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第85話 モンスレアナお姉さんの特別授業

会議室は妙な沈黙が流れていた。

茜乱入からの一部始終を、例のごとく皆で見ていたのだが…


戻ってきた茜は蹲って泣いていたが。

静寂を破り、口を開く。


その言葉に皆が驚いた。


「ぐすっ…ネルさん…かっこいい…ああ、今のままじゃ勝てないや」

「「「「っ!?」」」」


「わたしも、ひぐっ、同じこと…言いたかった…ぐすっ、のに…」


あふれ出す涙。

必死に拭うも、あとからあとから零れ落ち床に広がっていく。


「悔しくて…情けなくて…光喜さんに、酷い事を…ヒック…」


そんな茜をアルテミリスが優しく抱きしめた。

労るように、そして。


少し――誇らしげに。


「わたしね…ヒック…子供で…グスッ…嫌われちゃったかなあ…」


「そんなことはありませんよ。あれはあなたにしか言えない事です。もしこれで改善できないのなら、ノアーナ様はその器がないという事です。悲しいですが」


まるで親子の抱擁。

神聖な時間。

でもそれをわざと打ち破るように、黙っていたアグアニードは口を開いた。


「えーおいら全然わかんないんだけどー?みんなノアーナ様のこと好きなんでしょー?なんでみんな泣きそうなのー?」


「男は黙ってろ!ていうかあんたなんでいるのよ?出てけっ!!」


アースノートが素で怒った。

驚く皆。


「…ごめんアグ。でもこれは男の人にはわからないと思うけど、変わらないことだけど、あーしたちにとっては大事なことなんだ…席外してくださいます?」


「…わかったよ。おいら見回りに行ってくるー」


アグアニードは真剣なアースノートの物言いにおとなしく従って転移していった。


彼らしからぬ対応。

だが。


ここにいる皆は知らないが、実はアグアニードもノアーナに説教済み。

次は皆の覚悟の番。

そう彼は直感で感じていた。


アルテミリスは微笑み、大きく頷く。

アグアニードの思いやり、彼女は理解していた。


ささやくように口を開く。


「驚きました。アースノートがあんなこと言うなんて。ふふっ、成長したのはきっと全員なのでしょうね。もちろんアグアニードもです。――でも確かに殿方には理解できない事なのでしょう。…特に優しければ優しいほどに」


「…ノアーナ様は、良い男過ぎるのですわ…あーあ、ダメ男ならすぐに捨てて差しあげますのに」


アースノートは椅子の背もたれに体を投げ出して手を頭の後ろで組んだ。


「はあ。しょうがないですわね。…ここはわたくしが、長い付き合いのよしみでご享受してまいりますわ。茜、心配しなくてもよろしいですわよ。ノアーナ様は優しいお方です。わたくしたちが信愛を捧げるただお一人の方です」


「………うん…ありがとうモンスレアナさん」


「勘違いを訂正させてあげますわ。あなたの想いはエゴである――ということを」


モンスレアナの目が怪しく光る。

全員が鳥肌を立てたのは言うまでもない。



※※※※※



俺はグースワースの自室で一人ベッドに寝ころび、先ほどの事を考えていた。


皆の協力もあり、この世界は取り敢えず問題なく動いている。

俺も運命のネルを見つけることができた。


すべて順調なはずだ。



(でも……)


「…きっと俺が茜の気持ちを考えずに酷い事を言ったから悪いのだろうな」


……本当にそうだろうか?

ネルは『舐めないでください。皆さんも同じです』って言っていた。


俺はできうる限り彼女たちを大切にしてきたつもりだ。

決して下に見たり、馬鹿になどはしていないはずだ。


「わからない」


俺は視線をさまよわせる。


(でも…なんか今の感じは嫌だ…どうすれば……)



突然空間がきしみ魔力が溢れ出す。


「っ!…結界忘れてた…レアナ?」


そこにはモンスレアナが立っていた。


「ノアーナ様、突然お邪魔して申し訳ありません。お話ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわない…俺も相談したかった」


俺は起き上がりベッドに腰かけた。

モンスレアナも横に座る。


芳香のような良い香りが俺の鼻腔に届く。



「茜、泣いておりましたわよ」

「っ!?…すまない。俺が酷い事を言った」


突然彼女の雰囲気が変わった。


あれ?

――怒ってる?


「まったく殿方は。本当にどうしようもありませんわね。全くご理解されておりませんもの。茜はあなたに怒られたから泣いているのではないのです――あなたに酷い事を言って嫌われたのでは、と泣いているのですよ?」



「っ!???」


は?

俺が…茜を嫌う???


「ほら解っていない。よろしいですか?わたくしが大サービスでお教えして差し上げます。茜は不安なのです。もう対等に見てもらえないのではないのかと。彼女はあなたが保護する子供ではありません。自分で考えて行動する大人なのです」


…また――同じようなことを…


「…すまない、俺はダメだな」


俺は思わずため息を吐いてしまう。


「ネルにも同じようなことを言われた。だが理解できない」


モンスレアナは、はあーっと大きくため息をつく。

そしていきなり俺をベッドに押し倒した。


「っ!???なっ、なにを?」

「解らないようですので実践で教えて差し上げます」


抱き着き体重を俺に預けるモンスレアナ。

体を覆う、女性の匂いと感触にこんな時だというのに俺は顔に熱が集まる。


「レ、レアナ、意味が分からない?…なにを…」

「――今この横にネルさんが居たらどうします?」


「っ!?」


「気まずい?怒られる?呆れられる?…それとも自分が情けない?」


「……お、おれは…」


「ソレはあなた様の勝手な思い込み、つまりエゴですわ」


「………!?」


「貴方は私たちも含め全員愛するとおっしゃいました。ならば受け入れなくてはなりません。わたくしたちが思う嫉妬や妬みという想いを」


モンスレアナの瞳が、俺の瞳を射抜く。


「貴方がわたくしたちを大切にしたいという想いと、全員を愛するということは奇麗事だけではないのです。わたくしたちは女です。殿方とは考え方が違います」


伝わる鼓動、そして覚悟。


「本来一人を愛するだけで人々は思い悩むのです。それを複数同時にこなすのですよ?無理に決まっているではありませんか」


圧を増し、魔力を伴うそれは。


「でも、わたくしたちはそんな無理をするあなた様を心からお慕い申し上げているのです。だったらあなた様も受け入れるべきです。わたくしたちが持つ暗い想いを」


「俺は皆を傷つけたくない…」


「貴方様は何もわかっていない。それを判断するのはあなたではありません。わたくし達がそれでも良いと、自ら決めたのです。信念をもって」


心からの願いとともに、俺の真核に直接届く。


「あまりわたくしたちの想いを舐めないでいただきたいですわ」


「っ!!!!!!」


心のざわめき――それはやがて一本の戦に繋がっていく。

そうだ。


――俺は…


「そうか…覚悟が足りなかったのは…俺だったのか」


俺から離れ、改めて腰を掛けるモンセレアナ。

俺もそれに倣い、彼女と向き合う。


「根本を言いますね。あなた様は最初から酷い事をしているのですよ。そして私たちはそれを自分たちで決めて受け入れているのです。時が時なら、あなた様は寝首を掻かれても文句の言えない事をされておられるのです」


「……そう、だな」


「だからすべてを受け入れてください。愛も憎しみも嫉妬も妬みも。わたくしたちは決めた時に受け入れておりますよ。まあそのたび機嫌が悪くなったり泣いたりはしますけど」


すこし寂しさを纏い、はにかむ彼女。


「だから、愛してくれる時には精一杯目の前の女性を愛してあげてください」


――ああ、俺は…


「貴方様がネルさんをお選びするとしても、わたくしたちはもうあなた様を愛しぬくと決めてしまったのですから」



――本当に――恵まれていたんだ。



「わたくし達が悲しむさまを見てご自分が悪いと思うことはわたくしたちに対する冒涜に他なりません」



「すまない。努力しよう。悪いことを自覚しながら同時に愛を捧げるか。――難しいな」


モンスレアナは心底しょうがないといった顔をし。

改めて大きなため息をついた。


「しょうがありませんわね。男性と女性では脳の作り自体違うそうですから」


変わる雰囲気。

彼女からやり遂げた想いが伝わってくる。


ここからは――俺のターンだ。


「ははっ、レアナはいい女だな」

「あら、今頃気が付きまして?」


「…そうだな。俺は何を見ていたのだろうな…ありがとう。もう一度悩んでみるさ…助かった…愛してる」


俺はそっとモンスレアナを抱き寄せハグをする。

大好きな香り、感触。


俺は自身の心がクリアになっていくことを感じていた。


「ああ、伝言を頼む。アグにもありがとうと伝えてほしい」

「ええ、それではよい夢を。おやすみなさいませ」



優しいキスを残し――

モンスレアナは転移し帰っていった。



煌めく魔力の残滓、俺はいつまでもそれを見つめていたんだ。


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