ユメ仕事中。
歴史所で話していた歌子とスズネたち。 同じころ、他の場所では……?
一方で、街の中。 空が青く、昼間の明るい日差しの中、ユメが足早に歩いている。
憶え屋では、伝言サービスもするようになった。 ある人が誰かに伝えたいことを、代わりに街を走って伝えに行くのだ。 この街には電話が無いから、伝言はなかなか役立つサービスだ。
記録を書き留めるのは、生身の人しかできないが、伝言なら幽霊でもできる。 幽霊のユメには、これぐらいしか出来ることがないのだ。
今も、伝言を伝えるために、ユメは街を歩いていた。 目当ての人が見つかったのだろう、通行人に名前を呼んで、声をかけていく。
「……うん、何?」
男は、不思議そうな顔をする。 なんで、俺の名前を知ってるんだ? って顔だ。 ユメは気にせず、伝言を伝える。
「カメさんから、伝言です。 『今日、早く帰ってきて』だそうです」
男は伝言を聞いても、まだ状況を飲み込めてはいないようだった。 なんであんた、俺の嫁さんの名前知ってんだ? そんな顔で、男はぽかんと口を開けている。
……まあ、そりゃそうだ。 いきなり知らない人に、自分の家のことを話されても、意味わかんないよね。 うん、私も分かってるんだけど。 そう思うユメの前で、男はなんとか理解したように、一応頷いた。
「あぁ。 ……おい、あんた、伝言やってくれんの?」
その場を去りかけたユメに、男が声をかける。 ユメは足を止めて振り返った。
「はい。 憶え屋なんですけど、伝言もやるようになって」
男は、ふうんと納得したように頷いた。 ようやく状況が分かったようだ、今度は逆に伝言を頼んでくる。
「あぁ。 じゃあ、魚を、何でもいいから用意しといてくれって、言っといてくれない?」
ユメは少しうつむいた。 顔をしかめて、その言葉を憶えようとする。
……うーんっ!!憶えろ私っ!! 記憶は苦手だけど、他にやることがないし、仕方がないんだ。 今までみたいに、あの小屋でダラダラして寝そべってたら、他の職員に嫌な目で見られる。 頑張って憶えるんだ、私。
「はい、分かりました」
ユメは伝言を憶えると、男と分かれていった。
伝言は、こうやって連鎖していくことも、けっこうある。 そのたびに、同じ場所を行き来して、同じ人のところに行ったりする。 ちょっと面倒だけど、まあ、じっとしてるよりは、楽なのかも。
ユメはそう思いながら階段を上がっていく。 しかし、上り始めて数段したところで、とつぜん声を上げ、立ち止まった。
「あっ! ……はあ……」
すぐに力が抜けるように、うなだれる。 ……おい! もしかして、もう忘れたのか、ユメっ?! ……いや違う、ユメは、自分のやっていることの、致命的な問題に気づいたみたいだ。
――あぁ、そうか。 私は、何かを思いついたときに、すぐにメモが取りたかったから憶え屋を作った。 でも、憶え屋を離れて歩き回る伝言役なんかしてたら、憶え屋ですぐにメモが出来ないじゃん。 あほか、私。
歩いてる途中に別のことを思いついちゃったら、メモしたい内容と、いま仕事で憶えてる伝言の内容と……2つを同時に憶えておかなきゃいけない。 でも、そんなのは私には無理だ。
そうか、私が伝言役をやってたら、本末転倒で意味ないじゃん……。
ユメは、とぼとぼと、ふたたび階段を上りだす。 見上げれば、階段のすぐそばには大きな木が立っていた。 影がかかってきて、ユメの服に光のまだら模様が出来る。 階段から外れていって、ユメはその木のほうへと近づいていった。
ゆっくりと歩いていくと、目の前に木の幹が見えてきた。 ユメは目をつむると、ため息をつき、木の幹に手を置いていく。 じっくりと感じるように、木を触ったまま、立っている。
ユメはさらに顔を近づけ、木の幹にくっついて、寄りかかった。 頬をすりすりするようにうっとりしながら、静かに呼吸をしていく。 ……え? 何やってるかって? 別にいいじゃん、ほっといて。
「あれ、ユメ?」
自分を呼ぶ声がして、ユメは振り向く。 そばの階段を下りていた人が、こっちを見ていた。 憶え屋のべつの職員だ、この人も仕事中なんだろう。
ユメは挨拶を返すと、その職員は不審そうな顔をして、近づいてくる。
「……何やってんの?」
はたから見れば、うっとりと木にもたれかかってる、変な人に見えるって? 分かってるよ。
ユメは何でもないというように、首を振った。
「あぁ、いや。 ……あっ、そうだ、私の口座に、記録してほしいことがあるんだけど、いい?」
職員は立ち止まりながら、眉をひそめた。 なんで俺に頼むんだろう。 自分で憶え屋に行って、記録してもらえばいいのに。 そんな顔をしながらも、その職員は了承してくれる。
「あぁ、いいけど。 何?」
「えっと……『憶えたことを直接手渡せたら、文字を読む時間がいらない』って」
は? なに言ってんの? 意味わかんないんだけど。 そんな心の声が、聞こえる。 ……ネガティブすぎって? いや、絶対思ってるよ。 変人を見るような目で、ほら、さっきから私を見てる。 慣れてるし、別にいいけどさ。
「……え、それを? ユメの口座に入れとけばいいの?」
「うん。 頼める?」
なぜか、心が苦しくなってくる……。 なんでいっつも、私、変な行動をしてしまうんだろう。 木にもたれかかるのも、自分の口座にメモしてもらうのも……他の人から見れば、おかしなことばかりだ。
そう思いながらも頼んでいくと、職員は困惑したようだったが、やがて頷いた。
「まあいいよ」
ふー、助かった。 ……あ、ちらちらと、まだ変な目で私を見ながら帰っていくけど、気にしないでおこう。 私が生きてた大昔にも、こういうことよくあったし。
……とりあえず、さっさとさっきの伝言を、終わらせよう。 それが終わったら、休憩でもするかな。
ユメはそう思いながら、ため息をついて、歩きだす。
……え? まだ私の出番じゃないの? ちょっと、遅いわね。(小春)




