番外:なまえを、よんで
イェレ一人称視点、04と05の間。
それを見た瞬間欲しいと思ってしまったのは、やはりどうしたってこの身に流れるメリルートの血のせいなのか。
美しいほどに滑らかで緻密に織られた紅い魔力はまるで芸術品のようだ。
描かれた魔術印もさることながら複雑に絡み合った魔力の目はそれ自体が絵画のようで、あれならばきっとその糸を裁つことなく中に取り込むことができるだろう。
そしてなにより、なんて自信に満ちあふれた表情をするのだろう。
彼女の魔力そのものを表しているような赤く真っ直ぐな髪の毛をなびかせて、強い光を湛える瞳を真っ直ぐに前へ向けて。
その日始めて見た彼女――ヘンリッカ・タイカ・ヴィーアライネから、オレはどうしても目が離せなかった。
*
自身を人に求めてもらうことを諦めてから、一体どれくらいの時が経ったのか。
魔力がないというのが分かってからのオレは家での居場所を確保するのに必死で、本当に今思えばバカバカしいようなことを色々やっていたように記憶している。
人を見ればとりあえず愛想よく笑ってみせるのも、誰彼構わず媚びるように触りのいい言葉で褒めるのも、そのころから抜けなくなってしまった癖のようなものだ。
それでも結局思うように家族の気は引けなくて、なんだか全部どうでもよくなってしまったのが確か十歳のころ。
家族については、けして悪い人たちではないと思う。
生活に必要なものはきちんと用意してもらえたし、なにか厳しい制限を課せられたような覚えもない。ただ父親も母親も兄たちも妹たちも、自然とオレを家族の輪から外すことに同調しただけだ。
真面目で余計なことを嫌う気質の人間が多いメリルートでの家族間の触れあいなんて、もっぱら魔術に関してのことばかりだったからそれだって仕方ないことだ、なんて納得しきれているほど大人なわけではないけど、たぶん不器用な人たちなんだと思う。
それに代わりといってはなんだけど叔父がずいぶんとオレに構ってくれたから、そんなに悪い環境だったわけでもない。
メリルートはその特殊な血を可能な限り濃く保つために親戚同士の婚姻が普通――そんなことを繰り返しているからオレみたいな魔力無しが突然生まれたんじゃ、とこっそり思っていることは誰にも言えない――で、母親の弟である彼は分家筋の人間でもある。
事情を知りながらも親戚の間では変わり者で通っているらしい叔父は、爪弾きにされていたオレに同情心を抱いてくれたんだろう。
人生の道しるべを見失って途方に暮れていたオレに剣を与えてくれたのも叔父だった。
叔父には外のこともたくさん教えてもらったし、彼のおかげでメリルートの一員になれない自分を受け入れることだってできたのだ。
叔父に手配してもらった剣術の師範から及第点をもらったころ、キルカ=サラストに入学して憧れていた第二師団を目指そうと決めたのはメリルートでなくても自身には価値があるのだと、そう信じたかったからだ。
それにもう一つ、どうしても自分の爵位が欲しかった。
この国では貴族の子息子女が貴族称号を名乗れるのは成人する十八歳までのことだ。十八歳以降も名乗れるのは跡継ぎとして当主に認められた者だけで、当然オレは放っておけば数あるただのタイカなしのメリルートでしかなくなる。
だけど例えタイカが取れたところでオレにとってメリルートの名は呪わしい名前でしかない。一刻も早くそれを捨てるには、そこそこ才能があったらしい剣術に頼るのがたぶん一番の近道だ。
あまりに有名すぎるタイカ・メリルートの名を不本意ながらも掲げて入学すれば色々言われるのはわかっていた。
両親に社交の場に連れ出されたことのないオレの存在は、あまり貴族たちの間で知られていないようだったし、騎士科入学ともなれば一時的でも話題になるのは避けられない。
二つ上の学年に在籍している一つ上の兄にも迷惑をかけることになるだろう。
それでもオレは自分自身を見捨てることができなかった。
幸いにも父から反対されず――彼としても出来損ないの自発的な独り立ちを歓迎したいのだと思う――無事入学を果たしたオレは、彼女に出会うことになる。
メリルートであることを呪わしいと思っていたオレの価値観は、彼女を見た瞬間ひっくり返ってしまった。
あの美しい赤毛の少女のパートナーになりたい。
隣であの魔力を、あの強い眼差しを見られたらどんなにいいだろうか。
彼女はとても上昇志向が強いようだからオレ程度の実力では視界に入ることすら無理なのかもしれない。だけど今は序列二十位のあたりをさまよっているけれど、努力次第ではもっと上を目指すことだってできるだろう。
そして纏魔が使えることを提示すればあるいは。
結局メリルートであることを望んでしまう自分のことがひどく悔しい反面、メリルートであったからこそ彼女の魔力に触れられる機会を与えられたことが嬉しくてたまらない。
それからのオレの世界は一変した。
*
「お話、お受けします」
「ホント? やった、これからよろしくね、リッカちゃん!」
ああ、やばい、すごく嬉しい。
オレをしっかりとその目に写して頷く彼女を見た瞬間、バカみたいに胸が躍る。
本当はぶっつけ本番で纏魔が成功するかなんて自分でも自信がなかったけど、不安に気圧されるよりも前に勢いでやってもらったのがよかったのだと思う。
よくやった、オレ。
「オレなんかを選んでくれて嬉しいな。……ダメ元だったから」
「なにをおっしゃるんですか。あのようなものを見せられて胸が躍らない魔術士なんているわけがありません!」
浮かれついでについ自虐的な本音が漏れると、彼女はぐっと眉根を寄せた後すぐに子どもみたいに目を輝かせて身を乗り出してきた。リッカちゃんって気が強いイメージだったけど、こんな顔もするんだ。
「体質とは言っていましたが、纏魔をこんな風に使っているメリルートは見たことがありません。他人の魔力を取り入れようという発想はご自分で考えられたのですか?」
「あ……うん、そうかな。小さな頃は家族と同じことができないかなーって、いろいろ試行錯誤してたから」
親戚の子どもに頼み込んで同じように魔術を掛けてもらい、結果失敗して大けがをしたのはオレの苦い思い出だ。
兄たちの魔力を見てできるんじゃないかと思って、だけど彼らには頼みづらくて。まだマシな付き合いができていた親戚の子に頼んだわけだけど、妥協して成功できるようなものではなかったのだ。
その点リッカちゃんの魔力はメリルートの練られた魔力に近くて、それよりもずっとキレイだ。
「すばらしい不屈の精神です。私も諦めるのが……大嫌いで。あなたとだったらうまくやっていける気がします!」
違うんだ、リッカちゃん。
キラキラと輝く彼女の瞳に魅入られて、それから良心がちくりと痛む。
オレは本当はただの出来損ないで、だけどどうしても自分を諦められなかっただけだ。彼女のそれとは同じであってもきっと根本的に違う。
それでもそう言ってもらえるのが嬉しくて、オレは涙が滲みそうになるのを必死でこらえる。
「なのでこちらこそよろしくお願いします。メリル……トさん……」
たぶん彼女の一番呼びやすいように呼びかけて、オレが家名で呼ばないで欲しいと言ったのを思いだしたのだろう。
途中でつかえて困ったように戸惑っているのがかわいくてオレは小さく笑った。
「……イェレって呼んで?」
「イ、イェレさん」
あ、これちょっとやばいな。
名前呼ぶだけで顔を染めている姿にさっきまでじんわりと感動していたこともさっぱり忘れて、あまりよろしくない感情がふつふつとわき上がってくる。
噛ませ令嬢だなんて呼ばれている彼女は騎士科でも怖がられている存在、という印象が強かったけれどたぶん噂に花を咲かせているような連中は彼女のこういう姿を知らないのだろう。
もったいない、けどそれを知り得る者がいないというのはほんの少しだけ優越感をくすぐる。
「呼び捨てがいいなー、さん付けとか慣れてないし。交戦中に呼ぶときとか、短い方がいいでしょ?」
「は、はい、確かにそうですね……んんっ、イェレ」
瞳を左右に泳がせながら恥ずかしそうに唇から落とされたオレの名前は、なんだかオレにはもったいないくらいの特別な響きが含まれているような気がした。
もしこの子にオレ自身を求めてもらえたら、それってきっと最上の幸せなんじゃないかな。
ふと浮かんだ思いに笑みがこぼれる。
バカだなぁ。
そんなこと、もうずいぶんと前に諦めてしまったのに。
以上で今回投稿予定分は終了になります。
最後までお読みいただき改めて本当にありがとうございます。
また、連載中に誤字報告・ブクマ・評価・感想などいただきましたこと感謝いたします。
たいへん励みになります。
この二人のお話に関してはまだ書きたいものがありますので、第二部を予定しております。
おそらく間が空いてしまいますので一度完結設定に変更させていただきますが、なにか思いついたら間に番外編を投稿するかもしれません。
もしその時にまたお会いできましたらよろしくお願いします!




