第四話
勢いよくレイラに飛びついたリアムと呼ばれた少年は、イタズラっぽく目を細めた。その背でさわさわと揺れ動くのは、人体にはついていない、まさに羽であった。優しく光を透かすアプリコットのそれは、人々の目を奪うには十分すぎる。
「ん?お前、新入り?......変なの!」
レイラに注意され、不満げに宙を舞ったリアムは、ずっとテディーに顔を寄せた。穴の開くほどジロジロと見つめられたテディーは、一つ息を呑む。それから彼の魅力を引き出す羽へと視線を寄せた。
「.......君、ここの酒場の子?妖精族なんて珍しいね」
「そー!かっこいいだろ!俺リアム。お前は?」
「僕はテディー、だけどちょっと距離が近いかなー......」
「あっ!!ごめんなさい!!」
妖精族は人間を嫌い妖精のみの集落を作って暮らす、と少なくともテディーは記憶している。そんな妖精がこんな片田舎の酒場の一人息子だとは到底思えなかった。ぐいぐいと詰められる距離に思わず後ずさる。柔らかく否定の意を込めて微笑めば、少年は大きく羽を震わせて飛び退いた。案外素直でいい子なのかもしれない。
そろりそろりと、忍び足でテディーとの距離を測るので、なんだか面白くなってしまう。視線を合わせようと腰を屈めると、アンバーの三白眼がこちらを射抜く。
「やっぱりあんた、不思議だね」
「うん?何が......ってバカ!!」
突然、ダンっ!と地を蹴る音がして、腰にぐいと体重がかけられる。テディーに抱きつくようにして、リアムが腰あたりに飛びついたのだ。その力が薄れた頃には、背後に回った少年がクスクスと嘲笑を浮かべていた。その手には、テディーがコツコツと稼いできた金袋が握られている。
前言撤回。全然いい子でもなんでもない、ただの悪ガキである。
「へへっ!油断してる方が悪いんだよ!!」
「……君〜??流石にマナーがなってないんじゃないの???」
わなわなと唇を振るわせるテディーの眼前。空中で一回転を決めたリアムは楽しげな笑い声を残して酒場を去っていく。4枚の羽が通ったその空には、ひらひらと光の粒子が舞う。
「ちょっと!?僕のお金全部取られたんだけど!?」
「どんまい。リアムに目をつけられたのが運の尽きよ」
「嘘でしょ……ちょっと殴りに行ってくるわ僕」
「威勢がいいな、兄ちゃん!ぜひお灸を据えてやってくれ」
あれを許可と言っていいものか、おそらく放任主義なマスターの返事を(一応)待って、テディーは外へと飛びだした。おそらくまだ、遠くまでは出ていまい。テディーの見立て通り、リアムはまだ目の届く範疇にいた。アプリコットを翻し、時折こちらの様子を見やり、すぐに飛び去っていく。明らかにおちょくっているその姿勢に、テディーの怒りも増していくというもの。
「あんのチビ......絶対とっちめてやる......!」
足先に神経を集中させて、勢いよく踏み込む。抗戦的な瞳が風を切って、ブロンドが風に靡いた。テディーが本気を出して仕舞えば、簡単に追いつけるというもの。あっさりとその背を捉えたテディーは、緩やかにスピードを落とした、はずだった。しかし、その速さのまま、その額はリアムの後頭部へと突き刺さった。
「痛ったぁ......!なんでこんなとこで止まってんのさぁ......」
ガチん、鈍い音がしてテディーは涙目でうずくまる。テディーが目測を誤ったのではない。リアムが急に立ち止まったのだ。その視線は大通りに一本差し込む狭い路地裏に吸い寄せられている。
「あっち、絶対なんかやばい......!」
テディーの不意の攻撃に見向きもせず、リアムはその暗闇を見て肩を振るわせる。そして、絞り出すようにそれだけ吐き出すと、それまた急にその路地へと走り去ってしまった。いや、飛び去ってしまったと言った方が正しいか。
「は、はぁ!?ちょっと待ってよ、どこいく気なの!?」
少年に向けて手を伸ばすが、時すでに遅し。空を切ったテディーの手は、行き場をなくして垂れ下がる。テディーはその暗闇の先をキッと睨みつけて、狭い路地へと吸い込まれていった。




