それぞれの危機
「ちょっ、ちょっと山井くん?!」
なごみは直の突然の行動に驚くあまり、思わず振りほどいてしまった。その弾みで直はバランスを崩して転倒してしまう。
「ご、ごめんなさい。びっくりしちゃって」
「いや、こちらこそ……」
直は立ち上がると、手で軽く服をはらう。そしてなごみと目を合わせると、その先へ逃げていく。かの化け物は黒い物体を投げながら、彼らの行く手を阻んでいく。目の前に階段が見えてきた。その物陰に逃げ込めば助かるかもしれない。そう思ったとき。
ドカン、ドカン――!
逃げ道を破壊されてしまう。あと一歩早かったら……。そう思うと直はゾッとした。だんだん血の気が引いていくのを感じる。ふいに誰もいない空き教室が直の目に入った。なんとかなごみと一緒にそこへ逃げ込むことができた。
「いったい何なの……。怖いよ……」
「このまま消えるのを待とう」
なごみは泣き出してしまう姿を見て、直は心が締め付けられる思いがした。このままやり過ごそうとしたとき、その化け物は空き教室の戸を破壊する勢いで叩き割ろうとしていた。
次第に強くなる音になごみは恐怖を感じ、直もまた動けずにいる。そのとき、カバンの中から亮がひょっこりと顔を出してきた。
「直、変身するしかないぞ」
「そんなこと言ったって、三沢さんに見られたら――」
「戦わないと、お前も彼女も助からないぞ。いいのか?」
亮は神妙な面持ちで直を見つめる。直は俯くも、なごみの泣いている姿を見つめていた。化学室では本当に健と翔平が戦っているのかもしれない。でもあの見られたくない。直は苦悶の表情で葛藤する。しかしその間でも、魔の手は段々と近づいてくる。
「変……身……」
直は意を決して亮を抱きかかえると、かの緑狸の魔法少年のような姿に変身した。なごみは突然の閃光に驚き、それを見つめていた。
「山井くん……?」
呆然としながらもなごみに声をかけられる直。彼は少し顔を赤らめながら、なごみにこう告げた。
「危ないからここで隠れててね」
そう言って直は空き教室から出ていく。そして妖力で槍を生み出すと化け物に向かって突撃していった。
*
一方その頃、化学準備室では別の事件が巻き起こっていた。室内には黒煙が充満しているにもかかわらず、教室のドアも窓も開けることができなくなっていた。
「火災報知器が鳴らないなんておかしいぞ」
「じゃ、やっぱり変身して正解だったんだ!」
すると黒煙はさらに濃度を増して、だんだん魔犬のような姿に形を整えていく。それはやがて健や翔平と睨み合うような形で佇んでいた。数分後、魔犬は突然彼らに向かって突進してくる。翔平が剣で切りつけようとするも、恐れることなく彼の身体を突き飛ばす。
「痛ってえ……」
「翔平くん、大丈夫?」
「大丈夫だ、山井の赤狸」
翔平は健の手を取ってなんとか立ち上がる。そして二人は挟み撃ちになるように魔犬を取り囲みながら、パチンコ玉や短剣を投げつけるかの如く攻撃を仕掛けていく。
「しまった」
魔犬はひらりと攻撃を躱すと豪太のそばに着地した。そして何か察知したかのようにゆっくりと彼に近づいていく。
「やめて!」
健はパチンコ玉で威嚇射撃をする。しかしそれは光の全反射のごとく跳ね返され、健と翔平にそれぞれ命中してしまう。
「いっ……!!」
「ぐはっ……!!」
あまりの痛みに思わず蹲ってしまう健。翔平は痛みに抗えずのたうち回ってしまった。魔犬はそんな二人を嘲笑うかのように見つめながら、豪太のもとへ一歩、また一歩と近づいていく。
「コマちゃん! 逃げろ!」
「駒井くん! 起きて!」
翔平の叫びも空しく、豪太は目覚める様子は微塵もなかった。そいつは鋭い牙を豪太の首元目掛けて、照準を合わせていく。そして。
ガブッ――。
その様子に目の当たりにして二人は、思わず言葉が出なくなる。魔犬は一噛みした後、黒煙に姿を化したかと思うと、彼の傷口から侵入していく。やがてそれが彼の身体から溢れたかと思うと、段々と豪太の姿を包み込んでいく。
そしてその纏いが消えたとき、二人は思わず絶句してしまう。
「コマちゃんが……」
「そんな……」
そこにいたのは、仲の良かった駒井豪太の姿ではなかった。犬耳と尻尾、そして二人と同じように和装と武器を纏った、彼の変身した姿だった。周囲には太陽のコロナのごとく黒い靄がまとわりついており、彼の目には光が入っていなかった。豪太は二人を見つめると、手を二人の方にかざしてレーザー光を容赦なく発射した。
「ひえっ!」
何発か放たれたそれを、二人は辛うじて避けきることができた。健は、レーザーが当たった箇所を思わず見つめる。どうやら一撃必殺できるほどの殺傷能力で、その周囲は真っ黒焦げになっていた。
「ひどいよ二人とも……。大人しく実験台になってよ……」
豪太はそう言うと、今度は大量のスライムを二人に向けて放った。二人は何とか飛んでスライムを避けようとするも、後ろから足を取られてしまう。柔らかかったスライムは、すぐに固まってしまい身動きが取れなくなる。そんな無様ともいえる二人の様子に、豪太は無表情のままガスバーナーのような刀を二人に向け始めた。
「コマちゃん……。どうすりゃいいんだ」
「あっ……」
翔平が諦めかけたそのとき、健はあることに気づいた。幸いにも手は塞がれていなかったのだ。一縷の望みをかけて懐を探るとあるものがそこから出てきたのだった。




