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それは交換ノート一日目

何気なく、朝早くに高校に登校してみた僕は音楽室へとぶらりと行ってみる。完璧で優秀で、友人にも慕われている姉とは違って僕は何もかもが不器用だ。音楽以外は平均的で、視線恐怖症に苦しみながら僕はピアノを弾かなくてはいけなくなった。そうなった時点で、僕はピアノを人前で弾くことを諦めたのかもしれない。元々、ピアニストになるつもりはなかったし、将来のことなんて今もその時も僕にはわからないことだったから夢なんてなかった。

曲だって趣味程度には書くし、詩だって考えたりはする。だけどそれは、実際には趣味程度のもので、作詞作曲に関わる仕事をしたいとも思っていなかった。だから、僕は未だにやりたいと思うことはない。むしろ音楽は趣味程度で留めておきたい。

ただ、音に飢えているだけなのだ。

ピアノを弾くのも、曲を作るのもその理由から。僕は何年も音に関わってきた人間であり、僕が依存するのは結局は音楽で。長年、音に関わっていればわかる、人の声に込められる感情の変化を敏感に感じ取るせいで僕は人と喋ることを苦手となってしまったのだ。

だから、お礼を書いて返事が返ってくるのか、とても気になったのだ。だから思わず教室にもよらず、僕は音楽室に来てしまった。音楽室は教室があるような校舎とは別校舎だから、この校舎には人は滅多に来ることはない。だからこそ、ここは静かでとても落ち着く。

僕のクラスの担任は、適当だ。学年主任だと言うのに、音楽室の鍵の予備を卒業するまで貸してくれと言ったら、良いぞとあっさりと貸してくれたのだ。だから、僕は音楽室のみ学校が開いてさえすれば自由に出入りが出来るんだよ。

まあ、僕の担任は良い先生だと思う。適当ではあるものの、矛盾しているかもしれないが、とても面倒見が良いのだ。僕が一人でいれば、たびたび声をかけてきて、毎回その言葉は機嫌が悪いのか? だ。人前で表情筋が動かないだけで、僕は滅多に機嫌が悪くなることはないからそう聞かれても困る。

まあ。担任のおかげで良く、放課後音楽室に寄るなら鍵を掛けておいてくれとこっそり、他の生徒には聞かれないような声で頼まれるようになり、先生達とは喋るようになったけど入学してから一度も個人的な話でクラスメイト達とは喋ったことはないけどね。

僕はそう考えながら、音楽室の鍵を開けて、いつもノートが置かれている場所を確認すれば、昨日はあったノートは無くなっていた。それもそうか、音楽の授業があるかもしれないのにノートをグランドピアノの上に置いておけば、職員室に届けられてしまうかもしれないし……とそう考えながら僕は音楽室のカーテンを全て閉めた後、直ぐにピアノの前に座る。

音の調子を確かめるため、まず一音弾く。そして僕は、クラシックの中でもマイナーなものを選び、鍵盤に触れる指の強さを変えて表現をつけながら、ペダルを踏み、その曲の世界観をイメージしながら弾いていれば、弾き終わるまでの時間はあっと言う間だった。

僕は一曲だけ弾いて、音楽室を後にする。その途中、階段前を通った時、カツンカツンと軽やかなロンファーで歩いた時に鳴る音が聴こえたような気がしたが、気づいた時にはその音は止まっていた。

……神経質になりすぎてるなぁ。

そう考えながら、気のせいだと僕は思い込むことにして、颯爽と自分の教室に戻ったのであった。

だから知らなかった。

「本人の意思を聞かず、録音するだなんて、どうかと思うぞ。売り出されている週刊誌新の記者じゃあるまいし、それで彼が傷ついて不登校になったら責任を取れるのか? 隠れて弾いてんだから、放っておいてやれよ。確かに話題を提供することは重要だが、人を悲しませて苦しめるんじゃないよ。ほら、それを渡しなさい。それに新聞部部員は授業いがいのここの立ち入りを、教員らは禁止したはずだぞ。その録音機を渡して、ここで聞いたピアノを自分の幻覚だと思って、お前だけの中に留めるなら、お前はこの校舎にいなかった。そういうことにしてやるよ」

録音機を持った新聞部部員が、僕の演奏を録音していただなんて。そしてその録音をなかったことにし、口止めを“彼”がしていたなんて、今の僕は知らないことだ。

その月の新聞は、担任が面倒くさそうにインタビューされている内容の新聞だったこと、それは印象深くて良く覚えている。


担任、結城悠飛ゆうきゆうひは数学の担当だ。面倒くさそうに教えているけど、彼の教え方はとてもわかりやすい。そんな結城先生の授業が今日の最後の授業で、僕は授業の終わりを告げるチャイムを聴いたと同時に、足早に教室を去った。

あのノートはあるだろうか? それが気になって、ついつい廊下を歩く速さが早歩きになっていく。周りの目を気にしながら、僕は音楽室のある別校舎に入り、音楽室の中に躊躇うことなく入っていけば、いつもの場所にあのノートがあった。

ーー見知らぬ相手に、返事を書くなど変わった人ですね。まあ、こうして返事を書いたり、偶然ピアノを弾いていた君の絵を描いて、感想をノートに書いた俺はもっと変人なんでしょうけど。

ーーそれと、貴方はもう少し周りを警戒した方が良いですよ。貴方が目立ちたくないと望むなら、ですけどね。一応、忠告しておきましたからね、頭の片隅くらいには覚えておいてください。ただの好奇心で、俺の音楽鑑賞の時間を潰されたくはないですからね。

君にとって見知らぬ先輩より。

……今日は長文だ。そっか、これを書いている人は僕よりも先輩で、自意識過剰かもしれないけど僕の演奏を楽しみにしてくれていたんだとそう思うことにした。忠告してくれた先輩の優しさに、僕は頰が緩むのをノートでしばらく隠した後、

ーーそうですね、僕は変わった人間なのかもしれません。上手く言葉には出来ませんが、忠告してくれたことに嬉しく感じています。何故でしょうか、嬉しいんです。だから、忠告ちゃんと覚えておきます。勿論、頭の片隅ではなくてです。

貴方を知らない後輩より。

僕は筆記用具を取り出して、そうノートに綴った後、先輩の忠告通りに周りを警戒しつつ、手を抜かないで二曲弾いたのだった。











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