第71話 モンスレアナお姉さんの戦闘訓練
【ファルスーノルン過去:新星歴4816年7月28日】
堪らず転移してしまったモンスレアナ。
彼女は特大のため息をつき、思わず頬杖をついていた。
せっかく思いを寄せていたノアーナと儀式という事情があるとはいえ結ばれ。
天にも昇る幸せをかみしめたばかりだというのに…
醜い嫉妬が自分の中でものすごい速さで成長していく事を実感していた。
「はああああああああああああ………」
「まあ。大きなため息ですね」
くすくす笑いながら近づいてきてアルテミリスが声をかけてきた。
「珍しいですね。あなたのその様子。…ネリファルースさんの事ですか?」
コイツも同じ気持ちだろうにと、ジト目でアルテミリスを睨む。
「あら、怖いですね…ふふっ、でもとても可愛らしいですよ?」
「っ!?……むう」
思わぬカウンターに思わず頬を染める。
そんな様子にアルテミリスは静かにほほ笑んだ。
「…ノアーナ様は、今自分の気持ちが分からなくなっているのでしょう。儀式とはいえ私たちはあのお方と体を重ねました。優しいノアーナ様はすべて受け入れる覚悟で臨んだのでしょうね。――まあ殿方ですから、それに経験も浅いので私たちの決意は伝わっていないんでしょうけど」
「………」
「そして救った女性。直感で分かっているのでしょうね。――運命の方だと」
「っ!?…」
思わず立ち上がるモンスレアナ。
そしてアルテミリスを見てぎょっとしてしまう。
アルテミリスが涙を流していたからだ。
「えっ?…アルテ…」
アルテミリスは涙を流しながらも無理やり笑顔を作りモンスレアナを見つめた。
「私だって女ですから…悔しいし怖いのです。あの方がいなくなるのではないかと。でも茜の前ではこんな顔見せられませんし。わたしはあの子のお母さんです。そして皆のおかんですよ」
「アルテミリス…」
「でも…今だけは…姉のような貴女に…甘えても…ぐすっ…ひっ…うああ……うあああああああああ…」
突如決壊するアルテミリスの心。
モンスレアナは優しく抱きしめた。
幼子のように泣きじゃくるアルテミリスの輝く銀髪をなでながら。
そして…心底恐ろしいと思った。
『想い』の力。
ノアーナがいつも言っている。
『強い想いはすべてを覆す力だ、だから俺は――俺の悪意が恐ろしくてたまらないんだ』
※※※※※
そして決意する。
もっと強くなろうと。
力を封印したままではきっと太刀打ちできないのだと。
腕の中で震えて泣いているアルテミリスが泣きつくすまで…
※※※※※
――ガルンシア島・風雷の荒野――
「久しいの風神よ。いまは風の神か…存在値がエラく低いが…なんじゃ我を舐めておるのか?」
モンスレアナは大昔の喧嘩友達を訪れていた。
ノアーナに神へと創造される前。
やることがなく不貞腐れていた時にちょっかいをかけていて、いつも返り討ちにされていた風の大精霊龍セリレ・リレリアルノに会いに。
風の大精霊龍セリレ・リレリアルノはかつての世界での最強の一角だ。
存在値は40,000を超え、今のノアーナよりも強い。
まあ、ノアーナは。
様々な奥の手もあるし、恐ろしいほどの経験できっと問題なく勝てるのだろうけど。
今の10,000前後のモンスレアナでは全く太刀打ちできない実力者だ。
むしろなぜ彼女を神にしなかったかノアーナに聞いてみたことがあった。
※※※※※
――およそ5,000年前・ファルスーノルンーー
「ノアーナ様?なぜセリレを神に召さなかったのですか?悔しいですけど、彼女の方がわたくしよりも数倍は強いのですが」
「そんなこと決まっている」
ふんすと鼻で息を吐き、さも当然というようにノアーナは頷いた。
そんな様子に、思い当らないモンスレアナは目をパチクリさせる。
「そうなのですか?」
「レアナを気に入ったからに決まっているだろ?恥ずかしいんだから言わせんな」
手の届かない絶対者。
でも。
モンスレアナはあの時――
認められたこと、そして。
気に入っていると顔を赤らめるノアーナに。
恋していた。
それを思いだす――
懐かしい一幕に思わず笑みがこぼしながら。
※※※※※
「なんじゃ?我を笑いに来たのか?忌々しい魔王に『暮らすならこの島から出るな』と、ちっぽけなガルンシア島に閉じ込められた我を笑いに?!」
大精霊龍セリレ・リレリアルノの魔力が噴き出す。
濃密な輝く藍色の魔力は、触れただけで存在を消されそうだ。
漆黒の魔力を授かったことで開眼した神眼を発動させ、セリレを見つめた。
◆◆
セリレ・リレリアルノ
【種族】大精霊
【性別】性別不明
【年齢】88,037歳
【職業】精霊龍・大気を統べるもの
【保有色】(藍色・金)
【存在値】41,886/80,000
◆◆
「ふう。…まったく。たいした強さですわね。――敵う気がしませんもの」
「っ!…覗きおったな?」
大精霊龍セリレ・リレリアルノの目に殺気が宿る。
彼女たちは上位存在。
神をも上回る者。
勝手に覗かれる――それは侮辱と同義。
怒り、そして震える大気。
モンスレアナはその様子に不敵な笑みを浮かべた。
「問答は無用ですわ。お願いいたします。わたくしに稽古をつけてくださいません事?…もちろん手加減はいりませんわ――覚醒!!」
モンスレアナに膨大な緑色と漆黒の魔力がまとわりつく。
すかさずセリレが全てを貫く抜き手を、数十回連続で突き刺してきた。
一撃でも受けようものなら存在を消されるほどの攻撃。
組手の要領でさばいていくモンスレアナ。
「っ…しっ!…ふっ……くっ!?…」
一撃一撃に、魔力を伴う暴風が巻き起こる。
すべてを切り裂く風の刃、モンスレアナの体を引き裂き血しぶきが舞う。
「ふん、そんなものか?…なあっ!?」
見下すセリレ。
呼吸が乱れる。
一瞬のスキ。
セリレの体めがけ、モンスレアナは渾身の蹴りを放った。
ドゴッッ!!!
「ぐぬっ…甘いわっ!!む?」
完璧なガード。
むしろケリを放ったモンスレアナの膝が、真空により切り裂かれ血が舞う。
だが。
お構いなしと、さらに力を籠め――
けりぬいた。
「はああああああ―――――!!!」
ガギイイ――ン―――!!
「っ!ぬっ…くああ…」
体ごと薙ぎ払われ、セリレは目を見開く。
モンスレアナらしからぬ泥臭い戦術――一瞬の戸惑いがさらなる追撃を許す。
魔力を乗せた右手を水平に薙ぎ払い――
左手の拳を握りしめ渾身のストレートを放つ。
「くぬっ!!」
薙ぎ払いに体勢を崩され、がら空きの顔。
捉えたかに見えた拳を、咄嗟にクロスでガードするセリレ。
さらなる驚愕。
モンスレアナはかまわず魔力を乗せて押し切ってきた。
「はあああああああああっ!!」
「っ!!?」
ズガ――――ン――…
何かが破裂する様なけたたましい衝撃音。
土埃があたりを包み、視界を奪う。
膨大な魔力が一帯を支配していく。
感知を最大に働かせ、モンスレアナは術式を編んだ。
『崩陣の彼方・モラーライの鋭き礫・極光の矢じり・あまねく慈愛の衣・久遠より来る・声聞のいと深き白金の障壁…『絶無封鎖』!!!』
「轟雷!!」
極光の轟雷――
深い緑を湛える結界――
ほぼ同時に顕現した二つは――
反発しまさに極大の破壊を振りまき。
見渡す地平。
ことごとく蹂躙。
凄まじい破壊痕を残し黒煙が沸き上がる。
そして――
「ふん…なんじゃ、腑抜けておると思ったが…案外楽しめそうじゃな。良かろう。揉んでやるわ……覚悟するがよいぞ」
セリレが空からゆっくりと地上に降りてきた。
同時に――吹き飛ばされた土砂や木の破片が大地を叩く。
消えゆく黒煙。
そこには――
強い光を瞳にたたえた、ズタズタになったモンセレアナ。
血まみれで獣のようなギラついた視線を真直ぐにセリレに向け、魔力を迸ばせながら立っていた。
※※※※※
そして修業は何日も続く。
モンスレアナが望む力を取り戻すまで。
(…絶対に――強く!!…そして――あなた様の隣に!)
その思いを胸に抱きながら。




