48 勇者の休日
僕がこれ以上魔物やドラゴンを倒した場合、まず僕自身に悪影響が出る。そして悪影響は僕自身にとどまらず、周辺にも及ぶ。
セレは2つの可能性を予想し、僕はもう魔物を倒さないほうがいいと結論づけた。
「そんな事言われても⋯⋯」
「そうよねー。でもー、現時点の傾向から推察するにー、ディールはもう崩壊寸前のはずなのよー」
「崩壊!?」
フェリチが青ざめて小さく叫ぶ。
「今のところ何ともないけど⋯⋯」
不調どころか調子がいい。
「今はー、コップのふちギリギリにー、水が入ってる状態ー。あと一滴で溢れるかもしれないのー。私としては見過ごせないなー」
セレはこれまで、魔滅魔法と魔物の発生の関連性についての仮説を立てたり、魔物やドラゴンについて研究してきた第一人者だ。セレがこうまで止めるのなら、従ったほうがいいのだろう。
「でもなぁ……」
現実として、僕は勇者になってしまったわけだから、この年で隠居というのは周囲の理解が得られないだろう。
「ディールを頼りすぎてたのよー。これからはー、今まで守ってきた人たちを頼って―」
僕はフェリチを見て、首を横に振った。
フェリチは治癒魔法が得意な魔法使いであって、魔物を倒すことには特化していない。
何より、僕の手の届かないところで危険な目に遭ってほしくない。
「んもー。フェリちゃんだけじゃないのよー」
セレがケタケタと笑う。
「他に誰か守ってきたかと言われても」
「えー、そこ自覚ないのー? スルカスでもウィリディスでもアブシットでも、散々人々のために魔物やドラゴンを倒してきたじゃないー」
「倒したけど、自分のためというか⋯⋯仕事だから倒した、が近いかな」
助かった、命の恩人だ、ありがとう等と言われることはあっても、自分自身への礼ではなく、仕事をこなした者への評価にしか聞こえなかった。
「うーん認識ズレてるねー。まー、陛下には私から言っておくからー。ディールは一旦休憩ねー」
僕は「うん」とも言っていないのに、僕の冒険者業の休業が決まってしまった。
「読み終わっちゃったな」
セレに「魔物もドラゴンも倒すの禁止」と言われてから二ヶ月。僕は文官の仕事だけをこなして過ごしていた。
魔物討伐以外にも、魔力上昇のきっかけになるかもしれないからと、武術訓練すら許されていない。
休日はほぼ一日中読書を続けて、家にある最後の本を読み切ったところだ。
「フェリチに刺繍を習いに行くか」
本は定期的に仕入れているが、次が来るのは3日後だ。
時折訪れるどうしようもなく暇な時間には、フェリチに刺繍や料理を習っている。
刺繍はコツを掴んで楽しくなってきたところだが、料理に関しては、人様に出せるものが出来た試しがない。火加減ってのはどうしてこう曖昧な表現が多いのか。
本を片付けていると、部屋の外が急に騒がしくなった。
何事かと手を止めたら、部屋の扉がノックもなしに開いた。
「ディールさん!」
入ってきたのはフェリチだ。妙に慌てている。
「どうしたの」
「それが、お城から使者の方やってきて、セレさんと口論に⋯⋯!」
急いでエントランスへ向かうと、フェリチの言った通り、王城からの使者さんとセレが揉めている。
「だーかーらー! まだそういうのはできてないのー! 危険性は伝えてるでしょー!?」
「しかし脅威はすぐそこに来ていてですね」
「あれ誰だろ」
僕とウィリディス国とのやりとりは、ナチさんが一手に担っている。城でも見かけた覚えのない使者さんが来るのは初めてだ。
「あっディールー」
「ディール様!」
セレと使者さんに見つかり、二人してこちらへ瞬時にやってきた。
「こいつおかしいよー。ディール聞いちゃ駄目だよー」
「私は国王陛下の名代だとお伝えしているでしょう!」
「二人とも落ち着いて。こんなところで立ち話もなんだから、応接室行こう」
応接室のソファーには、僕とセレとフェリチ。向かいには例の使者さんが座っている。
「単刀直入に申し上げますと、イーラドラゴンが出現しました」
「どうしてそれをディールに言いにくるかなー」
セレはルルムが持ってきた紅茶のカップを両手で掴み、文句を言いながら啜っている。
「他に倒せる方がいますか? イーラドラゴンは人里近くにいるのですよ!」
「いるでしょー、ドルフとかー、リオとかー」
ドルフはグーラドラゴンを倒した英雄だし、リオは僕の訓練に付き合ううちにかなり強くなった。
二人がかりなら、ドラゴン相手でも余裕だろう。
「そのお二人では魔溶液が必要でしょう。ディール様ならば迅速に――」
「だめだって言ってるでしょー! あなた本当に陛下の使いなのー?」
セレは今にも犬みたいな唸り声を上げそうなほど機嫌が悪い。
僕も困惑している。
陛下は、セレの推察を真っ先に肯定してくださった。その上で、僕はもう魔物やドラゴンを倒さなくても良いと仰っていたのだ。
あの陛下が約束を違えるはずがない。
「本当に陛下のご命令ですか?」
「勿論です! さあ今すぐ――」
「確認してからです」
「そんな猶予はありません!」
こういう、僕の意見を聞こうとしない人、久しぶりだなぁ。
スルカスの人間じゃなさそうだし、どの筋から僕を目の敵にしているのだろう。
少し考えている間に、人が複数人、屋敷の中を走っている音が近づいてきた。
「ディール殿! 偽の使者が現れたとお聞きしましたっ」
息を切らせてやってきたのはナチさんだ。
僕の目の前にいる自称使者は、みるみる青ざめた。
「この度はご迷惑をおかけしました」
「頭を上げてください、ナチさんのせいじゃありませんし、被害もなかったですから」
偽の使者は、僕自身に直接恨みのある人ではなかった。ちなみに偽の使者は、ナチさんと一緒にやってきた城の兵士さんに連行されて、今頃牢の中にいる。王命を騙ったので、相応の罰が下るはずだ。
イーラドラゴンが人里近くに現れたのは本当で、偽の使者はその人里の人だった。
イーラドラゴンはまだ人を襲っていないが、恐ろしさのあまり使者を装ってまで僕のところへ来た、ということだ。
「人里って何処ですか?」
「ここから徒歩で3日ほどの所です」
「近いですね。セレ、どう思う?」
僕の右眼は、近くで魔物が倒されただけで、その魔力を吸収してしまう。
徒歩で3日の距離は、かなりギリギリだが範囲内だ。
「実はー、ディールが魔物倒してもー、平気な封印帯を作ってるんだけどねー。煮詰まってるー」
セレは腕組みして僕を見上げた。
「なにせディールの魔力吸収能力が強すぎるー」
「ごめん」
「ううん、これはー、私の力不足ー」
セレは腕を組んだまま、ナチさんに向き直った。
「もし近くでドラゴン倒すならー、ディールにはアブシットにでも行ってもらいたーい」
アブシットは海向こうの大陸にある国だ。
「そんなに離れなきゃいけない?」
「範囲がわかってないからねー、できるだけ遠くがいいー」
アブシットまで片道ひと月ほどかかる。でも行ったことがあるから、転移魔法を使えばすぐだ。向こうに転移装置があるから、それを使うこともできる。
「わかりました。近日中に討伐隊が組まれると思いますので、またお知らせします」
「よろしくお願いします」
「ドラゴン、イーラドラゴンねぇ……」
買い出しから帰ってきたドルフに、一通り話をすると、ドルフは「ドラゴン⋯⋯」と呟きながら唸った。
ドルフは以前グーラドラゴンを倒した後、グーラドラゴンに取り憑かれていた。
あまり思い出したくないだろうし、二度とやられたくないだろう。
となると、ドラゴンを倒せそうなのはリオだけになる。
「俺か? ディールのようにはいかぬし、人の手を借りねばならんだろうよ」
皆の視線を浴びたリオは、いつになく自信なさそうにこう語った。
「あれえー、大国ウィリディスなのにー、意外と人材薄いなー」
セレはアテが外れたと言わんばかりに嘆いている。
「ねえセレ、やっぱり僕が行くよ」
不安がないわけじゃないが、ドラゴンはどうせあと一匹。早く倒してしまったほうがいい。
「うー。ディールが七匹のドラゴンを全部倒すっていうのがー、なーんか心配なのよー」
「私もセレさんと同じ考えです」
と、フェリチが同意した。
「まあまあ、ここであーだこーだ言っていても仕方ありません。そろそろ夕食ですよ」
ルルムの一言で、一旦お開きとなった。
翌日、朝イチでナチさんがやってきた。
「リオ殿とドルフ殿に仕事の依頼です」
結局、イーラドラゴン退治はリオとドルフのところに回ってきた。
そして僕にはアブシットへ行っておけという命令が下った。
「王命なら仕方ねぇ。腹括るか」
ドルフは流石に肝が据わっている。
「ドルフと一緒ならば何とかなるだろう」
他に兵士が百人同行する。リオは彼らを指揮する役目も担う。
「留守はお任せください。セレ様はどうなさいますか?」
「ディールについてくよー。何が起きるかわからないからねー。ごめんねフェリちゃんー、二人っきりのお邪魔虫でー」
「何を仰るんですかセレさん。心強いです」
ルルムは留守番で、フェリチとセレは僕と一緒にアブシットへ。二人とも、僕に何かあった時のための対処役と連絡役をしてくれる。
「リオ、ドルフ、気をつけて」
僕は出発日ギリギリまで、二人にドラゴンと戦う上での攻略方法や注意点を伝えた。
そして、リオとドルフが出発する日が来た。
僕とフェリチとセレは、二人を見送ったあと、転移装置でアブシットへ到着した。
王城へ向かっても良かったが、今回、アブシットはこちらが一方的に巻き込んだだけなので、遠慮して町の宿屋で待機することにした。
「また観光したいけどー、ディールがどうなるかわからない以上ー、呑気なことはしてられないねー。ごめんねー、ディール」
「僕こそごめん」
「ディールは気にしないでいいのよー」
と、セレは言うが、フェリチにも悪いことをした自覚がある。
ドラゴンの件が片付いたら、埋め合わせをしよう。
「ディールさん、今日はどう過ごしますか?」
「リオたちがドラゴン倒すまでまだ時間あるだろうから、町を散歩しようか」
「はい」
「私はここで待ってるー」
「セレ行かないの?」
「野暮なことはしないーって言いたいけどー、例の眼帯がまだ研究中だからねー。ちょっとでも進めたいのー。二人で行っておいでー」
セレは既に眼鏡と白衣を装備した、研究者モードに入ってしまっている。
こうなると、研究に区切りがつくまで机から離れないのがセレだ。
「行ってくる」「行ってきます」
セレは個室から手をひらひらと振ってみせた。
町を適当に歩いていて、ふとフェリチを見ると、なんだか嬉しそうに微笑んでいる。
「楽しい?」
「ふえっ? はい、すみません、こんな時なのに」
フェリチは申し訳なさそうに眉を下げてしまった。余計なことを言ったかな。
「楽しいならよかったよ。セレにも何かお土産を買っていこう。フェリチ選んでくれる?」
「はいっ」
3日ほど、僕とフェリチは町を散歩して、美味しい喫茶店を見つけたり、大きな本屋に入り浸ったりして過ごした。
セレは食事の時以外放っておかれるのが丁度いいらしい。但し、研究の方はあまり捗っていない様子だ。
僕は時折、セレからあれこれと検査を受けた。
そしてアブシットに来て4日目。
リオとドルフたちは、予定通りドラゴンとの戦闘に入った、という連絡が来た。
僕たちは朝から宿で、討伐完了の知らせを待った。
待った……が、夕刻になっても、知らせが来ない。
「ドラゴン倒すのって、時間がかかるのですね」
「そりゃそーよー。ディールが異常なのよー」
「異常て」
気を紛らわせるための会話も、歯切れが悪く、続かない。
やきもきしているところへ、ようやく連絡が来た。
転移装置でウィリディスからアブシットへやってきた兵士さんは、かなり慌てていた。
「伝令! リオ殿、ドルフ殿、両名生死不明! ドラゴンは生存! 繰り返します! ……」
「生死不明!? ほ、ほかの兵士さんたちはっ!?」
セレから間延びした語尾が消え、僕はようやく事態を飲み込んだ。




