120.笑うコルテと残念な警備隊兵
ガンクがコルテの後ろから声を掛ける。声色が幾分高いのは、戦闘になるなら手伝うぞ、という意味合いが含まれていると思う。
「コルテ、どうした?
やっぱり通っちゃマズイってか?」
「ガンクは黙ってて」
「手なら貸してやれるぞ?」
「うっさい。いらない」
幼女を数人で包囲する屈強な武装兵の絵面が出来上がっている。
その剣呑な雰囲気に前でイルマも顔をしかめているようだ。
ふと見渡すと、ナノは列を外れて付近を徘徊する自由気ままなニワトリの上にいるままだ。
この異様な生き物に慣れ始めている様子で、野菊やミミズを啄む巨大ニワトリに、「ほらほらあっち。あそこにもあるよ」と茶褐色羽毛の背中を叩いて次の餌場を伸ばした指先で指し示している。巨大ニワトリもそれに従って動いているから、随分とフレンドリーな関係になったようだ。
オレは地面に降りると、コルテと街道警備隊兵の輪の近くに移動した。
コルテは俯いて細かに震えているようだ。でも決して恐怖の感情からそうなっている訳ではなさそうに感じられた。
だけど、それを自分が優位だと勘違いして、取り囲んだ男達は勝ち誇った顔付きで各々の武器を見せびらかしては動かしている。
「これがあんた達の、街道警備隊のしてるお仕事なの?」
「そうだ。悪ぃか? オレ達も生活かかっていてなぁ」
カーセが、「なぁ?」と語り掛ける。そうすると周囲の武装兵からいやらしい笑いが巻き起こった。口々に、「そうだそうだ」と囃し立てている。
カーセは幼さを撒き散らす。にこやかに男達と一緒に、「あっはっは」と笑っている。
「ハッハッハ、どうした。怖くて気狂いでもしたか?
分かっただろ、お嬢ちゃん。金を置いていきなよ。そうすれば安全な街道の旅をオレ達が約束してやるよ。安全な。……な?
お出掛け早々事故に会いたくねぇだろうが」
なんか口調もどんどん変わっちゃってきてるぞ。
オレはコルテの魔力が膨れていくのを感じた。それはうっすら足元へ流れていく気配がある。
対して、確かに相当鍛えているようだけれど街道警備隊兵の面々はコルテの見た目通りの幼さに油断しているのか、眼下で黄色いワンピースをはためかせている幼女の危険な風貌には全然気付く気配が無いみたいだ。
「……もいっ回訊くよ、いーい?
今やってるのがあんた達の仕事ってワケね」
「ああもぅ、うだうた言ってねーでさっさと金出せやチビッ! おイタされねーと分かんねーか!?」
「あっそ。了解」
コルテは最後にニカッて笑う。バタバタと黄色の長いワンピースが揺れて大きく動く。
「ノームよノーム、遊び好きな大地の精の子よ。楽しい遊びに出ておいで」
コルテは愉快そうに、唄を歌い奏でるみたいにしゃべる。
すると、コルテの周りの足元がもこもこと波打ち始めた。警備隊兵全員に動揺が走る。
これは……、魔法か?
「うおっ。なんだなんだ、地震か?」
「楽しくみんなで悪い奴等のお股へ劈き遊べ。ノームランス!」
もこもこしていた地面から人の拳大の柱が勢いよく立ち上がると、コルテを取り囲む周りの男達の股間を強打した。
「ごっ!?」 「ぐぼぉ!」 「おごぐっ」 「むぉお……」 「あちょごっ」 「ぼふぅ!」
様々な呻き声を上げて武装した警備隊兵達が各々の股間を押さえながら崩れ落ちて悶絶している。
その中心でコルテはお腹を抱えて笑いながら、尺取り虫みたいにして這いつくばった格好の屈強な警備兵を足蹴にする。
ありゃあ……。
いい気味だ。
それにちょっと面白い。
けど、オレも前世の経験か本能なのか股間がムズムズして少し内股になってしまった。
背後で見ていたガンクとイルマも少々心理的なダメージを受けたようだ。心なしか内股気味になり、「ヤベェぞ、アレは」と頷き合い顔を青くしている。
残念な姿を余儀なくされた街道警備隊の第一詰所の所長カーセは涙目になって、最早見上げる位置にある幼女の顔をきつく睨む。
「これはてめぇの仕業か。なんてことしやがる」
「えー、だってだって。アブナイおじさんに襲われそうになった時には、ソコが一番効くんでしょ?」
「ざけんじゃねぇぞ」
「そんなカッコで凄んでも全然恐くないよーだ」
「舐めやがってガキが……」
カーセはお爺ちゃんみたいに震えながら内股のままなんとか立ち上がる。急所にめちゃめちゃな強打を受けて相当痛いんだろうな。
コルテは鬼だ。男にとっての。
「あれ、まだやるつもり? 案外しぶといんだ」
全身全霊を振り絞って懸命に立ち上がる男達にコルテは無邪気な笑みを差し向ける。とても冷たい微笑をだ。
コルテの周囲の地面は未だにもこもこと揺れ動いている。
「まだ遊び足りないんだってさ。ノーム~」
うひゃあ、酷いや……。
再度足元から伸び上がった無数の土の拳に身体中めった打ちにされる街道警備隊兵達。もう憐れでしかない光景だ。
にしても、コルテの魔法技は単発じゃないんだな、ナノの魔法みたいに。これはなかなか便利そうだな。
土属性の魔法のようだけど、魔法とは少し違うみたいだ。「ノーム」って言うからには大地を司っている妖精のあのノームだよな。
彼らを呼び出して力を借りて魔法を放っているのだろうか。うん、エルフっぽい。
ガンクが声を掛ける。
「終わったな。ついに本領発揮か?」
「ハァ? これのどこが。こんなの朝ご飯前のやっつけ仕事にもなんないってば。
ノーム達、もういいよ。ありがと、また遊ぼうね」
コルテは地面に向かってウインクすると唇に手を当てた。
あっ、投げキッスだ。
あーあ。惨い姿になっちゃってるよ。
街道警備隊兵の全てがこいつらみたいな卑しい思考だとは思わないようにしておく。けれど、今回の件でその印象は最悪なものになっちゃったな。
第一詰所の所長がカーセみたいなゲスで強くも弱くもない中途半端な奴でいいのか知らないけど、この六名は瀕死のままにしておく。
周辺の街道の治安はしばらく大丈夫だろうか。うん、不安だ……。
コルテが言うには、たったのあれっぽっちでノビちゃうようなバカは所長なんかじゃない、と断言している。
それには、確かにオレも同意見だ。
そんな簡単に全滅しちゃうようなヤワな警備兵ならいなくてもいいもん。いやむしろいらないかもしれない。
きっとこれじゃあ治安維持どころか強者同士の揉め事一つ解決出来ずに返り討ちに合いそうだ。
アーネット隊長のところの部下の警備兵の方がよっぽど有能だと思う。
とはいえ、まだこの辺りはメールプマインの街にも近いので粗方治安等も整っているらしく、それほどの実力者が配備されるような危険地区なわけでもないようだ。怖いのはもっと先の街道で、盗賊被害が頻発している街道地区なんだとか。
――と言うわけで、両手で股間を押さえたままの残念な格好で血塗れ状態の街道警備隊兵六名を放ったらかしにして、オレ達はアーバイン王国と帝国領の二国間を繋ぐ大動脈を西方の帝国側へと進んでいく。
このままずっとずっと進行して行けば、このバーシキノル街道の終点に帝国領が広がっているんだよな。
ターニャ達獣人族を強制送致した帝国だ。
今回はそんな遠くまで街道を進まず、その遥か手前のワユビュリュの森へと抜ける別れ道までがバーシキノル街道での移動となる。
道幅は広く、それに比例して通行量も多い。前にワユビュリュ側から訪れた時と同じく隊商に労働者に、ちらほら冒険者風の者達が通行しているのが見える。
くたばってしまう前にカーセが注意した点も大事なので、それに加えてオレ達は目立つことを避けて、通りの往来の妨げにならないように街道から少し外れて荒野の中を西へと進む。
暖かい午後の日射しを浴びながら吹き抜ける西風を受けながら、四頭の巨大ニワトリに乗ったオレ達は整備の手が届いていない更の荒野を移動しているのだ。
逞しい乳白色の爪先がゴツゴツした岩地でも砂地でもお構い無しに掴み駆けていく。
バーシキノル街道は左手に見え、地平線の先まで延々と大河のように伸びている。街道の左手の先には非常にうっすらと海が見える気がするけれど、気のせいかもしれない。ほんの少しだけ潮の匂いが感じられるから。
でも、見渡せばだだっ広い景色の中に地平線の遥か先まで果てなく伸びる街道と人々の往来の絵は光景はなかなか壮観だ。
……暇だ。誰も喋らないからかもしれないけれど。
全員が大方この生き物の乗り方に乗り心地に慣れてきているみたいだ。
今まで無言で集中しながら手綱を握っているガンク達。今何を考えているのかな。今オレのいる位置からは見えないけれどさ。
コケーッ! コッコッコッコッ……
たまに思い出したように鳴く巨大ニワトリにびっくり驚く。
その度にうつらうつらしていた意識がこの場に引き戻される。
なんか、だんだんと……。
眠いなぁ……。
オレ達を乗せて荒野を駆ける巨大ニワトリ達が何を思い考えているのか窺い知ることは出来ない。けれど、間違いなくタフで物凄い脚力だよな。心肺機能も驚異的だ。馬より断然早い速度でずっと走り続けていられるのだから。
誰か喋んないかな。寝ててもいいかな。