侵略の始まり
月日が流れ、季節は冬を迎えようとしていた。
バジリスクが討伐された報道の後、学校はすぐに終業式が執り行われた。
即売会が延期になったこともあり、〈チップ〉ことメダルのノルマの値が下げられた。……のだが、俺の所持しているメダルは百枚ほど及ばなかった。(“ドローン部”と“化学部”に報酬を支払ったのが大きな要因だ)
通常ではその時点でアウトとなるのだが、俺の場合は違っていた。
何と部屋の中、俺のベッドの下に〈チップ〉が入った袋が置かれていたのである。
それは一千五百枚。中には何やら奇妙な文字が書いた紙があり、霧島先輩に解読してもらうと、
【防衛隊の報酬と購入代金だ。納めておけ】
アニエスの置き土産であった。
購入代金とは何のことか分からなかったが、これのおかげで俺と正佳は冬休みも余裕をもって迎えることができたのだ。
一方、俺と正佳の関係は付かず離れずの距離のままだった。
誰かに『付き合っているのか?』と訊ねられると、煮え切らない返事をするしか出来ない。
唇を合わせたのは一度だけ。それ以外は普段通りの関係である。そもそも『密接な関係』が恋人であるなら、二人は十年以上その関係を続けていることとなる。
特に何かを意識してすることが少ないないのだ。
とは言え、正佳には微妙に変化が訪れていた。
霧島先輩から影響を受けているのか、アドバイスを受けているのか定かではないが、まず服装が微妙に垢抜けてきていた。“先輩チック”と言うべきか、ショーパンに英字プリントのシャツなどをよく着る。
またスキンケアなどにも力を入れており、荒れ気味だった肌は褐色の艶のあるものになっている。同時に唇もであり、瑞々しい色めかしさをたたえていた。
となれば、俺は唾を飲む込むことになる。加えて霧島先輩が『デートの時、エロい下着を着けてるかもしれないぞ〜?』などと、悪戯な言葉を投げてくるものだから尚更であった。
そして、この日は特に意識せざるを得ない状況だ――。
「……」
「……」
部屋の中。時刻は二十二時を指していた。
沈黙が息苦しく、酸素を求めて胸が忙しく上下する。今日この日は十二月二十四日――クリスマスイブである。家にいるのは俺たちだけ。母は出かけている。……つまりはそう言う状況なのだ。
ベッドサイドに座る正佳は、顔を真っ赤にして俯いたまま微動だにしない。薄いピンク色のパジャマ姿で、髪や身体からいい香りがしている。
どちらももう大人。聖夜に男の家に泊まることの意味は当然知っている。俺も正佳も――。
「ま、正佳……」
「ひゃい!?」
正佳は跳び上がった。普通ならここで和やかに笑っているだろうが、今回は緊張を高めただけである。またしばらくの沈黙が落ちた。
やはりここは、男の俺が一歩前に踏み出さねばならないだろう。腰を僅かに浮かせて近づくと、正佳はより身を縮ませた。驚いたことに、厚手のスウェットにも拘わらず、俺の右腕には彼女の熱気が感じられていた。
「その、あともう一年くらいで卒業になるけどさ」
「う、うん……」
「正佳は進路とか、考えているか?」
「え? うーん……あたしはまだ決まってないなあ。大学なんて無理だし、どっか工場とか働けるところで働くかも。祐護は決まってるのか?」
「今のところ二つある」
正佳は「へええ」と感心した。俺はそんな彼女の顔を覗き込み、
「第一候補は漁師になることだ」
「え?」一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにそれを察したのか「えぇぇ!?」と、大きく仰け反った。
俺は言ってしまった勢いで、彼女の両肩を掴んでそのままベッドの上に倒した。
「わ!?」驚く正佳の上に覆い被さるようになると、あわわと狼狽え始めた。
「ま、まま、前にも言ったけど、漁師は大変だからその、危険だから、えっと……っ、えっと……」
諦めさせようと言葉を並べるも、なかなか纏まらないようだ。
「まぁいきなり『今日から働きます』なんて言えないけど……意味は分かるだろ?」
「う……」正佳は身体を強張らせ、じっと俺の顔を見つめた。「そのつもりで、いいんだな……?」
「今更、見知らぬ人となんて無理だよ」
「そ、そうか……!」
そう言うと、どちらからともなく顔を近づけていった。
正佳は首に腕を回し、二度目のキスをする。
「学生結婚、ってのもいいな」
正佳はうっとりとした表情で言う。「父ちゃん、号泣するだろうなー」
「はは! 沖でマーマンと一緒に酒盛りしそうだ」
「あー、やりそう。何だかんだで共存してるし」
「モンスターも悪いやつばかりじゃないな」
「うん。それにモンスターのおかげで、あたしたちも――」
再び口づけを交わす。
今度は長く、正佳は「ちょっと寒くなってきた……」と言うと、布団の中に潜り込んだ。
明かりを落とし、正佳のパジャマのボタンを外してゆく。
恥ずかしそうにするだけで抵抗しない。俺はそっとそこに手を添えたその時、
『――おい』
布団の上。背中の辺りを加減なく蹴られてしまう。
俺は気のせいだろうと思い、正佳の柔らかさを手に感じた。するとその直後――
「おぐっ!?」
ドムッと鈍い衝撃が背中を貫いた。
「ゆ、祐護!?」
ちょうど肩甲骨の間である。俺と正佳はさっと飛び起き、そこに目をやると、
「あ、ああ……!」「アニー!?」
広いつばの帽子を被った女・アニエスがそこに立っていたのである。
〈お嬢。タイミングが最悪すぎます……〉
薄ぐら闇の中に、骸骨顔の幽霊・ファントムが浮かぶ。どこか困り顔だ。
〈もう少し空気をお読みになってください〉
「他人のまぐわいを終わるまで見ていろと言うのか。野暮にもほどがあろう」
では、お前が今やったことは何なのだ。
「あ、アニー、な、なんでまた?」
「新たな仕事だ」
なに? と聞き返すと、アニエスは慣れた様子で部屋の明かりをつけた。
眩しい白い光が俺と正佳を照らし、明るいピンク色のブラを浮かび上がらせた。慌ててパジャマの前を合わせて身をよじる。
「ここの魔物はまだすべて処理しておらぬ。あのクソザルは街の外でも解き放ったと言うのだから尚更な。サンドラやお前たちだけでは間に合わんだろうと考え、私と兄上をこの防衛所に配属することになったのだ」
「この防衛、所……?」
「モリヤ邸を我々の活動・生活拠点にする」
「何だと!?」「ええ!?」
俺と正佳は共に喫驚の声をあげた。
それをよそに、アニエスは「もう一人増やそうかと考えているが」と続ける。
「それにその費用は既に払っているはずであるぞ」
「ま、まさかあの金って……!」
アニエスはふふんと鼻を鳴らした。
「ユウゴはマサカの家に入るのだ。我々が家を使っても問題なかろう」
「大ありだ!」
「それに拒否権は恐らくないぞ。兄上が『あいあむ ゆあ ふぁーざー』になるから」
「な、なんだと……」
いやガチであり得る話だ。
俺が親元を離れると同時に、母も行動を起こすかもしれない。
「は、ハメやがったなお前!」
「ハメたのは兄上だ」
馬鹿たれ。
「まぁ互いに譲り合う“ごじょうの精神”というやつだ」
「乗っ取りだろうが!?」
「どうしてもと言うなら、私から同じ費用で買い戻すことだ」
こいつ、いつから計画していたんだ……。
だが、解き放たれたモンスターの数はあと何体いる? 卒業するのに必要な枚数、諸費用……軽く見積もっても二千は必要、どこかで繁殖でもしていなければ不可能な数字だ。
いや、繁殖はするに違いない。誰かが連れ帰ったのか、それとも自力で渡ったのか、遠く離れた北の大地でも発見されているのだ。やがて世界に広まるのも時間の問題になるだろう。
霧島先輩は完全に他人事どころか、対モンスターの警備会社を設立するため、大学に進学としているのだ。向こうの人たち、ホントしたたか。
「な、何年かかるんだよ……」
目眩がしそうになった時、そっと正佳が手を重ねてきた。「祐護」
「あたしも手伝うから、やろうぜ!」
「ま、正佳……」
「そ、その内助の功ってのから何から、ぱ、パートナーとしてもさ!」
正佳は照れながらニカッと笑みを浮かべ、親指を立てた。
俺の将来は漁師ではなく、この世界を乗っ取りに来た連中に立ち向かう、防衛隊なのかもしれない――。
※【異世界の住人に家がNTR(乗っ取られ)そうです。※世界もヤバい】はこれにて完結です。
36話と少し短いですが、この1ヶ月お付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m




