プロローグ
本日より投稿開始します。
今回はコメディタッチの学園ものになります。
楽しんでいただけますと幸いです。
ヘンリッカ・タイカ・ヴィーアライネは、プライドが高い。
そのプライドの高さは神が降り立つといわれる天に届く霊峰タイヴァスをも凌駕し、神界にすら到達するといわれているらしい。
例えばまだ幼い頃、算術が出来ぬことを馬鹿にした子どもに激昂し、徹夜で勉学に打ち込み三日で相手を見返した。
例えばやはりまだ幼い頃、苦い野菜を食べられないことを指摘されまた激昂し、そのひとつき後に家の料理人と共に食べやすい調理法を開発し得意げに貪る姿を見せつけた。
歳を重ねていくらか分別はついたものの彼女のプライドの高さを証明するエピソードを挙げるならば枚挙に暇はない。
魔術に優れた貴族の最高峰であるヴィーアライネ公爵家の第四子として生を受け十五年。彼女は自らの血筋に誇りを持ちその血筋をさらに尊きものへと導くために血のにじむような努力を重ねてきた。
最高の才能には、最高の努力と最高の教育を。学びを得るためなら努力も金も惜しまない。
彼女の貪欲さにヘンリッカにいずれ家庭に入ることを望む父はけしていい顔はしなかったが、その努力と教育にかけた金の甲斐あって彼女の魔術の才は同年代どころか今や年上すらも舌を巻くほどのものだ。
ヘンリッカよりも才能がある人間がいるとすれば、それは同じ血が流れる彼女が敬愛してやまない二人の兄たちだけであったし、とかく魔術においてヴィーアライネの上に立つ者がいることを彼女はけして許しはしなかった。
だからこんなことはあり得ない。あってはならないのに。
「あ、あれ……。私、もしかしてなんかやっちゃいました?」
しんと静まり返る講堂の中央で、少女はヘンリッカが今朝飲んだばかりのミルクティーのような髪を揺らして、戸惑うように笑った。
大きな珊瑚色の瞳が目を惹くが、それしか特筆すべきことのない平凡な少女だ。つい先ほど呼ばれた名前から察するに彼女は最下位の爵位すら持たぬ平民で、当然ヘンリッカが見たこともない少女だった。
網膜に否が応にも焼き付けられた先ほど見たばかりの光景を信じられぬ思いで反芻する。
あんなことをやってのけたくせに、何故この少女はまるでただ息を吸い込みましたとでもいうようなとぼけた表情で笑っているのだろうか。
胸に沸き立つのは悔しさと、怒りと、嫉妬。
己の内を焦がす炎を感じながら、ヘンリッカはギリリと奥歯を割れるほどに噛みしめた。