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未来研究所っ!

 ユメが研究棟に戻ってきた!

 アマネを連れて、ふたたび研究棟けんきゅうとうに戻ってきた。 建物の大きな階段を上って、広い場所へと出ていく。 建物の中にある大通りのような場所だ、ここから、それぞれの研究所へと行くことが出来るのだ。


「アマネ! こっちこっち」


 気づくと、アマネはどこか別のほうに向かっていた。 ……って、そっちはヤミコさまの居室じゃんっ!! 手招きして呼び戻し、行き先を修正する。


 2人がバタバタと走っていると、偶然通りがかった、別の人が声をかけてきた。


「ユメちゃーんっ!」


 スズネが手を振りながら、笑顔で走ってきていた。 ……この子はいつも、なんだか明るくて楽しそうだ。 歴史所で歌子と話した、帰りなのかな。


 最近、スズネとはちょっと話したんだよね。 憶え屋に興味を持ってくれたし、私の話も、変だとか笑わずに聞いてくれる。

 雨子たちは、私の話には心底興味ないみたいなんだ。 話しても、いつもどっか別のほうを眺めてるから、こういう友達ができたのは嬉しい。


「あぁ、スズネ」

「どこ行くの?」

「未来研究所」

「未来研究所? ……そんなとこ、あるんだ」


 スズネは不思議そうな顔をしながら、興味を持ったように、一緒についてくる。



 廊下を歩いて、『未来研究所』に入っていく。

 部屋の中は、少し整った感じだ。 辺り一面に紙が張られて、床にまで隙間が無いほど並べられているが、並べ方は整然としている。 未来研究所で働く人は、幽霊がほとんどだから、生身なまみの人のことを考えないで、可能な限り見える情報量を、多くしているらしい。

 机の上に置かれている、変なオブジェみたいなやつは、よく分かんないけど未来っぽいんだろう。


 ユメが挨拶あいさつをしながら入っていくと、部屋の中にいた人が振り向いた。


「ユメ。 どうかした?」


 幽霊の女の人だ。 30半ばほどに見えるが、実際は60代である。 幽霊は、見た目を変えることができるから、年齢の感じを変えることもできるのだ。 大きく変えるのは、犯罪に使う可能性があるので、禁止されているが。


 ユメは床に並べられた紙の上を、無視するようにスタスタと歩いていった。 物理法則を無視するのが、得意なんだろう。 踏んでいるように見えるのに、まったく気にしてないみたいだ。

 ユメは部屋を横切っていきながら、話しかけていく。


「ねえ、未来の社会をどう作っていくかを、最初に考えた時の案があったって、言ってたよね」

「あぁ、あったよ。 50年前のやつね」


 この街は、50年前に、現代的な街づくりを本格的に始めたらしい。 毎日のように幽霊が新たに降霊されていて、すごく活気があったんだとか。 未来の街をどう作るかを、ワクワクしながら話し合っていたらしい。

 ……あぁ、いいなあ。 私もその時代に、降霊されたかったな。 毎日変な建物を考えて、変な装置を考えて……。 その時の記録が残っていると、耳にしたのだ。


「それ、どこにある? ……建物の設計図とかも、あるんじゃなかった?」

「あぁ、そうそう。 えーっと……、あの辺りかな?」


 指されたほうには机があり、大量の紙が積まれていた。 研究所の資料の一部なんだろう、書類がどっさりと置かれている。

 ユメはアマネを連れてそこへ行くと、目的の書類を探すように頼んでいった。 分かったと頷いて、アマネは雑にその辺の紙を引っ張っていく。

 たったこれだけのことをするだけで、わざわざアマネを連れてこなきゃいけなかったのだ。 まったく、幽霊の体って不便ね。


 部屋の入り口付近では、スズネがなにか悪戦苦闘しているようだった。 床に並べられた紙を踏まないように、頑張っているみたいだ。 幽霊の体なんだから、スズネは別に踏んでもいいのだが。


「……新しい人?」


 そんな様子に気づき、研究員が聞いていく。 この街に来て日が浅くて、幽霊の体に慣れてないとでも思ったのだろうか。

 スズネはバランスを取りながら、顔を上げて答えた。


「いや、なんか、あんまり霊っぽい動きをすると、生きてる感覚がなくなるとかって、聞いたことあって……w うぉっと、あぶねえ……。 ふぅ」


 なんとか紙の海を抜け、スズネが汗をぬぐう。 研究員は、理解するように頷いて答えた。


「あぁ、そういう報告は、確かにあるね」


 物理法則を無視して、空を飛んだりしていた人が、どんどん生きる気力を失って、しまいには植物状態になった……。 そんな話は、たしかにある。

 『微動だにしない、人の形をしたまぼろし』なんていう噂を聞いて、面白がって調べていった歌子たちが、そういう真相にたどり着いたこともあった。

 まったく動かなくなり、瞬きすらせずにぼうっとしている幽霊を目の前にしたときには、びっくりするとともに、なんとも複雑な気持ちになったという。


 そこまでひどくなくとも、味覚が感じられなくなったとか、地面の感触があいまいになったとか、そういった話ぐらいならいくらでもある。


 幽霊の街を作ってしまって、こんなに巨大な国家になってしまって。 ……うーん、私らは一体、正しい道を歩んでるんだろうか……?

 そんな深遠しんえんなことを考えてそうな顔で、研究員はぼうっとしている。 そこへ戻っていきながら、ユメが声をかけていった。


「ねえ、手信号てしんごう、考えてくれた?」


 異国の文字は、どうやらこの島で使われている言葉の発音に、そのまま対応するらしい。 ……それってどう考えても異国じゃなくて、この街の誰かが作ったってことなんだけど。 雨子は『ぜったい異国だよ!!』と言い張ってたけど、他の人たちは悪戯いたずらということで、意見が一致したんだよね。


 でも、それはそれとして、この文字は使えそうなんだ。 私たちの発音と、一対一で対応する文字は、今までこの街に無かったんだよね。 ちょうどいいから、私が目をつけたってわけ。


 そばの掲示板には、その『異国の文字』が一覧でずらっと書かれていた。 文字の横には、なにやら腕の形が描かれている。 ……あぁこれが、手信号てしんごうね。 みんなの世界で言うところの、手旗信号みたいなもんだよ。 腕の形を使って、文字を表して、遠くとやり取りするためのものなの。


「……何これ?」


 不思議そうに眺めるスズネに、研究員が答える。


「憶え屋を、街の中にたくさん作ってるみたいでね。 遠くの憶え屋同士で、どうやってやり取りするか、考えてるのよ」

「……へー。 ……普通に伝えるだけじゃ、ないの?」


 街の中を走って、人と人の間で伝達する……この街じゃ、そういうやり方しか見たことがないのだ。

 ユメは、掲示板から目を離さずに答える。


「いや、普通にやったんだと時間がかかるから。 それに、こういうのって他の事にも応用が出来ると思うから、一応、考えておこうと思って」


 ふむふむ、なんかよく分からないが、とりあえず役に立つものらしいぜ!! ちょっと興味が出てきて、スズネは細かく聞いてみる。


「ふーん。 ……これって、具体的に、どういう意味?」

「これは、言葉を手振りで伝えようと思って、どうやるか考えてて」


 言葉を手振りで伝える……? きょとんとしていると、横で研究員が、実際に腕を使ってやって見せた。


「例えば『よろしく』なら、よ・ろ・し・く……みたいな」

「あー、なるほど!」

「ユメー」


 3人が話していると、アマネの声がした。 振り向くと、さっきの紙が積まれたところは、ぐちゃぐちゃになっていた。 床にまで散らばって、大変だ!


「あーちょっと! ……まあいいや」


 研究員は慌てたように叫んだが、すぐに諦めるように力を抜いた。 まあ、しょうがないか。 アマネのことは知っているから、何も言う気になれないのだ。


 ユメはその場を離れて、ぐちゃぐちゃになった書類の山のほうへ歩いていく。 目的の書類は、見つかったかな。


「あった?」

「いや、無い」


 アマネは首を振ってそう言いながら、紙束を元の形に戻そうとしている。 どうやっても、元の形には戻らなそうだけど。


「あれ、無かったか。 確か、記録したけどなぁ……」


 背後で研究員は、不思議そうに呟いている。 ユメはしょうがないというように、鼻息を吐き出した。 まあ、50年前だしね。 そんなに期待はしてなかったけど。 そう思いながら、研究員に謝る。


「じゃあいいや。 ……ごめん、汚くなったけど」


 目の前では、アマネはまだ紙束を整理しているようだ。 でも、どんどん汚くなっていくように見える。


「アマネ、それぐらいでいいよ」


 声をかけると、アマネは振り返り、紙束を放り投げていった。 素早く部屋の中を走って、外へ向かっていく。

 床に並べられた紙の海を、結構うまく走り抜けたが、最後の1枚だけ破れて、その辺に飛んでいく。 相変わらず元気だなあ。


「これ、どうする?」


 研究員が、掲示板のほうを指して聞いてきた。 手信号は、どうしようか。 割と分かりやすく作ってるみたいだし、とりあえず採用してみるかな。 ユメは掲示板を見ながら、頷いた。


「とりあえず、やってみるか。 えーっと……あ、どうしよう」


 そっか、憶え屋に記録したいけど、そのためにはまず自分で憶えていかなきゃいけないじゃん。 幽霊って、ホント不便ね。 こういう時も、全部憶えなきゃいけない。

 どんよりした気分でいると、きょとんとした顔で、研究員が聞いてくる。


「憶え屋に記録しとけば?」

「いや、憶え屋に記録するために、そこまで私が憶えて、持って行かなきゃいけないから……」

「あぁ、そっかw」


 掲示板をじっと見つめていたスズネが、気になったように聞いてきた。


「……もしかして、ユメ、憶えるの、苦手なの?」

「うん」

「あ、じゃあ、私が憶えておこうか? ……うわ、でも結構多いね」


 掲示板の中には、かなりの量の絵が描かれている。 なにせ、発音分だけあるのだ。


「いや、いいよ。 別に得意な人、後で連れてくるから」


 ユメはくるっと背を向けていき、部屋の外へと向かっていった。 相変わらず足元の紙を無視して、スタスタと紙の上を歩いていく。 スズネは慌てて、追うように言った。


「いや、ちょっと待って。 ……あ、ユメ!」


 掲示板を睨むように見つめながら、スズネは迷うようにしていたが、やがて慌ててその場を離れていった。

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