって言ってら」
「む~。ならいいけど……」
一頻りみんなで笑った後、交代で見張りをしつつ静かな夜を過ごした。