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9.


 私は屋敷に閉じ込められたが、アルフレッド様に会うため、屋敷の地下通路を使って抜け出した。この道を知っているのは、私と亡くなったお母様だけ。そのまま王城の隠し通路を通って、アルフレッド様の元に向かう。


(第二王子からいざという時に、緊急避難通路を教えておいて貰って良かった!)


 隠し通路からアルフレッド様の寝泊まりしている部屋に、何とか辿り着く。その部屋は貴賓室のように豪華で、調度品などもかなり豪華だった。


(誰もいない? ここで待っていたら……アルフレッド様に会えるはず)


 それから秘密通路の入り口となっている隠しクローゼットに、座り込んで待った。ほんの少しウトウトしたところで、アルフレッド様が部屋に戻ってきた。


「アルフレッド様っ……」

「ディアンナ!? どうしてこんな所から?」


 不思議がるアルフレッド様の反応に嫌な予感がした。


「私がアルフレッド様とお会いしたのはいつでしょうか?」

「一ヵ月ぐらいかな。ベティーが君に扮して何度か会いに来たけれど、すぐに分かったから距離を置いている」

(私じゃないって気付いてくれたんだ……)


 アルフレッド様だけはいつものように私に笑みを向けてくれた。「少し痩せた?」と心配してくれる声も態度も以前のまま。思わず胸が熱くなって、視界が歪みかけたがグッと耐えた。

 彼の顔を見て話したかったけれど、怖くて俯きながらも要件を口にする。違うと、両親が決めたことだと言って欲しい。それだけで口走った。


「アルフレッド様は……私と婚約解消をして……ベティーと婚約を結ぶのを承諾……したのです……か? 違い……ますよね?」


 心臓の音がバクバクしていた。

 違う、そんなのは聞いていない。そう言ってくれと思っていた──でも。


「ああ、承諾したよ」

「え」


 即答だった。


「現状ではこれが最適解だと思ってね。元々今回の事が起こる前から国王陛下とも話をして、第二王子から──、ディアンナを──ために、どうしても必要な処置なんだ。でも──だから、──をして────。ディアンナには無理をさせて──」


 それからはアルフレッド様が何か真剣に話していたけれど、耳に入ってこなかった。すべての情報を遮断して、心を閉ざさなければ完全に壊れてしまうと思ったからだ。


(つまり……アルフレッド様は私と婚約解消してもいいと?)


 仮にそれが作戦だとか、考えがあるのかもしれない。アルフレッド様たちのほうでも色々あったのかもしれないし、情勢が分からない以上、私が口出しすべきことではないだろう。

 でも、それでも「アルフレッド様の婚約者」というのは、私にとって心の支えだった。今まで酷い言葉を言われて来ても、神獣に嫌われていると言われても耐えられたのは、アルフレッド様が私を婚約者だと言い切ってくれたからだ。


「(他のことは何でも我慢できる。でも……ここだけは)アルフレッド様、どうしても……婚約解消が……」

「ディアンナ、どうか待っていて欲しい」


 待つ?

 なにを?

 黒くて絹のほうに滑らかな髪、深紫色の瞳。幼い頃から私の手を引いて、傍にいてくれた幼馴染。いつも一緒に居るのが当たり前で、はにかんだ笑顔が大好きだった。

 剣の稽古や本を読むよりも、菓子作りや刺繍が得意なのを知っている。恰好が悪いからと私の前でしかしないのも、辛いものが苦手で、お酒も弱い。


 剣の稽古はいつも憂鬱そうで、文官になりたかったけれど、天性の剣の才能があったせいで騎士団に配属された日に凹んでいたのを知っている。甘え上手で無茶をするところも、凹んで落ち込みやすい性格なのも全部ひっくるめて好きだ。

 好きだった。

 今までずっと頑張っていたわ、でも()()()()()()()()()()()()

 婚約破棄あるいは解消されれば、今以上に罵倒の嵐が待っている。全部を奪われて、それでもなんとかするから、と待たされるのだろうか。


 いやそもそも私は子爵家から逃げ出してきた身だ。

 ずっとこの場所にもいられない。第一王子バナードに見つかれば、殺されはしないが子爵家と同じように監禁される未来しかない。


 王城も確実に安全とは言えない。それなのにアルフレッド様の婚約者という立場を失った私は、アルフレッド様にとって何なのだろう?

 恋人?

 それとも都合の良い駒?

 途端に婚約者じゃなければ、私ハアルフレッド様の何なのだろう。幼馴染。


(私とアルフレッド様を繋ぐ関係も失われる……。また復縁する可能性は? このまま別れる可能性だってゼロじゃない……)


 悪い考えばかりが頭の中で繰り返される。

 そもそもいつまで耐えろというのか。それまでの生活は?

 安全な場所なんてこの国のどこにもない。

 大切な人の隣に私以外の人が並ぶのを見続けろ、耐えろというの?


(だって私の元に戻ってくる可能性も、保証もない。今の私は伯爵令嬢でも、なんでもない。《神々の加護》は物理的な攻撃から守ってくれるけれど……それだけ)


 泣きそうだけれど、不思議と涙は出てこなかった。あまりにも衝撃的で悲しいことがあると涙は止まってしまうらしい。もしこんな時に涙が流せたら、アルフレッド様の同情を引けただろうか。いや困らせて足を引っ張ってしまった可能性が高そうだ。


「……だからどうあっても、婚約解消をしたい、と?」

「うん。……ごめんね、ディアンナ」



 ***


 

 気付けば雨の中、王城を出て街中を歩いていた。傘を差さずにずぶ濡れになりながら歩き続ける。家に戻ろうとしながらも、私に帰る家などないと思い知る。

 全てを奪われたのだ。


 奪い返そうとしたのに最後のところで天秤は私のほうに傾かなかった。気付けば国に出る後方に向かって歩いていた。

 遠巻きに誰かが見ていたが、声をかけることはない。奇異な目で見られていても構わない。私には、もうなにもないのだから。

 誰も私の味方にはなってくれない。

 帰る場所もない。

 居場所も失ってしまったし、唯一の拠り所も解消されてしまった。


(私にとって『アルフレッド様の婚約者』と特別で、宝物で……でも、アルフレッド様にとっては単なる単語で、関係を記す言葉で、そこに深い意味なんてなかったんだわ。国王陛下と第二王子が病に伏せたことで……王城の勢力図も変わってアルフレッド様も……それどころじゃないのかもしれない)


 どれだけ考えても、思い直して理由をこねくり回しても、行き着く結論は変わらない。ただ私にとって「婚約解消」の意味は、アルフレッド様よりも重くて、勝手に傷ついているだけ。

 些細なこと。

 アルフレッド様が私を嫌いになった訳じゃない。


(それとも遠回りに心変わりをした? 一ヵ月ぶりだったけれど私に触れることも、キスも、愛の言葉もなかったわ)


 そう思うとじくじくと胸が痛んだ。

 神獣に嫌われている。その一点がここにきてアルフレッド様の意識を変えた可能性だってあるだろう。永遠に変わらない物なんてない。普遍なんてない。感情や思いは流動的だったりする。

 それなら私を、ただのディアンナとして必要としてくれる人はいない?


 違うと否定は出来ない。だって今、私の傍には誰もいないもの。

 できる限りしたし、頑張ったのだ。でも、もう……立ち上がって歩き出す力も、一からやり直す気力も湧かない。少なくともこの国ではもう暮らしていきたくない。

 神獣とも、王家とも、家騒動とも関係ない、遠い場所に思いを馳せた。


「このまま誰も知らない所に……行くのもありよね」

「じゃあ、私が連れて行って上げよう」

「──っ」


 唐突に声をかけられ、振り返ると私と同じ夕日色の長い髪と、檸檬色の瞳の青年が立っていた。真っ白な衣──聖職者姿で、その人は私に手を差し出した。

 私と同じ髪と瞳。親戚?

 ううん、母方の親戚はいなかったはずだ。


「神々が残した《最後の楽園》、君を連れて行こう」

「え、あ」


 よく見れば彼は雨を弾き、濡れていなかった。不思議な現象なのだと思いつつも、この人は神獣様とは違った上位の何かなのだろう。他の人には見えていないのか、誰も気にしていないのだ。


「そこはどんなところですか?」

「《最後の楽園》ってのは、世界の最果ての都市でね。修道院もある。そこでは過去の辛かったこと、しがらみも、縁も全て神々が切る特別な処だ」

「特別……」

「その場所では忘れたい思いも捨てて新しい生活ができるある意味、救済の地だよ。君のような子を守るための砦。ここに居ても君が壊れていくぐらいなら、案内するけれどどうする?」


 全てを失ったとで、こんな優しい声を掛けられたら心が大きく傾いてしまう。でもこの人はどうして私のために、手を貸してくれるのか。

 私にはなにも返せないのに。


「どうして……優しくしてくれるのですか? 私は……神獣様に嫌われた令嬢なのに……。全てを失って……なにも、ほんとうになにも持っていないのです」


 その人は朗らかに、慈しむような目で私を見返す。


「君が私の血を受け継いだ最後の子孫だからだよ」

「それって……つまり……始祖様?」

「そんなところかな」


 久し振りに私を抱きしめてくれたその人は、柑橘系の懐かしい香りがした。温かくて優しいぬくもりはいつ以来だろう。母が亡くなって、父から抱きしめられることはなくなった。

 アルフレッド様に抱きしめられたのは、いつだっただろう。

 ついさっき会ったはずなのに、アルフレッド様の温もりを思い出すことが出来ない。別れた時に抱きしめてくれた──はずだ。でももう思い出せない。


「……っ」


 大切だった思い出が重すぎて、潰れそうだ。大事だったからこそ心が離れていくのが悲しくて、苦しくて、息が上手くできないほど絶望した。

 こんな苦しい思いをして、耐え続けることなど無理。限界なんてとっくに超えてしまっていたのだから。


「……連れて行って……私を馬鹿にしない、同情しない場所に」

「うん。君が泣かなくて良い場所だよ。だからここで流す涙は最後にするといい」

「……っ、はい」


 そうやってようやく私は涙を流せた。

 最後に「私のためと思うのなら全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください」とだけ走り書きを彼に届くよう手紙を王城に送り、私は始祖様の手を取って《最後の楽園》へと向かった。


(さようなら、アルフレッド様)

楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

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