28.自覚
「ボンヌ子爵家が、配下……?」
声が震える。以前、自分は貴族ではないと言っていたのに。
「やっぱり、貴方は貴族、なの……?」
「いいや」
否定の言葉に一瞬安堵する。でも、それなら一体――。
「そうだな。どう説明するか……俺は、この国の出身ではない」
「……遥かな、王国?」
わたしの呟きに、カリファーが視線だけを向けてきた。
永遠を見つめているような、黄金色が瞬く。
「それ、は……歴史上の……御伽噺のような……」
「そうだな」
「貴方、は……何?」
いえ、聞いてはいけない気がする。
それを知ってしまっては、もう引き返せない。……どこへ?
濃厚な夜の気配と芳香。頭の奥がじんじんする。
でも、心地よい。これは一体何――?
すっ、とカリファーが体を動かした。肩が跳ねる。
「怯える必要はない」
低い声がわたしの思考を溶かす。
「お前が望むのなら、俺はこのまま姿を隠してもいい」
「すがたを、かくす……?」
「知りたいか?拒絶するか?」
彼はわたしに選べと言っているのね。
震える唇を噛みしめる。
この春、出会ったばかりの人だった。
まだ何も知らない。わたしのことも、知ってもらっていない。
でも、距離が近づくのは怖い。もう恋なんて、したくない。
絡みつく黄金色が、わたしの全身を包み込むような気がした。
姿を隠すというのは、どういう意味なの?もう、会えなくなるということ?
わたしを見つめて細められるこの瞳に、二度と会えないのは嫌だった。
いつもわたしを尊重してくれる、優しくてどこか怖い人。
いつの間にこんなに、側にいてほしいと思うようになっていたのかしら。
彼のすべてを知りたいと思った。
わたしのことを知ってほしいとも思った。
だから――。
「……貴方のことを、知りたいわ」
吐息のような声が漏れた。
「もう、お友達だとは、思えない……」
そう、カリファー=ダレストンという男の人を、わたしはもう好きになっていたんだわ。
学院長の推薦でこの街にやって来た優秀な人。
穏やかに微笑んで、わたしをいつも助けてくれる人。
わたしがどうしたいかを、いつでも聞いてくれる人。
「……貴方の側に、いたいわ」
あぁ、言ってしまった。零れた言葉は戻らない。
わたしの答えをじっと待ってくれていたカリファーが、そっと口を開いた。
「俺の世界へ、来るか?」
「……?」
「お前が選ぶなら、俺はもう、お前を離してやることはできない」
そんなことを言いながら、それでもわたしに触れることはしないのね。
だから、貴方を信じられる。
わたしの望まないことは、決してしない。
「どうして、貴方の側はこんなに、心地いいのかしら」
「嬉しいことを言ってくれる」
「前の恋人と別れたばかりで、こんな風に思うわたしは、ふしだらなのかしら……」
膝の上で握り締めた手の上に、そっと大きな手が重ねられた。
少し低い体温を感じて、落ち着かない。
「お前をふしだらなどと言う奴は、俺が消してやる」
物騒な言葉に吹き出した。
「そんなことを言わないで。わたしの為に、貴方が悪く言われるのは嫌だわ」
わたしの手に添えられていた彼の手が、頬に触れる。
「何を、泣いている?」
「え……っ?」
そっと、親指で拭われた。
「何が悲しい?」
頬を撫でられる感触にぞくぞくする。
「何も、悲しくなんてないわ」
「では、何を泣く?」
不思議そうなカリファーの表情に首を振った。
「……わからない」
自分でも、何故泣いているのかなんてわからなかった。
「人間とは、不思議な生き物だな」
「貴方は……人では、ないの?」
「どうだろうな」
誤魔化されるような返事に、ふふっと笑いが漏れた。
優しく撫でてくる大きな手の平に、頬ずりしてしまう。
「このまま、誤魔化すつもりはないぞ」
「えっ?」
「子爵家の娘の話だ。それと、俺について」
そう言えば、そんな話をしていたのだった。
「話してくれるの?」
「まだ、すべては難しいな。だが、お前に嘘は吐かない」
「その言葉だけで、今は十分だわ」
撫でてくれていた手が、頬から離れていく。
「あの男がお前の前に現れることは、二度とない。この約束が破られたなら、俺が粛清する」
「しゅくせい……」
「子爵家も許さん。お前を害する者など、この世に必要ないからな」
何か凄いことを言われたような気がするわ。
でも、お酒も飲んでいないのに、酩酊したようにふわふわした頭ではこれ以上考えられなかった。
彼の香りに酔ったみたい。




