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尋ねた手紙  作者: すごろくひろ
都会編

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16/23

化学実験室の怪

 直たちは家に帰ると、ダイニングテーブルにコンビニ弁当が置いてあるのを見つける。直はそのまま二階に上がっていく。

「いらないの?」

「あげる」

 健は弁当を重ねると、それを持って自室へと向かった。直の部屋をチラッと覗くと亮が窓から景色を覗き込むように、窓の桟に佇んでいた。直は疲れてしまったのか、いつの間にか制服を脱ぎ散らかしてベッドの上ですやすやと眠っていた。

「脱ぎ散らかすなって言ったくせに……」

 そう思いながら、健は直の制服をハンガーにかけてやった。

 そして健が部屋に入ると、文は今か今かと待ち望んでいたかのように目を輝かせていた。健は、はいはいと言いながら彼の前に弁当を差し出す。

「いっただっきまーす」

 文はもぐもぐと弁当を食らっていた。

「健、これ美味しいな」

「……」

 ぼーっとしている健はある考え事をしていた。なんだか、どこか上の空になっている様子である。文はペシペシと健の手を叩いてみる。健は思わずハッとしたかと思うと、文の頭をよしよしと撫でてやる。

「今日どうしたんだよ?」

「……えっとね」

 健は文に今日あった出来事を話す。学校で友だちが増えたこと。学校や銭湯で妙な違和感を感じたこと。話せることはすべて話してみた。文は少し上目で考えていた。

「僕にはわからないけど。スケちゃんだったら、わかるかもしれないよ」

「そうかなー……」

「もう寝てると思うけど」

「……」

 呑気だなと思いながら思わず溜息をつく健。さらに思い出したかのように、文は健におねだりしはじめる。

「そういえば、『がっこう』ってところ行きたいなって、スケちゃんと話していたんだ」

「だめだよ。連れて行かないって約束でしょ」

 ぴしゃりと言い放った。

「嫌だ! 健ばっかりずるい!」

「僕は人間だからね? 学校に通ってるからね?」

「スケちゃんだって、あのアンポンタンのカバンに隠れて着いてってるんだよ! 僕だけ除け者にしてずるいよ!」

「?!」

 文が大きな声をあげて泣きじゃくる。健は慌てふためきながらも、文をあやしていく。

「わかったわかった。ほら静かに……! 明日連れてってあげるから……」

「本当? 約束だからね!」


 *


 「今日はカルメ焼きを作りに行くぞ!」

 次の日の放課後、翔平が健の首根っこを掴むと、引きずりながら教室から出ていこうとする。健が苦しそうにしていたのを目撃した直は、翔平を一発ぶん殴って健を解放した。

「何しやがる!」

「こっちのセリフだ! お前は他人を巻き込んでクレイジー集団でも作るつもりか!」

 やいのやいのと取っ組み合いになる直と翔平。健は呆然としながらも、ふと我に返って同級生と共に止めに入った。やがて騒ぎを聞きつけた誰かに呼ばれて、先生が教室内に勢いよく入ってくる。

「生地! 山井! 職員室に来い!」

 ようやく二人は手を止めると、先生に連行されていった。そして二人が解放されたのは一時間後になる。


「ったく! 誰のせいで反省文なんか……」

「はいはい。早く化学実験室いくぞ」

 そう言って二人は化学実験室に向かう。健は科学部の実験に興味を持ったらしく、見学しに行ったのだった。そしてカルメ焼きを食べたいと張り切りだす翔平に巻き込まれて今に至る。

「こんちはー」

「迎えにきたぞい」

 化学実験室に入ると、クラスメイトの駒井こまい豪太ごうたが健と一緒になんらかの作業をしていた。

「おっ、スライムじゃん。懐かしい」

「遅かったな二人とも」

 訪れた二人に気づいた豪太は、健に目をやりながら彼らに声をかける。一方で健は、子どもみたいに無邪気に洗濯糊とホウ砂水溶液を混ぜ合わせていく。

「こんなに純粋に楽しんでる子を見たのは久しぶりだよ……」

「まあ、気になさんな」

 そう言って直は健の様子を見守ることにした。一方で、翔平は豪太の肩を揺すりながらあることを頼み込む。

「カルメ焼き作ってくれよ」

「買いたいだけだろ? まったく小学校の実験じゃないんだからさ……」

「いいじゃん、せっかく転校生だって来てくれたんだしさー!」

 豪太はそう言われて、健の姿を見つめる。

「まあいいか。 今度小学生と一緒に科学教室やる予定あるし。その予行演習だと思ってやるよ」

「イェーイ」

 そんなことで、急遽、豪太先生によるカルメ焼き体験教室が始まった。とりあえず豪太は四人分のアルコールランプと三脚、金網とお玉、割り箸をを揃えるように指示をする。そして砂糖を一袋と卵を一パック、重曹を別室から持ってくると、それぞれのお玉にに大さじ二杯のの砂糖と少々の水を入れて熱する。

「こんな感じ……かな?」

「そうそう、うまいじゃん」

 健は豪太に褒められて思わず照れてしまう。一方、翔平は卵白と重曹を混ぜてふくらし粉を作っていた。

「俺も手伝おうか?」

「山井、お前は家庭科でもダークマターしか作れないんだからそのまま見ていてくれ」

 直は不貞腐れながら、三人の作業の様子をじっと見つめていた。やがて砂糖水が十分に温まると、四人はそれぞれ、ふくらし粉をつけた割り箸を突っ込みかき混ぜる。すると次第にそれはぷっくりと膨らんできた。

「おおっ。科学の力ってすげーな」

 どっかのゲームのセリフを吐いた翔平だが、彼のカルメ焼きは甘い砂糖の香りとともに、うまい具合に膨れ上がる。健も豪太も順調であった。美味しそうな匂いに釣られて、文は健のカバンの中から顔を出してニンマリしていた。

「いい感じだね、焼き加減も重曹の量も。山井くんセンスあるよ」

「料理とかよくやるから、それでかな?」

 その一方で直の作ったカルメ焼きを見ると、茶色に焦げてしまい、うまく膨らむことはできなかった。呆気に取られる四人だったが、とりあえず口に含んでみた。

「苦いね……」

「天性のぶきっちょだったとは……」

「砂糖も熱しすぎ、重曹も入れすぎ……。これはちょっと……」

 三人の反応に直は慌てながら言い訳をする。

「仕方ないだろ……、苦手なものは苦手なんだから……」

 こうして直のカルメ焼きは不評に終わった。かわりに、うまくできあがった翔平と豪太のカルメ焼きを四人で試食する。

「甘いっ! サクサクッ!」

「これはいいね!」

「幸せだー」

 しかし、直は現実を直視できず肩から崩れ落ちてしまった。人間が作った同じものとは思えない出来映え、匂い、そして味……。直はしばらく部屋の隅で縮こまってしまった。

 文はカバンの中からこっそり化学実験室に飛び出す。気づかれないように近づいていくと、まだ食べられてない健が作ったカルメ焼きが目に入った。

「たくさん食べたいな……えいっ!」

 文は物陰から健のカルメ焼きに術をかける。するとカルメ焼きがいきなり大きくなったかと思うと、突然燃え上がってしまった。

「燃えた⁈」

「えっ? なんで⁈」

 健たちもそうだが、文も開いた口が塞がらなかった。健のカルメ焼きは丸焦げになった挙句、黒煙が勢いよく噴き出していた。落胆の色を隠せない豪太と健だったが、黒煙は収まるどころかだんだんと立ちこめていた。

「ちょっと窓を開けて換気しよう」

 突然、カルメ焼きが爆発したかと思うと、黒煙が実験室内を大きく舞う。そのショックのせいか、豪太は気絶し倒れ込んでいた。頭を打たせまいと直は、倒れる彼の身体をしっかりと支える。

「豪太ー、大丈夫か?」

「まさか、怪異が⁈」

「マジかよ、こんなところまで!」

 二人はそれぞれの獣を呼び出して、変身準備を行う。

「「変身!」」

 そして健と翔平はそれぞれかの格好に変身した。そして、黒煙に向けて対抗心を燃やす。しかし直はそのままの制服姿で、二人のことを冷めた目で見ていた。

「いや、これはさすがに怪異じゃないよね? ただ焦がして煙上げてるだけだよね?」

 健と翔平は、意味がわからないと両手でジェスチャーした後、黙ってジト目で直のことを見つめていた。

「いや、だから何でお前ら変身してんだよ! 駒井……っていうか一般人の前で! どう考えたってこれは違うだろ!」

 直は呆れながらも反論するが埒があかないため、火災報知器が鳴る前に先生を呼んでくると化学実験室から出ていった。その時、後ろからある人物が彼らを覗き込むように見つめていることも知らずに。

「ひっ!」

 直は思わず刺さった視線と寒気がして後ろを振り向く。しかしそこには誰もいなかった。

「気のせいか……」


 *


「山井くん、どうしたの?」

 直が廊下を小走りで走っているところになごみが話しかけてきた。直は彼女に手を振って、挨拶をした。

「生地がカルメ焼き黒焦げにしやがった」

「あいつ……、本当昔からバカばっかりするんだよね」

 本当は愚痴でも聞いてもらいたかったが、ボヤ騒ぎなんて学校中に知れたら溜まったもんじゃない。直は速やかにその場を去ろうとした。

「水汲んでこようか?」

「そしたら、頼むわ」

 そう言って二人は別れる。はずだった。


 ドカン!


 爆発音とともに二人は吹き飛ばされ倒れ込む。

「いたた……」

「三沢さん?」

 直もなごみも辛うじて無事であった。ほっとしたのも束の間、目の前を見ると、いつぞやの黒い化け物がそこにはいた。

「なんでこんなときに……」

 変身しようにも、なごみのいる前ではできない。直は焦る気持ちをなんとか保ちながら、なごみの腕を引いて、化け物から逃げていった。

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