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112.その後②

【ラウルトンさんの言伝て(獣人独立国の件について)】



 普段オレ達が食事を摂る際によく利用するようながさつで大衆的な店ではない、落ち着いた時間が流れるような個室客席にいる。

 食事の用途だけじゃなく重要な会談の場に用いられるような密に話をしやすい食事の時間に重点を置いた料亭みたいな飲食店だ。


 オレ達は既にそれなりに金持ちだし、また今回の魔族侵略軍の防衛に成功したことで結構な報酬を獲得しているらしい。


 ナノが頼んだ焼鳥盛り合わせからぼんじりの串を手に取っている。


「何この焼鳥! 物凄くジューシーでとっても美味しい。舌にとろけて無くなっちゃう! 激ウマ」

「この店値段ヤベーんじゃねーか? 

 ナノの焼鳥も美味そうだな。こっちのでっかい海老もプリっプリで最高だぞ。どこでこんな美味い店見付けたんだよ」

「ラウルトン氏の紹介だ」


 なるほど。味も雰囲気も別格だもんな。

 オレも鮭に魚卵が散りばめられた宝石箱みたいな雑炊に舌鼓を打っている。胃に優しそうなものをオーダーしたつもりが美味すぎて気が狂いそうになる。


「おねーさーん、焼鳥盛り合わせあと五皿追加~」

「馬鹿、やめろナノ!」


 ナノの暴走にイルマが慌てる。「ん? 金額載ってねー……」と、気付いたガンクも青い顔になっているぞ。


「初めに説明を抜いた俺も悪かったが、俺達がこの店で飲食をした際に支払いを求められることはない」

「ウソ!? じゃ食べ放題飲み放題、頼み放題ってこと?」


 喜んだナノが白けるほど恐ろしい声の調子でイルマが説明を開始した。


 メールプマイン第二番街にあるこの店「華飛沫」はラウルトンさんが店のオーナーであるらしい。オレ達の冒険に関する話し合いや、彼と進めている案件の打合せをする際に気兼ね無く利用出来るようにと、ラウルトンさんなりの厚意だそうだ。


「言葉を鵜呑みにして受けとるなよ。

 この店はラウルトン氏の庭みたいなもの。動向を探り為人を観る場でもあるのだぞ。

 それらは全て俺達ガンク組の信用問題に直結する。タダだからといって頼み過ぎれば浅く見られるだろう」

「えー。でももう頼んじゃったし」

「仕方無い、美味しく有り難く頂くことにしよう」

「なんか嬉しいようなそうじゃないような……だな」


 ご飯はとても美味しいのに気分だけ少し変な感じになってしまったところで、イルマがオレが目を覚まさなかった間のラウルトンさんとの商談の話を進めていく。




 前触れ無くガンク達の前に現れたマルスノさん。

 驚いたことに、呼吸だけして眠ったままだったオレをテントハウスで安静させるよう提案したのはラウルトンさんだったそうだ。マルスノさんはそれを伝達し、ガンク達と伴って獣人達が暮らすテントハウスを来訪したのだ。


 ラウルトンさんは一体なぜオレをテントハウスに移したかったのだろう。きっと彼なりの深い読みが働いているのだ、と考えてみてもオレには分からなかった。



 羊人のメーチスは不慮の事態に相当戸惑ってしまったらしい。というのも、マルスノさんが彼に建国に当たっての具体的な構想や方策等の質問を浴びせかけたからだった。


 そりゃ急にビシッとスーツで身なりを整えた見知らぬお姉さんが寝床を訪れて、そんなふうに質問攻めされたら誰だって驚くよ。

 後でラウルトンさんが話していたのはそれも一つのショック療法ってことだけれど、オレはメーチスの肩を持ちたい。マルスノさん無表情キャラで恐いから。ソルノみたいにさ。



 それで、第一番街まで本契約するための同行を拒んだメーチスに、ラウルトンさんが「華飛沫」で会合を開くことにしたという。


 マルスノさん曰く何もかも知識不足で頭角の”と”の字も見当たらないメーチスのため、強制住み込み型教育で彼に様々な詰め込み授業を第一番街で施している。

 そのことは午前中に聞いたけれど、これまで仮サインのままだった契約が遂にその時イルマ,メーチス,ラウルトンさんの三者の印を押して本契約として結ばれたそうだ。


 やったね。


 具体的な金額やそれに係わる費用とかは未定というか予測も立たないようだ。けれどラウルトンさんがオレ達の資金を上手く運用したり、ラウルトンさんの知り合いの富裕層や様々な実力者に出資協力を求めたりして進めていくということらしい。


 ついに始動するのか、と思いきやメーチスの最低限な成熟とラウルトンさん側のリサーチ結果を待ってからが本格的な開始時期のようで、本契約を結んでもスタート地点に立ったとも言えないみたいだね。


 その点にガンクとナノが意見する。


「そりゃ一体全体、後何年後になるんだよ。獣人達がそれまでずっとコキ使われたままなら廃獣人になっちまわねーか」

「アタシは見切り発車でもいいと思う。だって、どっかで『住めば都』って言葉を聞いたことあるし」


 よくその言葉を知っていたね、ナノ。


 オレも二人に同意見だな。ターニャが可哀想だもん。出来るだけ早く彼女達を苦しめるような環境から救い出してあげたく思う。


 ロールキャベツ風の彩り豊かな野菜が幾重にも巻かれた鮮やかな肉を持ち上げてイルマが言う。


「獣人達の心配より俺達の今後の予定だ。メーチスの成長を待ってのんびりなどしていられぬぞ。

 ワユビュリュ湿原とその先北西山脈地帯までの調査をラウルトン氏から言付かっているのだが」

「山脈地帯だって?」


 ガンクが素っ頓狂な顔のまま傾ける。


 確か以前に獣人達の独立国候補地がその辺りだってラウルトンさんが話していたっけ。それをガンクとナノにも伝えていたのかな?


 しかも、その予定地調査はオレ達が行うの?



 イルマが詳細を説明した。

 もちろんその場所へ足を運ぶ必要があるにせよ、行動方針を決めるのはリーダーのガンクだからね。パーティの方向性を突っ走って独断専行してしまわないイルマに好感が持てる。


 ワユビュリュの森を抜け湿原から北西の方向へずんずん進んでいくと徐々に砂漠地域に入っていき、それをさらに越えて進むと、その先の行く手を阻むように険しい峰々が天高く織り成す山脈地帯がそびえ立つという。それは大陸を分け隔てるようにアーバイン王都の北部まで長く長く連なっているそうだ。


 そのワユビュリュから山脈地帯の麓までの調査を敢行してほしい、というのがラウルトンさんの要望だというのだけれど。ちょっも途方もない。



 ふとオレはナノが気になった。先程から話し合いに参加せず俯いたままで、届けられた焼鳥をつまんでいる。


「まぁいいけどよ。でも結構大掛かりの旅になりそうだな」

「当然だ。向かうとなれば多種多様な装備を揃える必要がある。加えてアーバイン有数の危険地帯だ、相当な覚悟を持って挑まねばならん」

「マジかよ、そんな場所に建国するしか他に適度な場所は無いのか?」

「現時点ではその地域のどこかが最も妥当なのだそうだ。隠れ棲む場所ならいくらでも存在するが、独立国だからな……」


 ガンクは酒をクイッと喉に流し込んだ。皆して昼から酒を飲んでいた。オレ達はいい身分になったのだ。オレは飲んでいないけれどね。


「ねぇ、やめましょ」


 唐突にナノが話に割り込む。


「やめる、って何を?」

「その場所。危ないよ」

「どうしたんだ、突然。

 危ないのは承知だけど俺達がやらなきゃ。獣人達の未来のためにひと肌脱いでやろうぜ」


 軽い調子でナノの肩を打とうとしたガンクはその手を払われて驚く。

 イルマが、「どうした、ナノ」と訊いた。


「ガンクもイルマもあの山の恐ろしさを解ってない!

 ダメ。あの山はよした方がいいの。強力な魔物がいるから。

 ……ううん、呪いよ。凶悪な呪いを受けることになる」

「何か知っているのか?」


 イルマがナノにもう一度訊ねる。ナノは言葉を探しているのか言わないでいるのか、栗色の髪の毛に顔を隠したまま俯いている。


 駄々を捏ねるでもヒステリーでもないナノの様子にガンクもイルマも動揺を隠せないでいた。



 ガンクが静かにため息をつき、ナノの前の皿から串を一本手に取った。運ばれてきた大きな器にはまだ何本も串が乗ったままだ。


「おっ、美味いなこの串。さすがラウルトンさんだな。良い店だよ。

 なぁナノ。何かしら理由があるようなのは分かったよ。でもさ、獣人達の為に頑張ってやろうぜ?」

「行ったらダメって言ってんでしょ!」

「大丈夫だ。呪いでも何でもオレが守ってやるからよ」

「ガンクは何も解ってない!!」


 ナノが立ち上がり、着ているローブの裾を掴み震えている。


 オレは、ナノのお腹にある不気味な顔のことを思い出した。

 ナノが言っている呪いとナノのお腹の顔が何か関係あるのだろうか。


 ガンクはナノから視線を外して横のイルマに向けた。


「一度ラウルトンさんに交渉してみよう。交渉っていうか相談か」

「うむ……、そうだな。それがいいやもしれぬ」


 ナノが座ると、オレはナノの膝の上に乗った。オレの背中にはナノの腹が当たっている。その部分に不吉な気配を感じたまま、ナノに〔元気出して〕と擦り付いた。


 こんなナノは初めて見るから不安だけど、それでもオレは獣人達のためターニャのために出来ることはいくらだってしてやりたい。





 オレ達はご飯を食べ終えると二手に別れることになった。


 オレとガンクとナノはアーネット隊長の元へオレの身体の不具合を調べるために第三番街に向かい、イルマは第一番街へラウルトンさんに相談に向かうのだ。



「ランド、夜に話がある。空きを作ってくれ」


 別れ際にイルマが言う。まだ何かオレへ話すことがあったのかな。

 空きも何も大体暇してるぞ。オレ今激しい動き出来ないしね。


 だから尻尾を振っておいた。

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