4.いざ討伐!
時刻は十一時を少し回った。
俺は相談室の中で、霧島先輩から借りたノートパソコンの画面を覗いている。……とは言え、別にインターネットをしているわけではない。
「準備が整ったかな」
画面には1-Aの教室、アニエスの顔のドアップ、もう一つは階段の映像が映っている。新たに開発された〈ゴールデンゴーレム〉に搭載されたカメラの映像だ。
『おい、これは本当に映っているのか?』
アニエスの顔が離れ、その場所の全容が映る。そこは俺の教室の隣・2-Bの中である。彼女が振り向いた先には、机の上に座る霧島先輩の姿があった。
『映ってるよ。オモチャじゃねーんだから、いい加減離れろよ』
『ふうむ。これ便利なので欲しい』
『誰がやるか!』
『むぅ、ユウゴの母君を監視するのに使えるかと思ったのだが……。最近、何やら腹を撫で――』
俺はその画面の音声を切った。聞きとうない。まだ聞きとうない。
気を取り直して、1-Aの画面を少し大きくした、そこには俺が手配した“ドローン部”の部員と、“化学部”の杉崎くんがいる。
「“ドローン部”の方。準備はよろしいでしょうか?」
『バッチリだ!』
「分かりました。ではそろそろ始めたいと思うので、スタンバイしてください」
画面から『OK!』との返事を確認すると、次は階段の画面を大きくした。
「ファントム。準備はいいか?」
《いつでもいけます》
そう言って画面に、スクール水着姿の人体模型が入ってきた。白いファントムマスクまで装備する、彼なりの“正装”である。しかも今回は、両手に古めかしいニワトリの目覚まし時計を抱えている。
「その格好、趣味でやってるんじゃないだろうな……? これがイメージビデオの撮影だったら、購入者に病院のパンフを渡すレベルだぞ」
《いいえ。あくまで人間に見せるためです》
お前が想定する人間像は何なんだ、と心の中で突っ込んだ。
「それとその目覚まし、正佳が今でも使ってるやつだから壊すなよ?」
《承知しております。ですがこれは、ユウゴ様に贈られたものゆえに使っているのであり、壊れても再び贈れば問題はないかと》
「そーいう問題じゃないんだよ」
俺は思わず苦笑し、正佳の方を振り向いた。石の表情にも苦笑を浮かべているようにも見える。
「じゃあ頼むぞ」
《了解です》
言うと、ファントムはジコジコと時計を回し始める。幾度か回し、目覚まし時計からカチッと音を立てた。
『コケコッコー!』
けたたましいニワトリの鳴き声が響き渡った。
ファントムは鳴き続ける目覚ましを胸の前で抱え、階段を駆け上がり始めた。中継するゴーレムはそれを追う。
階段を上がってすぐ右に折れると、かつて騒動のあったホールの扉が現れる。ファントムは扉に手をかけると、さっと中に飛び込んだ。
映像は入り口を映し続ける。
静止画像のように見えるが、ホールから聞こえる破壊音はライブ映像であると証明していた。
「よし、ドローンをお願いします!」
『あいあい!』
ドローン部はコントローラーを握り、正面に置いてあった四枚羽のドローンを飛ばす。
一方、ファントムの画面では今まさに、ホールの扉をぶち破る巨大なトカゲの姿を映していた。
「で、デカいなおい……」
三メートルは超えていて、まるでイグアナが恐竜化したようであった。
よくこんなのに挑もうとした。無鉄砲にもほどがあるだろうと、バットを構える正佳を目で咎めた。
「昔から向こう見ずだからな……」
正佳の頭を撫でてやる。意外にも石の表面は滑らかだった。
その背後から『ゲアァァァァ――ッ!?』と、甲高い嘶きがしている。いや相談室の外から聞こえているのか? ちょうど上の階を走っているのか、天井が鈍く響いている。
『守屋くん。スタンバイOKだ』
「了解。間もなくモンスターがそちらに向かう」
“ドローン部”からの報告を受け、俺はアニエスと霧島先輩がいる教室に切り替えた。
「アニエス、霧島先輩。間もなくバジリスクが行きます」
『言わずとも分かっておるわ』
『気配ぐらい感知できんだよ。これが日常の住人をナメんな』
「す、すみません……」
アニエスは剣を抜き構え、霧島先輩はいつの間にか頬に戦化粧をして、腕にはぶ厚い籠手をはめている。
そちらの画面も小さく画面が揺れ、トカゲの鳴き声を拾う。やがて正面の窓ガラスに巨大な影が横切り――すぐ隣の教室の扉をぶち破る音がした。そこは、俺の教室・2-Cである。
『よし! 催涙スプレー照射ーッ!』
“ドローン部”の画面から、杉崎くんの勇ましい声がした。映像がないので分からないが、『ふははははっ、どうだ唐辛子とイタチ臭成分入りのスプレーはっ! 目を開けていられないだろうっ!』と、とてもノリノリになっているので上手くいっているのだろう。
――ここまでが俺が考案した作戦。
物体である人形は石化しない。それを利用し、ファントムに雄鶏の鳴き声の目覚ましを持たせ、バジリスクを追い立てる。
各所にはイタチの臭いが染みついたタオルや毛布、そしてニワトリのゲージを置いてある。夢に出そうな気持ち悪い格好と走りで追い続けられたバジリスクは、誘導先・催涙ガスを搭載したドローンが待ち構える2-Cの教室へ。そしてそこを“本職”が叩く――。
異なる世界からやって来た二人が、教室の中に飛び込んでいった。
映像はやや遅れて映し出された。
バジリスクの目は真っ赤に染まっている。カメラ越しで見ても石になりそうな、恐ろしい目だった。瞼が半分ほど落ち、三白眼のようになっているのは“化学部”の催涙スプレーによるものだろう。
目に見えて弱っているからか、最初に突っ込んだ剣を握る女を睨んでも、石化しなかった。
『ぬうん――ッ!』
アニエスは一足飛びで、下段に構えた剣を振り上げる。
巨体を沈めて待ち構えていたバジリスクは、カメラが捉えきれない刃をギリギリまで引きつけ、横にステップして躱す。そしてすぐに旋回し、丸太のように太い尾をしならせる。重い風切り音がした。
アニエスはバック転で軽々と避けた。そして戻って来た頭に向かって剣を振り、鼻先を僅かに撫でた。
掠めた程度だ。バジリスクは平然としていたが、正面の剣士に気を取られ、その右脇に突っ込んでくる者に気付いていなかった。
『うらァッ!』
アッパー気味に左腕を振り上げ、緑色の長い右脇腹を殴りつけた。
その拳は早く、鈍く短い音がパソコンから流れる。トカゲの腹が波打ち、『ゲァッ!?』と短い呻きをあげ唾液を飛び散らせる。
間髪入れず先輩は右足で蹴りあげた。ドムッと深い音がした。
バジリスクは嫌がる素振りを見せたものの、即座に身体を揺するような体当たりを返し、先輩を転ばせる。続けて尾撃で払い打ちをしようとするが、先輩はひらりとこれを躱した。
映像の裏から『ああ見えて清純な白……!』と、驚きと歓喜が混じった声がした。そう言えばドローンが浮かんだままだ。次なるチラりを狙ってか、先輩の後ろへと移動する――すると、バジリスクの目がそれを追って動いた。
『隙あり!』
一閃。アニエスの剣がバジリスクの左前脚を撫でた。
そして振り抜いた剣を今度は戻し、脹脛を斬る――まるでテーブルの脚が折れたみたいに、バジリスクの身体はがくんと傾いた。
霧島先輩はすかさず頭をわし掴みにし、眉間に向かって右膝を叩き込む。
一発、二発……五発目の膝を入れたのち、『オラァッ!』と、豪快な右回し蹴りを繰り出した。ミニにしたスカートが大きく捲れ、モニターには歓声ではなく歓喜の声が上がった。
『真っ正面から玉蹴られたい……』
『そしてその後、顔を踏にじられたい……』
“ドローン部”と“化学部”に友情が芽生えたらしく、固い握手を交わした。合言葉は『豚を見る目で』のようだ。
ドMたちはさておき、蹴り飛ばされたバジリスクは力の方向に大きくよろけ、転倒した。
ずうん、と地震のような地響きが響く。俺は慌てて正佳の像の方を向いた。
「大丈夫だな……」ソファーから落ちないかと気を揉んだものの、微動だにしていないようだ。
しかし心配になった俺は、正佳の方に足を向け、安定性を確かめるようにその両肩をしっかりと抱いていた。
思っていたよりも小さい肩だ。女の子なのだ、そう意識した瞬間、俺の胸から何かが湧き上がり始め、ぐっと唾を飲み込んだ。
正佳の唇から目が離せない。どうかしていると思ったが、抗えない俺の顔が迫っていってしまう。
あと三センチほど。その時、背後のモニターから爬虫類の断末魔がし、それと同時に俺はハッと正気に戻った。
「……お、俺は何を考えているんだ!?」
さっと顔を離し、モニターに向き直った。アニエスの剣がバジリスクの喉を裂いた直後だった。
ほっと安堵の息を吐いた瞬間、ソファーから引きつけを起こしたような呼吸の音がした。




