スズネっっ!!!
けんかを吹っかけられた!
その先に、スズネがたどり着いた場所は……?
夕日が沈みかける中で、スズネは一つの大きな家の前に来た。
まわりの家と同じように藁と木で組まれている、簡素な家だ。 しかし、この家は大きさが違っていて、ふつうの家の2倍も3倍もある。
ここは、この時代の村長だった男の家だ。 この家はスズネの家の近所にあり、同じ地域に住んでいたのである。
入り口には大きな穴が開いているだけで、扉などはなかった。
スズネは少し家の前に立って眺めていたが、少し気合いを入れるようにして中に入っていった。
中は広い空間に、柱がいくつか立っているだけの簡単なつくりだった。 部屋がいくつかに分かれているということもなく、端の方まで簡単に見通せる。 中はがらんとしていて、人は一人しかいなかった。
奥の方に、薄暗い影の中で、壁に背をもたれて地面に座りこんでいる人がいた。 大人の男の人で、顔はうすぼんやりとしか見えない。 この男が家の主であり、この時期に村の村長だった人だ。
スズネとは、せいぜい近所に住んでいて、挨拶する程度の間柄である。
スズネは入口から数歩入ったところで、ふと立ちどまった。
……ソラが飛び降りるのを助けてから、思わずここまで来てしまった。 でも、こんなところに来て、私は何がしたいんだろう?
私はこの時代に嫌な思いをたくさんしたけど、特定の誰かに恨みがあるわけじゃない。 みんな誰しもが不機嫌で、気分が落ち込んでいたからだ。
この村長の男は、この時期に色々な村の決定をしていった人だ。 生け贄を立てると最初に言い出したのもこの男だったと聞く。
でも、それを支持した人たちは他にもたくさんいたらしい。
ソラのことで文句言ってやろうって思って来たけど、この人に言っても意味があるのか?
どうせこの時期にはみんな気持ちが暗かったんだ。 いまさら何を言ったってしょうがないんじゃないか……。
私は家に入っても立ち止まり、そんなことをもやもやと考えていると、奥にいた村長が私に気づいた。
「……誰だ」
座り込んで力なくうつむいていた村長が、顔を上げてこっちを見ている。
勢いで家の中に入ってしまったけど、結局何を言えばいいかも分からない。 私は色々な考えが交錯して、どうすればいいのかも分からず、ただ小さくぼそっと答えた。
「……スズネです」
名前を聞いた村長は、一瞬まったく何も思いつかないというような顔をした。 入り口の近くに立っている私の顔を、空気でも見るような目で見てくる。
頭をひねるように動かしていき、考えているようだったが、小さく呟くように言った。
「スズネ……? そんなやつ、いたか?」
違う方を見て、よく分からないというような表情を浮かべている。
まただ。 また私は、覚えられてない。 駅の人たちにも、さっきの暴力男も知らないと言っていた。 私の近所に住んでいたあんたですら、覚えてないのかよ!
くそっ、忘れてんじゃねえよっ!! 私だって、この時代に生きてたんだっ!!!
私は沸騰するような気持ちにかられて、思わず怒鳴るように叫んだ。
「1年前に死んだ、スズネだ! 忘れたのか!」
村長はそれを聞いて、まだ考えているようだった。 しかしようやく思い出したのか、些細なことのように言ってくる。
「……あぁ、高いところから飛び降りて、自分で死んだやつか。 ……なんだ、何か用か?」
そういって、道端の小石でも見るような目で私を見てくる。 私は全身の肌が逆撫でられるような怒りを覚えた。
私がさんざん苦しんで死んだというのに、まるでどうでもいいことのようだ。 私がどんな気持ちで高いところに立って村を眺めて死んだかも知らないのに、まるでどうでもいいことのようだ。
「なんか、用か、じゃないだろっ! まだ、生け贄なんて、やってんのかっ! なんでソラが、死ななきゃなんないんだよ!」
私は激しく叫んで、ズカズカと村長の男へと詰め寄っていた。 気付けば足が勝手に動いて、言葉が飛ぶようにして口をついてでてくる。
そうだ、やっぱり私は、ずっと言えなかった文句が言いたかったんだ。
災害続きだったからしょうがないとか、誰だって同じ状況だったとか、そんなの嘘だ。 そうやって自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり違う。
ソラのことだけじゃない。 この村長の男に文句を言いたいだけじゃない。
私はこの時代のみんなに、本当はずっと文句が言いたかったんだ。
だってあんたらは、一体何なんだよ。
災害だからって、なんだよ。 不機嫌だからって、なんなんだよ。 無意味に当たり散らして、人が傷ついてるのも無関心でやりすごすのは何なんだよ。
ひどい災害になったからって思考放棄して、感情にまかせて人にやつあたりするだけなのかよ。 自分に何もできないと思えば、死んだみたいに環境の言いなりになるのかよ。
どうしようもないと思ったら、今度は馬鹿みたいに宗教にすがるみたいに生け贄だって?
生け贄の話が出た時、反対したのはヒノキたちだけだったと聞いた。 他の人はただうつむいて、しょうがないって黙ってただけだっていうのか?
そんな無意味なことしてソラが死んでいくのに、それすらも何もせずにぼうっと眺めてんのかよ。
何も感じてねえのかよ? ありえねえだろ、本当に人間かよ。 そんなの、そこらに生えてる植物となにも変わんねえじゃん。
この村長の男も、本当にいったい何なんだよ。
ソラを生け贄にして、この男は何がしたかったんだ? クソみたいに悪意をぶつけ合ってる村人たちを放置して、この男はいったい何をしてたんだ?
みんなをまとめるのが村長の役目なんじゃないのかよ。 みんなを導くのが、村長の役目なんじゃないのかよ。
こんな家の中で、他の人と同じように死んだような顔してて何になるんだよ。
馬鹿じゃねえの、そんななら、村長やめちまえっ!!!
私は鼻息を荒くさせて、勢いよく言いたいことをぶちまけた。
しかし村長の男は、それを聞いても微動だにしなかった。 眉一つ動かさずに、落ち着き払った口調で答える。
「……あぁ、そういうことか。 なら、お前には、関係ない話だな」
私はさらに、怒りが込み上げてきた。 関係ない?! なんでだよ、ふざけんな! 私だって、ここの住人だっ!!
今まで我慢してきた思いが膨れ上がり、押されるようにして叫ぶ。
「はあ?! なんでだよ、私は……」
「お前は、自分で死んだろう!」
言葉にかぶせるようにして、村長は大声をとどろかせた。 部屋中に声が響き渡り、身体がゆさぶられるほどの大声に、思わず私は黙り込む。
自分で死んだ……。
目に見えない巨大なものに、身体を貫かれたような感覚を覚えた。
その言葉は、なぜだかこの場で圧倒的な支配力を持っていた。 気づけば、私は何も言い返せない。
「なんで、死んだ奴に、生きてる俺らが、何かいわれなきゃなんないんだ?」
村長の口調は、再び落ち着いたものになっていた。 私に問いかけるようにして、じっとこっちを見ながら言ってくる。
「お前が死んだ後、起こったことを知ってるか。 何人も死んだ。 望んで死んだお前とは違って、生きたかったやつも、たくさんいたろうに」
200年前のこの時代には、たくさんの人が死んだ。
原因はいくらでもある。 食べるものがなくて飢えて死んで、日照りや大雨が続く中で病気になって死んで、雨で崩れた山に巻き込まれて死んだ。
食べ物がなくて常に苦しくて、病気で家族が死んでいくのを眺めて……。 目の前で人が死んで、自分もいつ死ぬか分からないという恐怖と戦っていた。
ヒノキや千代たちも、あの東の洞穴の中で、そうして戦いながら生きていたんだろう。 村人たちが誰も助けてくれない中で、死ぬ気で食料を調達して、病気を治療しようとしていた。
降霊洞穴の巫女たちだって、あの人たちはすごく優しいけど、でもこんな災害続きの中だ。 人知れず苦しんでいたに違いない。
そんな中で、みんなは一体どんな気持ちで死んでいったんだろう。
意識が朦朧とした暗闇の中で、ただ痛みと苦しみがはい回り続けていたんだろうか。 苦しみ続けて、それでも目の前に見えるかすかな希望を信じて生きていたんだろうか。
そんな人たちとは違って、私は現代の街に招かれてから、まったく別の時間を生きてきた。
ここで苦しんでいる人たちを残して、一人だけ違う街へと行ったのだ。
ここでみんなが餓死している間に、私は何をしていた?
――私は新しい街で安全に暮らして、みんなのことが嫌いだとブツブツ呟いていた。
雨が降りやまずに、ソラが生け贄になって海に飛び降りた時、私は何をしていた?
――青空の広がる市場の中を歩き回って、お笑いを見て、歌を歌うのを聞いていた。
人々が病気で死んでいった時、私は何をしていた?
――新しくお笑いの仕事を見つけて、生きがいを見つけたなどと言って楽しんでいた。
私は自分で死んだけど、それは苦しいのが嫌だったからだ。
死ぬのだって痛いけど、生きていたらそれ以上に苦しみが続いていく。 だから私は、自殺という手段を通して苦しみから逃れたんだ。
私はどこまでいっても臆病で、怖がりだ。
今になってみれば、私がいつも一人でいた理由も分かる。
歌子や小春たちと出会ってからも、最初はみんなを避けていた。
みんなと触れ合えば、必ず傷つくことがある。 お互いに違う存在なんだから、摩擦が起きるのは当たり前なのに、私はその痛みを怖がっていたんだ。
深く入り込まなければ、浅いところでお茶を濁せる。 私はそうやって、ひたすら人のことも遠ざけて、痛みから逃げてきたんだ。
自殺して新しい街に来たのだって、一人でいたのだって……結局どれも、痛みを遠ざけるためだったんだ。
じゃあ、そんな私が何か文句が言えるのか?
最初の方だけで嫌になって逃げだして、その後の本当の苦しみを経験していない私が、実際に苦しんだ人たちに何か言えるだろうか。
そんな苦しんでない奴が何を言っても、しょせん意味のないたわごとだ。 安全で遠い場所からわめいている、ただの腰抜けの言うことなんて、誰も聞きはしない。
……でも、せめてソラのことは何とかならなかったのかと、やっぱり思ってしまう。
私は、村の重要な決定を担ったこともない。 みんなの命を背負って、何かを決断しなければならない経験もない。
災害続きの状況の中で、人が出来ることなんて大してないんだろう。
いくらみんなの命を守らなければならない立場だといっても、一人の人にやれることなんて限られてる。
だけど、生け贄なんてしたって、何も変わらないと私は思ってしまう。 やっぱり人が一人死ぬだけのようにしか見えないし、意味がないように思えてしまうんだ。
「……考えなきゃ、何も変わんないだろ。 なんで、そんなやり方しかできないんだよ。 そんなんで、何か変わるのかよ」
私は力なく言うと、村長もぐったりとしたように首を振った。 まるで何も考えることはないと言わんばかりに、疲れ切って答える。
「変わらんかもしれんな。 だが、お前には言われたくない。 お前はただ、逃げただけだ」
お前には言われたくないって……。 そんな言葉を言ったら、話が進まないんじゃないのかよ。
この村長の様子を見ていると、もはや私が一緒に生きた仲間じゃないことを言い訳にして、思考放棄しているようにも見えてくる。
……それに、私が逃げただけだって? そんなわけあるかっ!!
自殺して痛みからは逃げたけど、私はこの世界にずっと向き合ってきた。
新しい街に来て、嫌々ながらも人と付き合ってきた。 社会という人の集団を、頑張って受け入れようと努力してきた。 毎日毎日舞台の上に立って、人と向き合ってきたんだ。
最近だって、たくさんのことに向き合ってきた。
歌子たちと出会ってから、この時代のことに向き合おうとしてきたし、人と深くかかわるようにもなった。
タンポポに自分のことを話して、痛みを感じる部分をさらけだした。
ソラのことを考えて、自分の性格を見つめなおし続けてきた。
私は、弱くて怖がりだ。 だけど、弱いなりに向き合ってきたんだ!
それが、逃げただけ? ふざけんなっっ!!!
「逃げてないっ!」
思わず、私は叫んでいた。 今までの日々が一瞬にして思い出されて、衝動的に口から言葉が飛び出す。
村長は、その言葉に反応して私を見た。 ピクっと動きを止めて、私の顔をじっと見てくる。 これまでとは違う真剣な表情で、探るような目で私を見てくる。
私は村長の目を睨み返しながら、もう一度言った。
「……私は、逃げてない。 逃げたことは、ないっ!!」
私は気持ちだけで、ギアを踏むように言い切る。
そうだ、そうなんだ。 私は逃げたことなんて、一度もないんだっっ!!!!
あのときノリで飛び降りたのなんて、もう関係ねえ。 あんなのはノーカンだ! あんなのは、ただの戦略的撤退なんだっっ!!!
そんな私を見て、村長は鼻で笑った。
「ふん。 口だけだな。 じゃあなんで、自分で死んだんだ?」
「死んでないっ!!」
「……はあ?」
意味不明な私の言葉に、村長は思わずまぬけな声を上げる。 私はありったけの力を込めて、叫んだ。
「私は、死んでないっ!! いま、お前の目の前に、立ってるだろっっ!!!」
私は叫びながら、燃え上がるような激しい気持ちにかられていた。
そうだ、もう負けてたまるかっ!!
私は弱い。 弱くて弱くて、本当に自分が嫌になる。
ちょっとしたことを気にして、くだらないことで泣きたくなる。
でも、もう関係ねえっっ!!! 私はもう、力強く前に進むって決めたんだ!
痛みも苦しみも受け入れて、前に進んでいくんだっっっ!!!!!!
村長は、そんなスズネをじっと見つめていた。 少し意外そうな顔を浮かべて、まだ探るようにしてスズネの顔を見ている。
自分の子供が、気づいたら意外と子供っぽくなかったみたいな、そんな顔だ。
少しの間スズネを見つめていた村長だったが、やがて声を上げて笑いだした。 力が抜けて、何もかもあほらしくなったような笑いだ。
そんな2人の周りには、気づけば他にも人がいた。
家じゅうに広がるように、多くの人が立ったり座り込んだりしている。 この時代の村人たちが、2人が話している間に、なぜだかこの家の中に入ってきていたみたいだ。
中には駅にいた人たちや、道中でのケンカ男たちなんかもいる。 誰もが体がやせ細っていて、疲れているような顔をしている。
家に入ってきた村人たちは、2人の会話の様子を静かに見つめているようだった。
スズネのことは知らないのかもしれないが、ほんの少し興味があるような目を向けている。 会話を聞いて、自分たちにも関係していると気づいたんだろうか。
そんな暗くてじめじめした家の中へ、今度はとんでもなく明るくて適当な声が入ってきた。
「待たせたわねっ!! ごはんできたわよーっ!」
見ると、家の入り口から小春が入ってきていた。 暗すぎる家の中へ、元気すぎる声を四方八方に飛ばしながら歩いてくる。
村人たちは一瞬ぎょっとしたように、小春を見つめた。 温度が違いすぎて、テンションだけですら何が起こったか理解できないようだ。
小春は手には盆を持っていて、そこにはおにぎりが大量に乗っていた。
ごはんを作っているという話があったが、これのことだろうか。 もしかして、お腹の減った村人たちに、ごはんを作って振舞うという話だったんだろうか。
入り口からは、続けてナツミが入ってきていた。 ナツミは家の中に入ってくるなり、あまりの暗い様子にぎょっとして叫んでいる。
「うわ暗っ! 何? ここ。……しかも臭いし」
そんなことをブツブツ言うナツミも、やはり盆を持っていておにぎりをたくさん運んでいる。
見ると、家の中には、続々と見慣れた人たちが入ってきていた。 歌子、雨子、街の長のハル……。 みんな手にはお盆を持って、中に入ってくる。
やはり、作っていたご飯とはこのことだったらしい。
部屋の中の村人たちは、ぼんやりとその様子を眺めていた。 いきなり何が起こったのか、分からない感じだ。
現代の街の長……ハルが、事前にここに集まるようにとでも、理由も説明せずに伝えていたんだろうか。
そんな村人たちの困惑を無視して、小春はみんなにおにぎりを押しつけ始めた。
「ほらほら、みんな、何ぼーっとしてんの。 たくさん作ったから、いっぱい食べていいわよ」
そういって、お盆をつき出しておにぎりを取らせていく。
村人たちは、やはり何が起こっているかすぐには分からないようだった。 しばらく手元のおにぎりを不思議なような、妙なものを見るような目で見つめている。
今までずっと食べていなかったからか、それが何を意味するのかもよく分からないような顔だ。
しかしお腹がすいているのか、村人たちは少しずつ食べ始めた。
一人また一人と、おにぎりを口の中に入れ始める。 ため息をついて、疲れたような顔をしながら、もぐもぐと食べていく。
壁にもたれた村長の男と、その前に立つスズネは、まだ動かずにじっとしていた。
村長は、もうスズネのほうを見てはいなかった。 別のほうを見つめて、顔をしかめてじっとしている。
家の中に入ってきた小春たちにも無関心で、ただぼうっと一人で何かを思っているように見える。
ごはんが目の前にやって来たのに、それにも反応していない。 村長は、一体どうしたんだろう。
一方スズネは、立ったまま村長を睨み続けていた。 真正面で仁王立ちしたまま、村長の顔を一方的に見つめ続けている。
スズネはさっきの決意を、頑張って保とうとしているんだろうか。 こらえるような顔をして、苦しくて痛いのを、力を込めて我慢しているような表情をしている。
そんな2人の所へ、おにぎりを部屋の中で配っていた小春がやってきた。 スズネの顔をちらりと見ながら、適当な調子で話しかけていく。
「スズネ、あんた、なにぼさっとしてんの? そんな、泣きそうな顔して。 おならでも我慢してるの? ……していいわよ」
そんなことを言いながら、後ろでおにぎりを配っていた雨子のお盆から、一つおにぎりを手に取っていく。
雨子が作ったおにぎりは、変な形のものばかりだった。 三角形や丸形もあるが、変にとんがったものなどもある。
小春はその中で一番変な形をしたおにぎりを手に取ると、村長のほうへ差し出していった。
「ほら、あんたも。 はい!」
村長はゆっくりとおにぎりに目を向けると、空気でも見るような虚ろな目をした。
ウサギみたいなおにぎりの形を見て、まずそれが何なのかを考えたようだ。
……えーっと、これはウサギね。 ……あぁいや、おにぎりね。 OK。
そして次に、自分が食べていいのかを考えているような顔になる。
……村長として、俺は結局誰も助けられなかった。 そんな俺が、これを食べる資格はあるのか等々……。
おにぎりを差し出していた小春は、1秒だけ待っていたが、すぐに我慢できなくなり突撃していった。
「ほら、食べなさーいっっ!! 天からの恵みものよーーっっっ!!」
そういってバタバタと足音を立てて向かっていき、目の前に勢いよく迫っていく。 勢いあまって村長の口に手をかけて、無理やりおにぎりを突っ込もうとしている。
村長は思わず顔をそむけると、分かったと大声で叫んで、しぶしぶおにぎりを受け取っていった。
2人が適当なことをやっている前で、スズネはまだ村長のほうを睨むように見つめていた。 村長も小春も、部屋の誰も気にしていないのに、一人だけで頑張り続けている。
表情もさらに苦しそうになっていて、もう何のためにそこに立っているのかも分からない感じだ。
そんなスズネの横に、今度は別の人がやって来た。
大柄な男の人で、降霊術の創始者のアキカゼだ。
アキカゼもごはんを作るのを手伝っていたんだろうか、おにぎりを手に持っている。
「スズネ、食え」
そういって、持っていたおにぎりをスズネのほうに差しだしていく。 そのおにぎりは形がいびつで、めちゃくちゃデカい。 もしかして、自分で作ったんだろうか。
声をかけられて、スズネはようやく動いた。 表情を変えないままゆっくりと振り向いて、その巨大なおにぎりを受け取っていく。
スズネは顔をしかめたまま、俯いておにぎりを見つめていた。 色んな気持ちがぐちゃぐちゃになって、目の前のおにぎりが見えているのかも分からない。
少しの間じっとしていたスズネだったが、やがて食べようと両手を持ち上げていった。 今まで一文字にきゅっと結んでいた口を開いて、一口かじろうとする。
しかし唇に触れた瞬間、持った手を遠ざけるようにして下ろしていった。
心に直接さわられたかのごとく敏感に、おにぎりを遠ざける。
スズネの顔は、もう我慢の限界のようだった。 顔をぐちゃぐちゃに歪ませて、今にも感情があふれ出しそうだ。
一瞬こらえようと踏みとどまったスズネだったが、無理だったらしい。 すぐに全身が震えだし、力が抜けてふらっと体勢を崩していった。
おにぎりは地面に落ちてぐちゃぐちゃに崩れ、スズネは隣のアキカゼに抱きかかえられる。
大きな体に寄り掛かるようにして、スズネは小さな体をあずけていった。 手をアキカゼの胸板に当てて、不規則な呼吸を細かく繰り返していく。
スズネは激しく身を震わせていき、保っていたものが崩れたように、静かに泣きだした。
村長の家の外は、不思議なことに、200年前の風景はなくなっていた。 現代の街が広がっていて、その一角に、村長の男の家はあったようだ。
もう夜になっていて、街にはたくさん明かりがついている。 街でもごはん時のようだ、あちこちで料理の煙が上がっているのが見える。
村長の家のすぐ横には、公共の料理場があった。 どうやらここで、小春たちは料理を作っていたらしい。
さっき家にいた雨子たちをはじめ、200年前の降霊洞穴で手伝ってくれると言っていた巫女たちの姿などもある。
今は料理を終えて、みんなでおにぎりを食べているようだ。 200年前のことは、もう誰も話していないらしい。 適当な日常会話をしている様子が見える。
地面に座り込んでおにぎりを食べていた雨子が、ふと思い出したように言った。
「ねえ、地図づくりって、どこまで進んだの?」
「まだ、あんまり進んでないんだよね。 最近、色々あったし」
横で食べていたススキが、振り向いて答える。
最近は、色んなことがあった。
300年前の『時のはざま』の事件の調査もやる必要があったし、現代の街で起こった新たな混乱も起きた。 そして今回の200年前の出来事など……次々に出てくる問題を処理するので手いっぱいだった。
その会話を聞いて、近くの岩の上に座っていたユメが振り向いた。 ちょうどおにぎりを食べ終えたところのようで、会話に入ってくる。
「じゃあ、今から行こうよ。 街の中、歩きながら作ればいいんでしょ?」
グダグダしてても、始まらない。 やろうと思ったらやらないと、時間はどんどん過ぎていく。
同じように思ったのか、近くで座っていたイトも素早く同意しながら立ち上がっていった。
「そうだね。 じゃあ、行こう」
「ちょっと待って、イトっ!」
座り込んでおにぎりを食べていた歌子が、慌てたように声を上げた。 歌子はゆっくり食事をしていて、まだ食べ終わってないみたいだ。
歌子は急いでおにぎりを食べていきながら、心の中で思う。
……ユメとかイトって、最近ちょっと積極的になりすぎじゃない? 今回だって、スズネを追いかけていくって言いだしたのはイトだったし。
ユメも、祭りの委員会の話し合いで大暴れしていると聞いた。 めちゃくちゃな案を言っては、無理やりごり押ししようとするらしいんだよねw
……2人ともちょっと待ってよ、少しぐらいゆっくりしていこうよっ!
その近くでは、食べ終わった小春が料理道具を片づけていた。 小春も話を聞きつけて、会話に入ってくる。
「私も行くわよ! ……あ、スズネも来るかしら」
小春は思い出したように手を止めると、ふたたび村長の家へと走っていった。
村長の家の中は、もうずいぶん雰囲気が明るくなっていた。 みんな気分が楽になったのか、楽しそうに話しながらおにぎりを食べている。
ごはんが配られただけで、これだけ空気が明るくなるのは不思議だ。
結局ごはんを食べないと、なんだかんだ無意味にイライラしてしまうのかもしれない。
必要なのは考え方や気持ちの持ちようだったのか、それとも果たして、ただのごはんだったのかは分からない。
奥の方では、壁に寄りかかった村長の男も、ようやくおにぎりを食べているようだった。 まだ苦しい思いが残っているのか、顔をしかめたままだが、一口一口、かみしめるように食べている。
スズネもようやく座り込んで、ごはんを食べているようだった。 隣には創始者のアキカゼがいて、2人で一緒に黙って食べているようだ。
おにぎりを食べるスズネは、泣きはらして目が赤くはれていた。
座っているスズネのもとへ、入り口のほうから小春が歩いてきた。 近づいてきながら、大声で声をかけていく。
「スズネー! 地図作り行くけど、あんたも行く?」
スズネは振り返ると、すぐに肯定するように頷いた。
落ち着いていられないといったようにバクバクと残りのおにぎりを口の中にほおばり、急いで立ち上がっていく。
次から次に動いていって、エネルギーにあふれた感じだ。
スズネは立ち上がると、入り口に戻っていく小春を追うようにして、大声で呼びかけた。
「小春! 私、あんたに負けないぐらい、元気だからっ!!」
スズネは突然どうしたんだろう。 その場で仁王立ちして、びしっと指を小春に向けて、宣言するように言っている。
しかし、なんだか不思議な感じもする。
スズネの顔は、今までと少し違うように見える。 何事にも恐れずに、自分の向かう方向へと歩いていこうというような強さが感じられる。
入り口を出ていきかけた小春は、きょとんとした顔をして振り返った。 突然の宣戦布告を受けて、何が何だかという感じだ。
「え、なによいきなり。 ……そんなわけないでしょ、私のほうが元気よっ!!」
しかしすぐにいつもの調子に戻り、無意味に張り合おうとしている。
小春の横を、スズネは笑いながら走って追い越していった。 小春も負けじと走りだし、村長の家を飛び出していく。
外へ出ていくと、近くには仲間たちが集まってきていた。 地図作りをするというのを聞きつけて、みんながやって来たみたいだ。
歌子もごはんを食べ終わって、準備を済ませていた。 地図を片手に、楽しそうに他の人たちと話している。
家から出て来た2人を見て、待っていたユメが声をかけた。
「スズネ。 地図作り、行こう」
スズネは走りながら、笑って頷いた。
私はもう、過去に向き合った。 十分に向き合って、そして糧にして力に変えた。
もう、これからは前を見るだけだっっ!!!!
「さあ、行くわよっ!! 希望の未来へ向かって、まずは地図を完成させましょうっ!」
「よしきたっ! 私のほうが先に作るからっっ! 小春、競争ねっ!」
そんなことを言いながら、2人は我さきへと街へ走り出していく。 待っていた人たちも、それに続けて勢いよく走りだした。
スズネは走りながら上を見上げると、その瞬間、暗かった夜空が激しくうねった。 雲が、静かな空気が押し出されるようにして消えていき、一瞬で明るい青空へと変わっていく。
辺り一面に、ぶわっと爽やかな風が舞い散った。 すべての陰鬱を払いのけるようにして、明るい光が辺りを照らしていく。
突風が切り裂くように吹いてきて、景色が次々に変わっていく。
全ての流れが、どんどん早くなっているように感じる。 不思議だけど、ぜんぜん不思議じゃないっっ!!!!
よーっし、まだまだ行くわよっ!! ……って、もうちょっとで終わり?! ……マジ? (小春)




