3.立案
――この畑は、祐護の大事なものだ!
正佳はそう言って、作物を貪るバジリスクにバットを振り上げた。その瞬間、彼女は石にされた。
石像に憑依したファントムは一部始終を告げた。
相談室の中は沈黙に覆われている。正佳の石像はソファーの上で横たわり、じっと天井を睨んたまま。駆けつけたアニエスと霧島先輩に担がれ、ここまで運んでもらったのだ。
「美しくとも愚かな愛よ……」
緑のハットを俯かせながら、アニエスは言った。
「馬鹿そのものだよ」と霧島先輩。「だけど、羨ましい馬鹿だよ」
「我々にはなれんな」
「だから私を含めんな」
互いに口元を緩ませ、ソファーの上に横たわる正佳の石像に目を向けた。
正佳以外にも何人か石にされていると言う。そこには教員も含まれているようだ。
「正佳は……」
その先は言えなかったが、アニエスはそれを察し、
「まだ死んでおらぬ」と答えた。
「まだ? と言うことは……!」
「うむ。上手く表現できないのだが、強火でぶ厚い肉を焼いているようなものだ。肉体が石になっても、命はまだ蝕まれていない――今のマサカは、表面を焙っただけのブルーレアの状態だ」
俺はほっと安堵の息を吐いた。
「じゃあ、正佳は元に戻るのか?」
この問いを待っていたのか、アニエスは「本題に入ろう」と、ポーチから一株の枝豆を取り出した。正佳を運ぶ際、俺の菜園から採ってきたものだった。
「サンドラ。この豆について何か思わんか?」
「んん?」先輩は片眉を上げ、それをじっと観察した。「別に、普通の枝豆だろ?」
半分が食いちぎられ、ひと握りの実だけ垂れている。それ以外は、俺の目にも普通の枝豆にしか見えなかった。
「そうだ」頷いて一鞘をちぎる。「普通の、茹でてビールと一緒に食うと最高に美味い枝豆だ」
茹でれば食える、と言葉を続ける。
「バジリスクが通った後だと言うのに」
「は?」霧島先輩はアニエスから受け取ると、まじまじと観察し始めた。「な、何で毒に侵されてないんだ?」
アニエスが言わんとしていることに、俺も気づいた。
確かバジリスクには、触れただけでも死に至らしめる毒を持っている。……なのに、それに触れたはずの枝豆は何ともなっていないのだ。
「〈チップ〉にバジリスクを封じていたことも変だと思わんか? 奴は本来、石化を解いたり解毒薬を作るため、始末するのが原則のはずだ」
先輩は「そうだったな」と顎に手をやり、首を捻った。
「討伐の時、少なからず毒にやられる奴がいるはずだし」
「私と兄上は疑問を抱いた。伝えられる情報のどこにも、“毒”の単語がない――となれば、〈チップ〉に封じる前、奴の左肩首にある毒袋を切られていることが考えられる。私の記憶の中で、そんなまどろっこしい方法をとる討伐隊は一つ、パメラの隊しかない」
「パメラ……って、ヤドゥの出の“しみったれ”パメラか?」
「そうだ。大型の魔物を封じた〈チップ〉を、よからぬ企みを持つ連中に横流ししているとの疑惑が持たれている。秘密裏に調査していたのだが、〈殴り猿〉から得た情報とこの一件が繋がった」
「よからぬ企み……って、何か掴んでんのか?」
「アルベリック伯をよく思わぬ者がいる。彼が管轄する領に、魔物をバラ撒く目的があったとな。そのために〈喚び出しの杖〉が必要になったのだ」
アニエスに移譲される時を狙ったのだろう。
盗みに長けた〈殴り猿〉で杖を奪い、横流しで得た〈チップ〉を街にばら撒く。その騒動の責任を伯爵に負わせ失脚・引責を目論んだとのこと。だが――
「それが未遂に終わった。私のファインプレーで」
「都合良くそうなっただけだろうが! ……ってか、何でパメラが封じた〈チップ〉がここにあんだよ? 私が持って来たのは、六年前にお前から頂戴したのが殆どだぞ?」
「い、いやぁ、それがその……あの時、少し足りぬので、その、あやつらの隊からこそっと……」
「お前、本当にクズだな……」
これには同意せざるを得ない。
それはさておき、アニエスは咳払いをし、強引に話題を切った。
「今話すべきは、バジリスクを倒してマサカの石化を解くことだ」
俺は小さく身じろぎをし、居住まいを正す。ようやく本題に入るようだ。
「バジリスクはこの学び舎から出られまい」
「あちこちに雄鶏やイタチがいるからな」
と先輩。
「それらを並べ替え、抱え、どこかの部屋に誘導して追い込む」
「……ってことは、真っ向から行くのか?」
「うむ。私とサンドラの二人で突入し、どちらかが奴にイタチをぶつけ、怯んだ隙に首をハネる。無策であるが確実な方法であろう」
やれやれ、と先輩は首の裏を揉んだ。
「まっ、責任の一端は私にもあるし、しょうがねーか」
「もう一つ、早急に雄鶏の配置と手配を頼みたい」
霧島先輩は頷き、スマホで『ニワトリを――』と指示を出し始めた。
二人の顔は真剣そのもの。片や俺は、男のくせに成功を祈るしかできないでいる。
俺は石になった正佳の顔を眺めた。
思えば彼女はずっと一緒だった。そのせいで気付こうとしなかったけれど、ようやく真っ正面から向き合うことが出来る気がした。
正佳を助けたい。
しかし、俺がゆけば必ず足を引っ張るだろう。だからアニエスも最初から俺を数に含めなかった。情けないがこれが彼女の領域、学生の部活動とは次元が違うのだ。
「ん?」
真っ白な頭の中に、一本の線が描かれた気がした。
それは次の線を生み、また次の線を……次々と現れるそれはやがて、一つの形を作り出してゆく。
俺は正面にいる二人の方を向いた。アニエスは剣に手をやりながら瞑想し、先輩はスマホを片手に手配を行っている最中だった。
素人考えだ。プロの世界に口出しするのは烏滸がましい、と思ったものの、
「あのさ、俺に考えがあるんだけど――」
頭で考えるより先に、俺の手が挙がっていた。




