駅を破壊しようっ!
200年前の駅で、一人で残されたスズネ!
駅員はみんな帰ってしまった!
静けさと、濃い闇が辺りを包んでいる。 暗くてだだっ広い駅の建物の中で、私は壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。
風が吹いてきて、髪の毛を小さくなぜていく。 暗さはますます深まっていき、一人ぼっちで闇の中に沈んでいくようだ。
誰も私のことを憶えてない。 誰も私のことを気にしてない……。
ソラを助けに来たつもりだったのに、とんだお笑いだ。 私は自分のことすら知られてなくて、自分が生きていた世界に入ることすらできていない。
私は一体何のために、ここに来たんだろう……。
周りの音が、ほとんど聞こえなくなってきた。
自分の呼吸の音だけが聞こえ続けて、歪んで拡張されたように大きく聞こえる。 他の音は、ぼんやりと闇に消えていくのを感じる。
……一人って、こんなに苦しかったっけ。 こんなに心細かったっけ。
今まで私は、一人でいるのが好きだった。 誰も自分を気にしないのも、清々しくて気持ち良かった。
以前の街では、誰も私のことを深く知らなかった。 聞かれても適当にはぐらかしてきたし、興味をもって細かく突っ込んでくる人もいなかった。
人と深く話さずに、誰とでも一定の距離を保ってきた。
それでいいって思ってたのに。 ずっと一人でいいって思ってたのに……。
今更、なんでこんなに寂しくなるんだろう……。
暗闇が渦巻く中で、今までの出来事が思い出されてくる。 ぐちゃぐちゃな記憶の泥が、意識の中を流れていく。
私は闇の中に沈んでいくように、それをぼんやり眺めていると、ふと何かが聞こえた気がした。 思考が一瞬止まり、その音に目を向ける。
小さく暗闇の中で、何かの音が聞こえる。 パタパタと、ものを叩くような音……?
「スズネっ!!」
意識がいきなり、元の世界に戻ってきた。 目の前には床があり、いま自分が座り込んでいたことに気づく。 そうだ、ここは駅だった。
顔を上げると、暗闇の中を息を切らして走ってくる人がいるのに気づいた。
見ると、イトだ。 後ろにはミツバもいて、2人でこっちに向かって走ってくる。
……でも、なんで? なんでイトが、ここにいるの?
私は何が起こっているか分からずにその姿を眺めていると、イトは目の前にやって来た。 はあはあと息を切らしながら、私の前で立ち止まる。
「あれ……なんで?」
「なんで、じゃないよっ! ……もう、帰ろうっ」
イトは大声でそう言うと、私の手をつかんでいった。 座っていた私は、無理やり引き上げられるようにして立ち上がっていく。
わけが分からないまま、ズンズンと歩いていくイトにつられて歩きだした。
わき目もふらず歩いていくイトの背中は、なんだか怒っているように見える。
イトはなんで、ここに来たんだろう? 私がここにいるとなぜ分かったんだろうか? それに、イトは何を怒っているんだろう?
泡のように浮かんでは消えていく疑問を感じていると、今度は周りの様子が目に入った。 私たちが歩く周りには、真っ暗な広い駅があった。
そうだ、ここは200年前の駅だった。 私は、自分がかつて生きていた200年前の時代に来たんだった。
私は一緒の時代に生きていた人たちと列に並んで、でも自分だけが拒絶されて……。
少し歩いたところで、何かに心を引きとめられるようにして、私は足を止めていった。 それに気づいて、イトが振り返る。
……なぜか、ここを去りたくない。 なぜかは分からないけど、このままここを離れてしまうとダメな気がする。
私は理屈もはっきりしないのに立ち止まってうつむき、ぐちゃぐちゃに考えがまとまらないまま、言葉を絞り出すようにして言った。
「……だめだよ。 ソラを、助けなきゃ」
「なんで? 別に、いいじゃん。 ソラが死にたいって、自分の意思なんでしょ? ほうっておけばいいでしょ、そんなの」
イトはふんと鼻を鳴らすと、怒ったように言ってくる。 心の底から腹が立っていて、ややもすれば軽蔑を含んでいるような口調だ。
もしかしたらソラの死にたがりを、イトも理解できないのかもしれない。
私も、ソラのことはよく分からない。 それに、死ぬのを私が引きとめる理由も別にそんなにない。
そういう意味では、イトの言うことはもっともかもしれない。
……でも、私はこのままここを去ってしまっていいんだろうか。 結局ソラにも会えてないけど、それだけじゃない。
なにか、違う……。 ここに来たのは、本当にソラを助けるためなんだろうか。 私はもっと、別の理由で来たんじゃないのか……?
私は選択を迫られて立ち尽くしていると、その場にまた変化が起きた。 パタパタと、別の音が聞こえてくる。
顔を上げると、階段から見慣れた人たちが上がってやってくるのが見えた。 今度は小春と雨子だ。
「……なんで……?」
「スズネー! あんた、何してんのよ、そんなとこで!」
小春が大声で叫びながら、こっちに走ってくる。 2人はぜえぜえと息を切らしていて、汗だくだくだ。
気づけば私の手を握っているイトも、じっとりと汗をかいていた。
もしかして3人は、電車に乗らずに線路を走ってきたんだろうか。 この夜遅いのだと、終電は過ぎていたのかもしれない。
小春と雨子は目の前に来ると、立ち止まって身をかがめて息を整えていった。 苦しそうに顔をゆがめていて、本当にここまで全速力で走ってきたみたいだ。
小春は背筋を伸ばして姿勢を戻すと、いつもの調子で話しだす。
「もう、いきなりいなくなるんだもん。 ……あれ、この子、なんでここにいるんだっけ?」
「だから、ソラがまた死ぬかもしれないってことで……」
相変わらずの感じで、雨子と適当な会話を始めている。
あぁ、もうこの2人は強いなあ。 いきなりすぎてよく分かんないけど、この2人は普通の状況じゃビクともしなさそうだw
説明されて状況を思い出したのか、小春は声を上げた。
「あっ! そうだったわ。 連絡したんだから、ちゃんと見なさいよ。 ほら、ここ」
小春は自分の頭に手を伸ばすと、髪の毛を縛っていたリボンをするっと外して、目の前に広げて見せてきた。
見るとリボンには、『待ちなさい』と文字が赤く光っていた。 ……あぁ! 小春はリボンを使って、通信をしようとしたみたいだ。
やっぱりこのリボンは、通信しにくそうだ。 オシャレで可愛いけど、通信デバイスとしては使いにくい。 伝言が来ていたのに、全然気づかなかった。
いま気づいたように声を漏らした私を見て、小春があきれたように言う。
「やっぱこれ、使い物になんないわね。 通じないと、意味ないじゃない」
小春はそういって、ぽいっとその辺にリボンを投げ捨てる。 ゴミ箱に捨てようよ。
「この先だよね? 200年前って」
腰に手を当てた雨子が、改札口のほうを見て言う。 どうやら雨子は、イトとは違ってソラを助けに行く気があるみたいだ。 改札口の向こうの景色を、興味深そうに見つめている。
見ると、200年前の世界はもう完全に暗くなっていた。 幾重にも張り巡らされた柵の隙間から、真っ暗で寂しげな世界の様子が漏れるように見えている。
私は振り向いて、答えた。
「あぁうん。 ……だけど、さっき駅の人が、閉じていってさ」
「閉じるって、なによ。 あいてんじゃない」
「へ?」
私は思わず間抜けな声を出して、改札口を二度見する。
やっぱり改札口は、ガッチガチに頑丈な柵が覆っているように見える。 よく分からないけど、小春にはこれが見えないんだろうか。
小春は力強く仁王立ちをしたまま、続ける。
「いいのよ、大した理由も無いのに、閉じてんだから。 知らないの? 300年前とか、他のところは、あいてんのよ」
「え? ……あぁ、そうなんだ」
やっぱりそうか。 他の時代は、こんな柵なんてなかった。 おかしいって思ってたけど、私の勘違いじゃなかった。
……でも、だとしたらなんでこの200年前は閉じてるんだろう? この時代の出身者に制限しているんだと思ってたけど、さっきの様子を見ると、誰が通ってよくて誰がダメなのかもよく分からない。
いずれにせよ、制限しているのは、誰? そんなことをして、何の意味があるんだろうか。
小春は睨むように張り巡らされた柵を見つめて、キレたような口調のまま話し続ける。
「そうよ。 ……なに、この柵。 なんか、イライラしてきたわ。 ほら、行くわよ!」
そういって小春はかけ声を出すと、ズンズンと改札口の方へと歩きだした。
……え?! 行くって、どうやって? まさか、強行突破するってこと?!
私が何も言えないまま立ち尽くしていると、雨子も後に続いて改札口へと歩いていった。 2人は柵のところに行くと、遮っている棒に手をかけていき、無理やり柵を破壊し始めた。
小春は棒をむんずと掴み、ほとんど無表情でバキバキにへし折っている。 雨子は逆に楽しそうな顔をしていて、笑いながら柵を蹴り飛ばして破壊している。 ……この2人、やばっっwwww
残った私たちはその場に立ち尽くし、唖然としてその様子を見つめていた。
横にいるイトとミツバも、まさかこの2人がここまでとは思わなかったらしい。 ぽかんと口を開けて、突っ立っている。
やがて柵は無残に破壊され、200年前の暗闇の景色はきれいに見えるようになった。
小春はふうと汗をぬぐいながら、すっきりした顔で改札口の外へと足を踏み出していく。
「ふーう! ……ほら、あんたたち、何してんのよ。 早く来なさい!」
小春は振り返って、呆然としたまま動かない私たち3人を見て、力強く手招きしてくる。
一見ヤバいことをしているが、この状況では何が何だかよく分からなくなってくる。 それに、この2人にはどうせ何を言っても通じないだろう。
私たち3人は何も言うことがないまま、静かにうつむいて改札口へと歩いていった。
先に200年前の地面を踏んで、辺りの景色を眺めていた雨子が、ふと気づいたように言った。
「あれ、でも、どこに行けばいいの?」
「スズネ! ソラはどこなの?」
すぐに疑問を引き継いで、小春が聞いてくる。
……えーっと、ソラが飛び降りた場所に行くんだっけ。 ソラはどこかの崖の上から、海に飛び降りて……。 ……あれ?
「あっ! 私も、ソラがどこで飛び降りたのか、知らないんだ」
そうだった。 私が死んだ後に、ソラが飛び降りたんだ。 その時私は生きていないから、細かい情報を知っていたわけではない。
でも、知ってる人は少ないような気がする。 ソラが海に飛び降りた瞬間には、周りには村の偉い人たち数人しかいなかったと聞いたからだ。
「……ヒノキくんたちとか?」
雨子が思いついたように、ぼそっと言った。
確かに、ヒノキたちなら知っているだろう。 ヒノキたちは崖の下でソラが落ちてくるのを助けたんだから、確実に知ってるはずだ。
しかし、横でイトが即座に否定した。
「ヒノキたち、さっきから私も連絡しようとしてるんだけど、つながらなくて」
どうやら確実に知っているヒノキたちには、今は連絡がつかないらしい。
じゃあ、誰に聞けばいいんだろう? 200年前の出身の人を、候補に挙げていけばいいってことだろうか。
みんなでうーんと腕を組んで、考えていく。
「誰か、知ってる人は……」
「……あ、カナタくんとか?」
私は思い出したように、呟いた。
前の混乱の時に、船の上で話したカナタくん……。 すごく年老いていて、落ち着いていたのが印象的だった。 自殺の理由をド直球に聞いてくれたりして、デッドボール!!とか言って私が勝手に一人で死にかけてたっけ……。 あぁ、懐かしい。
カナタくんは私と同じ時代に生きていた人だから、もしかしたら知ってるかも?
小春はカナタくんのことは、知らなかったようだ。
誰それ? みたいに眉をひそめていたが、とりあえず行動してみようと思ったのか、髪飾りに手を当てて名前を呼んだ。
「カナタっ! …………あれ、いないの?」
シーン……。 通信の向こうでは、誰も反応しない。
まあ、そりゃそうだよね。 いきなり知らない人から呼ばれたんだもの。 普通は驚いて答えられないって。 ……あの優しいカナタくんが、分かってて無視してたらウケるけどww ははっ!!ww
私は一人でウケていると、別の声が通信に入ってきた。
『小春ー?』
そう呼んでくるのは、落ち着いた、優しそうな女の人の声だ。
お、今度はなんだろう? 図書館で忙しく働いている姿が、ぱっと頭に浮かんでくる。 これは、人探しの上手いアワさんの声だ。
小春はアワさんとは知り合いなのか、親しい感じで返事をする。
「あら、アワちゃん?」
『カナタくん、もしかしたら、降霊洞穴にいるかもって、アキカゼが言ってるよ』
会話していたのが聞こえて、近くにいた創始者のアキカゼさんに聞いてくれたみたいだ。
カナタくんは、この200年前に生きていた時には巫女だった。 男の子だけど巫女っていうのは、ちょっと珍しいんだけど。
どうやらこの情報提供によると、いまカナタくんは降霊洞穴にいるらしい。 ソラが飛び降りた場所を知っているかは分からないけど、とりあえず手あたり次第に聞いてみるかっ!
「あら、そうなの。 よし、じゃあ、そこに行きましょう!」
小春はどこへ行けばいいか分かると、さっそく地面を蹴って走りだした。 私たちも続いていき、いよいよ200年前の世界へと足を踏み入れていく。
見るとここは森のようなところで、周りには夜の自然の風景が広がっていた。 私たち5人は周りの景色を確認しながら、軽快に走っていく。
降霊洞穴は村の中にあるから、とりあえず村を目指してみようっ!
「あ! そうだ、街の混乱はどうなった?」
村へ向かって走っていきながら、私は大事なことを思い出して声を上げた。
あの時混乱の途中に、一族のハナから話を聞いてここへ来た。 処理の途中だったのに、思わず全部ほっぽりだして飛び出してしまったんだった。
まだ新しい人がたくさん残ってたみたいだけど、あれからどうなったんだろう?
横で一緒に走っていたイトが、振り向いて答えた。
「一旦、落ち着いたよ。 ……あ、ねえ、これ」
話しながら、イトは別のことを思い出したように懐を探っていった。
取り出したのは、通信用の髪飾りみたいだ。 イトははいと言って、手に持って渡してくる。 私はきょとんとしながらもよく見ると、それは私の髪飾りだった。
……あれ? なんで? 私は意味が分からず、慌てて頭に手をやる。 そこで初めて、自分の髪飾りが無くなっていたことに気づいた。
「駅に落としてたよ」
「え? ……あ、そうなんだ」
駅? どういうことだろう。 駅のどこかで私が頭をさわって、その拍子に落ちちゃったのかな?
私はよく分からないままでいると、小春が振り返って会話に入ってくる。
「そうよ。 ちゃんと、持っときなさいよ。 面倒くさいことに、なるんだから」
そういって、小春はふんと鼻を鳴らして、ちょっと強めの口調で言ってくる。
言い方は強いけど、でもちゃんと私のことを思って言ってくれてるみたいだ。 私はなぜだか心の芯が暖かくなるように嬉しくなり、笑ってごめんと謝った。
俺一言も喋ってねえな。 (ミツバ)




