110.信頼関係と戻ってくる日常
「ランドちゃん!!」
ナノはオレの姿を見付けると嬉しいより驚いた顔で飛び掛かってきた。
オレ、死んじゃうかもって思われてたのかな……。
苦しいよ。また会えたのは嬉しいけれどそんなに強く抱き締めないで。
見れば、ナノは涙を流していた。「良かった、本当に良かった」と、オレの脇腹に顔を擦り付けながら感極まっている。
対照的だったのはガンクだ。
オレの姿に安堵の表情を浮かべながらもどこか心の片隅で戸惑っている様子だった。いつものガンクの雰囲気とは少し違ったから、オレはナノに身体を擦られながらガンクのことが気になり観察していた。
ガンクの横にいるイルマは晴れやかな顔をしている。
「ナノもういいだろ、それくらいにしてやれ。ランドも病み上がりの身だ。あまり締め付けてやるな」
「うん」
「過酷な中よく生還した。話はガンクとソルノからも聞いている。
体調はどうだ? 少々だけでも話が出来ればいいのだが。ランドも知りたいことがあるだろう?」
イルマのやや含みのある言い方に、オレは尻尾を振って肯定の意を示した。もしかしたら、イルマはソルノからオレのことを何かしら話されているかも分からない。ソルノはオレの中に悪い魂があると言っていたけれど。
それに、魔族軍の侵略戦争がどのように終結したのかも気になっている。絶対にメールプマイン沿岸町軍側の勝利だとは予想出来るけど、エンデとカンデのママや友達といった魔族に連れ去られたサーモアンの住民は無事に町へ戻って来られたのかとか。
オレが寝ていた間に終わり片付いてしまったことが知りたい。でもそれより何より、ガンクの様子が変だ。オレとガンクの間に不協和音が鳴っているように。
オレを抱き締めたままのナノの背中を尻尾で軽く叩く。オレはナノをすり抜けてガンクの元に歩み寄った。
オレは走り寄ることを躊躇った。
ゆっくりとガンクのすぐ近くまで歩いて行き、ビル屋上の床にどっしりと座ってオレの仲間を相棒を見上げる。
ガンク、どうした? オレは大丈夫だぞ、って。
「ランド……。その、……もう身体は大丈夫か?」
歯切れの悪いガンクにオレは垂れたままの尻尾を起こして振る。何回も。もう大丈夫だよ、という意味を込めて振った。ガンクの為にオレ達の為に、オレは一つ嘘を付いた。
ガンクはオレの嘘を見破れず、オレの嘘をすとんと受け入れる。尻尾を振ったことで、オレの身体は快復していると感じ取っている。
オレは自分でもよく分からない不調を来していた。走ると後頭部が痛いし、体を揺らすと首の後ろの奥の方が鈍く時につんざくように痛む。
「良かった。
俺……ランドがこのまま目を覚まさなかったらどうしようかって思ったんだよ。俺がランドを傷付けちゃったから、もしかしたら嫌われちゃったんじゃないかって」
オレは首をゆっくり傾げてみる。ガンクの気持ちは分かる。痛いほど分かるよ。
ガンクはオレのことをまだねことして、動物の猫として認識しているようだ。まるで悪さをした飼い猫を罰して叩いて叱った後のように、なついていた猫が自分から離れていくことを恐れているみたいに。
ガンクの勘違いに腹が立った。
ガンクを思いっきりねこパンチしてやりたくなる。
ふざけんなよ。オレのことを、旅のお供に連れて来たペットみたいに扱うな。
それともオレは『ガンク組』子飼いの魔獣っていう位置付けだったワケ?
そうじゃないだろ。
オレはガンク達の仲間だろ?
悪いことしたら、例えそれが誰か手を加えたとしても悪さしたなら叱って責めて正してくれて構わないよ。怒りもしないしそのせいで嫌いにもなるもんか。
オレが逆なら絶対にそうするよ。
オレは思いながら、出した前足を地面に付けた。そしてそのまま歩いて進む。
オレはガンクの足元に近付いていき、その足に体を擦り付けた。
見上げたガンクの目尻には涙がうっすら浮かんでいる。
ガンクはしゃがむとオレの背中を労り撫でていく。
「痛かったろ? ランドがすげー強力な技使ったから俺も全力出しちまった。
生きてて良かったよ、ホントに」
ガンクがオレに向けて少しでも謝罪の言葉を口にしたら、今度こそねこパンチでぶっ飛ばしてやろうと考えていた。
でも謝らないでくれた。良かった。
「あーっ、ガンクが泣いてる!」
「うるせーナノ!」
顔を赤くしながらガンクが目元を拭っている。上でイルマがニヤニヤといやらしい顔を覗かせている。
「泣いていたのは今だけでないぞ。寝床で俺とクーレント氏に悟られぬようひっそり枕を濡らす毎晩でな。それはもうさめざめと……」
「イルマ、テメー!」
「ガンクもカワイイとこあんのねー。へー。そうなんだー」
「いい加減にしやがれ!」
怒り始めたガンクはオレを放ってイルマに組み付いた。イルマはまだニヤ付いた顔のままだ。ナノは二人を面白そうに眺めている。
オレは、やっといつも通りの日常が戻ってきた気がした。みんなを見ていると、曇っていた心が眩しい程に晴れ渡っていくようだ。
オレ達はビルの屋上にいる。カンスカーノ商会所有の、獣人達が細々と暮らすテントハウスが屋上にあるビルだ。
強制的に雇用されて働かされているせいで、日中の今はテントハウスに残っている獣人は馬人のヒヒメさんと彼女の可愛い子馬達、それに猿人のキー爺とまだ幼い犬人が数人いるくらいだった。
羊人のメーチスは現在は一番街のラウルトンさんの所で住み込みで勉強しているらしい。前にイルマと一緒にラウルトンさんの所へ獣人の国の建国の件をお願いに伺った際に同席していた、無感情無表情の人形みたいなマルスノさんが講師としてメーチスに様々な教育を施しているそうだ。
彼女は監督者という役割をラウルトンさんから任されている。早速計画がスタートしているんだね。でも、メーチス大丈夫かな。ちょっとマルスノさん不気味だからな。
少し強めに吹く風に耳を固く保ちながらイルマの方へ向けた。三人と一匹で屋上の隅の地面に腰を下ろしている。
イルマがオレ達の顔を見渡した。
「それでは改めて、全員無事で何よりだ。全員よくやってくれた。
今作戦の統括司令であるギャンダン氏からも謝辞を賜っている。『皆の働きの甲斐有ってメールプマインと沿岸町郡に及んだ侵略の手を食い止められた。延いてはアーバイン全土へ攻め入ろうとする魔族軍大一波を見事阻止したということになるだろう。でかしたぞ』とな」
「えへへ。照れちゃうね」
イルマが不敵な微笑を浮かべる。
「照れてる場合ではないぞ。『今後ともよろしく頼む』とも言っていた。
ギャンダン氏はメールプマインギルドのギルドマスターだ。今回の件で俺達は完全に目を付けられる立場になった。ギルドマスターに動向を注視されること、すなわちそれはアーバイン中までに飛び火するも同義だろう」
それって、良いことなの? 良いことなんだよね?
そう考えているとガンクが訊ねた。
「どういうことだ?」
「俺達はパーティ級は『B』だが、まだまだ新参だ。それがなぜ最前線である町一つの戦時指揮全権を仰せ付かることになったのか。それは霊獣玄武を倒したパーティであるからだ。そのことが知られていたからに他ならない。
いくら急を要する采配が必要であれ、経験豊富なベテランを任じるものだ。戦の指揮は通常の魔物と戦うような戦闘とは全く異なる。それを未経験ど素人の冒険者に委ねるなど本来有り得ぬ話だ」
「その記念すべき初体験を華々しく大成功へ収めたのが、……よっ、我らがイルマ司令官、素敵っ!」
「男を上げたよねー。
この街にいっぱいイルマファンが出来ちゃうかもよ!? どうする、可愛い女子達に囲まれちゃうよ、キャー」
「ヒューヒュー」
口に手を当てて囃し立てるガンクと、開いた口を覆い隠しながらイルマを面白可笑しく見やるナノ。
そうだよね、サーモアンでの実際に陣頭指揮を執ったイルマをオレは見てないから分からないけれど、町の大広間で集まった冒険者達志願兵全員を鼓舞していたイルマは圧巻だったよな。
「茶化さんでいい」
「ワリーワリー。でも様になってたぞ」
「うん、カッコ良かったよ。
アタシ達も有名人冒険者の仲間入りかなー」
イルマは照れながらも嬉しそうだ。
実際に精一杯任務をこなした結果が良いものだったから自分でも満足しているんだ、とオレは見ている。
「ゴホンっ。
だからまぁ、これからは今までのような冒険が出来なくなるということだ、リーダーよ。
フッ。これで名実共に一端の冒険者となったな」
イルマはガンクと目を合わせる。アイコンタクトするように目で語り合うようにしている。
「望むところだ。な?」
[おう!]
オレは勢いよく鳴いた。高らかと。
これから新しい冒険が始まっていく気がしてならない。不安要素はあってもそれ以上に期待に胸が膨らむ。
「おっ、返事がいいな、ランド」
[へへん。当たり前だろ]
オレ達はもう一目置かれるような冒険者だからな。
ほんの軽くだったけれど伸ばしたガンクの手で頭を揺さぶられていると、オレは首の付け根の辺りに痛みが走った。
やっぱり痛い。それに走っても痛いし。一度真剣に診てもらった方がいいよな。でもどうやってみんなに伝えればいいものか。
場所は首の付け根の後ろの奥、脊髄の辺りだろうか。揺らした時にそこがズキズキと痛む。たまらずオレはガンクの手から抜け出る。
「ん? どうしたランド」
「ランドちゃんどこか具合悪い? 無理しないでね」
「回復薬のみでは治らぬか、状態異常では無さそうだが。
……フム、後でアーネット隊長に相談しよう。動物専門の治療師に診断してもらうべきだな」
オレはイルマの意見に尻尾を振って答えた。怖いけれどさ。でっかい注射打たれたりしたら嫌だな。
「よし、ではいいか。ランド、ひと先ず話を続けさせてくれ。
今から事後の件を伝える。ガンクとナノも先に話して知っていることだろうが再度よく噛み砕いて理解してほしい」
オレはイルマの話に注意深く耳を傾けた。




