『勇者辞めたい、だけどバグNPCが永久固定(ストーカー)されてて辞められません』
全12話完結
第1話:「募集職種:勇者(※アットホームな職場です)」
▲ 現代・深夜のオフィス(薄暗い中、パソコンの明かりだけが灯っている)
カタカタカタ……と激しくキーボードを叩く音。
ボサボサ頭にひどいクマを刻んだ男、伊間 八女太(いま やめた・25歳)が死んだ魚の目で画面を見つめている。
画面には「システム重大バグ発生。緊急対応中」の文字。
八女太(心の声):
「何が『やりがいのあるアットホームな職場』だ。また他部署のポンコツがやらかした仕様漏れの尻拭いか。……だが、俺のシステムエンジニアとしての意地を見せてやる。このバグ、こうして、こう力技で迂回処理すれば――よし、定修完了(コンパイル成功)!」
画面に「復旧完了」の文字が踊る。
やり遂げた表情でフッと微笑み、そのまま机に突っ伏す八女太。意識が遠ざかっていく。
世界・神聖な神殿(まばゆい光が満ちている)
大理石の床の上で、八女太がパッと目を覚ます。自分の体を見回す。
八女太:
「……あれ? 俺、生きてる? 確か会社でシステムを直して……」
?:
「お目覚めですね、迷える魂よ」
目の前に、宙に浮いた絶世の美女――女神が微笑んでいる。
女神:
「あなたは過労で命を落としました。しかし世界の危機を救うため、あなたに異世界への転生権を授けましょう! さあ、この世界は役職(仕事)がないと宿屋にも泊まれない仕様です。目の前のステータス画面から、好きな職業を選んでください!」
八女太の目の前に、青く光る半透明の画面が現れる。
八女太:
「おいおい異世界でも就活かよ。だが、俺はもう残業地獄はゴメンだ。今度こそ『農民』か『商人』を選んで定時退社スローライフを――って、おい。これ、プログラムの組み方がクソすぎるだろ」
画面の職業選択欄、勇者以外のすべてのボタンが暗くグレーアウトしてバグっている。
【 勇者 】
【 戦士(満員) 】
【 魔法使い(満員) 】
【 商人(エラーコード:404) 】
【 農民(文字化け) 】
女神:
「あ義……いえ、神の不手際です☆ でも、もう人手不足でその枠しか残っていないので、選択の余地はありません! 魔王軍の残業、あ、いえ、討伐をよろしくお願いします!」
八女太:
「ははーん、他部署のミスを新人に押し付ける典型的なブラック企業の構図だな。……だが、俺を誰だと思ってる。前世で何百件ものデスマーチを修羅場に変えてきたチート級のSEだぞ? この程度の画面ロックのバグ、右下のヘルプ構文の裏をかいて、こうしてこうコマンドを書き換えれば……」
八女太が空中に手を伸ばし、画面の「文字化けした農民」の文字列を高速でデバッグし始める。
女神:
「えっ、ちょっと何してるんですか!? 画面を物理的にハッキングしないで――」
カチッ、と世界にエラー音が鳴り響く。
画面【 エラー:強制割り込みを検知しました 】
画面【 職業:勇者(ただし前世のSEスキルを『デバッグ・チート』として強制統合) 】
画面【 転生先ネーム:伊間柄 八女太郎 】
ヤメタロウ(八女太):
「よし、管理者権限の一部をもぎ取ったぞ! 勇者枠からは逃げられなかったが、名前の『今から辞めたろう』の通り、この世界のクソ仕様を全部デバッグして、最短期間で定時退社(現代への帰還)を勝ち取ってやる!!」
女神:
「う、嘘でしょ……神のシステムを書き換えた……!? そ、、それでは、いってらっしゃーい!
▲ 始まりの町・南の街道(のどかな草原)
粗末な初期装備で降り立つヤメタロウ。
目の前では、低級モンスター(スライム)が、金髪ツインテールの村娘――ココを追い回している。
ココ:
「いやぁぁぁ! 誰か助けてください!」
ヤメタロウ:
「よし、初仕事だな。おいスライム、お前の『行動ルーチン』と『当たり判定』はすでに前世の経験で見切った! ――そこだ!」
ヤメタロウは「ひのきの棒」を前世の正確無比なキーパンチのような鋭さで突き出す。スライムが飛び上がって攻撃してくる予測位置へ、完璧な「置きカウンター」を炸裂させた。
スライムは一撃でポリゴンとなって消滅する。
ココ:
「はわわ……助かりました。ありがとうございます、勇者様!」
うるうるした瞳でヤメタロウを見つめるココ。頭上には【 NPC:ココ 】の文字。
その瞬間、ヤメタロウの耳に不穏なシステム警告音が鳴り響く。
【 エラー:予期せぬイベントフラグが永久固定されました 】
【 仕様変更:当該NPCは以降、プレイヤーの半径2メートル以内に強制同期されます 】
ココ:
「ありがとう、勇者様!」(真顔・一歩近づく)
ヤメタロウ:
「チッ、仕様漏れの無限ループバグか! だがな、この手の『仕様です』で押し通そうとする理不尽なエラーは、前世の現場で1万回は相手にしてきたんだよ!!」
ヤメタロウは全く慌てず、自分のチート画面を展開。ココの頭上に浮かぶエラーコードの文字列に指を滑らせる。
ヤメタロウ:
「ココのストーカーフラグの『強制同期コード』を、俺の『影』の方にリダイレクト(転送)処理! ――よし、デバッグ完了!」
パシィィィン、と世界に綺麗な電子音が響く。
ココはヤメタロウの体を追い回すのをやめ、ヤメタロウの「影」の端っこを健気に踏みながらピタッと止まった。半径2メートルの制約は残っているが、ヤメタロウの自由な動きを一切邪魔しない仕様に書き換わっている。
ココ:
「ありがとう、勇者様!」(影を踏みながら嬉しそうに微笑む)
ヤメタロウ:
「よし、これでパーソナルスペースは確保した。可愛いお荷物(NPC)の面倒くらい、有能な上司としていくらでも見てやるさ。……さあ、次のバグを処理しに行くか!」




