7.
あの日から、全てが壊れた。
それまでは幸せだったのに、どうして最後にはあの女が全てを奪っていくの!?
平民から貴族として華々しく社交界にデビューして、好き放題楽しむことができるって思っていたのに、貴族としてのモラルだとか、ルールだとか礼儀作法なんてくだらない。そんなことしなくても、可愛くて、愛想がよくしていたらすぐに私の虜になるのに。
貴族のくせに節制しろとか、ドレスも宝石も好きなだけ買わせてくれると思ったのに、本当に使えない。第一王子と熱い夜を過ごしたときは最高だったのに、どうしてこうなったの?
ありえない。ありえない。
許せない。許せない。
でも運は私たちに味方してくれた。
屋敷を追い出された後、懐かしい裏路地を歩いていたら、あの方が迎えに来てくれたんだもの。これでまた綺麗なドレスや宝石に美味しいものが手に入る。
今更、平民になんか戻れないもの。
あの女の居場所も地位も全部奪い取ってやる。
「待っていなさい、ディアンナ」
***
アルドリッジ子爵から伯爵になり、諸々手続きやら使用人の入れ替えなどバタバタした。父と継母と義妹を屋敷に入れることを禁じて、修道院のいくつかの紹介状を渡したが、屋敷前で破り捨てたとか。その後は、父も含めて行方は分かっていない。
そのまま一カ月が過ぎ、ようやく落ち着いたと言うことで今日は国王陛下から王城に招待され、お茶会に参加する──はずだった。
「ディアンナ、ごめん。本当に!」
お茶会に向かう途中で、王城の従者からの話を聞いて真っ青になる婚約者に、私は笑みを貼り付ける。
「……しょうがないですわ。アルフレッド様は神獣様に選ばれた世話役。あの方の機嫌を損ねてはいけないのでしょう? 行って差し上げて」
「ごめん、後から合流するから」
「ええ」
「愛しているよ」
アルフレッド様が私の頬にキスをして、それから従者と一緒に神獣のいるルナ様の元に駆けて行く。その後ろ姿に向かって手を伸ばそうとするが、すぐに下ろした。
またすぐ会える。
この時はそう思っていた。だから少しの寂しさを堪えてお茶会のある庭園へと歩き出す。
庭園は庭園だけれど、そこは温室だった。
珍しい植物が多く、気温もとても温かい。特殊な透明の硝子で作られた空間は物珍しく、また見慣れない花など目を楽しませた。
「みなよく来てくれた」
今日のお茶会は、国王陛下や第二王子のクライヴ様、そして四大貴族の当主及び、子息令嬢を含めた者たちが揃っていた。
騎士団長オルコック様、息子のロン様、お二人とも騎士服ではなく正装なのが珍しい。赤毛の髪に、黒い瞳は親子一緒だ。ロン様の顔立ちはお母様似なのかもしれない。アルフレッド様の元上司でもある。
宰相エングルフィールド、息子ジェノール様は髪の色が青く、雰囲気もそっくりだ。特に眼鏡のフレーズもお揃いらしい。仲良し親子って感じで、少しホッコリしてしまった。
枢機卿のフィアロン様と、神官見習いのセシル様は灰色と茶髪と髪の色は違うが、琥珀色の瞳はそっくりだ。どちらも細身で親子と言うよりも兄弟のように見えてしまう。最後に商人としても一流のヘンレッティ様は、ふくよかな体つきでオレンジ色の短髪なのだが、娘であるサリーヌ様は黒髪の超美女で全く親子に見えない。髪も瞳も全く違う。しかしよく観察すると仕草がソックリだったりする。
四大貴族の当主と子息令嬢という、錚々たるメンバーに場違い感が半端ない。
(あ、アルフレッド様ぁ~~~~! 早く戻ってきてください~~~! この空気耐えられません!)
そう心の中で祈りつつ、軽く挨拶をして席に着いた。
さすがは王族主催のお茶会。ティーカップからお茶にスイーツまでどれも美味しそうだ。特に今回のお茶は花びらが入っていて香りが印象的だ。
「今日、皆を招いたのはサナティオ聖王国から、原本の写しが届いたからだ。以前、バナード及び王妃たちを断罪した日に、ディアンナ嬢の名誉回復を図るため《神々の加護》と公開した。しかし実際に読んだ内容だが……、記載されたことが事実なら公表することは避けるべきだと考えている」
(え!?)
全員の視線が私に向けられる。その視線に内心驚きつつも淑女として笑みを絶やさずに耐えた。
「陛下、その内容とは?」
「ふむ。余の説明よりも、教皇聖下が寄越した神官殿から伝えて貰おうと思っておる。……しかし間が悪く神獣の機嫌が悪いのか、しばし遅れてくるだろうから、用意した茶菓子を楽しんでほしい」
そこまで言っておいて勿体ぶる国王陛下に、少し思うところもあったが、もしかしたらサナティオ聖王国にとっても重要なことなので、発言を控えたのかもしれな。
みなもそう勝手に解釈し、紅茶に口を付ける。
甘いイチゴのようなフルーティーな香りと、紅茶独特の味が口に中を潤す。美味しい、そう思った瞬間、喉が焼けるように熱い。痛い。呼吸が。
「──っ、あ、がっ!?」
「ぐっ」
「なっ」
「──っ」
次々と苦悶の声を上げて、椅子から転げ落ちる。
椅子から転げ落ちた痛みよりも喉の痛みと呼吸が上手くできず、涙が溢れた。
(咳が、痛いっ、焼けるよう──毒!?)
お茶を淹れた侍女が、口元を歪めて笑っているのが見えた。
その侍女は──見たことがある。
どうして気付かなかったのだろうか。彼女は私の屋敷に居た義妹のベティが雇った使用人だ。どうしてその彼女がいるのか。
その疑問はすぐに解ける。
「即効性だって聞いたのに、なんなのこれ? 誰も死んでいないじゃない」
「可笑しいですね。毒の量は致死量を遙かに超えているのですが……」
(この声は……)
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