12.大好きな家族との別れと旅立ち
オレは新しい仲間と供に荒野を歩いている。前に3人組の冒険者、ガンク,イルマ,ナノがいる。
振り返りはしない。前を向いて進むんだ。振り向けば後方にコカコ村がまだ見えるけどね。
昨晩の事をオレは思い出す。
夕方の営業時間終了間際、オレを村の外の世界へ誘ってくれた冒険者パーティーが店に来た。
ちゃんと来てくれた。安心が半分で、今からの事を思うとその不安も半分だ。だって約1年一緒に暮らした家族が何て言うのか分からないんだもん。
リルもユーノも反対するかな。「危ないわ」とか、「離れ離れはイヤッ」て、引き留められるかな。ゴートなんか逆に、「出ていけ、この恩知らず」なんて怒りだすかも。そうだったらどうしようかな。困っちゃうな、きっと。
「いらっしゃいませ。ごめんなさい。もう閉店で」
店内奥まで入店する3人組。ユーノが困惑気味に告げる。だって表に「準備中」の看板出してるからな。
「こんばんは。ちょっとお話があって来ちゃった。とりあえず、アタシ温かいスープとパンか何か貰えないかしら」
「違う。ナノ、ふざけるな」
「でも身体が冷えてきちゃって。ご飯食べながらの方が話も進むと思って」
「アホか。勝手に思うな、要求すんな」
漫才か。そうだとしても場は白けきって怪訝な顔までされてるぞ。
「ナノは口を閉じておけ。単刀直入に言おう。そこのねこは魔力を有している」
おいおい。いきなり何言ってんだイルマは。指差すな。ストレートにも程があるぞ。
何か言いかけようとしたリルを払いのけ、音を立ててゴートがイルマに詰め寄りオレに向けた腕を強く払った。怒ってるよ、分かるよ気持ちは。
「話はそれだけか。帰ってくれ、店終いなんだよ」
「ごめんなさい。大事な話なんです。うちの者が無礼だったと思いますが、どうか話を聞いて下さい。お願いします」
こんなに丁寧な話し方も出来るんだな。ガンクが頭を下げると、渋々といった具合だがイルマとナノの二人もそれに倣う。梃子でも動かなさそうな空気を感じ取ったらしいゴートは、苛つきながらも近くの席を勧めた。
3人が着席すると向かいに腰掛けるゴート。リルとユーノは突っ立ったまま心配そうに見ている。
「で、何の話だよ。うちのねこが魔力があるって? だからなんだってんだよ」
「危険性は無いと思います。ですが、魔力のある動物は冒険者として見逃すことはできません。連れて行きたい、と考えています」
中心になって話すのはガンクみたいだ。他の二人は色々と無頓着だからな。一人は自由気儘な事を言うし、もう一人は冷徹漢だからな。
ガンクの瞳を覗くように見るゴート。
「それは、仮に本当の話なのか。魔力があるかなんてのは、はっきり分からねえもんだろうが」
「うちのイルマはC級の冒険者認定証を持っています。そのイルマが貴方のねこを魔力持ちだと断定しています。C級ではありますが、冒険者認定証に誓い、虚偽を伝えてはいません」
冒険者に級って位があるのか。
イルマが懐から手の平より少し小さいくらいのガードを出して示す。自尊心を傷付けられた、とでもいうようなささくれだった顔で。交渉の場に似つかわしくない刺々しい表情は控えてほしいよ。
「で、オタクは? 俺はまだあんたらの名前も聞いてねぇんだがよ」
「これは重ね重ね失礼しました。俺はこの冒険者パーティーのリーダー、ガンクと言います。メンバーのイルマと、彼女はナノ。まだ若輩ですが全員がC級冒険者認定証を持っています」
「チ、そうかよ。歴とした冒険者なら嘘じゃねえと信じるしかねぇな」
ユーノとリルが全員にお茶を配り終えゴートの脇にそれぞれ腰を下ろした。手持ち無沙汰のオレはリルの膝の上に飛び乗る。
「魔力があるからといって駆除したりしません。ご安心下さい。一緒に、旅に連れていきたいと考えていますので」
ゴートは唸りながら頭部を両手で覆った。毛髪の無い頭に皺が出来ている。
「私、嫌よ。反対よ。お父さん、チビちゃんはうちの家族よ。引き渡したくないわ」
リルがゴートの腕を掴み揺する。華奢なリルの腕力ではゴートの体はビクともしないが、彼の顔は苦渋に歪んでいる。
「ね、お父さん、何とか言ってよ。渡さないって。ほらお母さんも」
リルの膝の上で揺れながらオレは家族を見上げる。オレの大切な家族を。
「リル、やめなさい。辛いのは分かるけれど……」
リルの目尻から涙が零れ落ちる。あぁっ、いたたまれない。オレはどうすればいいんだ。決意が鈍ってくるよ。
「リル、動物が魔力を持てば魔物に定義される。そうなれば、今この場で別れとならずともいずれ別の者が討伐者として派遣されるだろう。そうだな?」
「ええ。その可能性は否定できません」
「おたくらに預けて、チビを殺さないって誓えるか。こいつは……」
ゴートがオレを見つめ、そっとオレの背に手を置く。今まで見てきた中でこんなに優しい顔をする彼を知らない。いつも怒ってばかりのゴートの表情が穏やかなのに、見ていると辛くなる。
「こいつは、息子のいない俺の息子代りみたいなもんだ。手を焼いてしょうがねえ奴だが、欠け代えの無い一人息子だ」
ゴツゴツした大きな掌から感じる温かなぬくもりが伝わる。
「お父さん……」
俯きオレの背中に幾つも涙を落とすリル。もらい泣きするナノ。
ユーノが訊ねる。
「いつ発たれるのかしら」
「明日にでも」
「そう、急なことなのね」
しばらく鼻を啜る音以外しない、誰もが口を閉ざす無言の重たい空気が店内を支配している。
「明日の朝、また来ます。大切な家族とのお別れですから気持ちは痛いほど分かるつもりです。ですが、決して貴方たち家族を苦しめる意図はありません。
俺の仲間として迎え入れて全力全身全霊で守り抜きます。どうか、よろしくお願いします」
ガンクが再度頭を下げる。
「分かった。うちのチビをあんたに託すよ。コイツはひねくれてはいるが利口な奴だ。よろしく頼む」
オレはリルと同じ布団に潜り抱き抱えられるようにその日の夜は眠った。リル、ありがとう。
明け方近くの店の外にマズマ師匠の気配を感じてオレは布団から抜け出した。
[悪いな]とぼやく師匠に寄り、言葉も無くお互いの身体を舐め合う。
そうして暫くしていると辺りが仄かに白み始め、朝の気配を感じ出した。
[外の世界は広い。この村なんてもんじゃねえ]
うん。
[生きるか死ぬか、分からねぇ日もあるだろう]
うん。
[自分すら見失いそうになる時もあるだろう]
うん。
オレと師匠は2匹並んで、ゆっくり顔を出した朝日を眺める。光に照らされていく。木々も家屋も土も草もとても美しい。そう思わせるような、世界を色付ける眩しい輝き。
[それでもいいからよ、前に進めよ。お前には助けてくれる仲間がいる。お前も奴らの助けになれるようにしろよ]
うん。そうするよ。
[俺はここで、この村を、お前の家族も守ってやるからよ。だからまたいつか大きくなったら帰ってこいよな]
うん。大きな立派な大人になってきっと戻ってくるよ。
約束通り、冒険者3人は朝やって来た。ゴート,ユーノ,リルの皆で彼等を出迎える。
呼ばれたオレはリルに寄る。手に輪っかみたいな物を握っている。
「コレね、お父さんが買ってくれてたの。もう少し成長したらつけてあげようって言ってたんだけど」
リルがオレの首に首輪をつける。光沢のある素材の黒いカッコイイ首輪だ。パチンと音がして固定されたみたいだけど、オレの首にはやや大きい。
「フフ。似合ってるよ。私は可愛い赤色がいいっていったんだけどね、男の子だもんね。うん、カッコイイ」
涙を目尻に溜めながらリルが笑う。ゴートは「なかなか男前になったじゃねえかよ」と歯を見せ、ユーノも「素敵よ、似合うわ」と微笑む。
「よし。お別れだ。しんみりするのはやめろよ。立派な、男の門出だからな」
オレは一人ずつ思い思いに身体を撫でられる。オレも彼らを親愛の情を込めて舌で舐め返す。
「じゃあな。元気でやれよ。達者でな」
「さよなら。私も頑張るから。ちびちゃんもどうか、頑張って生きてね」
「さよなら。いつか、また会いましょうね」
オレは大好きな家族から飛び出し新しい仲間の元へ駆ける。
さようなら。いつかきっと帰ってくるよ。




