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BAKU  作者: 不覚たん
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銀河鉄道の夢を見た(一)

 俺がA子と出会ったのも、夢の中だった。


 *


 気づいた時には、ガタンゴトンと規則的な線路の音が響いていた。

 薄暗い照明。

 古いタイプのボックス席。

 俺は列車の先頭車両にいた。


 あまりに居心地がよかったから、最初、現実世界で眠りこけていたのかと思った。だがパワーストーンのブレスレットを見て、夢であることを認識した。俺は現実ではこんなものをつけない。


 窓の外には星々が散りばめられていた。

 ほかに景色が見えなかったから、それが銀河鉄道だということが分かった。


 夢の主を見つけて、悪意を処分する。

 それが俺の使命だ。


 しかし立ち上がり、車内を見回しても、乗客の姿はなかった。

 この車両にはいないらしい。


 俺はそのとき嫌な予感をおぼえた。

 列車という閉鎖的な環境。

 外は宇宙。

 奇襲を受けたら死ぬ。

 もうどれだけ寿命が縮んだのかも把握していないが、また意味もなく寿命を食われるのかと思うとそれだけでうんざりした。この仕事でモチベーションが下がることはあっても、上がることはない。本当なら辞めたい。


 俺は手にさっそく手にマウザーを召喚し、まるで刑事ドラマみたいに構えながら進んだ。

 こんな閉所では、1ミリ秒でもスピードで負けたら敵に殺される。


 *


 だが、どれだけ進んでも乗客の姿はなかった。

 これで最後の車両にゾンビみたいのがギチギチに詰まっていたら最悪だと思ったが。少なくとも夢の主が生きていなければ、夢は続かない。きっと安全な場所があって、そいつはそこにいるはずだった。


 それにしても、銀河鉄道、か……。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』なら、高校のころに読んだことがある。有名な本だから、読書感想文のネタにしようと思ったわけだ。

 だが、俺は感想文を書けなかった。


 俺も東北の出身だ。空ばかり見ていた。

 星空は無言である。

 蜃気楼が作り出した理想郷みたいに、やけにキラキラと装飾されている。

 一方、俺たちの住む地上は、真っ暗だ。墨汁をぶちまけた海のようだ。呼吸をするたび、夜それ自体が肺に満ちる。幸福もあるが、その逆もある。喜ぶ人も、苦しむ人も、みんなキラキラした夜空の支配下にある。


 そんな星空に、死のための鉄道を走らせるなど……。

 感想は、どうしても言葉にならなかった。


 *


 客車を抜けると、今度はまっくらな車両に出くわした。

 貨物運搬用の車両か?

 暗いといっても、両サイドの足元に赤色ランプが点在していた。

 ガランとした空間だが、コンテナが積まれていて、ちょっとした迷路みたいになっていた。


 進んでいくと、やがて、地べたに座り込んでいる少女に出くわした。黒の制服に黒パーカー。家出少女にしか見えなかった。

 彼女は鋭い眼光でこちらを見た。

「誰?」

「……」

 ほかに誰もいなかったから、俺はその女が主であろうと断定した。

 つまり、いつもみたいに足を撃ち抜いて、護符を貼りつけて、悪意を処分し、殺してしまえば終わるはずだった。


 少女は俺の手に握られたマウザーに気づいた。

「なにそれ? 殺すの? じゃあさっさとやれば?」

 威勢のいいセリフではあったが、声は震えていた。


「同業者か?」

「はい?」

 俺の質問は空振りに終わった。

 予想していたどのリアクションとも違ったから、もしかしたら俺と同じ仕事をしている人間かもしれないと思ったのだ。

 だが、この時点では違った。


「殺しなよ、早く。それとも別の方法で苦しめるつもり?」

「足を撃ってもいいか?」

「は? ダメに決まってんでしょ! 変態!」

 罵倒されてしまった。

 でもまあ、俺の言い方もマズかった。確かに変態だ。


「あたし、痛いの嫌いなの。だから殺すなら楽に殺してよ。ダメ?」

「殺すのが目的じゃない」

「じゃ、じゃあなにすんの? ねえ! ひどいことやめてよ!」

「……」

 これからひどいことをする。

 それは間違いない。

 だが、確かに、一理あるのだ。いや一理どころか、三千理はある。彼女はなにも悪いことをしていない。なのに銃で脅して自分の仕事をしようとは。最低の人間のすることだ。


「協力してくれるなら殺さない」

「うるさい! さっさと殺してよ!」

「いや、協力……」

「なんで誰も私の話聞いてくれないの……」

 俺の話も聞いてくれ。


 少女はうずくまって顔を伏せてしまった。

 この後頭部に護符を貼りつければ、足を撃たずに悪意を取り出せるが……。それはさすがに可哀相な気がしてしまった。


 しばらく困っていると、少女は顔をあげた。

「目的はなんなの?」

「あんたの体は悪意にむしばまれてる。だからその悪意を取り出して、処分したいんだ」

「そう言って変なことするつもりじゃないの?」

「しないよ」

 治療と称してわいせつな行為をする愚かものは、確かに存在する。だが、俺はそんなのと同類じゃない。同類にされたくもない。


「じゃあなにするの?」

「この護符を貼らせてくれ」

「え、なんか怪しいんだけど」

「まあそうなんだけども……。でもちゃんと効くから」

「やだ! 近寄らないで! 近寄ったら大声出すから!」

 もう出してる。

 しかも声なんか出しても誰も来ない。


 面倒だから、足を撃ついつものメソッドで行くか。

 いや、しかし……。


 俺は手近なコンテナに腰をおろした。

「銀河鉄道だな……」

「そう」

「電車が好きなのか?」

「嫌い。痴漢とかいるし」

 まあ確かに、少女にとってはクソみたいな乗り物だろう。

 大人にとってもクソみたいな乗り物だが。

 いや、乗り物自体が悪いわけじゃない。乗ってる人間が悪いのだ。


 少女はすると、ぼそりとつぶやくように続けた。

「でもこの電車は……好きかも。私専用だし。それに……そのうち私を殺してくれるから……」

「……」


 銀河鉄道は、死者を載せる。

 この少女も宮沢賢治を読んだのだろう。


 俺は思わず溜め息をついた。

「なら、余計なことはしないほうがいい、か……」

「どういうこと?」

「悪意がついてれば、寿命を食ってくれるんだ。このまま放っておけば、あんたの寿命は人より早く尽きる」

「私のこと、見逃してくれるの?」

「そうなる……かな……」

 人は救ったほうがいい。

 たぶん。

 だけど救いの形は、人によって違う。誰かの思い込みを、そのまま当てはめるわけにはいかない。枠にはめるとき、はみ出し方が大きければ大きいほど、本人のダメージも大きくなる。


 だが、そうなると……。

 夢は終わらない。

 コマが術を解かない限りは。


 列車は規則的なリズムを立てて、とにかく進み続けた。

 眠りに誘うようなリズムで。


 死というものは、しばしば美化されてきた。

 いや、美化せざるをえなかったのだ。

 とにかく歴史上、それは連綿と行われてきた。人は必ず死ぬ。必ず。避けがたいことなのに、周囲の人々に甚大なショックを与える。すると人はそのショックを言葉にする。文字にする。ヒトという種が起こす反射のようなものだ。いいとか悪いとかいう話ではない。機械的にそうだ。


 さて、俺の記憶によれば、しかし『銀河鉄道の夜』は死を美化した作品ではない。

 彼は友人の死を見送った。

 それだけだ。

 あるいは葬送と言い換えてもいい。仮に誰かの葬式を豪勢にしたからといって、死を美化する意図は誰にもないはずだ。むしろ生の輝きを見つめた結果、葬送が豪奢になってしまうだけのこと。


 ふと、少女と目が合った。

 冷たい目をしていた。

「ねえ、もしかして、あんたも死にたいんじゃない?」

「……」

 それだけは絶対に言わないで欲しかった。


 俺は死にたくない。

 いや、だからといって生きたいわけでもなかった。

 だけど簡単に死んでしまったら、自分がここまで生きてきた意味が分からなくなってしまうから……。それが納得いかなくて、ただ、ズルズル生きている。生きるという選択をしてしまった。


 女は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ仲間だね。本当は死にたいのに、死ねないから、銃なんてもってうろついてるんでしょ? ねえ、殺してあげようか? その銃貸してよ。撃ってあげるから」


 人は自分を冷静だと思っている。

 だけど怒りが沸き上がるとき、理屈による処理を通り越して、感情が勝手に決断を下してしまう。


 右手と左手がバラバラに動いて、俺は銃を床に落としてしまった。

 暴発はしなかった。

 ただ、茫然とした。

 俺はいま、この女を撃とうとした。それで左手が勝手に動いて、だけどダメだと思って、右手がそれを止めようとした。それで左右の動きが噛み合わなくて、銃を落としてしまった。


 怖くなった。

 理性によってではなく、感情によって行動しようとしてしまった。


「え、なに? 急にどうしたの?」

「分からない」

 いや、分かっている。

 だけど考えたくなかった。


「人は死んだら生き返れない、って、誰かが言ってたぜ」

 なるべく冷静さをよそおいつつ、俺は銃を拾った。

 自分の口からバカみたいな言葉が出たのは、まあ、気にしないことにして。


 少女はきょとんとしていた。

「うん。まあ、それはそうでしょ。だからなんなの?」

「生きていれば、死ぬチャンスはある。だけど死んでしまったら、生き返るチャンスはないんだ」

「当たり前でしょ? そんなこと分かってるけど?」

「いや、これはそのまま受け取っていい言葉じゃないんだ。ウソでもなんでもいいから、生きるという選択をしたときに、自分の感情をコントロールするための言葉なんだ……。いらないなら忘れてくれ」

「……」


 バカにするな、という顔をしていた。

 だけどすぐに、彼女は考え込むふうになって、また顔をあげた。


「ねえ、なんで死にたいのか教えてよ」

「俺が?」

「そう。だって暇でしょ? ほかに話すこともないし」

「まあ、そうだな。だけどひとつだけ訂正しておく。俺は死にたいわけじゃない。少なくとも、そういうことにしてるんだ」

「うん、分かった……」

 反論はなかった。

 人の話を聞く気になってくれた、ということか。

 よりによってこの話というのはいただけないが。


(続く)

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